カルビー「堅あげポテト」のファンマーケティング:ブランドロイヤルティを効率的に高める方法
ポテトチップスの国産ブランドとして確固たる地位を築いたカルビー。定番商品はもとより、新商品においても「ファンの獲得」を意識し、マーケティングの成果を高めてきた。1993年に誕生した「堅あげポテト」においても、ファンコミュニティ「堅あげポテト応援部」を立ち上げ、消費者との共創による商品力強化やブランドロイヤルティ醸成に取り組んでいる。
「デジタルマーケターズサミット 2025 Winter」では、担当者としてファンマーケティング施策を手掛けた穂積由氏が登壇。具体的な施策とともに、実購買データや消費者の声を商品開発に反映するプロセスを紹介した。

堅あげポテト・スナック部 堅あげポテトチーム
穂積 由 氏
改革期にあたり、コミュニティを活用した商品開発にトライ
カルビーは1949年の創業以来、“自然の恵みを大切に生かし、おいしさと楽しさを創造して人々の健やかな暮らしに貢献する”を企業理念に掲げ、食品メーカーとして成長を遂げてきた。
創業期にはロングセラーブランドの「かっぱえびせん」を生み出し、1975年にポテトチップス事業に参入。その後も、スティック型の「じゃがりこ」や北海道の定番土産にもなった「じゃがポックル」など、ヒット商品を連発する。シリアル事業や豆系スナック菓子への展開、海外事業への積極的な進出など、新たなステージへと挑んできた。

現在、同社の売上高の約3,000億円のうち7割以上が国内であり、スナック菓子市場では51.7%、シリアルでは36%のシェアを誇る。100億円以上を売り上げるブランドは「ポテトチップス」「堅あげポテト」「じゃがりこ」など6つにのぼり、それらの商品を約1,700戸もの生産者が支えている。

商品の開発は発売の約1年前から、ターゲットや味のアイデアなどを吟味し、コンセプトを策定するところから始まる。かつては「製造業のKKD(勘・経験・度胸)」で商品開発を進めてきたが、近年では過去の実績や市場の客観的なデータ、SNSなどの直接的な反応などを参考にする場合もあるだろう。
しかし、穂積氏は「過去の実績や市場データは客観的とはいえ、顧客ニーズの細かい粒度までは把握できず、逆にSNSでは解像度は高いものの、本当に商品を買ってくれたユーザーなのか信頼性にはやや難がある」と語る。そうした弱点をカバーするものとして、カルビーでは「ファンコミュニティ」を商品開発に活用しているという。
その代表格が、「噛むほど、うまい。」をキャッチコピーとする「堅あげポテト」だ。通常のポテトチップスとは異なり、厚めにカットしたじゃがいもを独自の釜揚げ製法でじっくりと揚げることで、独特のカリカリとした食感と芋の旨みが味わえる人気商品だ。
商品ラインアップは「うすしお味」「ブラックペッパー」「焼きのり味」などのレギュラーラインに加え、「梅味」などの季節限定品や、「九州しょうゆ」などの地域限定品も展開する。その一部をファンコミュニティの協力を得ながら開発しているという。

1993年の発売当初、通常のポテトチップスとの差別化に手応えはあっても、実際の売上は期待ほどには上がらなかった。そこで商品名を変えたり、辛い味にしたり、油分が少ないというヘルシーさを訴求したりと、模索した時期もあったという。しかし、改めて原点に戻り、「堅めの食感」「噛み締めて味わえるじゃがいもの味」の2大特徴を打ち出すことを決意。それが「噛むほど、うまい。」という“プライマリーベネフィット”の訴求へとつながった。
その結果、徐々に人気が上がり、販売地域を広げて2005年に全国展開を完了させた。12年という時間を必要としたのは、通常のポテトチップスとは全く異なるバッチ式の釜揚げ製法だったことで、製造ラインを新たに増設する必要があったためだという。

全国展開完了後も、さらなる売上向上をめざし、さまざまな製品を投じて間口を広げるマーケティング戦略を取った。たとえば、小袋が4パック連なった「プッチ4(フォー)」や大袋商品の展開、味のフレーバーを変えたり、地域限定品を増やしたり、さらにはお土産用の箱入り製品も開発している。

