顧客ロイヤルティを測る経営指標「NPS」
顧客ロイヤルティを測る経営指標「NPS」

顧客ごとのNPSを担当スタッフへとフィードバック

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顧客ごとのNPSを担当スタッフへとフィードバック

――たとえば、推奨度の低い方に共通する要素を抽出し、それに対して改善施策を講じたりもされていますか。

●徳力 クライアントについては対象件数もそう多くはありませんので、推奨度の低い方にはできるだけ私から連絡するようにしています。お詫びのメールとか、場合によっては私が同行して打ち合わせにいくこともあります。今のところはメールでお詫びしつつ、営業担当からヒアリングし、「それなら信じて様子を見るか」となるケースが多いですね。

――NPSをもとに個別に対応しているんですね。そういう行動によって、たとえば、次回の発注にきちんとつながるようになりそうですか。

徳力 基彦氏

●徳力 9月に2回目の調査を行ったのですが、7~9月に初めてお取り引きがあった方と、4~6月から継続してお取り引きいただいている方では、後者のほうが明らかに推奨意向は高くなりました

やはり初回の評価はばらつきがあって、推奨度の低い人はリピートにつながらない可能性が高いはずなので、そこをウォッチしていけば焼き畑農業的な活動からは、脱却できそうな感覚はありますね。

推奨度が低ければリピートはしない。
NPSの改善が焼畑農業からの脱却につながる

われわれの業界でNPSが低い場合にあり得るのは、ソーシャルメディアに対する過度な期待感があります。「ソーシャルメディアで自社の課題を解決できると思って頼んだのに、そうでもなかった」というケースです。

その場合、最初のセールストークが悪かったのか、期待値のコントロールができていないのか、実際に実施するプロセスが悪かったなどの分析を行います。そのうえで、間に合うかどうかは別にして、そのお客さんにもリピートしていただけるよう努力し、以後、営業担当が同じ誤りをしないよう方向を修正していける気はしています。

――社内の担当者には、調査した結果をどのように伝えていますか。

今、社内では営業の顧客リストの担当者名と企業名の横に、最新の推奨意向の数値を入れています。だから、ある営業担当者は7以上ばかり並んでいるけれど、ある担当者は9もあれば3もある、といった感じで見えてきます。むらっ気がある営業と、ある程度安定している営業を分析していくといろいろわかりそうだし、営業担当にとっても、自分が良いのか悪いのか、ほかの人と比べてどうなのかが自覚できる可能性があると思います。

当社の業態だと、短期キャンペーンでいきなり売上がドンと上がる営業担当と、継続したお客様との売上を積み上げていく営業担当など、性格的にずいぶん異なるタイプが存在しますが、どうしても短期の売上のほうが注目されやすいんですよね。

ただ、大きい案件をいただいても継続してもらえないというのは、実はAMNに対してだけでなく、ソーシャルメディア活用に対する批判者を日本中に増やしてしまっているおそれがあります。NPSを手がかりにすれば、そのあたりの分析を立体的にやれそうだという手応えはあります。

――現時点では担当者別にNPSを計測して、それをフィードバックするところですね。

●徳力 はい、そこに留めていますが、2013年からはチームの評価に反映していくつもりだと予告してあります。売上金額に推奨意向をかけ算するという、「NPS×セールスポイント」みたいなものを算出しようと(笑)。売上げ以外でも、チームの成績を比べられるとおもしろいかなと、真剣に考え始めたところですね。

ちなみに『究極の質問』で出てくる「悪しき利益」という視点、あれはすばらしいと考えています。

※不満を抱える顧客から得た利益は「悪しき利益」であり、そうした利益は顧客との関係性を犠牲にし、批判者をつくりだすとされている。NPSを分析することで、企業の利益が「良き利益、悪しき利益」のどちらかが見えてくる。

悪しき利益に振り回されないための決断

――悪しき利益という視点は、すばらしいですよね。

●徳力 当社も、やはりソーシャルメディアバブルの最中は悪しき利益に振り回されてしまったかな、と感じているんです。バブルのさなか、「Twitterキャンペーン、とにかくやりたいです」「Facebook、なんでもいいから考えてください」といった形で売上が立つこともありました。

