中国百貨店市場で「世界中と勝負」
中国百貨店市場で「世界中と勝負」
2010年には14年間連続でマイナス成長を記録してしまった日本の百貨店業界※1。再編をかけて大手が合併するが、不況の波に抗えず老舗店が次々と閉店しており、業界の先行きは暗い。
それに対して近年の中国では、急激な経済成長に伴い、百貨店業界の市場規模は大きく広がっている。中国一の商業都市である上海の百貨店を例にみると、市内3年連続トップの売り上げを誇る「上海第一八佰伴」は、毎年約1%の成長率をみせ2008年に44億8420万円だった売り上げが2010年には54億8940万円を記録。またトップ10に入る百貨店すべてが、前年比約1%の成長率を記録するという好調ぶりだ※2。都市別で見た場合、2010年度において日本で最も百貨店の売り上げが高いのは東京の1785億円に対し、上海はトップ10の合計だけで2424億円と大きく上回る。
上海級の都市がいくつも存在する中国百貨店業界に魅力を感じ、中国で一旗揚げようとするのは日本の企業だけではない。2010年度に30億の売り上げを記録し3位に入った「久光」は香港資本、「巴黎春天」はフランス資本、「正大广场」はタイ資本、「太平洋百货店」は台湾資本と、多くの国の企業が中国百貨店業界に進出している。各店舗に入っているアパレルブランドは中国系、台湾系、韓国系がほとんどだが、化粧品関連では日本では見られないような欧米のブランドが進出しており、ナショナルブランドはすべて入っている。中国に進出するということは、世界の有名企業と勝負することを意味するのだ。
中国への実店舗出店の方法と難しさ
中国に店舗を出すにはどの程度の時間と費用がかかるのだろうか。
まずは手続きとして、現地で法人登記をしなければならない。小売業は営業許可証を習得するために、売り場(つまり百貨店側)との契約書が先に必要になる。法人登記が完了して会社ができるまで約3か月が必要で、登記と並行して、次のようなことを行う必要がある
- 現地でのスタッフの確保(会計・出納・総務などの事務や店長、店員、倉庫管理人員など)
- 在庫倉庫の確保
- 販売プロモーションの考案
- 百貨店との交渉
- 店舗内装の企画と施工
- スタッフ(販売員)教育
ここでネックになってくるのは、現地で雇うスタッフの選定だ。というのも、中国の百貨店では、テナント側(つまり、あなた)が採用した人間でも、百貨店側の面接で落とされる場合があるのだ。年齢、身長、学歴が一定の基準を満たしていなければいけないし、「出店する都市の出身でなければいけない」という基準さえある。
そうしたデパート側の採用基準の厳しさには、次の2点の理由がある。
- デパート全体としてのブランドイメージを保つために、販売員の素質を選びたい
- 販売員の素行が原因で店舗の商品がなくなるなどのリスクを回避したい
日本とは違い、中国の地方から出稼ぎに来ている人は、我々の常識が通用しない場合があり、店のモノがなくなるなどのトラブルが起きる可能性がある。そういったリスクを回避するために、デパート側の面接などがあるのだ。だから、宝飾関係に限らず、高額商品を扱う際には上海戸籍の者でないとダメだという百貨店も存在するのだ。
また、百貨店にやってくる顧客の大多数は上海人のため、上海語が話せないと接客が難しいということもある。中国語といっても、代表的なものだけでも「上海語」「広東語」「台湾語」「北京語」などが存在している。日本語の方言といった程度の違いではなく、それぞれ別の言語だと考えておいたほうがいいぐらいの違いがある。そのため、各地域で出店する際には、その地域の公用語が話せるというのが現地スタッフ採用に重要になるのだ。
速攻かつ長期的な戦略を
最近は富裕層の拡大から高級品も人気があるが、中国でのビジネスでは専ら「薄利多売」が基本だ。つまり利益率が低い収益構造から長期的な販売戦略を立てるのが従来の戦略となる。
しかし、百貨店で生き残るためには悠長なことは言っていられない。出店後、半年から1年以内に黒字転換をさせないとすぐに追い出されてしまうのだ。
特に本記事のストーリーで長谷川佳子が進出しようとしている低価格帯のアパレル業界は、顧客1人あたりの利益額が低い傾向があるため、百貨店での成功は難しい。また第1回に記述したように、アパレル業界では、大量の情報が行き交う中、速いテンポで多様に変化し続ける流行を察知しなければならなない。常に「速攻で対応して素早く結果を出す」ことがついて回り、1つクリアしてもすぐ次の課題が突きつけられる。時には戦略自体も大きく、それも素早く転換していかなければならない。
アパレルだけなく百貨店に進出した企業すべてが同じ課題をクリアし続けなければならないのだ。
潤沢な資本が最大のネック
しかし最大のネックは、多様な販売戦略に対応できる資本が確保できるかどうかだ。確かに市場規模が拡大しつつある業界、特に安定した成長を見せる百貨店だが、参入し、根付くにはかなりの費用がかかる。
たとえば、次のような感じだ。
現地での法人設立 1000万円 百貨店保証金 200万円 商品在庫費 500万円~1000万円 現地スタッフ人件費(4か月雇用予算) 200万円
さらに出張費などのその他の費用が必要だし、入店時(内装開始時)にテナント入場料や施行保証金がとられることが多い(内装施行業者に出させることができる場合がある)。内装費は14万円/平方メートルが相場だが、現地のデパートはワンフロアが日本の百貨店に比べてかなり大きいので相当な額がかかる。
テナント料は売り上げの15%~20%程度だが、百貨店によっては、開店後は毎月のテナント料が一律ではなく、各月の売り上げに連動して16%~35%となるところもある。また百貨店としての宣伝費も同様に一定額か売り上げに連動して徴収される。それ以外にも年に数回ある「周年」「春節」などの行事に合わせた協賛金もかかる。
また、売り上げは一度百貨店に入り、そこからテナント側に入金されるため、ある程度の資金を常にプールできないと資金繰りに対応するのは難しい。
多額の資本を投入するうえに、「速攻かつ長期的な戦略」という複雑な販売戦略で柔軟に対応しなければ勝ち残れない百貨店での現地出店。百貨店ではなく路上でテナントを借りて出店する方法もあるが、現在、中国では不動産バブルが問題となっており、上海や北京などの中国都市部では世帯所得に対する住宅取得価格比が8.76倍にもなり、85%の世帯は住宅を購入することができないほど地価が高騰しているため、百貨店進出よりも費用がかかるだろう※3。
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