「♪ 仕事探しはインディード」というユニークなCMが印象的なIndeed Japan。同社のマーケティング領域全般を担当しているのが、マーケティングディレクターの水島剛さんです。水島さんは博報堂、LINEと、いずれも有名企業のマーケターとして着実に成果を積み重ね、現在では世界最大の求人検索エンジンを運営するIndeedで、日本におけるマーケティング部門のトップとして活躍しています。
なぜ水島さんはマーケターとして成果を上げ続け、キャリアアップを達成してこられたのでしょうか。
今回はIndeed Japan株式会社マーケティングディレクターの水島剛さんに話を聞きました。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、人物撮影:花井 智子)
現場に深くコミットする主義
――水島さんはマーケティングの仕事に携わって15年目(2019年)ということですが、これまでのキャリアについて教えてください。
広告代理店の博報堂でキャリアを始め、戦略プランナーとしてナショナルクライアントを中心にさまざまな企業のマーケティングを担当しました。その後、LINEに転職して、LINEバイトではマーケティング責任者になり、プロダクトの開発担当者や事業運営の方々と一緒に、事業全体を軌道に乗せていくプロセスを経験しました。その結果、代理店側だけでなく事業会社側としても、商品開発からローンチのプランまで手掛ける責任者、決裁者レベルまで達しています。
Indeed Japanに転職したのは2018年2月で、現在マーケティングディレクターを務めています。
――Indeed Japanのマーケティングディレクターとは、どんなお仕事ですか。
求職者側と採用担当者側の二方向に対するIndeedの利用促進や、他サービスとの差別化に関するコミュニケーション業務を全般的に担当しています。ターゲットは仕事を探している人全員です。全体の方針策定を行いつつ、ターゲットに訴求するための解決策として、マス、デジタル、PR、SNS、イベントなどの手法を用いて、幅広くアプローチする方法を考えています。また、コンテンツのクリエイティブについてもアウトプットのディレクションを含めてチェックしていますから、ほぼ全部の業務を見ている感じですね。
――かなり幅広いですね。
一番大事な仕事と認識しているのは組織作りで、採用に関しては全プロセスに携わっています。具体的には、目指すべきチーム体制の明確化やジョブディスクリプションの策定、さらに面接では有力な候補者にチームビジョンを提示し、入社を促すための交渉も行っています。
――幅広い業務を担当されていますが、それぞれどの辺まで深くコミットしているんですか。
それぞれの現場にどっぷりと入っています。現場が考えたアウトプットが紙一枚で自分のところに上がってきて、「こういう施策をしたいです」「費用はいくらかかります」「想定リターンはこれくらいです」「だから承認してください」と言われても、そんなやり方でうまくいくものではないと私は考えています。自分が現場のプランニングから入らないと施策の良し悪しは判断できませんし、承認できるレベルまで施策のクオリティを上げるためには、現場にどっぷりと入らざるを得ません。結局、CMO・ディレクター・マーケティング本部長など肩書の名称が何であれ、マーケティング全体の責任を担うためには、俯瞰する立場にいながらも現場に深く入っていくのは当然ですし、それがマーケティング責任者の宿命だと思います。
画像提供:Indeed Japan株式会社
――なるほど。それは割と異例のパターンですね。いろいろと口出しすることも多いのですか。
口出しというよりも、別の視点や違う角度での考え方を提示するというスタンスです。
――部下が積み上げてきたアイデアが水島さんの一声で、ガラッと変わったりとか…。
そういう対立構造ではありません。自分の企画を自分できちんと育てていくことは、プランナーとしてとても大事です。自分の手で絶対に実現させたいという強い信念を持った人がやるからこそ、最後の一手まで細かくこだわり抜いた施策を打ち切ることができるのだと思います。
ただし、私もボールを一緒に持つ仲間だという意識があるので、知らないところで施策が進行していて、あるとき突然「こんな企画を考えていました」と上げてこられても困ります。そうではなく、途中の段階で「そんなことが動いているんだ。ちょっと聞かせて」と入っていき、「そこはこんなふうに考えたほうが成果が出やすいんじゃないの?」とアドバイスをするのが私の役割です。
