同僚には70代も。ベンチャー企業で自分を追い込み、チャンスを作り出す
米国の大学院でMBA取得後、眼科医療機器を扱う日本企業で国際プロダクトマーケティングに従事、現在は高齢者や難聴者向けのスピーカーの開発・販売を行うサウンドファンで、マーケティング本部 本部長 執行役員を務める金子一貴氏。現在34歳の金子氏にこれまでのキャリアやこれからのチャレンジについてお話をうかがった。
Webが一般に普及してすでに20年以上が経つが、未だにWeb業界のキャリアモデル、組織的な人材育成方式は確立していない。組織の枠を越えてロールモデルを発見し、人材育成の方式を学べたら、という思いから本連載の企画がスタートした。連載では、Web業界で働くさまざまな人にスポットをあて、そのキャリアや組織の人材育成について話を聞いていく。
インタビュアーは、Webデザイン黎明期から業界をよく知るIA/UXデザイナーの森田雄氏と、クリエイティブ職の人材育成に長く携わるトレーニングディレクター/キャリアカウンセラーの林真理子氏。
パソコン持たずに、アメリカにMBA留学
林: 最初にWeb、コンピューターに触れたのは、いつ頃ですか?
金子: はっきり覚えていないのですが、小学5年生の時に塾にパソコンがあったので、それを触ったのが初めてだと思います。両親はパソコンに関心がなかったので、家にはありませんでした。塾では、調べ物をしたり、ゲームをしたり、というような利用でした。中学、高校ではパソコンの授業はありましたが、それほど興味がありませんでした。大学でも論文にWordを使ったくらいです。
2005年にMBAを取るため米国ウィスコンシン州の大学院に留学したのですが、その時も日本からパソコンを持っていかなくて。なくても勉強できると思っていたのですが、授業で当たり前にパソコンを使うので、あわてて実家に仕送りを頼んで現地で調達しました。それから、パソコンやWebを自分で使い始めました。ちょうど、Facebookなどが広まってきた時で、その流れで活用するようになりました。
森田: Facebookが英語圏のSNSとして利用者が増え始めた頃ですね。大学院を終えた後のことはどう考えていたのですか?
金子: 4年半アメリカにいたので、将来的には海外でチャレンジしたいと考えていますが、卒業後は一度日本に戻ることにしました。外資系の日本法人だと意思決定の裁量に制限があって不自由なイメージがあったので、日本企業に就職しようと決めていました。
留学中の学生を対象にした日本のキャリアフォーラムがボストンで開催されたので、それに参加しました。国内で行われる会社説明会と違って、現地で4日間かけて最終面接までやるような、短期集中の選考会です。グローバル人材を求める日本企業が参加しているので、その中で決めました。
森田: 日本の学生は1年くらいかけて就活するそうですから、そこで決まるなら話が早いですね。
金子: そうですね。アメリカの学生は在学中にインターンをして就職を決める人もいれば、卒業後に就職活動する人もいるので、日本の学生が同じタイミングで一斉に就活を始めることのほうが違和感があります。
医療業界の独特なマーケティングとプロダクト開発に従事
林: キャリアフォーラムの出展企業の中で、最初の就職先に決めた理由は?
金子: ニデックという眼科医療機器を扱う日本企業です。留学経験と学んだマーケティングを活かした海外事業のプロダクトマーケティングを担当できるということで決めました。
森田: 具体的にどういう仕事をしていたのですか?
金子: 製品開発では、海外の著名な医師とコミュニケーションを取り、共創する形で仕事をしていました。医師とコミュニケーションするには、医師と同じくらいの眼科の知識が求められるので必死に勉強しました。海外出張が多い時で、月1回ほどあり、現地のR&D部門のメンバーとも協力して、各エリアを情報収集し、それを整理して、方針を決めて日本のプロジェクトチームを指揮します。また、製品販促は、各国の販売代理店をトレーニングして、彼らに委託販売してもらっていました。
ベンチャー企業への転職で、マーケティング全般を担当するように
林: そこから転職しようと思ったきっかけは?
