コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の百弐十壱
私は何故この通知を受けとったのでしょうか?
「書籍のデータベース化がOKになりました。文句があればいってきてもいいよ」
今年の2月24日に読売新聞などに掲載されたグーグル集団訴訟和解案の公告を超訳したものです。データベース化を目的とする書籍のスキャニングに異議を唱えた、米国の作家が起こした集団訴訟が「和解」となり、著作権に関する国際条約「ベルヌ条約」に加盟する日本の作家にも自動的に適用されるとあります(Google ブック検索和解管理サイト)。書籍のデータベース化は「すべての情報をインデックスする」というグーグルの野望を実現するもので「グーグル図書館」とも呼ばれています。
法廷通知には「完全版」を読めとあり、指定されたサイトにあった35ページにも渡るPDFの冒頭が「私は何故この通知を受けとったのでしょうか?」です。直訳のような難解な日本語で綴られていたのは「作家」への挑戦状なのかと眉間にしわを寄せながら読了しました。
著述業の末席の立ち見席にいる私のような零細業者にまで国際条約を持ち出すグーグルにイラッとし、読み進めるうちに「国際的」な課題に気がつき……恐ろしくなりました。
フェアユースで金を取る
Uebu nitenzero ga korosu mono.
指定サイトの名称は「Google ブック検索和解」とされていて、著者名で検索すると拙著『Web2.0が殺すもの』がこのように表示されました。拙著が登録されていることに驚き「Web」が「Uebu」となっていることに笑います。
「ユーザーは新しい書籍を発見しやすくなり、出版社も新しい読者を得やすくなります」とグーグルは図書館の利便性を主張し、絶版書籍が日の目を見る可能性を強調します。公共性が高いサービスは著作権保護より優先されるという公平利用(フェアユース)という思想が背景にあり「検索」と重なります。そしてグーグルはフェアユースの隣に広告を出して巨富を得ます。
グーグル図書館に詩人の谷川俊太郎さんや脚本家の倉本聰さんらが異議を唱えました。
わんぱく相撲は児童ポルノか
理由は、端的にいうと「勝手に決めるな」です。「和解」は米国人同士でだした結論を日本人に押し付けた形です。グーグルは著作者が許可した書籍や、絶版となった書籍を公開するといいます。ただ「絶版基準」は米国内での流通状況のため、日本の書籍が絶版扱いされネットに公開されるのではと懸念する声もあります。
会社の近所にある舎人諏訪神社では、毎年8月に幼稚園児から小学校6年生までの男児がまわしを締め相撲を取る「わんぱく相撲」が開かれます。近所の大相撲 境川部屋の力士も参加し盛りあげます。この微笑ましい光景を見て相撲を知らない国の人権団体が「全裸の男児が抱きあっている」と彼らの論理で「規制」を要求してきたらどうでしょうか。強引な例と思われるでしょうが、十分な説明のないままに決定を押し付けようとするそれに比べれば可愛いものです。
日本人的な解決方法が
文化は土着から生じ、米国人にまわしを締めさせるのも、権利から説得する方法論は日本人に馴染みません。そして文学も風土に育まれる文化です。グーグルの主張は論理的に正しいかも知れませんが「情」を作品に昇華する作家とは相容れません。何より我が日本においてグーグルは初手で間違いを犯しました。たとえば私ならばこう打ちます。
「権威団体に菓子折持参でご挨拶」
日本ビジュアル著作権協会、日本文芸協会、日本ペンクラブなどの「権威」に足繁く通い、耳元で囁きます。
「日本人の優秀な作品を世界に広めましょう。グーグルは協力を惜しみません」
顔を立てれば権威はうなずき、権威が従えば下々に異論はない、世界一、攻略しやすい国民を怒らせたグーグルには傲慢さと幼さが同居します。
外交戦略としてのグーグル図書館