実は私の席はメンバーと一番接点が取れるように真ん中に位置しています。会社からは「メンバーの顔を見たらチームの状況がわかるように、リーダーは端に座ってほしい」と言われたのですが、「メンバーとの接点を最大化するために真ん中にしたい」とお願いして調整してもらいました。今では自分の席の前後左右、全ての接点でメンバーと連携できる状況ができています。また、定例ミーティングも予定が入っていないときは、ほぼ出席しています。
スキルへの信頼と人としての信頼を
――代理店時代から順調にキャリアアップを達成し、今ではIndeed Japanのマーケティングディレクターを務められているわけですが、水島さんはなぜ成果を出し続けることができたと自分でお考えですか。
マーケティング職の人間にとって、自分が成果を上げたと言えるかどうかは、微妙なところもあります。なぜなら私一人だけで何かを成し遂げたことはほぼないからです。例えば、Indeed Japanで行った「『ONE PIECE』麦わらの一味募集」キャンペーンは話題になりましたが、「あのキャンペーンは自分が考えた」「自分が施策を実行した」と言っている人はおそらく200人くらいいると思います(笑)
その前提を踏まえた上で、私がなぜプロジェクトのチーム運営や大きな予算を任せられるようになったかというと、それは信頼の度合いが上がっていったからだと思います。では、なぜ信頼の度合いが上がっていったかというと、みんなから「この人に仕事を任せたい」と思われるまで、逃げずにやり続けたからだと考えています。具体的には、「その人に仕事を任せるとわかりやすく成果を上げてくれる」ということもあれば、「その人と仕事をしていると単純に楽しい」ということもあるでしょう。スキルに対する信頼と、人としての信頼を誠実なコミュニケーションの継続を通して少しずつ積み上げていったからこそキャリアアップにつながったのではないでしょうか。
画像提供:Indeed Japan株式会社
――なるほど。では、信頼を積み重ねる上で大事なことは何でしょうか。
ホスピタリティだと思います。相手が何を求めているか、それはコミュニケーションの取り方一つでも伝わってくるものです。直接話すべきか、メールがいいのか。インスタントメッセージを送るべきか、メモを残すか。口頭で連携する場合でも、1分くらい時間をかけて説明するのがいいのか、10秒で端的に話すほうがいいのか。そうした相手の状況や心の機微を読みながら最適なコミュニケーションを選択するスキルは、定量化こそできませんが、信頼獲得という点で大きく作用します。なぜなら、相手が今置かれている微妙な状況を察知した上で適切な接し方を選択するというコミュニケーションスキルは、マーケティング・ソリューションでも同じことが言えるからです。
例えば、自分が「今こういう課題を抱えているから、うまい解決策や、納得感のあるメディア施策、クリエイティブを提示してほしい」と何となく思っているところに、的を射た施策をポンと持ってくる人がいたら、「この人わかってるなあ」と嬉しくなるじゃないですか。
結局、マーケターにとって大事なことは、相手が求めていることをどれだけ深く理解して、解決策を提示できるかだと思います。提示できるスキルが今は身に付いていなくても、「提示できるようになりたい」という強い思いがあれば、努力して早く身に付けようとするはず。つまり、スキルを身に付けるのが先ではなく、相手が困っていることに対して何らかの解決策を提示してあげたいという気持ちが先なんです。その気持ちがあるからこそ、実現するために必要なスキルが身に付くものですから、まずは相手の課題を解決してあげたいという気持ちを持つことが大切です。
――いいお話ですね。
その方法の一つは、私の場合、転職です。目の前にいるクライアントの課題を解決するために高いレベルのサービスを提供したいのに、スキルが足りない。そのスキルを身に付けるためには代理店側から事業会社側に1回出る必要があると考えたから転職したんです。何かを解決したいという強い思いが先で、その後で解決するために必要なスキルを身に付けたという順番ですね。
「あれおれ詐欺」を否定しない理由
――わかりました。では、マーケティングディレクターとして大切にしていることを教えてください。
ビジョンを共有できる仲間づくりですね。マーケティングの仕事は自分一人でできることはそれほど多くないので、成果を最大化するためには、共有したビジョンをスムーズに実行できるようにメンバーのレベルを底上げする必要があります。よく「あれおれ詐欺」と言われますが、むしろ私は「あの施策は自分がやったんだ」と胸を張れるように、マイボールを持って業務に当たれる人が増えてほしいと考えています。私がボールを持っていて、みんなに「お願いします」と渡すのではなく、みんなが「自分がやりたい」と感じて自発的に動き、成果を出せるような環境を作りたいですね。