金子: 約5年働く中で医療機器独特のマーケティングが、自分がやりたいことと少し乖離があると感じるようになりました。顧客のインサイトを調べて市場にプロダクトを投入するといったマーケティングではないですし、著名な医師の見解に基づき、自分の判断挟まず動いている感じがして。また、海外市場だしB2B、エンドユーザーは医者の先にいる患者さんなので、プロダクトがどう使われているのか全然見えない、役に立っているという実感が伴わないことにも、もどかしさを感じていました。
そんな時に「森部好樹が選ぶ日本のベストベンチャー25社」という本を読みました。いろいろな会社の創業の思いやビジネスモデルが紹介されているのですが、ソフトウェアやコンサルティングサービスが多い中、ハードウェアを開発している会社で取り上げられていたのがサウンドファンでした。
林: もっと直接的に顧客からフィードバックを得て自由度高く動ける環境を求めていたとき、「ベンチャー企業」に関心が向いたのですね。1社目は目、今は耳に関わる会社ですが、知覚機能に興味があるのですか?
金子: 目と耳は大枠の仕組みとしては同じなので、親近感がわきました。簡単に言えば、目は光の情報が角膜、網膜を通って視細胞が電気信号に変えて脳に届く。耳は振動が鼓膜に伝わり有毛細胞が電気信号に変えて脳に届きます。
ベンチャーは、スピード感を持ってビジネスをするので、早く成長できるし、手厚く教育してもらうより、やりながら学ぶほうが性に合っているのでチャレンジしました。ハードメーカーでの経験も活かせると思い、採用担当者に直接メールを送ったところ、ちょうどマーケティング部門を新設するタイミングだったということで、採用され2018年4月に入社しました。
林: それから、ちょうど丸2年ですね。今は上流から下流までマーケティング業務全般を担当している感じですか?
金子: 上流を戦略策定やマーケット調査、下流を施策実行とするなら、全部担当していますね。上流のほうに興味があって大学院でも勉強してきたのですが、Webマーケティングなどはこれまでやってきたことがないので、今試行錯誤しながらやっています。MBAのケーススタディでもWebマーケティングのケースはほとんどなくて、アナログなマーケティングを扱ったものが多かったのですが、根底の考え方は同じなので、それを活かしながら取り組んでいます。
モノのサービス化。サブスクリプションサービスを構築
森田: サウンドファンのマーケティング全般を担当してみて、どう感じていますか?
金子: はい、おもしろい仕事だと思っています。戦略としてターゲットや伝える便益を決めますが、果たしてそれが正解なのかどうかはWebマーケティングでテストしながら判断しています。上流と下流を行き来しながら回しています。
森田: こちらでは「ミライスピーカー」をサブスクリプションで提供していますね。やはりそうしたテストの積み重ねから採用された販売方法なんでしょうか。
元々は、B2Bの代理店販売をメインビジネスとしており、銀行や空港のアナウンスなどで導入されていました。それがちょうど私が入社した直後に「ガイアの夜明け」で紹介され、個人のお客様からの問い合わせが殺到しました。価格が10万円以上と高価なこともあり、個人向け販売は積極的にやっていませんでしたが、それ以降B2Bに加えて、B2Cにも力を入れるようになりました。
森田: その値段だと個人が購入するにはなかなかハードルが高いですね。
金子: そこで、個人向けの新しい製品として小さい安価なモデルを開発することになりました。しかし、市場に出すまでに時間がかかるので、しばらくはB2BのモデルをB2C向けにサブスクリプションサービスで提供することになりました。サブスクリプションサービスの採用は、Webサービスの会社を渡り歩いてきた社長のアイデアで、私達が具体的な販売戦略をたてていきました。月額料金は当初は2,980円、現在は1,980円になっています。
森田: なぜそのような値段設定になったのですか?
金子: 2,980円が利益が出せるギリギリのラインだったからですね。ユーザーのヒアリングも踏まえると、3,980円では高過ぎてしまいます。また、音の聞こえ方は個人差が大きく、100人全員が製品の特長を得られるわけではないため、30日間無料でお試しできるようにしました。まずは導入ハードルを下げて試してもらい、徐々に口コミで広がればいいと考えました。
もともと法人向けの代理店販売だったビジネスを、エンドユーザー向けのサブスクリプションサービスで展開していくにあたり、物流や故障対応、決済方法、返却商品の整備など新しく検討すべきことがたくさんありました。参考のためレンタルサービスの会社にノウハウを聞きに行ったこともあります。
リスティング広告で大敗。Facebook広告に勝機を見出す
林: そうした下準備を重ねてサービスを一から構築していったんですね。サブスクリプションサービスを運営していくにあたって苦労している点はありますか?
