初代編集長ブログ―安田英久

真っ当なメディアが元気になる2017年を目指そう

2017年は、「真っ当なメディアが元気になる」年になるといいな、と思っています。
Web担のなかの人

今日は、2017年最初のコラムということで、今年の抱負というか、今年どういう方向に進むかというお話しを。

2017年は、「真っ当なメディアが元気になる」年になるといいな、と思っています。

Web担が考えていることがインタビュー記事になりました

新年早々マイナビさんで、Web担編集長としての安田のインタビュー記事がアップされました。

「メディアとしてどう考えて運営するべきか」「情報に携わる人がどういう姿勢でいるべきか」という、ふだん考えていても文字にするチャンスがなかったことを記事の形でまとめていただいて、非常にありがたいです。

ライターさんがかなりうまくまとめてくださっていますので、Web担を好きな方に限らず、いろんな方に読んでいただければと思います。

真っ当なメディアは生きていけるのか?

さて、インタビューで私は、こんな風に言っています。

「Web担当者Forum」の編集方針としては、「真っ当なメディア」であることを目指し続けています。「読者に受けそうなネタだから取り上げる」ではなく、「社会に価値を提供するものを取り上げる」という、本来メディアがあるべき方針を曲げないということです。

しかし2016年は、この「真っ当にやっているメディア」よりも、「仕組みを利用して効率良く儲ける」やり方でやっているところが伸びていました。

そのうち大手は、ご存じのように強い批判を受けて消えていったのですが、残念ながら、ネット上には「適当に作ったコンテンツ」「広告料を得るためだけの何か」はまだまだ残っていますし、消えることはないでしょう。

金のためならモラルなんて関係ない人は山ほどいますし、人間には、すべてのものの善悪や正しさを判断する能力も余裕もありません。そもそも人間は、自分が信じたいものを信じる生き物ですからね。

グーグルも、現状では「せめてはっきり言おうではないか. Googleは無能であると」と言われていますし、グーグルは「情報の正しさ」を保証せず、嘘情報でも上位表示することがあると明言しています。

では、「真っ当にやっている」ところは、この先、生きていけなくなるのでしょうか。

実際に、週刊プレイボーイの堀江貴文氏とひろゆき氏の対談では、ズバり「まじめにネットメディアを運営しているほうがバカを見る」時代だと言っています。

広告主とプラットフォームは、倫理があるのなら動いていきましょう

こうした「(実質的には)ゴミのコンテンツ」「広告売上だけのために作られていて、社会に対して価値を提供する意思のないメディア」が(消えないにしろ)減っていくようにするには、どうすればいいのでしょうか。

そのためには、そうすることのモチベーションを下げるのが一番でしょう。彼らが広告売上目的にやっているなら、真っ当ではないところに広告料がいかないようにするのが一番ですね。

つまり、広告主がそうしたメディアへの広告配信を禁じて、広告プラットフォームがそれに対応する必要があるでしょう。

もちろんゴミコンテンツでも広告のインプレッションは出ますし、B2C企業ならばそこからコンバージョンに至ることもあるでしょう。となると、デジタルを担当するマーケの人ならば、そのチャンスは逃したくないでしょう。

しかし、広告主側が、社会のなかの自分たちの立ち位置を明確にし、その立ち位置に適した倫理綱領を明確にし、それを規範に行動をしていけば、そうしたメディアから得られるプラスと倫理的な「べし・べからず」のバランスを考えられるようになるはずです。

そして、グーグルやFacebook、そして日本ではヤフーといったプラットフォームが、そうした倫理をしっかりともち、手間暇を惜しまずにサービスに反映していくべきです。

この「広告主」と「プラットフォーム」は、どちらかだけが動いても意味はありません。両輪として「世の中のためになる」動きをしなければいけません。

のどごしの良いコンテンツばかりになっていく?

さて、Web担はどちらかというと硬派で(マンガも多いですが)、しっかりと解説した記事が中心です。

しかし、ネットでユーザーに好まれるコンテンツには次のような傾向があります。

  • しっかりとした解説記事よりも、軽い読みやすい記事
  • 文字で読む記事よりも、動画でさらっと見られるもの
  • 左脳で考えて咀嚼する記事よりも、その場で楽しめるコンテンツ

たしかに、自分がFacebookを眺めているときも、長文の投稿よりも猫のおもしろ動画を好んで見てしまっているのも事実です。

WIREDの編集長は、今の時代に喜んで読まれるのは「のどごしのいい記事だ」という表現をうまく使っています。

記事が食べ物だとするなら、いま「読まれる記事」は、とにかく「のどごし勝負」だと言うのだ。栄養価でも、味でもなく、ただひたすら「のどごし」のいいもの。それだけが読まれ、消費されていく。

(余談ですが、この記事の全体には同意しますが、ここでで書かれている「ニーズ」のとらえ方は、ちょっと表層的だと思います)

これだけ「fun(楽しいこと)」があふれている世の中、考えたり理解したりする必要があることよりも、ただ単に楽しいものに触れているほうが楽ですからね。

ふだんはライトに、必要ならじっくり

では、しっかりと取材したり編集したりといったコンテンツや、読んで理解するのに時間がかかる長文の記事は、こうした「のどごし記事」に凌駕されて、受け容れられなくなっていくのでしょうか。

そんなはずはありません。現に、「のどごし記事」の考えを示している前出のWIREDの記事は、非常に長文です。

それに、日経電子版は有料会員が50万人になりました。マスメディアとしてはまだ数は少ない印象がありますが、デジタルではかなりの数ですよね。

日経新聞の記事も(新聞ですので)比較的コンパクトにまとまったものが多いのですが、しっかりと工数をかけて作られているコンテンツですよね。

そもそも「個人の脳みそ」でいるときには1分程度の猫動画を好む私も、「仕事の脳みそ」のときはそうではありません。技術ドキュメントも読み込みますし、大量の調査データを調べることもします。

若い人にメディア接触についてヒアリングしていたときも、「ふだんは長い記事は読まない」ということで落胆しそうになったのですが、「でも、仕事のときは別」という言葉を聞いて納得しました。

世の中全体としては、たしかに「のどごし記事」のほうが受けるでしょう。それは、テレビ番組でバラエティが受けるようなものです。だって、脳みそをリラックスさせたいときには、そのほうが楽なんですから。

でも、しっかりとしたコンテンツを求める人がいなくなるわけではありません。

もしあなたが一般の消費者モードの脳みその人をつかまえたいのならば、ライトな記事を中心にしていくべきでしょう。そういう時代ですからね。

でもそうではなく、仕事モードの脳みその人が対象だったり、ちょっとまじめな脳みそのモードの人にリーチしたいのならば、そうした流れに惑わされてはいけません。世の中にはバラエティ番組やひな壇芸人が騒ぐ番組を好まず、BBCのつくる番組を好む人も一定数いるのですから。

商業メディアであれオウンドメディアであれ、「こういう人の、こういうニーズ・課題・願望・欲求・不安・不満に応える」というゴール(役割)の設定があるはずです。その設定によって、「のどごし記事」に行くべきか、その流れとは別で動くべきかが分かれるはずです。

◇◇◇

今回は、読者さんのWebやマーケの仕事と少し離れたトピックでしたね。すいません。

でも、冒頭でご紹介したマイナビさんのインタビュー記事と併せて、「なるほど、Web担ってそういう風に考えてるメディアなのね」と知っていただければと。

今年もWeb担をよろしくお願いします。

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