ダブルファネルマーケティング

KPO(ナレッジプロセスアウトソーシング)

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KPO(ナレッジプロセスアウトソーシング)

現在、スマートフォンやソーシャルメディアの普及に伴い、デジタルデータの総量は急激に増加した。いわゆるビッグデータ時代の到来である。2011年のデータ発生量は年間1.8ゼタバイトに達したほか、2020年には年間35ゼタバイトに及ぶという試算もある。

2012年2月にIBMのCEOであるVirginia M. Romettyが発した「あらゆる産業で、データをどれだけ使いこなせるかが勝者と敗者を分ける」という言葉が示すように、現代はこのようなビッグデータをどれだけ使いこなせるかで勝敗が決まる時代である。実際、IBMの「Global CEO Study 2010」の統計によると、世界を代表するグローバル企業のCEOが今後5年間で重視する取り組みのトップ3に「情報分析力の向上」を挙げている。

しかしながら、闇雲にビッグデータを集積し、単に分析を繰り返すだけでは勝者になることはできないだろう。そもそも「ビッグデータ」というワーディングが誤解や錯覚を招きやすい。「ビッグ」という言葉のために、今まで以上に大規模なデータを扱うことで統計的信頼性の高い分析を行うという印象を持たれやすいからだ。

だが、そもそもビッグデータとは単に大容量データという意味ではない。本質的には膨大であるがゆえに多様性・希少性・経時性・非構造性を持った様々なデータベースの集合体として捉えられるべき概念である。野村総合研究所の定義によると、狭義のビッグデータとは3V(Volume:量、Variety:多様性、Velocity:発生速度・更新頻度)の面で管理が困難なデータのことである。より広義な意味では、それらを蓄積・処理・分析するためのBI技術のことを指す。さらに広義の意味では、データを分析し、有用な意味や洞察を引き出す人材や組織も概念として内包する(図2-23)。

図2-23 ビッグデータの定義
図2-23 ビッグデータの定義

ビッグデータを使いこなすためには、社内外に散在する膨大・多様なデータベースをハンドリングし、BIシステムに集積・連結する必要がある。その上でデータを収集・分析・活用する一連の業務プロセスをガバナンスし、現状把握を重視した従来通りの分析(アナリシス)だけではなく、事後のアクションを重視した統合(シンセシス)によってデータのポテンシャルを最大限に引き出す。そして、統合・分析で得た有益なナレッジを関係部門に共有し、施策立案や業務改善への活用を推進する。ビッグデータを有効活用するためには、以上のようなプロセス全体をコーディネートできるマルチな人材が不可欠になる。そのような人材を「データサイエンティスト」と呼んでいる。

データサイエンティストは、まず経営層や現場の担当者が抱えるマーケティング課題を理解する。その上でデータに基づき現状を正しく整理し、関係者と議論を重ねながら課題解決のための仮説や施策案を導出する。さらに、施策を実行するための関係者へのガイダンス、実行時の運営状況のモニタリングを行い、事後に効果測定に基づいて仮説検証し、ネクストステップに向けた改善点を明らかにする。このようなPDCAサイクルを繰り返すことで企業収益の拡大に貢献する。

データサイエンティストに求められる能力は多岐にわたる。とくに重要なスキルとして、上述した自社のビジネスの現場運用を含む現状とプロジェクトのゴールを正しく理解するスキルに加え、「ITスキル」「統計スキル」「プロジェクトマネジメントスキル」といった3つの異なる能力が求められる。しかし、日本は欧米諸国に比べ、この3つのスキルを兼ね備えた人材の絶対数が極めて少ないというのが実態である。さらに、最新のマーケティング理論や業界トレンドに関する知識、Webやコンタクトセンターのオペレーションなど、運用現場での業務改善経験もデータサイエンティストに必要な能力として求められる。そして、日系企業のターゲット市場が国内のみならずグローバルに拡大している昨今では、語学力や異文化理解などの「グローバル対応スキル」も要求され始めている。