谷川俊太郎さんら日本人作家は、和解のすべてを否定しておらず集団「では」応じないといいます。作家は個人商店、一国一城の主。十把一絡げの扱いもプライドを傷つけたのでしょう。
グーグル図書館では著作権者が許可した書籍は公開されます。すべての情報をインデックスできた彼らの理想の図書館では何が起こるかと夢想しぞっとしました。特定の歴史観、信条、思想を持った「団体」や「国家」が学術的検証のなされていない偏った認識、ときには空想と妄想を織り交ぜた書籍を次々と発刊し、グーグル図書館に寄贈し公開許可します。さらに、さまざまな国の言葉で翻訳版を発刊し同じく寄贈します。すると偏った書籍の情報が多数派となります。名付けて「グーグル図書館のっとり作戦」。ここでは歴史や事実が上書きされます。
コンテンツへのリスペクト
麻生総理(本稿執筆の5月11日現在)は次代の日本産業として「コンテンツ」を掲げました。ならば我が国の次代の主要産業にとってグーグルは危険です。
グーグルは中国の音楽サイト「top100.cn」にMP3検索で協力しています。検索されたMP3の大半は中国国内で無料ダウンロードでき、携帯音楽プレイヤーで再生できます。日本からのアクセスでも宇多田ヒカルさんの「You Make Me Want To Be A Man」を無料で聴くことができました。中国シェアナンバーワン検索エンジン「百度」を追撃するための提携ではないかと囁かれています。
ここから「著作権」とはグーグルの利益のための方便に過ぎず、状況により「ベルヌ条約」や「フェアユース」、「中国国内法」に置き換えるだけではないかという仮説が浮かび上がります。日本が本気で「コンテンツ」を輸出する知財立国を目指すなら「権利」について法整備、解釈の構築が喫緊の課題です。
グーグル図書館は読者の利便性向上を一番に挙げ、作家や出版社にとっては収益機会が増えると自画を自賛します。拙著『楽天市場がなくなる日』は完売状態でネット通販のアマゾンではプレミアム価格で取引されており、安価(もしくは定価)で提供できるなら読者のためになると嬉しくなります。しかし、売価の約4割(37%)のピンハネには首をひねります※1。
※1 グーグルはサービスで得た収入の63%を著作権者に配分する
※2009-05-29修正: 公開時点では「グーグルの法廷通知」となっていましたが、「グーグル集団訴訟和解案の公告」に修正しました。
♪今回のポイント
実にアメリカ的で日本人に馴染まないやり方。
無邪気すぎるグーグルの挑戦と銭勘定。
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コメント
せめて、よく調べてから書いてください
『グーグルの「法廷通知」』ではなく、『米国著作権協会とグーグル間の訴訟における和解管理者による「公告」』です。
「国際条約を持ち出すグーグル」ではなく、今回の原告の訴訟の起こし方が国際条約に絡んだだけです。
わんぱく相撲の例や「グーグル図書館のっとり作戦」なんかは、妄想の域を出ません。
「権威団体に菓子折持参でご挨拶」なんて、既得権益を守るだけの団体におべっかを使う必要はないでしょう。
「売価の約4割(37%)のピンハネ」とありますが、日本の出版業界のピンはねは売価の9割以上じゃないですか?
ほんとだな 「権威団
ほんとだな
「権威団体に菓子折持参でご挨拶」って利益供与を求めた贈賄ですか???
強制加入団体ならそうなるよね。
著作権の国際条約に則ってグーグルが画期的なサービスを始めたことに対し
過剰な反発をする作家たちの姿勢が問題だと思う。
日本の出版業界は言語の壁に守られた閉鎖的な業界で、
そこに経済合理性を根拠に、ずかずかと土足で入ってこられるのが嫌なだけでしょ?
グローバリズムに対してナショナリズムを対置する、都合のいい「文化」主義は馬鹿すぎ。
今まで国民(国家)文化が地域文化をどれだけ圧迫してきたの?
