いま知っておくべき「エキスパートシステム」、その歴史・可能性・ディープラーニングとの違い・弱点・今後
2010年ごろから始まった第3次AIブームはディープラーニングの登場によるものとされていますが、第2次AIブームの時にも中心的存在がいました。それが「エキスパートシステム」です。
本記事では第2次AIブームの主役でもあるエキスパートシステムについて解説していきます。
エキスパートシステムとは?
エキスパートシステムは、特定の問題に対して、専門家のような受け答えをする機械であり、人工知能研究から生まれたコンピューターシステムです。
専門知識のまったくない素人もしくは初心者がエキスパートシステムを使って、専門家と同じような問題解決能力を手にできるようにする目的で開発されました。
エキスパートシステムはシステムのなかで専門家と同じような意思決定手順を模倣しており、「AであればCだ(IF-THENルール)」というような推論を通して答えを導きます。この方法は身近なところで応用されており、今日のネットショッピングにおけるレコメンドシステムなどで活躍しています。
エキスパートシステムの仕組み
人間は問題解決をする際、脳内で今までの経験(知識)にアクセスし、その情報をもとに解決法を考えています(推論)。エキスパートシステムは、この機能を機械で再現するために、知識ベースと推論エンジン(推論機構)によって構成されています。
典型的なエキスパートシステムの構成例(詳説 人工知能、著:上野晴樹、p.17)
初学者(利用者)も専門家も、ユーザーインターフェースモジュール(スマートフォンでいうところのタッチスクリーンなど、機械と人間の間にある接点。エキスパートシステムでは入力用キーボードや結果表示のスクリーンのこと)を通してエキスパートシステムにアクセスします。
知識ベースでは、さまざまな専門知識が知識獲得支援モジュールを通して、特定の形式に落とし込まれデータ化されています。データ化の形式にも多くの種類がありますが、そのうちのひとつがレコメンドシステムでも応用されているIF-THENルールです。
推論エンジンでは、知識ベースから得たデータから正解と思われるデータを導き出す推論を行います。推論は論理に基づいて行われるため、推論過程説明モジュールを通して、利用者に対して明確になぜ、どのような考えの下でこの回答を選んだのかを説明してくれます。
この説明可能性という点においては、エキスパートシステムの方が強く、ディープラーニングは弱いとされています。
一方で、エキスパートシステムにも弱点があります。人間ではニュアンスで表現される個人の知識表現も、機械には明示的に表現する必要があるため、暗黙知などの知識が表現できないという課題です。
エキスパートシステムの弱点
人間の知識には形式知と暗黙知があるといわれています。形式知は言葉で書き表せるもので、教科書などを通じて学ぶことができる知識です。一方、暗黙知は俗にいう経験値であり、経験を通して学ぶことができる知識です。
エキスパートシステムへ知識を学ばせるには、知識のデータ化が必要であると前章でも述べました。このデータ化を行う際、IF-THENルールなど特定の形式に落とし込むためにも、言葉で明確化されている必要があります。
ところが、専門家や職人などの持つ暗黙知は本人にしか分からない、体が覚えているというような知識の形態になっているため、言語化が困難です。エキスパートシステムは、知識獲得の限界という問題から、少しずつ下火になっていきました。
エキスパートシステムの歴史
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1965年にエキスパートシステムの父と呼ばれている、エドワード・ファイゲンバウムらによって「DENDRAL」という代表的な初期のエキスパートシステムが作られました。DENDRALは未知の有機化合物を質量分析法で分析し、有機化学の知識を使って特定するもので、化学者が行う判断と問題解決の過程を自動化したものです。
DENDRALから派生したシステムのひとつが「MYCIN」というエキスパートシステムで、伝染性の血液疾患を診断し、抗生物質を推奨するようにデザインされていました。専門医の診断を再現するためにつくられ、専門医の診断結果は80%、MYCINの診断結果は65%という精度でしたが、細菌感染の専門でない医師よりはよい結果を診断できました。
しかし、実際の医療現場でMYCINが実用化されることはありませんでした。実際に実務で扱ったときに万が一「誤診」をしたら、誰が責任を取るのかという倫理的・法律的側面がブレーキをかけたためです。