一方、「そうではなくて、企業の根本的な問題を解決していないとリピートにはつながらない」という話を社内でもずっと議論し続けていますが、売上の数字が達成できれば担当は満足しますし、評価もせざるを得ません。

でも、「今は売上として上がっているけれど、たぶん続かないよね」というものには早めに気づいてもらう必要がありますし、NPSはその手がかりになるように思います。今は私がやっているので3か月に1回という頻度になっていますが、NPSが業績に貢献するのが見えれば、専任スタッフをつけて計測頻度を上げるなど、考えたいところです。

――短期キャンペーンをドカンと取ってくる。そうした営業担当に注目が行きがちだというのはまさにおっしゃるとおりで、でもそれは「悪しき利益」の可能性がないわけではないと。

●徳力 われわれはソーシャルメディア活用のアドバイザーにならなければいけないのですが、実はキャンペーンというものはソーシャルメディアと相反する要素が多々あるわけです。ソーシャルメディアを使った、企業の日々のコミュニケーションを最適化するためのアドバイスが求められるなかで、単発で大きなキャンペーン案件をいただくというのは、会社としての評価も上がりビジネス上はもちろんすごく大事だと思っていますが、AMNが本来目指している日々のコミュニケーションの強化とは目的が異なるケースが多々あります。

大きなキャンペーン売上は会社として大事ですが、
本来の活動目的からすると「悪しき利益」かもしれない

ただ、だからといってそういうキャンペーンの仕事をいっさい取らないというのもおかしいので、このあたりの感覚をスタッフに肌身でわかってもらうためのインセンティブの設計をNPSとの組み合わせで実現できるといいなと。これは2013年のどこかのタイミングで制度として出したいと考えています。

われわれは、「何かおもしろそうなことをやってくれそうだから頼む」というクリエイティブエージェンシー的な会社ではなく、「ソーシャルメディア関連のファンコミュニケーションの話は、まずはアジャイルメディアに相談しよう」というポジションの会社になる必要があります。実際、何社かのお客さんに「もっと伴走型になってほしい」といったリクエストはいただいています。

――一緒に走ってくれる企業ということですね。

●徳力 私はよく「コンサルフィーはいただきません、実践に対するお金をください」という話をしています。コンサルティングで終わらずに、ちゃんと実際に何かの施策を行った際の活動費をいただく、PR代理店のような業態をイメージしています。

やっぱり、小さな金額でもいいので、毎月のフィーをもらっていると、担当者にとって自分のお客さんだというのが明確になると思います。「ブロガーイベントをやりました。来年の新製品のときにまたやりましょうね」では、いったん自分のお客さんじゃなくなってしまい、その企業のオンライン上の評判とか活動から目を離すと、次に提案するときには製品やブランドに対する知識や意識のレベルがゼロに戻ってしまうわけです。そうではなく、たとえば、毎月レポートのお手伝いしていれば、常に企業の目線でウォッチを続けることになり、その過程でヒントが絶対に見つかるはずです。

ソーシャルメディアにおいては、「こうやってやるべきです」ではなく「こうやって、一緒にやりましょう」。やってみて「こうでしたね。じゃあ、次はこうしましょう」までやらないと駄目だと考えています。そういう意味で、単発のキャンペーンの売上は会社にとって大きいものの、AMNとして本来注力するべきことから比較すると、悪しき利益になりやすい構造があると『究極の質問』を読みながら実感しました。

また、当社では企業が実施するイベントの告知だけを会員向けのメールマガジンでお手伝いする場合もあるのですが、「ユーザーにとって楽しくないイベントの告知のビジネスを続けていると、本業にダメージがあるかもしれない」といったことも検証したいと考えています。

――告知だけだと手間がかからず、ビジネスとしては効率がいいんですよね。

●徳力 ビジネスとしては儲かるわけですが、ただそれによって参加者が「AMNから告知されるのは面白いイベントだと思って参加したのに、なんだよ……」みたいになると、実はわれわれにとっては深刻な事態になってしまいます。こういうイベントに参加して記事を書いてくれる人って日本にたくさんいないので(笑)。そういう人たちからの信頼を失っては駄目だと、スタッフにも口うるさく言っています。

