2020年施行 改正民法債権法に基づく品質検査・保証からWebパフォーマンスを考える
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意外と認知されていない民法債権法改正
あなたは、民法債権法が改正されて、2020年4月1日より施行となる事をご存じですか? いくつか重要な大きな、契約書を作成する際の変更点が盛り込まれています。 Web担当者の方にとって、最も影響があるのは、売主や受託者の責任が、瑕疵担保責任から契約内容適合責任へと変わる点です。
ITプロセスコンサルタントの細川義洋さんが2016年に真っ先にこの件について記事を書かれました。
ソフトウェア開発やSIの分野では、それなりに認識が浸透しつつあるように思います。
「IT システム開発 民法改正」で検索すると、様々な法律事務所がセミナーを開催したり、本を出しています。 しかし、Webサイトに関してはどうでしょうか? 残念ながら、弊社のブログページのみです。
発注者側である事業会社、受注者側であるWeb制作会社の皆さんとお話していても、民法債権法改正について知らない方が殆どです。 今回は、この民法債権法改正に伴って、特にWebパフォーマンスの部分がどのように変わるのかを考察します。
瑕疵担保責任から、契約内容不適合責任へ
実際の改正された条文を見てみましょう。
売買に関する条項
第562条 引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。ただし、売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる。
第566条 売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から一年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、売主が引渡しの時にその不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、この限りでない。
請負に関する条項
第636条 請負人が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない仕事の目的物を注文者に引き渡したとき(その引渡しを要しない場合にあっては、仕事が終了した時に仕事の目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないとき)は、注文者は、注文者の供した材料の性質又は注文者の与えた指図によって生じた不適合を理由として、履行の追完の請求、報酬の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、請負人がその材料又は指図が不適当であることを知りながら告げなかったときは、この限りでない。
第637条 前条本文に規定する場合において、注文者がその不適合を知った時から一年以内にその旨を請負人に通知しないときは、注文者は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、報酬の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。
2 前項の規定は、仕事の目的物を注文者に引き渡した時(その引渡しを要しない場合にあっては、仕事が終了した時)において、請負人が同項の不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、適用しない。
民法の契約に「品質」という単語が入る
Web担当者の方、またWeb担当者と取引されるWeb制作会社やCDN各社、Webサービスの方々に知っておいて頂きたいのは、民法の条文に「品質」という言葉が明記された点です。
「それで品質の定義は?」と仰る方もいるでしょう。 民法は基本法であるため、細かな定義は書かれません。 分野別の法律が制定されて適用されたり、法源といって、政令・省令、条例、一般的な慣行、判例も法源となります。
システム開発については、長く品質管理の分野があります。 それに、製造業は品質管理が非常に発達しているため、そちらの慣習も法源として使われるでしょう。 また、学問分野でも、日本科学技術連盟を中心に、統計的品質管理の分野を培ってきた機関があります。 ISOやそれを日本に適用したJIS規格も参考にされるでしょう。
品質の定義
そうは言っても、品質の定義はどうなの?という疑問は解決されません。 そこで、是非、日本科学技術連盟のWebページを一読いただきたいのです。
TQMを語るときに「品質」という言葉を避けて通ることはできません。 「品質」という言葉の定義を調べてみると、実際にはいろいろな表現がされています。たとえばISO9000では「本来備わっている特性の集まりが要求事項を満たす程度」と表現されています。定義と言うくらいですから、正しく捉えていることは事実なのですが、初めて見る人には、この言葉だけではその表現しているニュアンスまでは理解しづらいのも事実です。 このページでは、まずは「品質」とは何か、そして、その「品質とTQMのつながり」についてご説明します。
「本来備わっている特性の集まりが要求事項を満たす程度」 このISO9000の定義に注目して下さい。 民法の「種類又は品質に関して契約の内容に適合しない仕事の目的物」という箇所に注目して下さい。
「契約の内容に適合」するかどうかを判断するときに、昨今のWebサイトに、「本来備わっているべき特性の集まりで要求事項」が明確に求められるものは何でしょうか?