金子: 1年半前からスタートしましたが、最初は集客に苦戦しました。リスティング広告から始めたのですが、指名検索からは獲得できても、ボリュームの多い一般ワードからの獲得が全くできなかったのです。
たとえば「難聴」「手元スピーカー」「テレビのボリューム 下げる」などのキーワードで出稿したり、訴求ポイントを変えたりいろいろ試したのですが、半年やっても成果が出ずに悩みました。
そこでFacebook広告に切り替えてみたところ、順調に集客できるようになりました。最初は難聴の問題解決にあたっている顕在層をリスティングで取り込み、その後SNSで潜在層を獲得するという「顕在層→潜在層」のセオリーにのっとって考えていたのですが、むしろFacebook広告の方で先に数字が動いたのです。セオリー通りにはいかないと実感しましたね。
森田: リスティング広告だとテキストでしか表現できませんからね。ミライスピーカーはテキストでの訴求が難しい商品なんでしょうね。Facebook広告はニュースフィードに画像や映像も表示されるので、伝わりやすいですよね。
金子: そうかもしれませんね。私どもは、「手元スピーカー」を探している人にこういうスピーカーがありますよという別の選択肢を提示していたのですが、手元スピーカー以外のソリューションを知らなかったり、そもそも聞こえの問題は認識していても、老化現象として処理してしまい、解決しようと思わず仕方ないと受け入れてしまっているということもあると思いました。
林: 自分でいろいろ検証しながら新しいサービスを軌道に乗せるのはやりがいがありそうですね。
金子: 数字が出ないときは辛いですけどね。Webマーケティングのいいところは数字にすぐ表れることで、うまくいっていないときは残酷ですが、PDCAのまわしがいがあります。定期的にサブスクリプションのお客様を訪問して、使用感や利用環境などを調査しながら探っています。
森田: それはサブスクリプションサービスの製品検査のような形で訪問するのですか?
金子: そうですね。訪問調査によって、製品開発のための顧客理解が進んだのはサブスクリプション化の大きなメリットでした。訪問販売を通じて実際に高齢者の方が満足する音、形、サイズなどを知ることができ、新製品の開発に活かす事ができました。調査に協力いただいた方は、一緒に製品開発に参加したような気持ちでエンゲージメントが高まっており、新製品を心待ちにしてくれています。
ちなみに、購入者のボリュームゾーンは50代で、自分の親世代にプレゼントする方が多いですね。ご利用者である高齢者は、なかなかご自分で「耳が悪い」とは、言いづらいですし、解決のためのアクションをあまり起こさないので、周りの家族がコミュニケーションのターゲットになるのです。
森田: 高齢者本人が自分の老化を認めたくないことなんかも関係していそうですね。
金子: そこが高齢者向け製品のマーケティングの難しさで、杖、車椅子なども同様の課題があります。高齢者の日常的な好みにあわせて木目調のデザインなども検討した事がありますが、高齢者=木目調というのは少し短絡的で、逆に受け入れられないのではと思い、やめました。
林: サブスクリプションではなく、購入したい人向けの販路も用意しているのですか?
金子: 現在の製品は期間限定でAmazonで販売を始めました。販売価格は35,200円です。この価格だと市場に受け入れられるのは厳しいかと思っていましたが、予想に反して伸び、現在は購入とサブスクリプションの半々くらいの比率になっています。また、サブスクリプションで一定期間利用すると、通常より安く購入できるようにもしています。今後の新商品もサブスクリプションと販売の両方で提供する予定です。
同僚は70代も。顧客の声を伝えて製品開発に活かす
林: 新製品開発も金子さんの業務の範疇ですよね。「ガイアの夜明け」でも放送されたベテラン技術者らと共に開発を進めているのですか?
