コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の伍十参
仕事始めは一月一日午前零時
クリスマスが終わり仕事納めへと向かう空気が巷に流れる中、「新年更新」や「年明け公開」に向けて追われているWeb担当者も多いのではないでしょうか。除夜の鐘を聞きながら新年挨拶のページをアップロードし、日付が変わった瞬間に更新を確認するといった「仕事納めと仕事始めが1秒違い」という話も耳にします。自宅より職場にいる時間が長くなり、原稿のミスでも責任が問われ、クライアントのわがままから穴を掘ってはまた埋めるような「やり直しのやり直し」も珍しくありません。
ですがそれらが報酬で報われたという話は聞こえてきません。
ある時「ぷちん」と音が聞こえます。
「辞めちゃる」
気持ちは痛いほどわかりますが、次のアクションが「独立」ならばちょっと待ってください。せめて本稿をお読みいただいた上で再考を願います。
今回は年末特別企画として「独立の先にあるもの」をお伝えします。
旧友には気をつけろ
年末年始は地元に帰るなどして旧交を温めることも多いのですが、ここでもWeb担当者に危険が迫ります。「IT=ライブドア」という一般人は今でも多く、濡れ手に粟と儲かるイメージをもっており、自営業者や二代目の若旦那達が「一緒にビジネスをやらないか」と誘惑します。「インターネット」を使うことで今のビジネスが大きく開けたり、新しいチャンスが転がり込むと吹聴します。ビジネスモデルがあり儲かっている、足りないのは「ITスキル」だけなんだと。
酒の回りが景気の良い話を加速させ、会社員にはない「自由」と「裁量」をちらつかせて「おまえも独立すれば」と焚き付けます。
年末年始のハードスケジュールで疲弊した心と体に「独立」が優しくほほえみかけます。
独立の地平で得られるもの
それでは実際に独立して「得られるモノ」を見てみましょう。
まず圧倒的な「自由」が手に入ります。出社も退社も休日も自由で、朝起きて「やだな」と思えば「臨時休業」することができます。私は独立以来、映画を行列に並んで観たことがありません。「踊る大捜査線 THE MOVIE 2」をほぼ貸し切りのような映画館で観ました。客足の少ない平日の午前中を「休み」にできるのも特権といえます。
職場の人間関係からも「自由」になります。口うるさい上司や制作を理解していない営業マンはおらず、嫉妬深い同期も噂好きのOLもいません。
オフィスを自宅の近くに借りたり、自宅を事務所にしたりすれば通勤地獄からも解放されます。これも影響していると思うのですが、風邪をうつされることも少なくなりました。
独立の荒野で失うモノ
自由には義務と責任が強制的にオプションとして付属します。
平日に遊びに行けますが、土日も祝日も深夜も早朝も締め切り次第で働いています。職場の人間関係はなくなりましたが、取引先の社長と専務の派閥争いに巻き込まれることもあります。風邪をひく回数は減りましたが、誰も代わりがいないので高熱があっても打ち合わせに出かけます。健康不安は取引に影響するので表情にはだせません。
そして、基本的には「月給」がなく自動的に「ボーナス」がなくなります。収入は仕事をした分だけの「手取り」ですが、仕事がなければお金は出ていくばかりです。
「仕事のない社長はフリーターより惨め」
とは、とある社長の明言です。
「信用」もなくなります。会社員時代の「看板」は意味を為さず、在籍時に親しくしていた人が手のひらを返したとしても責めてはいけません。
一般客というエイリアン
さらに友達をなくすと言うと驚くでしょうか。正しくは「会社員」とは置かれた立場の違いから、時間と仕事の話が合わなくなり疎遠になりやすいということです。
実際の「仕事」について見ていきます。
一般人(ウェブ業界関係者以外の客)と取引して驚くのが、異常と感じるほどの「ネットの知識」の低さです。コンテンツを更新する重要性を説いても馬耳東風で、一度作ったコンテンツは「10年」は持つと信じて疑いません。時にはパソコンすら持っていないのに「ネットビジネスに参入したい」と真顔で言うクライアントは決してレアケースではなく、異星人と話している錯覚に陥ります。「ブログって何ですか」という質問は日常茶飯事です。
これぐらい知っているだろうという態度は厳禁です。ネットの知識が乏しくても社会経験がある相手は、見下した態度を敏感に察知し取引停止となるからです。
ある時は教師のように、ある時は保育士のように、そして基本的には営業マンとしての「折衝術」が求められます。
スペシャリストで起業する難しさ
パソコン1台からはじめられる「ウェブサイト(ホームページ)制作業」は、もっとも起業しやすい業種でもありますが、同時にもっとも廃業しやすい業種でもあります。私の所にも「廃業したので引き継いで」という案件の相談が寄せられます。また、独立すると「制作」以外にも、入稿から入金管理といったディレクションに「営業」という仕事がまっています。スペシャリストだけでは厳しいことを覚えておいてください。
それでも、どうしても独立したいということでしたら、制作業者の「外注」あたりからはじめるのが無難ではないでしょうか。ここには「スペシャリスト」の需要がありますし、もちろん「転職」という選択肢もあります。
最後に独立を誘う人たちについての一般論を。
本当に儲かっている人は旧交を温めるより取引先をまわっています。ところが儲かっていない人たちは時間だけはあるので、友人経由で仕事を得ようと旧交を温めたり、インターネットで一発逆転を夢見てブログも知らずに「共同経営」を持ち掛けたりします。創業者が現役で仕事をしている会社の二代目もこれに準じます。
「独立」を口にした瞬間から良くも悪くも環境が変わりはじめます。そして後戻りできなくなることがありますのでご注意ください。荒海と知らずに漕ぎだした自戒を込めて今年は筆をおきます。
それでは、よいお年をお迎えください。
♪今回のポイント
酒席での独立宣言は厳禁。
ホームページ制作業は創業しやすく廃業しやすい業種。
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