1200億円の巨大なプラットフォームでいかに変革を起こし戦っていくか? ディノス・セシールCECO石川氏
Marketing Native Special Interview
画期的な戦略でEC業界を席巻し、各方面から熱い視線を浴びている人物がいます。それが、カタログ通販大手の株式会社ディノス・セシールでCECO(Chief e-Commerce Officer)を務める石川森生(いしかわ・もりう)さんです。石川さんは2016年にディノス・セシールに中途で入社し、同社のEC事業を強化するべく多様な改革を打ち出してきました。石川さんが取った施策の何が凄いのか?ディノス・セシールが誇る売上高1200億円という巨大なプラットフォームの中で、どのように変革を起こしてきたのか――?
Marketing Native Special Interview、今回はディノス・セシールのキーパーソン、石川さんのインタビューを前編と後編の2回にわたり、たっぷりとお届けします。
(取材・文:Marketing Native編集部、人物写真:稲垣純也)
2年間の運用改革を経てデジタルマーケティングの施策に着手
――何かと注目されている石川さんですが、あらためてお聞きしたいことがいくつかあります。まず、ECサイトの運用に関してですが、最も力を入れた施策は何ですか?
ECの運用方法自体を2年がかりで変えたことが大きいですね。
カタログ通販業界全体では緩やかにシュリンクが始まっていると言われていますが、おかげさまでディノスのWebの売り上げ自体は伸長基調で、EC自体は軌道に乗っていると思います。
このようにECが軌道に乗っている一番の要因は、マーケティングの成果というわけではなく、実は「運用改善」なんです。当社はカタログ通販の会社なので、例えば、ファッション部門はファッションのカタログを専門で制作し、そのほか、リビング、美容健康、食品といった部門があり、各部門がそれぞれのカタログを制作しています。そのため、以前は各部門が各事業PLを追いかけているという構図になっており、組織を横断するという概念が生まれづらい環境でした。Web担当者もそれぞれの部門に所属していました。
そのような状態でディノスという一つのサイトを運営する場合、例えば「クリスマス特集を立ち上げましょう」となったときに、部門ごとに複数のクリスマス特集ができてしまいます。そうすると、制作コストにおいても、SEOの面でも無駄が発生してしまいますし、ディノスとして一つのまとまった提案になっていないので、お客さまにとっても親切ではありません。そうした状況を受けて、私がディノス・セシールに入社して最初に行った仕事は、分散していた会社のWebリソースを一旦まとめて、EC本部という部門を立ち上げることでした。
EC本部は各事業部門にいたWeb担当者が集まった組織で、ディノスとセシールを合わせて100人近いチームです。各部門が別々に特集ページを立ち上げて商品を販売していたものを、EC本部が統括してWeb上でお客さまにオファーを出す形式に変えました。そのために特集を立ち上げるタイミングとオファーの内容をMD(マーチャンダイザー)に伝え、当てはまる商品をエントリーしてもらうようにしたのです。その結果、それまでバラバラだった特集が一つになり、売り上げもまとまって山が大きくなりました。成果が出始めると、今度は山が大きくなっているタイミングで「別の施策を打ち出してみよう」という攻めの発想がどんどん湧いてきます。
具体的にはメルマガの送り方、特集を打ち出すタイミングの取り方、日々追いかけるべきKPIの見方など、「カタログ通販の受注ツール」としてだけではなく、EC単独の事業としても成立するようにビジネスのスキームを変えました。結果的にそれが成果につながり、同じリソースでも効率的に運用すれば売り上げは伸びる、ということが事業部門全体に共通認識として浸透しました。その段階に至るまでに結局2年ほどかかっています。
ECの運用体制は整いましたので、ここ1年でデジタルマーケティングの施策に着手しています。例えばMA(マーケティングオートメーション)ツールを導入したり、サイト内検索にAIを利用して精度を高めたりすることです。