今まで、「クレームがあったから、これはやらないほうがよかったんじゃないの」という議論をしても、「そうはいっても儲かっているんだからいいんじゃないですか」で終わることもありましたが、推奨意向などを検証することで「それは違うよね、会社にダメージになっているよね」と言えるはずです。

――すでに悪しき利益で儲かってしまっていて、仮にですがその会社が上場していたりすると、おそらく「利益を落としてでもちゃんとした関係性に戻します」という決断は許容されにくいだろうと思います。

●徳力 そうかもしれませんね。現実問題としては、当社も以前は単発のキャンペーンからの売上がそれなりにありましたが、本来やるべき中長期のアドバイスやコンサルティング、継続型のキャンペーン施策へリソースを振り分けた結果、単発のキャンペーン部分はかなり売上の割合としても減りました。売上や利益に関することは、理解が得られる環境でないと大変だと思います(笑)。トップダウンである程度の方向性を決めてからやらないと危ない気はします。

企業メッセージを統一し、原点回帰へ

――NPSを取り入れてみて、他にも感じたことはありますか。

今はアカウント運用支援という形になっていますけど、ソーシャルメディア上での話題をいかに増やすかとか、われわれがアンバサダーと呼ぶ方たちをいかに増やしたり、その人たちにいかに話題にしてもらうか、四六時中とは言わないまでも継続して考え続けてないと、たぶんわれわれの存在意義はないと思うんですよね。会社の遺伝子を統一する意味でも、NPSはわれわれにとって非常に相性が良さそうだと思っています。

もともとそっちの遺伝子だったはずなのですが、やっぱりソーシャルメディアブームの過程で、言っていることと実態が乖離してしまった面もあったのだと思います。「われわれは企業と利用者をつなぎます」と言っていましたが、Twitterキャンペーンや、Facebookキャンペーンを手がける過程で、総合広告代理店のまねごとを小さい規模でやるみたいな感じになってしまった面もありました。でも、そもそもはそういう会社を作りたかったわけではないんです。

リニューアル後は「アンバサダー」がメッセージの核に
http://agilemedia.jp/

2012年6月に行ったNPSの調査結果を受けてお客さんへ伺うなかで、バブルで調子に乗っている間に、社外から見た企業イメージが変わってしまっていたことに気づきました。当社がやろうと思っていることは、お客さんにきちんと伝わっていないという感触を受けました。

今はもう1回、「われわれはこういう会社で、得意なことはこういうことで、こういうことをやりたいと考えています」とお伝えしようとしているところです。企業メッセージもちゃんと統一して、サイトもリニューアルしようという動きが、NPSのアンケートをきっかけに始まったりもしています(※2013年1月にリニューアルされている)。

――企業メッセージというのは具体的には。

●徳力 私たちがやるべきことは、ソーシャルメディアユーザー、私たちが言うところのアンバサダーがいかに企業と一緒に盛り上がってくれるかを、それぞれの企業に合わせて考えることだと思っています。

――そういう意味では、原点に回帰するきっかけになっているんですね。

●徳力 原点回帰ですね。

また一方、お客さんへのインタビューを通じて、われわれに求められているのがより深いレベルのアドバイス、より上流工程の視点でのアドバイスになってきているという手応えがありました。このため「アンバサダープログラム」という名称で、中長期で継続的に企業の支援やアドバイスをするチームを発足させましたが、ここが今、全社的な業務のプロセスを見直す活動の中心になりつつあって、そういう意味では1回目のNPS調査はかなりいろんなもののきっかけになっています。

――クライアントである企業に対するNPSの提案状況はいかがでしょうか。

●徳力 最近は自社だけではなく、継続的にお手伝いしているお客さんに対してもNPSによる計測を提案し始めています。2013年は、お客さんと一緒に取るアンケートは、特に何か言われない限り全部この11段階にしていくつもりです。

NPSを用いることで、たとえば批判していた人たちがポジティブに変わったかどうか、どうすればポジティブに変わるのか、ほめている人たちは何を軸にほめてくれているのか、そういうのが見えてくる。それをうまく使えば、キャンペーンのネタに使える可能性があると感じています。

