肖像権と写真集 ~写真集って、どんな契約をすればいいの?
この記事は、書籍『よくわかる音楽著作権ビジネス』の一部をWeb担向けに特別にオンラインで公開しているものです。
デビュー10周年を迎えて、ますます意気軒昂な著作ケンゾウ君。事務所はその記念イベントとして、ライブのときの写真を写真集として出版しないかという無謀と思える企画を出版社に持ち込んだ。そして大方の予想を裏切り、あっさりとその企画は通ってしまったのである。しかし、写真集の出版は初めてのことなので、どのような契約をすればいいのかわからない。ケンゾウ君は、さっそく、マネージャーをつかまえて訊いてみると……。
みなさんは、これまで肖像権という言葉を聞いたことがあるだろう。ところがこの肖像権という言葉、著作権法にも出てこないし、ほかの法律を探してもどこにも見当たらない。この権利は法律で定められたものではなく、判例によって確立された権利なのである。肖像権については、基礎編の第44話と45話で詳しく解説しているが、ここではよりビジネス的な観点から説明することにしよう。
肖像権という権利
肖像権とは、「人がみだりに自分の肖像を写真に写されたり、描かれたり、また写されたり描かれたりした肖像を勝手に利用されない権利」と一般的に定義されるが、この権利には2つの性質がある。1つはプライバシーとしての権利であり、もう1つは財産権としての権利である。まず、プライバシーとしての肖像権から見てみよう。
プライバシーとしての肖像権を認めた最高裁判例として「京都府学連デモ事件」(最判昭和44年12月24日刑集23巻12号1625頁)がある。これは学生運動が激しく行われていた1962年に、大学管理制度改革に対して反対するデモ行進に参加しているところを写真に撮られた立命館大学法学部の学生が、これに抗議する過程で、撮影した警察官を小突いたため、学生の公務執行妨害罪・傷害罪の成否が争われた刑事事件である。
一審、控訴審とも被告人を有罪としたため、被告人が上告。被告人は警察官による撮影が被告人の意思に反するものであり、肖像権を侵害する(憲法13条違反)と主張した。被告人の主張に対して、最高裁は「個人の私生活上の自由の1つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を有し、これを肖像権と称するかどうかは別として、警察官が、正当な理由なく個人の容ぼう等を撮影することは、憲法第13条の趣旨に反し、許されない」と判示し、個人の肖像が憲法の下で法的保護に値することを示した。
しかし、警察官による写真撮影の適法性については、「現に犯罪が行われ若しくは行われた後間がないと認められる場合で、証拠保全の必要性・緊急性があり、その撮影が一般的に許容される限度を超えない相当な方法をもって行われるときには、警察官による撮影は許容される」とし、公共の福祉のために必要のある場合は無断撮影も許されうるとした。そして、本件の写真撮影は許容できるケースであるため、警察官が学生を撮影したことは適法な職務執行行為であると結論づけた。
このように最高裁は「正当な理由なく個人の容ぼう等を撮影することは、憲法第13条の趣旨に反し、許されない」と肖像権の法的根拠を憲法第13条に求め、新しい人権として認めたのである。ここで読者のために憲法第13条を記載しておこう。
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
まさに肖像権は、プライバシーの権利の一環として判例によって確立されたものである。個人の人格権と密接に関わっており、肖像権の侵害は民法上の不法行為を構成するとした裁判例も数多くある。したがって、個人の肖像を利用しようとする者は十分にその取扱いに注意しなければならない。
財産権としての肖像権
次に財産権としての肖像権を見てみよう。一般に、芸能人やスポーツ選手等の有名人は、その社会的評価、名声、印象等が商品やサービスの宣伝や販売促進に望ましい効果(これを顧客吸引力、グッドウィルという)を与える場合には、そのような使用に対して、自己の氏名や肖像等をコントロールする権利を持っている。これをパブリシティ権という。
もともとパブリシティ権は、アメリカの判例法から生まれた権利である。アメリカで最初にパブリシティ権を認めた判決は、1953年のHaelan Laboratories,Inc. v. Topps Chewing Gumとされている。これは、有名な野球選手の写真について独占的に使用できる契約を締結していたチューインガ
ムの製造・販売会社が、この選手の写真を無断で自社の商品の宣伝広告に使用した競業会社に対し、訴訟を提起したという事件である。
第2巡回区連邦控訴裁判所は、「この権利は“パブリシティ権”と呼びうるものかもしれない。というのも、多くの著名人(とりわけ俳優や野球選手)は彼らの肖像が人目に触れることによって感情が傷つけられるということは決してないが、新聞、雑誌、バス、列車、地下鉄の中で掲示される、彼らの容貌を広めるような広告を許諾したことに対して金銭を受け取ることができないとなると、ひどい苦痛を感じるだろうことは常識であるからだ。このパブリシティ権は、ほかの広告主が彼らの写真を使うことを禁止する排他的権利の対象とならない限り、金銭を生み出すことは通常ないのである」と述べて、野球選手の写真に財産的価値があること、さらにそれを保護するために写真の利用について排他的権利を認めることの妥当性を指摘した。
この判決の中でフランク判事が初めて「パブリシティ権」(Right of Publicity)を命名し、翌年アメリカの著作権法の権威であるメルビル・ニンマー教授が発表した「The Right of Publicity」という論文によって、アメリカ国内の判例法の中へ広く浸透していった。その後、パブリシティ権を認める裁判例が各地で相次いで出されることとなり、カリフォルニア州のように制定法でパブリシティ権を保護する州も現れるに至った。現在では、カリフォルニア州を含め、18の州が制定法によってパブリシティ権を保護している。