今、マネジメント規格が出ている以下の3つが基本的な品質の指標と考えます。
- セキュリティ … JIS Q 27002:2014
- アクセシビリティ … JIS X 8341-3:2016
- パフォーマンス(表示速度・可用性) … JIS Q 20000-2:2013
「いやいや、これだけがWebサイトの品質ではないよね。デザインの品質は?コンテンツの品質は?」と疑問に思われるでしょう。 仰るとおりで、この3つ以外にも、品質評価をしなければいけない項目はあります。 問題は、「どのように評価するか?」という物差しです。
下の図にあるように、従来、品質は、Webサイトであれば、ソフトウェアのバグやハードウェアトラブルの発生率など、定量化しやすい部分が注目されてきましたが、現在は「顧客体験」と言われるように、定量化が難しく、また計測するのも難しい指標が重視されます。
従来の"品質"、現在の"品質"(日本科学技術連盟のサイトより引用)
顧客体験というと漠然としていますが、これを構成する要素に分解します。 「Webサイトの本来の備わっている特性」は、「24時間365日気軽にアクセスして情報を安全に閲覧できる」という事を考えると、上述の3つが基本要素であることは納得頂けると思います。
- 安全に … セキュリティ
- アクセスしやすい … アクセシビリティ
- 24時間365日気軽に … パフォーマンス(表示速度・可用性)
デザインと一言で言うと、美術的な側面のデザインを思い浮かべられるかもしれません。 「視覚的に情報を分かりやすく、探しやすく」という観点なら、「情報アーキテクチャ」という分野になります。 コンテンツの品質は、「情報理論、情報品質、情報構造化」の分野です。
このように、一口にWebサイトの「品質」と言っても、契約書上、考えなければいけない要素が多いことがお分かり頂けるでしょう。
ISO9000にも採用されているV&Vという概念
ここで、一つ押さえておきたい品質の概念にV&Vというものがあります。
- Verification
- 検証。主に、コンピュータにさせたい仕事を設計したときに、その計算処理が正しいかどうか。いわゆる「バグ」かどうか。
- Validation
- 妥当性確認。対象の機能や性能が本来意図された用途や目的に適っているか、実用上の有効性があるか
ソフトウェアV&V(ベームのVチャート) … ITmediaの記事より引用
Webパフォーマンスは、Validationに該当します。 セキュリティやアクセシビリティもValidationに該当するでしょう。 顧客体験については、Validationに該当するという点に注目して下さい。
従来、Verification(検証)が主に受入テストで行われてきて、Validationをテストするという事が日本では定着してこなかったのです。 この点が、日本のWebサイトの品質の致命傷となっているのです。 ソフトウェア品質においても、Verificationを中心としたテスト手法に焦点が当たってきたため、Validationについては海外に後れを取っています。
変わる納入工程
品質とは何か、またWebサイトの品質にはどういうものがあって、どのような規格があるのかを見たところで、改正民法債権法に戻りましょう。
Webサイトの受託制作
まず、636条のこの箇所です。
注文者は、注文者の供した材料の性質又は注文者の与えた指図によって生じた不適合を理由として、履行の追完の請求、報酬の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、請負人がその材料又は指図が不適当であることを知りながら告げなかったときは、この限りでない。
発注企業が、Web制作会社に、「このような形でWebサイトを作って欲しい」と依頼した場合に、その要求事項が不適切であることを知っているにも関わらず、発注企業に言わない場合に、責任を負います。 これは、プロとして当然求められる責務となりました。
そして、637条で
前条本文に規定する場合において、注文者がその不適合を知った時から一年以内にその旨を請負人に通知しないときは、注文者は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、報酬の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。
と定義しています。 ここは以前の瑕疵担保責任と同じだなと思われるかもしれません。 いえ、違うのです。
前項の規定は、仕事の目的物を注文者に引き渡した時(その引渡しを要しない場合にあっては、仕事が終了した時)において、請負人が同項の不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、適用しない。