そのようなマルチスキルの人材を自社のリソースだけで賄うことは至難の業だ。データサイエンティストを内部で調達・育成できない場合は、知的業務委託、即ちKPO(Knowledge Process Outsourcing)と呼ばれるアウトソーシングベンダーを活用することも選択肢の一つとして考えるべきである。野村総合研究所の定義によると、KPOとは、コスト削減をKGIとした単純業務の委託が中心だった従来のBPO (Business Process Outsourcing)に対し、データの収集・加工や分析・示唆の提供を中心とした付加価値創造型の委託事業のことを指す(図2-24)。

図2-24 KPOとBPOの違い
図2-24 KPOとBPOの違い

KPOは英語圏を中心とする海外市場で拡大を続けており、とくにインドではGenpactやInfosys、EvalueserveといったKPO関連企業の成長が著しい。これらのKPOベンダーは、時差や賃金の格差を有効活用して、欧米や日系のグローバル企業から調査・分析・BI関連業務のアウトソーシングを一括で受託運営している。IBMの「Global CMO Study 2011」の統計によると、現在、顧客データ分析で外部パートナーを活用しているグローバル企業のCMOは12%程度であるが、今後3~5年で外部パートナーの活用を拡大させようとしているCMOは92%にのぼることが分かっている(図2-25)。

図2-25 CMO(Chief Marketing Officer)外部パートナーの活用の統計
図2-25 CMO(Chief Marketing Officer)外部パートナーの活用の統計

日本でもトランスコスモス・アナリティクスが、国内や東アジア地域を中心にグローバルなKPOサービスを展開している。トランスコスモス・アナリティクスでは、アンケート調査/グループインタビューなどのマーケティングリサーチ、データ/テキストマイニングやアクセスログ解析などのデータアナリティクス、ビジネスインテリジェンスや顧客管理システムの開発・導入などのデータベーステクノロジー、Webマーケティングやコンタクトセンターのオペレーショナルナレッジなど、あらゆる調査・分析関連業務のノウハウを組み合わせ、より付加価値の高いKPOサービスを提供している(図2-26)。

図2-26 トランスコスモス・アナリティクスの紹介
図2-26 トランスコスモス・アナリティクスの紹介
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おわりに

「物が売れない時代」といわれて久しいが、世帯年収が減少する中、伊藤忠経済研究所の『Economic Monitor 2012/5』によると、個人の消費支出は2011年上半期が底で、以降は増加傾向にある。一方、経済産業省の電子商取引実態調査によると、2011年のBtoC EC市場は約8.5兆円、対前年比108.6%と高い成長率を維持している。

中国にGDPで抜かれたとはいえ、日本はいまだ世界第3位の経済大国なのである。「物が売れない」というのは企業側の身勝手な嘆きであり、消費者目線で捉えると「欲しいものがない」というのが現状ではないだろうか。その証拠に、この厳しい経済環境下でも増収増益のBtoC向けメーカー、小売、サービス提供企業が存在する。すべての企業が減収減益というわけではない。そして、個人の消費支出が増加傾向にあることを鑑みると、「欲しいものがない」というのは「欲しいものと出会う機会がない」ということの裏返しではないだろうか、

現代経営学の父、ピーター・ドラッカーが語るように「究極のマーケティングは、セリングを不要にするもの」である。単にプロモーションやキャンペーンで「物を売る(=セリング)」のではなく、「物が売れる仕組みを作る」ことにこそマーケティングの本質がある。世のマーケターは「物が売れない」と嘆く前に、消費者に対して本当に自分たちが「欲しいものと出会う機会」を作り出せているのか、自問自答しなければならない。

本書で提唱している「ダブルファネルマーケティング」はまさに、消費者が共感や感動を覚えるようなポジティブな「体験」を作り出し、その「体験」をクチコミという形で共有・拡散させることで、消費者が「欲しいものと出会う機会」を生み出そうという考え方に基づいている。

昨今のソーシャルメディアの拡大により、クチコミの影響力が飛躍的に高まったことで、消費者コミュニケーションの主役は企業から「個客」へと移行した。このようなソーシャル時代の市場環境変化に適応するための統合マーケティング戦略が、ダブルファネルマーケティングである。

ダブルファネルマーケティングの具体的な進め方としては、まず既存顧客の共感・感動体験のクチコミを新規顧客に共有・拡散させることで、ブランドに対する「信頼」や「納得」を形成する。それによってマーケティング施策やCRM戦略のKPI(認知度・受注率・継続率など)を底上げするような好循環を生み出す。結果、顧客資産価値(CVI)や顧客感動(CDI)を最大化し、企業と消費者の間にWin-Winな双方向のコミュニケーションが生まれることを究極のゴールに据えている。

