なぜ日本ではイノベーションが生まれないのか? リーダーに必要な3つの技量とマネジメント手法とは
なぜ日本ではイノベーションが生まれにくいのだろうか? 「CMO Japan Summit 2023※」の基調講演に、早稲田大学の大久保孝俊氏が登壇。「イノベーションの源泉となる人・組織を育成する脳科学的・心理学的アプローチ」と題し、人間の本質を理解したうえで、イノベーションマネジメントをする秘訣について解説した。
大久保氏は「イノベーションは、サイエンスでマネジメントできる。またイノベーションを起こすリーダーも育成できる」と話す。
世界競争力ランキングから見る日本の現状
世界的化学・電気素材メーカーである3M Companyに37年間勤め、R&Dや業務改革、リーダー育成などを行ってきた大久保氏。その経験に基づき、サイエンス視点でのイノベーションリーダー育成に関する講演や著書を持つ。
まずは、日本が現在陥っている状況について説明する。国際経営開発研究所 (IMD)が2023年に発表した「世界競争力ランキング」を見てみると、日本は64か国中35位と過去最低の順位となった。1989年では世界1位の競争力だったが、右肩下がりが続いている。特に「ビジネスの効率性」が低くなっているという。
また米国のギャラップ社が調査した「従業員エンゲージメント」については、125か国中124位と低い結果になった。日本における社員たちの「会社へ貢献したい」という意欲は、明らかに“危険水域”と言える。
世界1位だった1989年と比べて日本人が変わったかというと、パフォーマンスについてはそれほど変化はありません。高度成長期は、自動車や半導体などを中心に、目の前に示された目標の山へ登り、高品質を保つことによって競争優位性を持つことができました。しかし20〜30年たち、同品質でコストを下げられる他国が台頭してきたのです。
そしてVUCA時代の今、どの山に登ればいいのかがわかりません。それを探すには、マネジメントが必要です(大久保氏)
ここで大久保氏は「OODA(ウーダ)」というフレームワークを紹介した。これは、次の4つの頭文字をとったもの:
- Observe(観察)
- Orient(状況判断)
- Decide(意思決定)
- Act(実行)
PDCAは継続的な改善を実現するためのサイクルであり、品質管理やプロジェクト管理に使用される。一方、OODAは戦略立案と意思決定のためのフレームワークであり、競争の激しい状況での迅速な行動が求められる場面で活用されるという。元々は軍事作戦に使われていた手法だ。しかし、ここでも日本特有の問題が出てくる。
OODAを回すためには『主観的視点』が必要です。しかし主観的視点を持つには、それなりのリーダーシップがないとできません。というのも、OODAではリーダーが課題解決のための仮説を立て、共同主観性を持って、組織を動かしていく必要があるからです。
日本の企業を見たとき、主観的視点を持ったリーダーを育成する機会がないのです。これは非常に大きな問題です(大久保氏)
日本企業が陥っているイノベーション活性化の課題
大久保氏は、早稲田大学ビジネススクール(WBS)にて9年間、約300名の日本人学生と約200名の外国人学生と交流してきた。そこから見えてきた考察として、日本におけるイノベーションの活性化の課題として、次の5つを挙げた。
課題1心理的安全性が確保されていない
一部の日本企業では、ヒエラルキーが強く上下関係が厳密な組織文化が根付いている。これにより、従業員が自由に意見を言ったり、失敗やリスクを恐れずに挑戦したりする環境が確保されていない。また従業員は、自己表現や異なる意見に抵抗を感じる傾向がある。
課題2共同主観的現実が腹落ちしていない状況を変革できていない
たとえば中間管理職が役員から指示を受けたときに、「なぜ、これをしなくてはならないのか」を把握してないと、大久保氏は指摘する。把握しないまま部下に伝えても、理解や賛同を得られるわけがない。
また「暗黙知」を「形式知」に変換する言語化能力・論理化思考が足りていないという。そのため、会社全体を動かす力が欠ける。
課題3Gap思考からGain思考への変革ができていない
日本では問題点やギャップに焦点を当てる「Gap思考」が根付いているが、新たな正解を追求する「Gain思考」が不足している。
たとえば日本の学校教育では、「3+7=□」という答えが1つしかない問題を解くことが多く、自分の頭で考える訓練がされていない。一方、欧米の学校では「□+□=10」など、複数の解答がある問題を出し、「君はどう思う?」と問いかける教育が行われているという。
課題4自己効力感に基づくプロ意識が足りない
日本企業では上司や組織の指示に従うことが重視された結果、「自分は新しい挑戦をして戦える」という自己効力感が低下し、自ら考えて行動するプロ意識が不足している。
その背景には、部下の自己効力感を上げるリーダーの育成プログラムがないことが挙げられる。部下は上司の背中をみて、勝手に育つものだと思われている。
課題5労働契約に基づくプロ意識が足りない
日本では、業務内容を達成しなくてもクビにならない安定した雇用文化が根強く残っているため、従業員の責任感や自主性が低下している。意欲や熱意が損なわれ、「Must do it」のような気持ちが生まれない傾向にある。
イノベーションリーダーに必須の3つの技量
続いて、日本のリーダーに足りていない3つの技量と身につける方法について解説した。
技量1言語化能力
Whatに対するWhyの明確化からHowを設定するプロセスをくり返すことで、言語化能力が身につく。また自分と会話をする「メタ認知」をくり返し行うと、脳の島皮質(とうひしつ)が大きくなり、部下の気持ちがわかるようになるという。
偏差値が高い早稲田の学生でも言語化能力が低い方はいます。毎週のレポートでは、Why・Howを考えさせ、それを第3者にもわかるよう表現することを求めています。すると6回目あたりから急に言語化能力が伸びます。鍛えれば身につきます(大久保氏)
技量2論理化能力
「PREP法」を用いてメタ認知を行うことで、論理化能力は身につく。「PREP法」とは、次の4つの頭文字をとったもので、論理を組み立てていく手法だ:
- Proposal/Point (提案/要点)
- Reason (理由)
- Example (例)
- Proposal/Point (提案/要点)
書きあげたPREPを読み上げ、録音して聞き返すと、自分の考えを客観的に観察することができる。これがメタ認知であり、くり返せば、論理的思考は高められる。
技量3リーダーシップ能力
リーダーシップ能力を高めるためには、ネガティブ感情をポジティブ感情に変化させるセルフマネジメントの訓練をするといい。なぜなら、イノベーションを生むのはポジティブな感情であるからだ。ネガティブなときは脳の扁桃体に血が集中し、ストレスを感じてしまう。ストレスがなければ、血は前頭葉に集中して、アイディアに貢献してくれる。
また部下に対しても、ポジティブな感情になるよう配慮しよう。「感情は論理より強し」という人間の本質を理解したうえで、人をどう動かすのかが重要である。特に「不公平に扱われている」と感じると、部下のやる気は下がるので注意だ。
『Integrity(インテグリティ)』という能力を上げることも大切です。欧米の企業では、Integrityがない人間が出世することはありません。それほどリーダーシップには必要と考えられています。しかし、日本では『誠実』と訳され、正確な訳がありません(大久保氏)
イノベーションをマネジメントするには?