「開発・導入期」「成長期」「成熟期」「再生長期」に分かれる
コミュニティのアプリへの移行で会員数2.5倍、アクション数急上昇へ
そうした成長期を経て、2016年より「商品力強化による奥行きの拡大」と「ブランドロイヤルティの醸成」を掲げて成熟期へと移行していった。その象徴が、ユーザーコミュニティ「堅あげポテト応援部」だ。
「息の長いブランドとしていくためには、一定間口を広げ、ブランドが成長したタイミングで、今度は奥行きを広げていく必要がある。SKU(Stock Keeping Unit)が増えると単品の商品力が課題になる」と穂積氏はその経緯を語る。すでに「じゃがりこ」でファンコミュニティの成功事例があったことも追い風となった。
当初の目的は、ファンの声を活かした共創商品の開発と、限定コンテンツやファン同士の交流を通じたブランドロイヤルティの向上にあった。そして「堅あげポテト応援部」開設から8年後、X(旧Twitter)のAPI仕様変更などの外的要因や、登録数の横ばい、施策への参加率低下といった内的要因を踏まえ、2024年にリニューアルを実施。カルビーの全製品のファンコミュニティアプリ「カルビールビープログラム」に移管された。
このリニューアルで、ユーザーはカルビーの商品購入で得られるポイントプログラムや、プレゼントキャンペーンへの応募などが可能になり、カルビーにとっては顧客の購入データを蓄積できるメリットが生まれた。これにより、実際の購入データと紐づいた直接的なコミュニケーションが可能となり、より深いファンとの関係構築が実現しているという。

これまでは誰でも「堅あげポテト応援部」に登録可能だったが、リニューアル後のアプリでは実際の購入者のみに限定。それでも、開設8か月目で会員数は3.8万人を超え、旧応援部の1.6万人から大幅に増加している。
また、情報提供をメルマガからアプリのプッシュ通知に変更したことで開封率が飛躍的に向上。ワンタッチでコンテンツを見られるようになったため、ログインが必要だったWebに比べて、アイデアの応募件数は旧応援部の4倍、アクション率は同規模のコミュニティの約7倍になった。

運営については、リニューアル前には穂積氏が属する「堅あげポテトチーム」が統括役としてコンテンツ施策の考案・管理を担い、外部の運営会社が実際のコンテンツ作成などの実行施策を担当していたが、アプリとなって技術的なサポートが必要になったことで「カルビーFuture Labチーム」が参画。
さまざまなベンダーの協力を得ながら、プッシュ通知の配信、購入データの抽出など、ルビープログラムに紐づいたアクティビティを担当している。

リニューアル施策の難しかった点として、穂積氏は、「ルビープログラム」という全製品に対するファン醸成の場に、特定の堅あげポテトのブランドコミュニティを移管することに議論が生じたことをあげる。
しかし、ルビープログラム側もアプリを拡大したい意図があり、テスト的にルビープログラム内に「堅あげポテト応援部」を統合し、どのような効果があるかを検証するという考えで一致し、実施にこぎつけることができた。
そしてもう1つ、ルビープログラム内への移管について社内の知見が不足していたことから、各ベンダーのサポートが必要と考え、運営会社を通じて連携体制を整備。社内の運用の効率化を図り、シングルサインオンの導入にも成功した。

コミュニティの「真のユーザー」との密な連携が、商品力とロイヤルティを高める
現在の「堅あげポテト応援部」の主なコンテンツ(取り組み)として、次の4つが紹介された。
1. 商品共創プロジェクト
約年1回、味とパッケージについて、ファンと協力しながら新商品の開発・リニューアルを行う。通常の商品開発は1年ほどながら、ファンとの連携では、アイデア募集から試作品の評価、パッケージデザインまで、約1.5年かかる。その分、ファンの意見を丁寧に反映させることができるという。
2024年には、味のアイデアについて2週間で1,339件もの応募があった。そこから、テーマとの整合性や堅あげポテトの「和」の世界観との整合性、実現可能性などに基づいて、企画担当者・開発担当者が3案に絞り、ファンの決選投票で1位になったものを商品化している。前回の投票は1週間で2,578件にも上った。さらに試作品の試食・投票、ファンからの改良提案を受けて味を改良し、並行してパッケージデザインの選定を経て発売へと至る。