――チームビルディングですか。
そうです。ただ、チームビルディングというと、チームを作っていく過程のことを意味していて、チームビルディングが終わったら次はチームマネジメントという運用フェーズに入ると思われがちですが、私はサグラダ・ファミリアのように作り続けていくことがチームビルディングだと捉えています。そのため、状況に応じてチームの体制を変更したり、メンバーのアサインを変えたりするスクラップ&ビルド的なことをしばしば行います。採用についても同様です。現状のチームに足りない要素は何かを見極め、パズルのピースを埋めるように必要な人材を適宜迎え入れています。チーム作りに完成形は存在せず、完成形を目指して模索し続けるのがチームビルディングです。
――チーム運営についてはいかがですか。
「ティール組織」的なセルフマネジメントによるチーム運営を志向していますので、究極の目標は私がいなくても機能するチームを作り上げることです。そのためには、できるだけマネージャーのような存在が意識されない状況を作る必要があります。マネージャーに対する満足度が非常に高かったり低かったりするのは、すなわちマネージャーが意識されているからです。ですから、マネージャーに対する評価が高くも低くもない、もっと言えば、いてもいなくても業務の遂行に何ら支障はないという状態を作り上げるのが私の役割です。すぐに実現するのは難しいかもしれませんが、理想の形として追求していきます。
――メンバーのモチベーションを上げるために工夫していることはありますか。
モチベーションは人に上げてもらうのではなく、自分で上げてくださいというのが私の基本的なスタンスです。そもそも採用面接で「最高に魅力的なチームだと思うよ」とお伝えし、そこにモチベーションを感じた人が入ってきているわけですから、そのメンバーをモチベートすることに、あまり力をかけたくはありません。もちろん、メンバー同士でモチベーションを高め合える環境は整えたいですが、私が直接メンバーのモチベーションを上げるという考え方には少し違和感があります。
――互いに切磋琢磨し合える環境を作っていくということですね。
そうですね。仮にIndeed Japanの外に出ることになっても、プロのマーケターとして評価される人になってほしいといつも言っていますし、今の環境に満足できない、あるいはその人にとってより良い環境があるのであれば、出ていくときのサポートはします。したがって、今ここにいるということは、モチベーションが高いからいるんだという前提を認識してほしいですね。
――大人な考え方ですね。
もちろん、現実にはいろんな人たちがいますので、モチベーションが少しダウンしていたり、少し凹んでいたりしていそうなメンバーがいるときは、マネージャー陣と話して、「ちょっと話しかけてあげてよ」「ご飯に誘ってみては?」など話しやすい場を持つことを提案することもあります。しかし、本来は自分たちでうまくいくような状況を作ってほしいですね。
――メンバーを厳しく指導することはありますか。
厳しめに言うときはありますよ。私のメンバーは代理店から転職してきた人が多いのですが、事業会社側のマーケターとして必要な動き方や視点と、代理店がクライアントに提案するスタンスは大きく異なります。そういう人たちを事業会社側のマーケターにどう変えていくのか。事業会社の一員として、責任を一身に背負うというマインドセットにどう変えていくのか。それが広い意味でのオンボーディング(人材の戦力化)だと思います。後はスピード感。IT企業が展開するサービスのマーケティングは、やはりスピード感が大切です。マインドセット・チェンジとスピード感。その2つは入社後数カ月以内に身に付けなければならない大事なポイントですから、しっかりと指導に当たります。
優秀なマーケターに求められる「アート」のセンス
――水島さんが考える優秀なマーケターと、そうでないマーケターの違いはどこにあると思いますか。
マーケティングとは「サイエンス&アート」だと捉えています。ロジカルシンキングやデータ分析、SWOT分析などのフレームワークは、マーケティングの基礎的な部分であり、「サイエンス」に当たります。ただ、基礎といっても身に付けるまで5~6年はかかるでしょう。とても大事なことなので、ある意味、一生磨き続ける必要があります。
「アート」のセンスが求められるのは、その後です。言うまでもなく、人はそれぞれ育ってきた生活環境、趣味嗜好、理系・文系など学問の専攻、思想、芸術的なセンス、美的感覚など、特徴が個々に異なります。そうした個性を活かした施策で新たな市場を世の中に創出できる能力が一流のマーケターには必要です。