1980年代になると、社会のさまざまな問題を解く実用的ツールとして、エキスパートシステムが広く商用利用されるようになりました。多くの大学が関連コースを開設し、有名なAI研究者は競ってベンチャー企業を立ち上げます。日本の第五世代コンピューターのプロジェクトやヨーロッパ諸国での研究など、世界的に関心を集めたのです。
ところが、エキスパートシステムの弱点という章でも述べたように、専門家が持つ知識には専門家でも具体的に言語化できない「暗黙知」が多くありました。エキスパートシステムは機械であるため、知識を言語化し、明示的に表現して知識ベース化する作業が必要です。
この言語化と明示において、
- 知識として体系化しづらい例外が存在する。
- たくさんの知識を教えると矛盾が発生する。
これらの点で、限界が見えてきてしまったのです。
日本においては、ちょうど90年代に入りバブルが崩壊、経済が落ち込み技術開発を競争していた企業たちに研究投資する余裕はなくなってしまいました。しかし、水面下での研究は引き続き行われていきます。
エキスパートシステムのいま
第2次AIブームが過ぎ去り、人々がインターネットの登場によって新しい時代を迎えている裏で、AI技術はさらに飛躍しようとしていました。
インターネットの普及により、今まで紙だったものや、人々の会話など、世界のありとあらゆる知がネットに集約されていきます。コンピューターの性能は毎年向上し、計算機能向上、小型化を経てスマートフォンなどの新たなデバイスを生み出しました。
インターネットとコンピューターという2つの領域が発展した結果、今まで実現が難しいとされてきたディープラーニング技術が日の出を迎えます。画像認識によるディープラーニングの勃興です。
ディープラーニングが実現したのは、インターネットの普及によるビッグデータの獲得とコンピューター性能の進化によるもので、エキスパートシステムもその恩恵を多く受けています。ビッグデータはエキスパートシステムの知識獲得の自動化を可能にし、コンピューター性能の進化は複雑な推論処理を低コストで可能にしました。
2012年の画像認識AIブームから、Siriなどの音声認識AIブームにいたるまで、ディープラーニング勃興の波に乗るように、さまざまなAI関連製品が巷に並んでいます。しかし、火付け役の画像認識技術以外のAI関連製品は、案外エキスパートシステムの技術が使われていたりするのです。
エキスパートシステムの実用例
エキスパートシステムの実用例として身近なのは、SNSサービスで利用されているチャットボットなどでしょう。専門的なサービスを提供してくれるという点で、エキスパートシステムのひとつと言えます。
なかでも、AI弁護士bot「DoNotPay」というウェブベースチャットbotサービスは、2020年現在、勢いを増しているチャットボットのひとつです。2015年当時19歳のスタンフォード大学1年生のジョシュア・ブラウダーが開発したDoNotPayは、駐車違反切符に異議を申し立てたい運転手向けのサービスでした。不当な違反切符に対してのアドバイスや、当局への嘆願書を作成してくれるというものです。
現在24歳になったジョシュアは「世界で初めてのロボット弁護士サービス」としてDoNotPayを企業化し、月額3ドルで成功報酬ゼロ、広告なしで利用できるようにしました。商業利用向けとして有名なIBMのエキスパートシステム、「Watson」の自然言語処理機械学習を活用しており、今では100を超える領域で個別対応可能なチャットボットが利用できるとのこと。直近ではコロナ禍で「24 Hour Fitness」が破産申請した時、1日で1000人がDoNotPayから利用料金払い戻しの申請を行ったそうです。
開発者のジョシュアは「普通の人々に、大企業と互角に戦える法的ツールを提供していく」と語っており、消費者を搾取する現代の企業商法に異を唱えています。
エキスパートシステムの今後
インターネットやIoTの普及によってこれからも世の中のデータ量は更に多くなり、コンピューターマシンの性能も発展していくでしょう。エキスパートシステムもその恩恵を受けながら、さらなる研究が行われていきます。
人工知能の分野はこれからどんな形で拡大し続けていくのでしょうか。次のブレイクスルーが楽しみです。
「AI:人工知能特化型メディア「Ledge.ai」」掲載のオリジナル版はこちらエキスパートシステムとは|歴史・仕組み・ディープラーニングとの比較など2020/08/11
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