実践CCCM ~CCCM運用の基本的なプロセス
CCCMを実際に運用する具体的な手順を、コミュニケーション戦略立案、ブループリント設計、運用設計、シナリオ企画、コンテンツ制作、プログラム設計・設定、分析とPDCAサイクルの運営という流れで解説する。
このコーナーでは、書籍『CCCM入門』の一部を、許諾を得てWeb版として公開しています。
この記事では、書籍の第5章 「実践CCCM ~運用~」 から、第1節 「CCCM運用の基本的なプロセス」 の内容をお届けします。
クロスチャネル・キャンペーン・マネジメント(CCCM)導入後の運用に特に決まりはないが、ここでは弊社・ディレクタスが運用する場合の流れを紹介する。CCCMの一般的な運用は、図1のような流れになっている。
①コミュニケーション戦略立案
マーケティング戦略上の目標を達成するための顧客とのコミュニケーションの基本方針をコミュニケーション戦略と呼ぶ。ツール導入と関係なく、CRMのための戦略として立案することも多い。
戦略立案のためには、事前に顧客の現状分析を行う必要がある。Eコマースの場合なら購買履歴データやEメールのレスポンスデータなど、顧客に関するすべてのデータを分析して課題を抽出し、必要に応じてターゲットセグメントの仮説を設定する。
コミュニケーション戦略は基本的に「どんな顧客を対象に(ターゲット)」「どんなコミュニケーションを行って(プロセス)」「何を達成するのか(ゴール)」という要素を含んだ短いステートメントにする。
たとえばロイヤル顧客層が薄くてリピート率に最大の課題を持つファッションEコマースの場合だと「2回目までの購入者をエントリーカスタマーと位置付け、購入後の手厚いフォローと的確なレコメンデーション、インセンティブなどによって、年内3回以上のリピートカスタマーへの移行率を30%以上にする」といった内容になるかもしれない(表1)。
このところスマートフォンの利用者が急増しているが、操作が分かりにくくてうまく使えず、不満を持って乗り換えを検討するユーザーも多い。そこに課題を感じている携帯キャリアであれば、以下のような戦略を立てるかもしれない。「スマートフォン初心者向けにOne-to-Oneのきめ細かなコミュニケーションを行い、スマートフォンならではの機能やサービスの活用を促進する。それによってブランドロイヤルティーを高め、買い替え時のブランドチェンジを防ぐ」
なお、CCCMを導入する際には、自社のコミュニケーション戦略をチーム全員とベンダー/パートナーの間で文書にして確認しておくことをお勧めする。基本的な戦略とKGI、可能であれば実施したい施策案とその優先順位、施策ごとのKPIまで、文書で共有できるのがベストだ。当たり前のようでいて、いざ導入・設定作業に入ると施策の実装ばかりに目が行き、本来のツール導入の目的や施策の優先順位、KPIがうやむやになるケースは非常に多い。
ターゲット | エントリーカスタマー(初回~2回目購入) |
プロセス | 購入後の手厚いフォローと的確なレコメンデーション、オファーを提供 |
ゴール | リピートカスタマーへの移行率を30%以上に |
②ブループリント設計
ある顧客セグメントとの一連のコミュニケーションの筋書きを「シナリオ」と呼ぶ。さらに、戦略を実行するためにカスタマージャーニーのどの段階でどのようなシナリオを実行するのか、それをまとめたものをコミュニケーションのブループリント(設計図)と呼んでいる。この設計図を作る作業がブループリントの設計である。
前述の携帯電話キャリアの戦略を実行するには、契約から次回契約更新に至るカスタマージャーニーをイメージし、顧客が情報を必要とするタイミングで適切なシナリオを企画することになる。
たとえば、以下のようなシナリオが考えられる。
ウエルカム: 契約に対する謝意を伝え、購入端末や契約内容、マイページ機能などの理解を深める。
利用促進: 契約後3か月以内にお勧め機能の利用がない顧客をフォローする。
料金プラン見直し: 料金プランと実際の課金状況が大きくずれている顧客に見直しを提案する。
離反防止: 端末の利用が低下し契約更新時に乗り換えの可能性が強い顧客をフォローする。
このようなシナリオをカスタマージャーニーの流れに合わせて配置したものがブループリントである(図2)。
私たちは全体設計のために2種類の手法を使うことが多い。
まず、すでに述べているように、顧客体験を具体的にイメージするためにカスタマージャーニーマッピングの手法を使う。カスタマージャーニーの中で経験するであろうつまずきや不便さ、不満を解消するために、その場面場面で顧客の気持ちになって「あったらいいな」というコミュニケーションのシナリオを考えていく。ここで生み出されるシナリオは、第1章で解説した「顧客起点のOne-to-One」に相当するものだ。
もう一つは、顧客のロイヤルティーなどに応じたコミュニケーションを洗い出すために、CRMでおなじみの「ロイヤルティーのピラミッド」を使う。こちらは「企業起点のOne-to-One」の視点だ。「ゴールド会員」「プラチナ会員」などが設定されている場合は、顧客のステージが上がったタイミングでお礼のメッセージを送ったり、顧客のロイヤルティーレベルに応じたシナリオを企画したりする際に役立つ。
③運用設計
あまり注目されることはないが、運用設計は非常に重要なプロセスだ。
CCCMの操作では、一部で必ず顧客の個人情報を取り扱う。そのため、CCCMの操作には自社のセキュリティポリシーに沿った操作環境を用意する必要がある。
