どこの世界にも実力で圧倒的な成果を出し続ける人がいます。マーケティングでは、足立光さんが間違いなくその一人でしょう。足立さんといえば、業績低迷で300億円の赤字に苦しんでいた日本マクドナルドにマーケティング本部長として外部から就任。「名前募集バーガー」「グランドビッグマック」「クラブハウスバーガー」「裏メニュー」「マックシェイク森永ミルクキャラメル」などの施策を次々と打ち出して、31カ月連続の売上増を達成し、同社をV字回復させた立役者の一人として知られています。
なぜ足立さんはこのような施策を考えつき、短期間で実行に移すことができたのでしょうか?足立さんがこれまでのキャリアの中でつかんだマーケティングの極意とは何でしょうか?
今回はMarketing Nativeならではの視点で、「ミスターV字回復」こと、足立さんに話を伺いました。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、人物撮影:稲垣 純也)
- 和訳がない「マーケティング」の本当の意味
- マーケターは経営を目指すべき
- 論理からではなく、まず「アイデアありき」で考える
- マーケターがベンチマークすべき3つの企業
- 大事なのは、さまざまな経験をたくさん積むこと
- 宴会の幹事をさせればわかるマーケターの資質
- CMOを目指す千載一遇のチャンスは今
和訳がない「マーケティング」の本当の意味
――「Marketing Native」はマーケターを読者層とするマーケティングに特化したメディアです。
はい、聞いています。
――こんな初歩的なことを足立さんにお聞きするのはどうかという気もするのですが、そもそもマーケティングとは何でしょうか?足立さんご自身のキャリアの中でつかんだマーケティングの定義や面白さ、難しさを教えてください。
まず定義からいくと、世間一般で共通認識となっているようなマーケティングの定義は日本には存在しません。中学生くらいを対象にした「お仕事図鑑」には「営業職」はあっても、「マーケティング職」は出てきません。つまり、日本ではまだ認知されていない商売だと言えます。
「セールス」の和訳は「営業」ですが、「マーケティング」の和訳は何だと思いますか?ないですよね?私はマーケティングの和訳は「商売」だと思っています。だから「マーケティングとは何ですか?」と聞かれたら、「商売です」と答えています。基本的にはどのようにお客様に喜んでいただいて、ビジネスを継続させていくかという話ですから、商売そのものです。しかし、日本ではマーケティングを「販促」と捉えている人もいますし、「コミュニケーション」だと考えている人もいて、統一されていないのが現状です。
その上で、著書『「劇薬」の仕事術』にも書きましたが、私が考えるマーケティングの定義を3つ挙げると、1つめは人の心を動かして実際の行動を促すことです。その意味では、選挙で1票を入れてもらうのもマーケティングですし、宗教で高い壺を売るのもマーケティングです。
2つめはビジネスにつながるタスクをすべてやることです。プロジェクトを進めていると、誰の担当でもないけど、必要な仕事がたくさん出てきます。それらをひとつひとつ拾って、担当者を割り振るなり、自分でやるなりしながら進めていくことが大事です。つまり、仕事に結びつくことは全部行うのがマーケティングだということです。
3つめは仕組みづくりです。よく「ブランドが重要だ」と言う人がいますが、ブランドは長期的に利益を出し続けるための仕組みのひとつでしかありません。そういう意味では、ブランドという観点を含めて継続的にビジネスを行い、成功し続けるための仕組みをつくるのもマーケティングだと考えています。
――マーケティングの面白さはどこにありますか?
恋愛と同じで、まず相手がいて、相手の心を動かす仕事ですから、そこを面白いと思う人は面白いでしょう。B to BであろうとB to Cであろうと、町の魚屋さんだろうと本屋さんだろうと、何かで人の心に影響を与えて、結果的に商品を買ってもらったりサービスを利用してもらったりするわけですから、ほとんどすべてのビジネスにはマーケティング的な考え方が当てはまると思います。
――では、難しさは?