日本におけるパブリシティ権に関する最初の裁判例は「マーク・レスター事件」(東京地判昭和51年6月29日判時817号23頁)である。マーク・レスターは映画『小さな恋のメロディ』の主演俳優であり、世界的な子役スターとして絶大な人気を誇ったイギリス人だ。その彼の主演映画『小さな目撃者』の1シーンがロッテ製品のCMに採用され、その際「マーク・レスターも大好きです」というナレーションが挿入された。コマーシャルは、当該映画の上映権と宣伝権(宣伝のために映画の抜粋シーンを3分以内でテレビ放映することができる権利)を持つ東京第一フィルムが企画したものであり、商品宣伝と映画宣伝を組み合わせるフィルム・タイアップ方式と呼ばれるものだった。マーク・レスターは東京第一フィルムとロッテに対し、氏名権、肖像権の侵害を主張し、東京地方裁判所に訴訟を提起した。裁判所は以下のように判示して、原告の請求を認容した。
「俳優等の氏名や肖像を商品等の宣伝に利用することにより、俳優等の社会的評価、名声、印象等が、その商品等の宣伝、販売促進に望ましい効果を収め得る場合があるのであって、これを俳優等の側からみれば、俳優等は、自らかち得た名声の故に、自己の氏名や肖像を対価を得て第三者に専属的に利用させうる利益を有しているのである。」(下線は筆者)
この「マーク・レスター事件」の後、「王貞治事件」、「おニャン子クラブ事件」、「中森明菜事件」、「光GENJI事件」等において、裁判所は有名人のパブリシティ権を認めている。このようにパブリシティ権は判例を積み重ねることによって、広く認められるようになった権利だといってよいだろう。
出版許諾契約書の内容と注意点
このように著作ケンゾウ君を被写体とする写真は、肖像権によって一定の法的保護を受けることができる。したがって、ケンゾウ君を被写体とする写真を無断でコマーシャルに利用したり、写真集として出版する行為は、肖像権の侵害となるおそれがある。そのため、ケンゾウ君のケースのように、アーティストを撮影した写真を利用して写真集を発行する場合、出版社はアーティストの肖像権を管理しているプロダクションから許諾を得なければならない。通常、出版社とプロダクションは出版許諾契約書を締結し、編集方法、費用の分担、印税や支払方法、契約期間などについての取決めをする。以下に契約のポイントを解説しよう。
まず、出版物に使用される写真について、プロダクションが保有する写真を提供する場合は問題ないが、出版社がアーティストを被写体として撮影する場合は、プロダクションへの事前の確認を必要とすべきである。実務上、出版社はプロダクションの担当者と協議して、写真集に掲載する写真を選択するのが一般的であるが、後で揉めないように契約書に規定しておいた方がよいだろう。なお、後者の場合、出版社の依頼するカメラマンが撮影するため、プロダクションではなく、出版社またはカメラマンがその写真の著作権を持つことになる。
次に肖像使用料であるが、出版物の場合、次の計算式によって印税が算出される。
肖像使用料=税抜定価 × 印税率 × 発行部数
印税率の相場は10〜15%である。発行部数がある一定のラインを超えると、印税率がスライド式に上昇するという方法も一般的に行われている。また、出版業界では、レコード業界と違って、印税対象から返品や破損品は控除されず、発行部数に対して印税が支払われる。ただし、プロモーションのために無償で頒布する出版物に対しては、印税の対象外とする契約も稀に見受けられる。
実際に例を挙げて印税を計算してみよう。ケンゾウ君の写真集が税抜定価2,500円、印税率10%、発行部数が30,000部とすると、2,500円×10%×30,000部=7,500,000円となり、750万円が印税としてケンゾウ君のプロダクションに入ってくる。う〜ん、プロダクションとしてはほとんどリスクがないわけだから、かなりおいしいビジネスと言えるのではないだろうか。
なお、アイドルや女優の写真集には有名カメラマンを起用しているケースが多い。有名カメラマンは報酬を印税としてもらう契約をするので、肖像使用料の印税はその分、低くなり、5〜10%くらいになる。また、最近はアイドルや女優が書いたエッセイを写真集に掲載することが増えている。このような場合、全体の印税枠(10 ~ 15%)をどのように権利者でシェアするのかを決めなければならない(たとえば、肖像使用料5%、カメラマン5%、エッセイ使用料3%)。
ここで注意すべきは、電子書籍を発行したときの印税率である。電子書籍の印税については、小売価格ベースとレベニュー・シェアの2通りの計算方法がある。小売価格ベースの場合、印刷代や倉庫代、流通経費が不要なので、印税率は書籍よりも高くなる。印税率は出版社と作家の力関係で決まるが、大体15 ~ 35%である(相場は20%あたりか)。一方、レベニュー・シェアとは出版社が電子書籍の販売事業者から受け取る金額(レベニュー)を作家と分け合う(シェア)というものである。この場合の作家取り分は出版社受領額の25 ~ 50%である。
契約期間は3 ~ 5年とするのが一般的である。小説やエッセイであれば、出版契約の終了後、ほかの出版社から再発行したり、自分で電子書籍として発売することもできるが、撮り下ろしの写真集の場合は写真の著作権が出版社やカメラマンに帰属しているので、契約終了後、プロダクションやアーティストが自分で写真集を発行することはできない。したがって、特に契約を終了させる必要もないように思われるが、プロダクションの中にはビジネス戦略として、出版契約を終了させるものもあるようだ。
以上、今回は肖像権と写真集について詳しく解説した。乃木坂46や嵐などを見ればわかるとおり、人気アーティストの写真集はかなり売れる。アーティスト、プロダクションのみなさんもぜひこの解説を参考にして、出版ビジネスを有利に展開してもらいたい。
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