「おもてなし」は思考停止ワード。小林製薬が考える、ファンのために本当に大事なこと
「もてなす」とは、一体どういうことを言うだろうか? ただ単に、「おもてなし」というと、いかにも“いいことをしている”と感じる。しかしそれは、一種の思考停止でもあると、「Web担当者Forumミーティング 2019 秋」に登壇した小林製薬の福井貴啓氏は言う。
そのため、小林製薬のデジタル部門では「おもてなし」をNGワードにしているという。なぜ「おもてなし」がNGワードなのだろうか? 「おもてなし」禁止に至った背景や、本当に顧客ロイヤリティを高めるコミュニケーションの考え方を紹介した。
ファンも大事だが、それだけでは売上規模は拡大しない
福井氏の担当は、自社通販のみで扱う健康食品やスキンケアなどだ。広告もWebや新聞のみで、テレビCMはほとんどやっていない。福井氏が担当する通販事業についてざっくりまとめると、次のようになる。
- 健康食品は顧客の年齢層が高く、定期お届けモデル
- 売上の7割が電話注文、3割がECの通信販売
- 売上構成では既存が7割、新規が3割
売上構成における新規の数字は広告費に比例するので、年によって若干異なるが、いずれにしろ「売上のほとんどが既存のお客様で成り立っている構造」だ。
そのため、既存顧客に小林製薬ファンになってもらうことが大事だ。ただし福井氏は、「ファンだけ大事にしても売上規模は拡大しない」と強調する。
以下の図は通販ビジネスでよく使われる年度移行表というものだ。
縦軸は、顧客が小林製薬で初めて買い物をした年。横軸が時間経過だ。
たとえば、2013年に初めて購入した人のうち、翌年以降、何人が購入してくれているかがわかる。
移行率は「前年と比較して何パーセント残っているか」という数値だ。上図の数字はダミーだが、福井氏は、「初年度から2年目で4割、それ以降で8割だったら合格ライン」と語る。
年度移行表から分かるように、既存顧客は時間とともに減少する。そのため、単一カテゴリ通販の場合は、新規を獲得しないかぎり売上は拡大しない。
たとえば、昨今、「ファンベース」という言葉が話題だ。「ファンベース」には、「ファンの人に友だち(新規顧客)を連れてきてもらう」という意味が含まれている。しかし、これを「ファンを大事にして離脱を防ぐこと、ファンにもっと買ってもらうこと」と勘違いすると、売上規模は拡大しない。
「おもてなし」は本当にお客様のため? ファンを満足させるサービスとは
福井氏は、新規顧客獲得から、継続購入へとつなげる例として、健康食品や化粧品などの単品リピート型通販をあげた。
- いま定期購入会員になったら初回半額
- 1つ目は無料
上記のような文言はよく見かける手法だが、これは考えてみると乱暴な話だ。会った初日に『結婚してください』と言っているようなもの(福井氏)
この手法は、まず継続購入を約束してもらい、その後の離脱を防ぐためにロイヤリティを上げていくという順番だ。しかし、通常は順番が逆だ。まず初回購入、再購入と、顧客が自分で商品を選んでリピートして、徐々にロイヤリティが上がっていく順番が理想である。
この理想の順番を実現するために、福井氏が打ち出しているのが「おもてなし禁止」だ。その背景は、福井氏が体験したサービスにある。
アパレルでよくあるサービスだが、服を買ってレジでお金を払うと、店員がラッピングした服を店の出口まで持って行って渡してくれる。たしかに、重くもないものを、わざわざ店員が持って、出口まで客についていくのは、いかにも「おもてなし」という感じがする。しかし、このサービスを量販店で体験した福井氏は、次のように考えた。
超高級店ならまだしも、量販店では『そんなサービスはいらない』という人が、まあまあいるのではないか。
本当にそうかどうかはわからないが、『おもてなしをしましょう』とサービス設計をすると、このような接客になってしまうのではないか(福井氏)
この体験から、福井氏は「おもてなし」よりも「相手がどう思うか、どう感じるか」に重点を置いてサービスすることが大事だと考え、「おもてなし」をNGワードにした。
『おもてなし』は強力な思考停止ワード。弊社のチームでは、『お客さんはどう思ってるの? どう思ってもらいたいの?』というところからスタートしている。
『出口までお持ちします』という接客よりも、『お姉ちゃん、べっぴんさんやからまけとくわ』というイメージをお客様に持ってもらいたい。だから、親しみが湧くコミュニケーションをしようという形に決めた(福井氏)
親近感を抱いてもらうための施策
親近感を抱いてもらうための施策として、以下の3つが紹介された。
- 施策① 社員の顔が見えるDMやメルマガ
- 施策② お客様訪問(インタビュー)
- 施策③ 「買ってくれ」と言わないお誕生日メール
これらの施策について、以下に詳しく説明する。
施策① 社員の顔が見えるDMやメルマガ
まず1つ目の施策として、ダイレクトメールに、できるだけ社員の顔を出す、いわゆる「中の人を見せる」取り組みをしている。
これは通販企業がよくやる手法だが、小林製薬ではメルマガも同様に社員が登場する。
施策② お客様訪問(インタビュー)
2つ目の施策は、顧客への訪問だ。小林製薬では、直接顧客に会いに行ってインタビューしたり、キャンペーンの賞品を直接届けに行ったり、対面のコミュニケーションを増やしている。
さらに、それをコンテンツ化してWebで公開している。これは、メーカーは顔が見えづらいという欠点を補い、「小林製薬、けっこう距離が近いな」と感じてもらうためだ。