まさにそこが難しい(笑)。人の心を自由自在に操ることなんて基本的には無理です。マーケティングは恋愛と同じだと言いましたけど、私も恋愛は得意ではありませんから(笑)
マーケターは経営を目指すべき
――『「劇薬」の仕事術』の中には、マーケターというのは扇動者であり、プロデューサーであり、経営者であるという趣旨のことが書かれています。では、「マーケティング=経営」という考え方は、国内でどの程度浸透しているとお考えですか?また、企業の中で「マーケティング=経営」という考え方を共通認識として持ってもらうためには、どのような意識改革が必要でしょうか?
「マーケティング=経営」という考え方は、日本ではほとんど浸透していないと思います。それは、マーケティング出身者が社長になることが定着している企業が、花王さんなどほんの数社しかないからです。そもそもマーケティング部が存在しない会社のほうが多いんです。銀行にはないし、保険会社にもない。イオンさんのような小売事業の多くにも、マーケティング部はないと思います。おそらく上場企業の7~8割くらいには、マーケティングを専門とする部署はないでしょう。販促や広報をマーケティングと呼んでいることはあるかもしれませんが。
「マーケティング=経営」という考え方は、セオドア・レビット(※1)の『マーケティングの革新』という本が最初だと思いますが、そこからどこかのタイミングで曲がってしまって、「マーケティング=コミュニケーション」になりました。私はそれは全く違うと考えています。
――つまり、「マーケティング=経営」という意識改革がなかなか進まないのは、マーケティング部のある企業が日本に少なく、マーケティング出身の社長がほとんどいないのが理由ということでしょうか?
それに加えて、マーケター側の問題もあります。今のマーケターには問題が2つあると思っていて、1つはマーケティングの領域から出ようとしないことです。
――出ようとしない?
学生の頃から「私はマーケティング部に入りたい」「営業に行くのは嫌」などと言う人がいますが、どうかと思います。「マーケティング=経営」ですから、マーケティング部の人は経営を目指すべきです。それなのに、マーケティングから出ない、出たがらない、マーケティング以外の部署の仕事をやりたがらない。そうすると経営まで行かずに、マーケティングでキャリアが終わってしまうんですよ。それは良くないと思いますね。
もう1つは、デジタルとリアルの融合という話をよく聞くじゃないですか。ところが、この両者はお互いあまり行き来しないんですよ。デジタルの人はデジタル、広告の人は広告ばかりやっている。これも良くないですね。マーケティングは経営です。経営というのは俯瞰です。だからデジタルもリアルも両方必要なんです。どちらかに偏っていると俯瞰できません。企業は、マーケターに全体の業務を経験させて俯瞰できるように育てなくちゃいけないし、マーケターは俯瞰する力を身に付けられるようにさまざまな経験を積むことが大事です。そういう存在を目指さないと、デジタルでCPAをせっせと削っているだけの人になってしまったりするんですね。それは厳密に言うと、マーケティングではないと思います。
――そういう意味では、足立さんが新卒で入社されたP&Gのブランドマネージャー制が訓練の場として良かったのではないかという話を聞いたことがあります。
おっしゃるとおりです。P&G以外にもブランドマネージャー的な制度がある会社はありますが、ブランドマネージャー制の長所は、在庫から売り上げ、最終的にどのように利益を出すかという点まで、そのブランドの全部を見るところにあります。そういう意味では小型版社長というわけです。マーケターを育てていくという観点では、ブランドマネージャーのような経験を企業が早い段階で社員に積ませ、俯瞰する能力を身に付けさせることが大切だと思います。
論理からではなく、まず「アイデアありき」で考える
――圧倒的な実績を積み上げる中でつかんだマーケティングの極意のようなものはございますか?