グーグルのサービスに関して、まだ不透明感が多くあるというのは事実。
作品に対し、実際にサービスが開始された場合どういう影響があるか
シミュレートしたいと考えるのが、個々の権利者の本音でしょう。
その点こそ、業界団体が中心になってグーグルと詰めて、個々の権利者が利用可能な形で
指針を示すべきなのでしょう。
だから、拒否するのではなく積極的に関与するほうが、権利者にとっては有益なんだよ。
原理的には、出版社なんていう中間業者はいなくても成立するサービスなわけだから。
それにしたってグーグルが公告を打ったことから、初めてみんなの議論の叩き台が示されたわけで
全く非難されるいわれはないとおもうのだが。
結局相手は人間なわけで……
編集部の安田です。みなさんコメントありがとうございます。
stronzoさん:
> 『グーグルの「法廷通知」』ではなく、
> 『米国著作権協会とグーグル間の訴訟における和解管理者による「公告」』です。
ご指摘ありがとうございます。正しい内容に修正いたしました。
初出段階での編集部チェックが足りておらず、読者の皆様には失礼いたしました。
stronzoさんのコメントに
> わんぱく相撲の例や「グーグル図書館のっとり作戦」なんかは、妄想の域を出ません。
とありますが、宮脇さんも「夢想」と書かれています。このコーナーは宮脇さんのコラムであり、Googleライブラリプロジェクト(GLP)に対して宮脇さんが感じたことをそのまま書いていただいているものです。いろんな「仮説」が書かれていますが、編集部としては、そういった論を通じて示されているこの記事の本筋は、
「グーグルの物事の進め方って、日本では合わないことも多いよね」
という点だと認識しています。
ここからは宮脇さんの論ではなく私の考えですが、Web検索でも、元のコンテンツを作っているのは人間、リンクを張るのも人間。書籍コンテンツを作ってるのも人間。町の景色を作っているのもその写真に写り込んでいるのも人間。そのため、グーグルがそのすべてを「情報」として効率的に扱おうとする姿勢は、ときとして、その「情報」の向こうに人間がいることをあえて切り捨てる結果となっている場合があると感じています。
宮脇さんのこのコラムも、そういった「執筆を生業の1つとする1人の人間」としての心が紡ぎ出した言葉だと感じています。「権威団体に菓子折持参でご挨拶」という下りも、「相手は人間なんだから、最初からそうやっていれば面倒な方向にいかなかったのにね」という意味であって、既得権益とかそういう話とは違いますよね。だいたいにおいて、著作権関連のトラブルは、そういった「ちょっと声をかけてくれれば全然問題なかったのに」というものが多いのです。
私は、GLP自体に関しては和解の内容はまっとうなものだと思います。
親コメさんが
> グーグルが公告を打ったことから、初めてみんなの議論の叩き台が示されたわけで
とか
> 拒否するのではなく積極的に関与するほうが、権利者にとっては有益なんだよ。
とか書かれているように、和解の中でもいくつかのオプションを選べますし、不服ならば自分の著作物が和解に含まれないようにしたうえで個別にアクションできますからね。
いろんな論が出て、良い方向に物事が進むといいですね。
どう返信しようか担
どう返信しようか担当編集者と相談しているうちに、編集長が返信されていたので少しだけ補足しておきます。
「出版社のピンハネのほうが率としてはひどいじゃん」
編集者との知的セッションから生まれる作品も多く、出版社のネットワークと蓄積したノウハウから書籍は生まれます。
もちろん、印税と原稿料を今以上にくれるという提案には喜んで賛同しますが、一冊の本、作品をつくりあげる苦労を知っていれば、グーグルのピンハネと同列に語れないことがわかると思います。
9割のピンハネのなかには紙代、印刷代、輸送費、倉庫代、広告宣伝費、そして編集者の人件費が含まれており、これを伝統と見るか悪弊とするかは論じませんが返本リスクも出版社は抱えております。
そしてあらかじめ断っておきますが「紙の本の時代は終わったネットで読めばいい」というご意見に私のような昭和育ちの本好きは頷けません。書籍はその紙の手触りも商品ですから」
あと、stronzoさんは既得権益を排他的に否定されていますが、これがあって生まれた文化もあり、是々非々でやるというのが私の考えで、「日本的」に行えば手なずけられる「日本人的」にたいする揶揄も読みこんでいただけると筆者としては望外の喜びです。
宮脇睦
>
> 9割のピンハネのなかには紙代、印刷代、輸送費、倉庫代、広告宣伝費、そして編集者の人件費が含まれており、これを伝統と見るか悪弊とするかは論じませんが返本リスクも出版社は抱えております。
宮脇さんのおっしゃる「ピンハネ」という言葉には、そういう正当なコストも含まれていたわけですね。
同様にグーグルの抱える正当なコストも列挙してみてもらいたいものです。(もちろん、内訳をグーグルが示しているわけではないので、外部から見た出版業界同様に不透明ですけどね。)