施策③ 「買ってくれ」と言わないお誕生日メール
3つ目の施策は、顧客へ送るお誕生日メールに、購入をすすめる文言を入れるのをやめた。
誕生日メールはどの企業でもやっていることだが、受け取る側にとって、あまり嬉しくないメールも多い。たとえば、以下のようなものだ。
実生活で、家に帰って奥さんの誕生日に『お誕生日プレゼントあんねん。ゴルフクラブ買ってくれたらやるわ』なんて、絶対言わない。リアルでやらないことを、ネットだからやってもいいということはないと思っている(福井氏)
そこで小林製薬では、3年前から誕生日メールを一新。毎月1日に、その月が誕生日の顧客にはポイントをプレゼント。誕生日当日には、「おめでとう」というメッセージだけを動画で送る取り組みを始めた。そこには、購入を促進するような販促内容は一切記載していない。
また、誕生日メッセージの動画は現在も試行錯誤中だ。そこで福井氏は、1年目と2年目に作った動画を紹介した。
1年目 社員が演じるドラマ仕立ての動画
取り組みを始めて最初の動画の特徴は、以下の通りだ。
- 内容:家族をテーマにしたドラマ仕立て
- 時間:4分ほど
- 演者:社員
「60代70代のお客様が多いため、子どもや孫の学芸会を見るような感じで見てもらい、“おめでとう”が伝わればいい」というコンセプトで作った。
付き合いの長い顧客ほど出てきた演者が、社員だとわかり、アンケートフォームでの評価も上々だった。ただし、「動画が長すぎる」などネガティブな指摘もあった。その中でも特に注目したのは以下の2つの意見だ。
- 早くに両親が他界し、家族のいない一人暮らしが長く、共感できない
- 家族がいない人から見ればうらやましい内容。だが、皆が皆家族がいるとは限らない
お客様は高齢者が多い。お客様の家庭環境を少しでも考えられれば、こういった指摘はなかったはず。見る人の立場になって、『動画を見てどう思うか』を考えられなかったのが反省点(福井氏)
2年目 いつもお世話になっているお客様に会社の中を案内する動画
1年目の反省を活かし、翌年に動画をバージョンアップした。内容は以下のようなものだ。
- 内容:小林製薬の会社の中を紹介し、感謝の気持ち「ありがとう」を述べる内容
- 時間:3分弱
- 演者:社員
アンケートフォームでの評価は、昨年より良くなり、長いという意見も減った。「高齢のお客様が、わざわざ入力フォームにタイプして評価を送ってくれたことも嬉しかった」と福井氏は言う。
ただ、次々に登場する社員が名乗らないことを指摘する意見もあった。また、アンケートを読み込んでいくと、「『おめでとう』と言われるのはうれしいけれど、名前を呼んでもらいたい」という意見が多いこともわかった。
3年目 もっとお客様に喜んでもらえる動画を
昨年のアンケートの声をうけ、3年目は「小林製薬の××です。〇〇様、お誕生日おめでとうございます」と、お客様の名前に対応した動画を製作中だ。名前の部分は、日本全国の苗字のランキングで100番目まで撮影済みだという。
ロイヤリティをアップさせるSNSの役割を通販で
さまざまな取り組みで会社と顧客の距離を縮めている小林製薬だが、さらに顧客に親近感を持ってもらうため、昨年7月にオンラインショップをリニューアルした。
コンセプトは「オンラインショップにもっと人間味を持たせる」だ。このコンセプトを実現するため、オンラインショップではことあるごとに社員が出てくる。
特にこだわったのは購入完了ページだ。注文完了後、購入した商品のブランドマネージャーがお礼言う画面が表示されるようにした。
その後のステップメールもブランドマネージャーから届き、もっと顧客との距離を縮められるオンラインショップを目指している。
小林製薬が目指しているのは、さまざまな企業がTwitterやFacebookでやろうとしていることを、通販でやることだ。
なぜ通販なのか? それは、小林製薬の顧客に50代、60代が多いためだ。この年齢層のSNSの利用率は低く、50代のSNS利用率はFacebookでも30%未満、60代は10%未満。
しかし、ECなら50代は50%、60代は30%が利用している。オフライン通販を合わせると、通販の利用率はもっと高い。
お客様の年齢層に合わせて、中の人が見えるコミュニケーションをとり、ロイヤリティを上げていきたい。みなさんがSNSでやっていることを、我々は通販でやろうとしている(福井氏)
小林製薬にとって通販は、顧客の年齢層に合わせたコミュニケーションの手段のほかに、ファンを増やす目的もある。
たとえば、通販で弊社のファンになってくれた人が、店頭で競合と商品を見比べて、小林製薬の商品を手に取ってくれるようになって欲しい。
『どこでも同じなら、小林さんのを使おう・買おう』と思ってくれたら嬉しい(福井氏)
ファンになってもらうためには「おもてなし」をやめる
講演の最後に福井氏は、「お客様にファンになってもらうためにやっていること」をあげた。
まずは、形だけの「おもてなし」ではなく、相手が何を求めているのかを考えること。次に、できるだけ社員の顔を出し、顧客に親近感を持ってもらうこと。最後に、ヒト対ヒトのコミュニケーションを意識することだ。
現在のインターネットでは、リアルではやらないような接客をやってしまうケースが多い。インターネットを通しても接客だという意識を持ち、相手のことを思ったコミュニケーションが重要だとして、講演を締めくくった。
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