中でもMAツールが稼働し、成果を出し始めている点に注目しています。弊社のMAツールには「Salesforce」を採用していますが、現場のメンバーに「適切なタイミングで適切なオファーをお客さまに対して行うことで、購入につながる」というノウハウが蓄積された後に導入しました。MAツールでは、接客を自動化するルールである「シナリオ」を設計、設定する必要があります。例えば、お客さまがカートにアイテムを入れたまま、未購入となっている場合にメールを送信する「カート放棄」のシナリオなどが、一般的によく知られています。弊社では、そうしたベストプラクティスだけでなく、商品ごとにある「勝ちパターン(商品が売れるパターン)」をシナリオとして自動化しています。商品数も多いので、これから短期間のうちに日本で最もシナリオが動いている状態を目指しています。
「勝ちパターン」の例として、弊社で販売しているスティッククリーナースタンドを挙げましょう。この商品は自立しないスティッククリーナーを立てるためのもので、価格は1万円程度です。スティッククリーナー自体の価格が数万円程度と掃除機としては比較的高価なため、スタンドを初めからセットで購入する方はあまりいません。ところが、スティッククリーナーを購入してから数週間後にスタンドをメルマガなどで提案すると、購入に至るケースが数多くあります。それは、例えばユーザーが購入したスティッククリーナーを何度か倒すということを経験し、スタンドの必要性に気がつくからです。しかしながら、スティッククリーナーを購入したお客さまのデータを抽出し、逐一メルマガを送るのは手間がかかります。「手間さえかければ売り上げを上げられるのに…」となった状態からシナリオとして自動化することで、初めてMAツールを使いこなすことができると考えます。
デジタルマーケティングとアナログの融合施策で得た実感と課題
――はがきのDMを24時間以内に自動的に送付するシステム(※1)も印象的でした。まさにデジタルマーケティングとアナログ施策の融合ですよね。テスト段階で、Webのみの施策と比較して購入率が約20%向上したとのことでしたが、逆に課題に感じた点はありますか?
システムを完全自動化するハードルが想像以上に高いと感じています。コストがかなりかかる施策なので、シナリオを選ぶ必要がありますが、問題はテストを回しながらでしか選定できない点です。「成果を上げたシナリオ」は残し、「赤字のシナリオ」を外していくわけですが、そうするとDMの送付ボリュームが小さくなります。紙の場合、10枚で発注するのと1000枚で発注するのとでは単価が異なるため、発注するボリュームが増えないと単価が下がらず、施策に落としたときのROIが悪化してしまいます。送付するボリュームを増やせばコスト感は合ってきますが、そもそも紙代や印刷代が高いので、ROIとのバランスを取ることに苦心しています。
また、カタログのようなクリエイティブをDMでいかに実現するか、という点も課題となっています。DMの制作を自動化する場合、テンプレートにして、動的にデータを流し込んで作ります。一方、同じ紙媒体のカタログには同じページが1ページも存在しません。カタログは作り込まれたクリエイティブがあるからこそ、お客さまのレスポンスが発生しているわけで、それをDMでどのように実現するかという点を追求しているところです。Webサイトで使用している画像の解像度が低すぎて、印刷するとモアレが発生してしまうことも悩ましい点ですね。
※1:カートに商品を入れたまま購入しない顧客に対し、24時間以内にDMを送付するシステム。2018年4月よりディノス・セシールが運用を開始した。メールマガジンのみを送付する顧客と比較して、購入率が2割以上高いという調査結果が出ている。
――AIを活用したパーソナライズド小冊子(※2)の反響と、実際に行った上で感じた課題点があれば、教えてください。
現状、小冊子を送る対象者は、あらかじめ決めた商品を購入した方に限定しています。その対象者に関して言うと、ROIは合わせられそうな見込みが立っています。部数をかなり絞ってテストしているので、お客さまからの生の声はまだ届いていませんが、数字の面では一般的なカタログと少し異なるレスポンスが返ってきています。ディノスにはステージアッププランがあり、お客さまの買い物金額や回数に応じて「ダイヤモンド」「プラチナ」「ゴールド」「シルバー」とステージが分かれています。通常、上位のステージにいるお客さまほどカタログに対する反応率が高いため、小冊子を送付した場合も同様の想定をしていたのですが、実際の反応は異なっていました。ステージが高い層からのレスポンスよりも、中間のボリュームゾーンからのレスポンスが高かったのです。