637条2項の定義にあるとおり、
- 受託したWeb制作会社が、契約の目的に不適合であることを知っている
- 重大な過失によって知らなかった
場合には、この1年の制限は適用されません。 つまり永遠に責任を負います。
(しかし、5年の時効があるので、実際には5年間、責任を追及する事が可能です。)
この「不適合であることを知っている」というのは、品質検査をして、品質が悪い事を知っているにも関わらず、それを発注企業に言わずに納入した場合です。 「重大な過失によって知らなかった」というのは、そもそも品質検査をしていなくて、品質が悪いことを知らなかった場合です。 だから、品質検査・品質保証が必須だと言っているのです。
今までは、1年間(本当は、企業同士の取引が主でしょうから、商法が適用されて半年です)の瑕疵担保期間に「不具合があれば無料で直します」とできたのが、納入時に、受託したWeb制作会社が能動的に品質検査をしなくてはいけません。 納入時のプロセスが大きく変わるため、何をどのように品質検査するのかは、契約書上明記しておく必要があります。
各種インターネット上のサービスを展開している企業
「そんなことを言ったって、Webパフォーマンスは、ハードウェアや、サードパーティコンテンツに影響されるじゃないですか」と仰る方もいるでしょう。 その通りです。 それらはサービスの売買における品質保証が、民法562条によって必要になります。
- IaaS
- SaaS
- CDN
これらのサービスを提供する企業は、民法562条に従い、SLAを明示する必要があるのです。 ネットワークからハードウェア、ハードウェアからOS、OSからミドルウェア、ミドルウェアから開発したHTML、JavaScript、PHP、Javaなどでコーディングしたソフトウェア部分、ソフトウェアが読み込むサードパーティコンテンツと、品質が連鎖していきます。
これらのサービスを統合して利用し実装する立場にあるWeb制作会社の場合は、これらのサービス品質も見極めることが求められるでしょう。
全ての業界が「品質の日本」になるために
「品質の日本」とよく言われますが、実際のところは、製造業だけで、それ以外の業界は品質に無頓着です。だからこそ、今回の民法債権法改正に繋がったとも言えます。 特に、住宅やITシステムは、購入者が品質を調べ上げるのは難しく、きちんとした品質保証もなされてきませんでした。
品質が悪いかどうかも分からず、品質が悪いと思っても、瑕疵担保期間が過ぎたらどうにもできない。それどころか、改修費用が請求されてしまう。 その理不尽さに悩まされてきたWeb担当者の方も、意外と多いのではないでしょうか?
その一方で、品質を重視してWeb制作を行ってきた制作会社や、各種Web上のサービスを提供している企業にとっては、その価値を中々理解してもらえず、苦しんだと思います。 その努力が報われる時が来たのです。
品質保証が業界を盛り上げる
品質検査・品質保証は、Web制作会社やWeb上のサービスを提供している企業にとって、決してコストでは終わりません。利益を生み出します。
2001年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者のジョージ・アカロフは、1970年に発表した"The Market for Lemons: Quality Uncertainty and the Market Mechanism"という論文で、中古車市場で、買い手が「欠点のある商品」と「欠点のない商品」を区別しづらい中古車市場では、良質の商品であっても他の商品と同じ低い平均価値をつけられ、良質な中古車は市場に流通しなくなる傾向があることを指摘しました。
これを情報の非対称性と言います。 売り手のみが欠点を知り、買い手の側は欠点を知る術がないと、買い手の期待が下がってしまい、市場が低迷するのです。 業界の品質に対する取り組みが低下すれば、業界全体の売上額も減っていく事になります。
私の会社では、毎年ECサイトの売上上位300社や、ホテルの上位100社のWebサイトの品質調査をしていますが、本当に酷い品質です。 ですから、品質を改善することで、ビジネスが伸びる可能性は十分にあるのです。
東京オリンピックまでが、一つの山と言われています。 東京オリンピックが開催される2020年に改正民法債権法は施行ですが、その前に、Webサイトの品質に取り組まれることを強くお勧めします。
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