――それは難しいですよね。価値観は皆、違いますし、自分は好きでも市場は評価してくれない可能性もあります。
そうですね。ですから、本人の思想のようなものを大きく練り込んだアウトプットの力で市場を創出できるビジョニング能力を身に付けることが最終的に目指すべきところであり、その道の追求に終わりはないでしょう。「サイエンス」としての十分な基礎力をベースにした上で、優れたアーティストのように、自分の個性を活かしたアウトプットを生み出せる人が、私の考える優秀なマーケターです。
突き詰めた思考の先にある、本当の「生活者発想」
――最後に、アイデアの発想法についてお聞きします。「『ONE PIECE』麦わらの一味募集」キャンペーンの成功をはじめ、ユニークなCMが話題ですが、アイデア出しで心掛けていることはありますか。
チーム作りの話と関係しますが、アイデアは自分が出すこともあれば、周りの人が出すこともありますので、まずは社内外を問わず、出しやすい環境を整えることを意識しています。例えば、「こんな提案をしても相手にされないのでは」「このクライアントの場合、実現性が低いだろう」という先入観をメンバーが持ってしまうと、アイデアを出しにくい雰囲気が広がってしまいます。そうではなく、「あの人にアイデアを持っていけば、戦略ストーリーの中に位置づけてくれそう」「施策として実行すべき意味づけをしてくれそう」と思われるような存在に私がなることが、まず大事です。そうすれば、メンバーも自分の考えが全体戦略の中で整合性の取れた状態に昇華されて、マーケティング施策として世に出ていくことをイメージしやすくなるでしょう。私はそういうふうにアイデアの種に価値を与えたり、言語化してあげたりしながら施策として花を開かせることを10年くらい意識的に行っています。
――アイデアの種を生み出すために、メンバーにアドバイスしていることはありますか。
突き詰めて考えることの大切さを繰り返し伝えています。よく「生活者発想」「ユーザーファースト」などの表現で、ユーザーのことを考えるのが大事だと語る人がいますが、本当に大事なのはどのレベルまで深く考えられるか、です。私の感覚では、「インサイト」という言葉で解釈しようとするのは物足りないですね。
「ユーザーはこういうアプローチをされると、こんなふうに感じるだろう」というレベル感は、おそらくマスコミュニケーション時代の生活者発想だと思います。私がメンバーに求める生活者発想とは、ユーザーがアクションするタッチポイントの本当の先端まで想像力を働かせて考えることです。例えば、バナー広告なら、ターゲットが最もクリックするのはどんなクリエイティブか、なぜそうするとCTRが高くなるのか、他のクリエイティブが劣ると考える理由は何か、1文字だけ変えてみたら、反応がどう変わるのかなど、人が動くところの接点にどれだけリアリティを持って想像力を働かせられるのか。リアリティのある想像力をもって、粒度の細かいところまで突き詰めて考えることができれば、アイデアは自然と湧いてくるものですよ。
――良いアイデアを出すためには、ラストワンタッチまで突き詰めて考えること。それをメンバーに指導しているということですね。
そうです。それは代理店に対しても同様で、リアリティのないもので人は動かないし、施策は成功しないと思います。我々は事業会社側なので、戦略から戦術に落とし込んでいくアプローチは得意です。一方、代理店側は世の中の流行に関連づける形で面白いアイデアを持ち込んできてくれますので、我々はそのアイデアの一つ一つについて突き詰めて考え、粒度を細かくすることでリアリティを持たせながら戦略ストーリーへとチューニングしていきます。それがプランニングの肝だと思います。
――本日はありがとうございました。
Profile
水島 剛(みずしま・ごう)
Indeed Japan株式会社マーケティングディレクター。
2004年米国ボストン大学学士号取得。05年博報堂入社。戦略プランナーとして、さまざまな企業のマーケティング業務に従事。15年LINE株式会社に転職。「LINEバイト」「LINE Pay」のマーケティング責任者として、戦略立案から施策実行まで全プロセスをリード。18年2月より現職。
[記事執筆者] 早川巧
株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writerとして四半世紀以上のキャリアあり。Twitter:@hayakawaMN
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