極意というほどではないかもしれませんが、2つポイントがあります。1つは、論理だけではなく感情で周りに動いてもらうことです。マーケティングというのは、自分では作らないし、自分では売らないし、自分だけでは何もできません。周りの人に動いてもらって初めて成立する仕事です。いくら論理を積み上げても、人が動くのは9割が限界ですね。感情面でグッとくるものがないと、心の底から思い切って動いてもらうことは難しい。人に動いてもらうためには、感情的な側面をうまく活用する必要があります。
もう1つはマーケティングの中身のほうです。これはコンサルタント時代に気づいたのですが、論理から考えていくと、なかなか心に響く打ち手が出てきません。逆に、「こうすればうまくいくのではないか?」というアイデアをまずたくさん出すことが大切です。その中で「なぜこれはうまくいくと思ったのか?」というアイデアから、逆算して論理にしていきます。先にアイデアありきなんです。アイデアがない論理は机上の空論に近くて、それでは人は動きません。みなさん「クリティカルシンキング」といって、とかく論理的に考えようとします。確かに何かを実行するときに論理があるのは当たり前ですが、それだけではお客様の心を動かす施策はなかなか出てきません。論理からではなく、「これは!」というアイデアをまずたくさん考えることをおすすめします。
――しかし、先にロジックがないと個人のスキルになってしまわないですか?
ビジネスなので、ロジックがあるのは当たり前ですよね。しかも、きちんとした戦略は、人によってそれほど違わないものです。アイデアを出すのは個人のスキルというより、その人がどれだけ消費者視点を持っているかだと思います。
――「まずアイデアを出す」では、成功法則のようなパターンを見つけるのが難しくないですか?
マーケティングの施策をつくるときによく部下に言っていたことがあって、それは「自分が消費者だったらどう思うか?」ということに尽きるんです。結局、みなさんがビジネスをやる側に立ちすぎていて、お客様の視点に立っていないことが問題なんです。みんなお客様ですよ。我々も消費者です。コンビニに行ってお茶を買う。これも立派な消費者なわけです。大事なのは、一般消費者としてどう思うかなんです。「どうすればもう1回、マクドナルドに行くだろうか?」「自分だったら、こんなことがあったらもう1回行くな」ということを突き詰めて考えればいいのであって、そこまで難しい話ではありません。
――そうはいっても、なかなか良いアイデアが出てこないという人もいると思います。
アイデアを出すのは自分でなくでもいいんです。いろんな人の話を聞いたり、他業界や海外で話題を呼んだ事例、過去の成功例などからアイデアを持ってくればいいわけで、自分で出すことに固執する必要はありません。
マーケターがベンチマークすべき3つの企業
――マーケティングという点で、足立さんがベンチマークしている企業はありますか?
日清食品さん、LINEさん、サントリーさんの3社はうまいし、考え抜かれていると、いつも感心しています。例えば、日清食品さんが売っている商品は「どん兵衛」「チキンラーメン」「カップヌードル」と、ほとんど定番品です。他社のマーケターなら「新商品もないのに、どうやってマーケティングをするの?」って、すごく困ると思います。それを日清食品さんはもう何年もやっているんですよ。そういう意味では、貴重なマーケティングの事例と言えます。うまいなぁと思いますね。みんなもっと日清食品さんのマーケティング手法を参考にすべきです。なぜならマーケターって、すぐ「新商品を出してくれ」って言いますからね。そのほうが楽だから(笑)
LINEさんは、逆張り系のマーケティングが強いという印象があります。例えば、ベッキーさんのCM復帰第1弾はLINEでした。彼女が芸能活動の自粛に追い込まれたきっかけもLINE。それなのにわざわざベッキーさんを起用したわけです。LINEモバイルのCMの「のん」さんもそうです。芸能界で厳しい立場に追い込まれていたとされる「のん」さんをあえて起用するという逆張りの手法。こういうのは、ほかの大企業にはできないかもしれないですね。逆張り系のマーケティングって、あまりやる人はいないのですが、成功するとすごく効果的です。私も以前、「別に」という発言でメディアに叩かれていた沢尻エリカさんをある新製品のキャラクターに起用したことがあるのですが、なんと新製品発表会の当日にドタキャンされて、大きな話題になりました(笑)
サントリーさんは昔からマーケティングに定評のある企業として非常に有名です。ハイボールの売り出し方ひとつを見ても、話題づくりを丁寧に、一生懸命やっていることがわかります。よくできているなぁと思って、いつもチェックしています。
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