これまでに7品を開発し、いずれも好実績を上げている。ファンと作り上げることで、安定した商品力が保たれているのではないか。また発売から時間がたっても販売個数を維持できていることから、リピート購入が増え、当初の目的であった奥行きの拡大に成功している(穂積氏)

なお、ファンからは定番化や再販の要望が毎年のように寄せられており、開発した商品を「自分ごと」のように捉えているのがうかがえるという。
ほかにも2023年には、オフラインでのファンミーティングを開催し、プロジェクトの一部として味の方向性決定やパッケージデザイン選定などを実施。工場見学や社員との交流を通じて、より深いブランド体験を提供している。

2. 新味へのリニューアル
既存商品の購入経験のあるファンを対象に、新味のアンケートを実施し、最も人気だった味案が実際に商品化されるというもの。
味が新しくなると、既存のファンが離反するリスクがある。発売前の商品を抽選で提供し、既存ファンを掴んだまま新味とするには、どこをどう守るか、ヒントをもらって活かすことで、支持される商品にリニューアルでき、商品力を高めることができる(穂積氏)

3. 新商品盛り上げ隊
ファンの正直な感想・意見を改良に活かすことを目的とし、新商品の先行試食を実施。抽選で発売前の商品を送り、家族や友人とシェアしつつ感想や意見を提出してもらう。3週間で1,303件もの応募があった。発売前の商品を食べられるという特別感は、ブランドロイヤルティを醸成することにもつながることは間違いない。
フィードバックいただいた中には、「おいしい」「パッケージがよい」などのポジティブな意見の他に、商品をよりよくするための“愛あるご指摘”もいただく。SNSでは匿名性が高く、なかなか本当のファンの声を見つけづらいが、応援部内限定のアンケートならファンの正直な感想・意見を集められる。それらを次回の改良点として議論し、より良い商品づくりに役立てている(穂積氏)

4. ファン同士のコミュニケーション促進
ファンが自発的に発信する「UGC(ユーザー生成コンテンツ)」を活用しようというもの。「堅あげポテト」はXとInstagramのアカウントを持つが、販売店舗が限定されている特定企業とのコラボ商品についてはSNSで情報発信をしていない。そういった情報も、コミュニティ内ではシェアしている。
またファン同士のコミュニケーションの場として、ファンも写真の投稿や情報発信ができるようになっており、そこでのやりとりが実際の購買行動にもつながっているという。

5. 折りパケ総選挙
折りパケとは、食べ終わったパッケージを小さくたたんで捨てることで、家庭ゴミの量を減らす運動のこと。ルビープログラム内で、折りパケ数で商品の人気を競う企画を行ったところ、賞品などのインセンティブはなかったにもかかわらず、1か月間で約1万1000人、約2万8000件の折りパケを記録した。
この企画には、「堅あげポテト応援部」の約30%のユーザーが参加し、「推し味」への熱いコメントは約400件、最多登録者は1か月で116回など、「堅あげポテト愛」を感じられる結果となった。

こうした「堅あげポテト応援部」の取り組みから、購入実績のある“真のファン”との関係構築によって、SNSなどの匿名性の高い場での意見収集だけでなく、実際の購買データと紐づいたコミュニケーションが可能となり、より信頼性の高い商品開発へとつながった。また、キャンペーンを起点として、オフライン・オンラインの両方でファン同士の交流を促進することで、より深い絆を築き、それがブランドロイヤルティの醸成にも寄与した。
穂積氏は、今後の課題として「ブランドロイヤルティの測定」をあげる。
現在は共創商品が成果となっているが、今後は購入実績をブランドロイヤルティと紐づけて捉えられるようにしたい。たとえば、購入実績をルビープログラムから抽出して分析するなどの効果検証につなげられないかと考えている(穂積氏)
また、カルビーのECで応援部員のみが購入できる特別な商品の開発など、応援部への参加自体がユーザーのメリットとなり、直接的に売り上げを生む仕掛けも講じていきたいという。
顧客のニーズを捉えて商品を開発し、楽しみながらロイヤルティ醸成や売上向上にもつなげていく。そうしたファンコミュニティの活用のあり方について、参考にしてはいかがだろうか。
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