金子: はい。開発メンバーは音響開発経験の豊富な70代のエンジニアもいます。彼らは新しいニーズに合わせて新しい原理のスピーカーを開発するためにいろいろなアイデアを検証しており、テレビに内蔵させたり、広い場所で使える大型タイプのプロトタイプを作ったり、さまざまな挑戦をしています。
林: 若手&マーケティング部門の金子さんが、シニア&開発部門のエンジニア陣とコミュニケーションする時に気をつけていることはありますか?この先70代と30代がともに働く職場は増えていくと思うんですよね。その先駆者として思うところがあれば、ぜひ伺いたいです。
金子: 年齢によるコミュニケーションの難しさは感じないですね。社会人としてのコミュニケーションができれば問題ないと思います。マーケティング部門と開発部門とのコミュニケーションという点では、前職でも感じたことなのですが、技術とマーケティングの対立はあると思います。
簡単に言えば、開発者は製品の生みの親なのでスペックを上げ過ぎてしまうことがあります。それに対して、私の意見としてではなく、顧客の生の声を率直に伝えて市場に求められるものに方向を合わせていきます。対立といっても、根底にある「世の中に役に立つものを作る」という思いは一致しているので、そこまで苦労はしていないですね。
森田: 訪問調査で顧客の声を聞いているのは強みですね。
金子: お客様の訪問や電話のフォローアップは大事にしています。これは、開発だけでなくWebマーケティングにも活かせるからです。施策の結果を見た時に、なぜこういう数字になるのか、その理由がお客様と触れているとなんとなくわかります。
森田: 70代のマーケターと30代のエンジニアのコミュニケーションのほうが難しいかもしれませんね。サブスクリプションがわからないマーケターになってしまうと厳しいですね。
金子: マーケティングは常に変化しており、30年前の売り方も30年後の売り方も現在とは違うでしょうね。自分のキャリアを考えれば、ずっと勉強し続けないといけないと思います。
自分を追い込むことで学ぶチャンスを作る
林: すでにマーケティング以外の領域まで、ご自身の守備範囲を広げていますよね。
金子: ベンチャーといってもマーケティングだけを担当するものと思っていたので、物流、サポートまでやることは想定外でした。結果的に、事業全体が見えるようになり、プレッシャーもありますが、やりがいも感じています。
林: そうした想定外も正面から受けて立つ上では、いろいろまとまった知識インプットが必要なことも多かったと思いますが、いかがですか?
金子: 勉強熱心ではなく、必要に迫られないと学ばないので、意識的に自分を追い込むようにしています。留学するまでは海外旅行の経験もなく、英語も得意ではありませんでしたが、自分のコンフォートゾーンから外れないと成長できないと思ったから留学にも挑戦しました。前の会社とは違う現在の仕事を選んだのもそのためです。学ぶのは楽しいので、時代が変わったときに取り残されないよう、新しい経験を積み重ねたいですね。
森田: 今後のキャリアはどのように考えていますか?
金子: まずは、今の会社でこの製品を日本市場で成功に導き、その後、海外展開を考えています。留学した時、日本は丁寧、信頼といった良いイメージを持たれていると感じました。見ず知らずの人でも、幼少時にドラクエをやったという話題があって話が通じたりなど、日本企業が培った日本のブランドに助けられたことがありました。最近はプレゼンスが小さくなっているからこそ、日本のブランドで挑戦したいですね。
ミライスピーカーならば日本の技術で世の中の役に立つことができますし、世界にまだないテクノロジーです。高齢化、エイジテックの文脈でも世界のニーズにフィットするので、この製品を広げていくことをキャリアの中期的な目標としてやっていきたいです。
二人の帰り道
林: 今後のキャリアを尋ねられて、すっと「自分が今手がけている事業をどう展開していくか」を語りだす金子さん。心から今の仕事を楽しんでいて、会社の事業拡大と自分のキャリア開発の歩調があった挑戦のただ中にいる証だなぁと思いました。金子さんのお話は、キャリアの選択肢を広げすぎず、自分の人生で使える時間を実際的な活動にあてて充実させていっている印象が強く残りました。「ボストンのキャリアフォーラムの出展企業」や「森部好樹が選ぶ日本のベストベンチャー25社」の中から決めるって、けっこう思いきっていると思いませんか。これって広げようとすれば、この情報過多の時代どこまでも選択肢を広げて、いつまでも検討し続けられちゃう怖さがあります。でも金子さんは、いくつかのシンプルな指針を立てて、それに合致する枠組みを決めたら、1つ選ぶまでの前さばきが実に手際よい。中に入って実際やってみる時間に多くを割いて、やりながら自分で「それが充実した有意義な活動になるようにする」潔さと力強さを、大いに感じました。
森田: とってもお若い廣澤さんの前回に続いて今回もわりとお若い金子さんでした。しかし経歴がすでに強まっており、今まさにWebマーケティング界隈で働くことを目指している方々にとっては十分ロールモデルたりえるなと思いました。久しぶりに、取材後に自分の手をじっと見るという、老兵は消え去るのみ感を満喫しました。さて金子さん、当たり前なんですが商品の特長や特性を完全に把握されていて、簡単な実験も交えての商品説明にとてもワクワクで、楽しくて。こういう体験をWeb広告でも届けることができればコンバージョンするわけだし、実際にそれができるように試行錯誤をされているのだなというのがよくわかりました。加齢性難聴という人類が共通して抱える課題に対応できるミライスピーカーの世界展開は楽しみですね。力強いお話、ありがとうございました。
ソーシャルもやってます!