NPSで一番大事なのは、やっぱりこの3分類した、特に上と下(推奨者と批判者)を見るところだと思いますね。分類と分析をして、なぜなのか聞いていくところです。

――推奨者を増やし批判者を減らす。その結果としてNPSが上がるということですね。

「勧めたいか」というNPSの質問は絶妙ですね。その人のホンネが見えてきます

●徳力 また、「勧めたいか」という聞き方がなかなか絶妙だなと思っています。当社でも6月に最初に聞いたときに「私は満足していますが、おそらく他の部署に理解してもらえるかというと難しいと思うので……」といった感じで、ヒントを書いていただいたケースがありました。

「今回の施策はどうでしたか」と聞いてしまうと、「まあ、満足」みたいな感じで返ってくることが多いと思います。これが「勧めますか」だと「自分たちは実験だからちょっとやってみているけれど、他の部署に紹介できるまでじゃないよ」っていうホンネが出てきたりします。なんのことはない質問ですが、これを考えた人はすごいなと思っています。

関係性の深さが経営に貢献することを証明していく

――徳力さんの場合は、経営者としてトップダウンでNPSを導入していますが、他の企業も今後NPSを入れていくべきだと思われますか。

●徳力 いわゆるマスマーケティングで十分だ、たくさん売れさえすればいいというビジネスであれば、苦労してNPSを導入しなくてもよいと思います。一方で、顧客との関係性において、その深さを測ろうと思うのであれば導入するメリットはあるでしょう。おそらく、BtoBの企業やサービス系の企業などは向いている気がします。

すでになんらかのアンケートをとっているのであれば、その質問を変えてみる。あとはエクセルでできるレベルの計算ですからやってみるのがいいと思います。

――AMNは立ち上げの時から「健全なクチコミ」を掲げていたので、顧客志向のNPSとは思想的なところで相性がよさそうだと感じていました。

●徳力 そうですね。ただ、3~4年前はどちらかというと理想論で語っていたと思います。だからバブルが来たときに、そちらのほうが楽だというので引っぱられた感じはありますからね。今はある意味、悪しき利益体験をしたからこそ身に染みて感じている部分があります。

――最後に今後の展望をお聞かせください。

●徳力 今はほぼ私1人で実験的にやっている状態ですが、これをさっきの遺伝子の話のように、会社のカルチャーとシンクロするものにしていこうと思ったら、組織のフローのなかに入れていくべきです。

今は3か月ごとに私が個別でメールを送っていますが、たぶん本当は案件が終わってしばらくしたタイミングが適切でしょう。向こうが怒ってるなら怒っているタイミング、喜んでいるなら喜んでいるタイミングで、早めに聞かないといけないはずです。

将来的には「案件が完了しました。レポートも済みました。NPSを取ります」という形で全体のフローに入れていきたいと考えています。スタッフ1人ひとりの意識を「お客さんがどう思っているかを確認しない限り仕事は終わっていない」というふうに変えなくてならないですから、けっこう大変だろうとは思います。

徳力 基彦氏

2013年中には終わらないと思いますが、3か月サイクルをたとえば1か月に変えていきながら、いつかはビービットの遠藤さん(第1回インタビュー参照)のように、日本でNPSをこういうふうに使うべきだと啓発する側に回れるといいな、とも思います。やっぱり、ソーシャルメディアを推進する側としては、NPSはすごいヒントだと思っていますので。

ソーシャルメディアの世界ではエンゲージメントという言葉がよく使われていますけれども、それを測る方法はいわゆるエンゲージメント率ではないと思っています。私たちは、お客さんにフォーカスしているNPSのような測定手法によって関係性の深さを測り、ソーシャルメディア上でのコミュニケーションやエンゲージメントがきちんと売上げにつながることを証明しなくてはいけないプレーヤーなので、うまく日本企業に合うやり方を見つけたいと考えています。

◇◇◇

2010年代に入ってマーケティング関係の話題がソーシャルメディア一色になるなか、最前線で活躍していた徳力さんがその裏でこのような悩みを抱えていたことは、時おりカンファレンス等で顔を合わせていた筆者にとっても意外だった。そして、NPSを用いつつステークホルダーとの適正な関係性を模索し、原点に戻る決断を下したことは、誰にでも簡単にできることではないと思う。同世代としても、非常に感銘を受けたインタビューだった。

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