ダブルファネルマーケティングの成功の鍵を握るのは、企業の「データガバナンス」力である。顧客の行動(AOC)や発言(VOC)のデータを収集・分析・活用しPDCAサイクルを回すには、その推進役を担うデータサイエンティストの育成や、知的業務の効率化に向けたKPO(Knowledge Process Outsourcing)の活用が不可欠である。

また、ダブルファネルマーケティングに関わる者には、データや分析に対する考え方についても発想の転換が求められる。従来のような「統計的に正しい知識」を得るための分析(アナリシス)に終始せず、社内外の膨大かつ多様なビッグデータの統合(シンセシス)をもっと重視すべきである。なぜなら、出現率の低いレアケースの行動/発言のタイムラインを観察し「個客」のインサイトを深めることが、クチコミの源泉となる「感動体験の創出に役立つ知恵」を得ることにつながるからである。

本書は、このような新しい時代のマーケティングやCRM戦略、およびデータ分析の理論と技法を、国内外の事例を交えて体系化したものである。本書の内容の一部でも、読者が今後のマーケティングのあり方について考え実行する際の参考になれば幸いである。

とはいえ、ダブルファネルマーケティングはいまだ発展途上の理論であり、国内外に完璧な成功事例があるわけではない。ダブルファネルマーケティングに興味のある読者の方は是非、弊社までご連絡を頂きたい。ともに世界に通用する成功事例を創り、皆様と一緒にマーケティングの世界のイノベーターとなることが私達の切なる願いである。なお、トランスコスモス・アナリティクス株式会社の会社概要は、以下のURLを参照頂きたい。

http://www.trans-cosmos.co.jp/transcosmos-analytics/

末筆になるが、トランスコスモス・アナリティクス株式会社の設立に多大なご尽力をいただいた故・奥田省三氏(元トランスコスモス株式会社特別顧問)と、本書の出版にご尽力いただいた株式会社リックテレコムの山本浩祐氏以下、編集部の皆様には心からの感謝の意を表し、本書の締めくくりとさせていただく。

トランスコスモス株式会社
常務執行役員 兼
トランスコスモス・アナリティクス 代表取締役社長
河野 洋一

ダブルファネルマーケティング
  • ダブルファネルマーケティング
  • トランスコスモス・アナリティクス 著/北出大蔵 編
  • ISBN 978-4897979106
  • リックテレコム 発行

この記事は、書籍『ダブルファネルマーケティング』 の内容の一部を、Web担の読者向けに特別にオンラインで公開しているものです。

マーケティング、CRM、データ分析の観点からソーシャル時代に適応するための処方箋

ソーシャルメディアの拡大により、クチコミの影響力が飛躍的に高まり、消費者コミュニケーションの主役は企業から「個客」へと移行しています。ダブルファネルマーケティングは、このような時代の変化に適応すべく、既存顧客の共感・感動体験のクチコミを新規顧客に共有・拡散することで、認知度・受注率・継続率などを底上げするような好循環を生み出し、顧客資産価値や顧客の感動を最大化していくための統合マーケティング戦略です。

その戦略の成功の鍵を握るのは、企業の「データガバナンス」力。顧客の行動/発言データを収集・分析・活用しPDCAサイクルを回すには、その推進役を担うデータサイエンティストの育成や、知的業務の効率化に向けたKPO(Knowledge Process Outsourcing)の活用が不可欠です。また、データや分析に対する考え方についても発想の転換が求められます。従来のような「統計的に正しい知識」を得るための分析(アナリシス)に終始せず、社内外の膨大かつ多様なビッグデータの統合(シンセシス)をもっと重視すべきでしょう。なぜなら、出現率の低いレアケースの行動/発言のタイムラインを観察し「個客」のインサイトを深めることが、クチコミの源泉となる「感動体験の創出に役立つ知恵」を得ることにつながるからです。

本書は、このような新しい時代のマーケティングやCRM戦略、およびデータ分析の理論と技法を、国内外の事例を交えて体系化したものです。

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