では、どうすればイノベーションをマネジメントできるのだろうか?
まずイノベーションとは、知識を使って新しいことを実行し、お客さんから『ありがとう』と言われて、お金をもらうことです。そして得たお金で、再び研究を行い、知識を生み出していくことです。日本では“技術革新”と訳されますが、そうではありません。企業の持続的成長をするためには、このサイクルが重要です(大久保氏)
また従来のマネジメント(マネジメント1.0)は、マニュアル業務や指示通りに作業をさせるものであった。やる気のない社員でも鞭を打って強制的にやらせれば、それなりの結果を出せるものであった。しかし、これではイノベーションは生まれない。
イノベーションマネジメント(マネジメント2.0)とは、脳の仕組みを理解したうえで、部下がアイデアを出すために「脳の活性化を促進する環境をつくるもの」である。各従業員の内的動機がポイントになってくる。
これらを理解したうえで、イノベーションマネジメントを行わなくてはならない。
大久保氏によると、脳のエネルギーの75%は「無意識」である。無意識の中でも思考回路が動いており、いわば“自動運転をしている状態”だ。
たとえば、子どもが宿題をやらなかったときにすぐカッとなってしまうのは、脳が自動運転している結果だという。さらに怒りはエスカレートしやすく、たとえば部下のルール違反に対して罰を与えることは、上司の快楽につながりやすい。
この無意識をほったらかしにしないことが、イノベーションマネジメントで重要なことです。たとえば子どもが宿題をやらないなら『なぜ宿題をやらないのか』、その原因や理由を考えることで、正しい行動をとれるチャンスが生まれます。これはメタ認知という技量がないとできません(大久保氏)
ちなみに「30歳を過ぎた人間、部下の思考回路は変わらないのではないか?」と思っている人もいるだろう。大久保氏によると、基本的に変えられるという。
人間の思考回路を磁石に例えるなら、20代までなら“永久磁石”になります。30代以上は“電磁石”です。要は、自分がエネルギーを注いでやれば相手は磁石になります。ところが、自分がエネルギーを止めてしまうと、磁石は弱くなります。ただ、くり返し行っていると、40歳を過ぎても永久磁石になるでしょう(大久保氏)
記憶力に関しても、年齢を重ねても新しいものを記憶することはできるという。大久保氏自身、58歳でピアノをはじめ、半年ほどで弾けるようになったという。しかし練習を1か月でもサボると、すべてを忘れてしまった。
“電磁石”だったので、くり返し行う必要がありました。逆に言えば『年を取ったからできない』を言い訳にしてはいけません。もうそれは、努力していないだけです(大久保氏)
コミュニケーションが向上する3つの自己変革ツール
最後に、大久保氏は「ギフト」として、すぐに使えるコミュニケーションが向上する3つの自己変革ツールを紹介した。
自己変革ツール1Smile(スマイル)
笑うと自動的にセロトニンが出る。このセロトニンには、心を落ち着かせる働きがある。
厳しい話をしなくてはいけないときは、まず自分が笑顔になり、リラックスして相手に近づきます。相手は笑顔を見て、ミラーニューロン効果でその人も笑顔になり、リラックスした状態を作れます。スマイルは、コミュニケーションを取るときの優れた武器です。生まれながらに持っているものなので、充分使ってください(大久保氏)
自己変革ツール2Appreciation(感謝)
心の中で感謝の気持ちを感じるだけで、神経伝達物質のオキシトシンが体を巡り、幸せな感情にさせてくれる。また人間関係も穏やかにさせる。
自己変革ツール3Metacognition(メタ認知)
相手の立場、第3者の視点で自己の言動を観察する「メタ認知」をくり返すことで、神経回路のスピードが上がり、脳が活性化する。
終了時間が迫り、「個人の『言語化能力』『論理化能力』『リーダーシップ能力』、この3つの能力をあげることによって、集団的イノベーションが可能な組織になる」と締めた。詳細は、著書『3Mで学んだニューロマネジメント イノベーション実践手法』に記載されているという。
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