書籍は編集、装丁、製本や出版社があって成り立つものなので、グーグルからそちらへも十分な対価を支払えればいいのではとは思いますが、現在の著作権法の枠組みではそういう知的所有権は十分に認められておらず、また今回の騒動になった訴訟には組まれていなかっただけでしょう。出版業界がこれとは別にグーグルに対して訴訟を起こすことも可能ですし、そこで新たな「和解案」をつくる可能性もありますよね。
宮脇さんの論は、原告の主体、被告の主体がごちゃまぜになって展開されています。
それが、私がはじめに「よく調べてから」と書いた所以です。
> そしてあらかじめ断っておきますが「紙の本の時代は終わったネットで読めばいい」というご意見に私のような昭和育ちの本好きは頷けません。書籍はその紙の手触りも商品ですから
私も昭和育ちなので、紙の手触りを味わいながら読む本は好きですよ。
私は「紙の本の時代は終わったネットで読めばいい」ではなく、「紙の本だけの時代は終わったネットでも(正当な対価を払って)読めばいい」という意見です。
最後のくだりも承知しました。
ただ、私は既得権益に対して排他的に否定しているのではなく、「既得権益を守るだけの団体」を排他的に否定しているわけです。
出版社や著作者を否定しているのではなく、内容を十分に理解せず声を荒げるだけの著作権団体を排他的に否定しています。
利益供与? そんな
利益供与? そんな大袈裟な、日本人的ご挨拶ですよ。
大人の企業なら利害関係者に挨拶するのは当然かと。商売人として。
それと文化論を持ち出すなら、
「今まで国民(国家)文化が地域文化をどれだけ圧迫してきたの?」
の論の根拠が明示されていおらずコメントのしようがありませんが「国民(国家)文化」を「アメリカ文化」とすればグーグルの流儀と二重写しに見えるのですが。
「アメリカ流」が世界のスタンダードとすることに私は首をひねりますし、出版社不要論も出版社をグーグルに置き換えれば同じコトかと。
そして「議論を提起した」コトに関しては賛同します。
だからこそ書きましたし、願わくば「IT関係の著者」にも議論に参加して貰いたいという願いも込めての寄稿です。
宮脇睦
>大人の企業なら利害
>大人の企業なら利害関係者に挨拶するのは当然かと。商売人として。
利害関係者がパートナー企業であればそうしますし、現実にGoogleの日本法人も挨拶してますよ。
>「アメリカ流」が世界のスタンダードとすることに私は首をひねりますし、出版社不要論も出版社をグーグルに置き換えれば同じコトかと。
これは、
「グーグルの図書館プロジェクト」
「アメリカの原告によるクラスアクション」
「ベルヌ条約による外国の著作権保護案が日本にも影響する」
の3つの独立な事象を混同してますね。
出版社不要論は出版社をグーグルに置き換えることはできませんよ。
基本的に出版社が頒布しているのは流通本、グーグルがしようとしているのは絶版本+一部の流通本ですから。
すくなくとも、出版社が読みたい読者に絶版本へアクセスする機会を与えて初めて、対等に置き換えることができます。
編集担当から補足を
編集部の池田です。コメントありがとうございます。
いたらない部分がありご迷惑おかけいたしますが、1つ追加で。
グーグルの法定通知としたのは、新聞に掲載された法定通知の広告を、筆者の宮脇さんが見た感想そのままに「超訳」して今回のコラムを書いていただいたからですので、その点補足させていただきます。ただ、もとは公告であることを編集部でも調べて付け加えるべきでしたね。
法廷の字は変換ミスしていました。
職場で作った小冊子(内部活用用)の著作はどうなるの。
この記事を読んでの疑問ですが、
職場で技術的な内容を交換しあう小冊子を作成しています。
国会図書館にも送るのでISBNナンバーを取得して国会図書館にも
寄贈しております。
技術的な内容や職場での業務改善が主な内容ですので
広める事に対してはそれほど抵抗はないと考えられますが
この記事を読んでの問題は「お金」が発生するということです。
記事を読んだだけですが、請求すれば一定金額が支払われる
ように読み取れます。
つまり、職場の仲間内で作った冊子に対しても金額を請求出来る
ようにも読み取れるのですが、もし支払われるとなると、職場
で業務改善の一環として小冊子を作っているので、会社から請求
ということになるのではないかと思います。
となると、どこに話を持って行けばよいのか不明です。
個人で請求しては不具合ですし、かといって会社から請求するに
してもどこから話を通すべきなのか。
事がお金の絡む事なので、とても悩ましい問題です。
Re: 職場で作った小冊子(内部活用用)の著作はどうなるの。
編集部の安田です。
和解案に関する詳細や現金支払いなどの情報は、以下のサイトをご覧ください。
http://www.googlebooksettlement.com/
結構ちゃんとした日本語で書かれていますので、英語がわからなくても大丈夫ですよ。
うまく日本語で表示されなければこちらを
http://www.googlebooksettlement.com/r/home?cfe_set_lang=1&hl=ja