上質な紙で作られていて200ページくらいあるカタログと、8ページの小冊子が近い時期に手元に届いたとき、上のステージのお客さまは恐らく、小冊子の存在がカタログにかき消されてしまうのでしょう。約200ページのカタログで十分満たされているので、小冊子送付の有無を問わず、商品を購入していただけます。一方、ステージの中間層は、Webからの購入率が比較的高く、この層のお客さまにはパーソナライズド小冊子で心を動かすことができるのかもしれません。
我々はECの中にとどまろうと考えていないので、Webで獲得したユーザーにいかにカタログのようなフィジカルな体験をしてもらうか、そのためにデジタルをどのように活用するかという発想になっています。パーソナライズド小冊子の施策において、Webユーザーに近いステージ中間層の方々の紙に対するレスポンスが高かったのは、意外な結果でした。しかし、Webで獲得したユーザーをカタログユーザーに転換する、一つの強力なきっかけにこの小冊子がなり得るとしたら、計り知れないインパクトがあります。それに加えて、既存のカタログに満足してくださっている方々には送る必要がないかもしれない、という気付きも得られました。本当は、上のステージのお客さまに反応していただけると、売り上げ自体が大きくなるので気持ちは楽ですが、中間層の方からの良い反応も我々にとっては好結果です。
※画像提供:ディノス・セシール
※2:業界全体で見受けられるメール開封率の低下傾向を受け、ディノス・セシールが2018年8月より行った施策の一つ。A5サイズ、カラー8ページで構成されるパーソナライズド小冊子で、特定の商品を購入した顧客に対し送付される。表紙に購入商品と顧客の氏名が印刷され、中面に購入内容に合わせたコーディネートやアイテムが掲載されている。
膨大なデータをいかに整備し、活用するかが鍵
――これから重点的に取り組みたいと考えている課題はほかにございますか?
データの活用に関する課題は、非常に大きいと認識しています。弊社で運用しているシステムは歴史があるため、自動化・最適化に向いたデータ構成を前提としていない部分があります。データは豊富にありますが、すぐに使える形になっていない部分もあり、宝の山はあれど活用しきれていない状態です。データの整備だけでも相当な時間を要すると思います。データが整備されればMAともつなげられるので、早く宝の山の精査・分析に取り組みたいと思っています。
また、EC用のMDをどうするか、という課題もあります。カタログに掲載する商品は、カタログというメディアで売るために最適化された商品が基本的にラインナップされているので、ECのマーケティング的に使いたいと思う商品はほかにあります。カタログの場合、ページ数や部数、受注期間、制作費が先に決まるため、カタログ単位での売り上げ目標はそれで設定されていきます。そうすると、誌面の面積に制約があるカタログでは、必然的に掲載商品にも制約が出てきます。一方、Webによって新規顧客の獲得を目指す際、最も簡単なのはコモディティ商品を安価で販売するといった手法です。そうしたWebの考え方と、カタログロジックのMDの考え方は異なる部分があるので、例えば新規顧客の獲得に役割を特化させた商品など、EC側の戦略上必要なアイテムが現状では不足している状態です。MDでも仕入れの責任者でもない立場にありながら、ECにとって必要な商品を仕入れてもらえるようにするには、経営層や関連する部門に対してこの重要性を説明し、全社的な戦略に組み込んでもらうしかないと思っています。
(後編へ続く)
【会社紹介】
株式会社ディノス・セシール
事業の核となる総合通信販売事業では、「ディノス」「セシール」の2つのブランドを展開。テレビ・カタログ・ECという複数のチャネルを活かし、ファッション、家具・インテリア、美容健康、食品など、幅広い商品ジャンルを提供している。そのほか、リテンションマーケティング事業やフラワーネット事業なども手掛けている。
創業:1971年12月20日
本社:東京都中野区
代表取締役社長:石川 順一
https://www.dinos-cecile.co.jp/
「Marketing Native」掲載のオリジナル版はこちら1200億円の巨大なプラットフォームでいかに変革を起こし、戦っていくか? 株式会社ディノス・セシール 石川森生さんインタビュー(前編) | Marketing Native(マーケティング ネイティブ)2018/11/05
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