Eメールやプッシュ通知の配信ミスは、場合によっては顧客に個人情報管理の不備や情報漏洩の疑いを与えてしまう可能性もある。それだけなら従来のメール配信システムと同じだが、CCCMの場合はさらに複雑な条件で対象が抽出され一連のシナリオの中で自動的にメッセージ送信されるため、ミスの発見が難しい。抽出条件の設定に誤りがあり、絶対送るべきではない顧客セグメントに3か月間自動的にメール配信していたことに顧客からのクレームで気付くといった「背筋が凍るような」経験をすることになる。
もちろん、ミスが起きないような運用フローを設計しなくてはならないが、それでもいつかミスは発生する。そのため、ミスが発生してトラブルが起きたらどう対応するかまでを事前に想定しておく必要がある。
運用に関わるプレーヤーとその役割を明確にし、プログラム設定や手動配信設定などパターン別に運用のフローを設計してチェックリストとともにドキュメント化しておく(図3)。かなり面倒だが一度作っておけばプレーヤー間での認識のズレを防げるし、ミスが発生しやすい箇所や個人情報の管理上リスクがある箇所を見つけることができる。さらには、それを基に、運用を改善することもできるのだ。
④シナリオ企画
ブループリントができたら、シナリオ設定の優先順位をつけて各シナリオの企画に入る。CCCM導入時にはあまり欲張らずに、設定が比較的簡単で分かりやすい成果を期待できるシナリオ2~3本からスタートすることをお勧めする。いったん設定したシナリオはPDCAサイクルを回して改良することが前提なので、徐々に新たなシナリオを追加していく方が現実的だ。
シナリオ企画のアウトプットは、チャネルを組み合わせたコミュニケーションフローの図になる。たとえば前述の「契約直後1か月間、特に手厚く情報提供することで関係を構築するためのウエルカムシナリオ」なら、以下のように組み立てていく。
購入製品登録の翌日にお礼の気持ちを伝えるウエルカムメールを送信し、契約機種や契約内容の確認をしてもらうと同時に、専用アプリからの情報登録を促す。
製品登録時に実施したアンケートに基づいて、スマートフォン初心者には翌日から3日間1通ずつ、スマートフォン経験者にはまとめて1通で、初期設定方法の説明をEメールとプッシュ通知で送信する。
1週間後にまだ専用アプリを立ち上げていない顧客には、アプリ利用の案内メールを送信する。
メール未開封者には1日置いて再度同じEメール送信する。
これをまとめると図4のようになる。
Eコマースで最初に設定すべき鉄板シナリオ
CCCM導入時に実装するシナリオは導入が比較的簡単で成果を期待できる2~3本に絞った方がよいと書いたが、すでにアメリカを中心としてCCCM導入企業が多くの事例を共有しており効果が実証されている「鉄板シナリオ」といえるものがある。
ディレクタスでは、コミュニケーションシナリオを大まかに「初期導入」「関係構築」「関係維持」の3段階に分けて考えている。この各段階におけるEコマースの鉄板シナリオを紹介しよう。
<初期導入シナリオ>
■ウエルカム
初回購入や会員登録などの直後は、顧客との関係を築く最も大切なタイミングである。単なるサンキューメールではなく顧客の状況に応じて何段階にも分けて丁寧にコミュニケーションすることで、リピート率・継続率が大きく変わる。
<関係構築シナリオ>
■商品閲覧者フォロー
同じ商品の詳細ページを何回も閲覧している顧客は、迷っているか比較検討をしている。レコメンドエンジンと連係してその他の選択肢を提示するか、より詳しい商品情報を届けることによって、顧客の見当が前に進みやすくなる。
■カート放棄フォロー
本書で何度も紹介してきたECの鉄板シナリオ。買い物かご(カート)に商品を入れたまま購入していない顧客にリマインドのメッセージを送る。
■「お気に入り」フォロー
ショッピングリストフォローともいう。「お気に入り」に商品を登録した顧客に、在庫状況や値下げ情報を知らせる。レコメンドコンテンツを差し込んで別な選択肢を提案する方法も考えられる。
<関係維持シナリオ>
■休眠防止
ある一定期間以上、ウェブサイトへの訪問がない場合、そのまま休眠顧客になる可能性が一気に高まる。そうなる前に、オファーの提示や商品の提案でウェブサイトに訪問してもらうことを狙ったメッセージを送る。
■リパーミッション
長期にわたってウェブサイトへの訪問もメッセージへのレスポンスもない休眠状態の顧客にそのままメッセージを送り続けても効果が期待できないばかりか、悪印象を与えることも考えられる。メッセージの送信数によって課金されるツールの場合は、無駄なコストも発生する。そこでアメリカでは「リパーミッション」「リエンゲージメント」と呼ばれるプログラムでパーミッション(許諾)の整理を行うことが多い。たとえば「しばらくEメールをご覧になっていないようです。もしEメールがご不要でしたら、このボタンをクリックしてください。メール送信をいったんストップいたします」というものや、同時に休眠顧客向けのクーポンを送るものなど内容はさまざまだが、反応がなければメッセージ配信を停止もしくは削減する。このシナリオでは、長期休眠顧客の割には意外と反応があり「覚醒」効果もあることが実証されている。
⑤コンテンツ制作
CCCMにおけるコンテンツ制作とは、Eメールやスマホアプリのプッシュ通知とそのランディングページ、紙のダイレクトメール(DM)など、発信するメッセージに関わるコンテンツの制作である。コンテンツ制作はパーソナライズとクロスチャネル化の進展によって、徐々に複雑化しつつある。レコメンドコンテンツの差し込みや顧客データによるコンテンツの出し分けが増えるため、基本的には、統一された素材・情報によってパーツごとに制作しなければならない。
最近のCCCMはクリエーティブのためのアセットマネジメント(素材管理)機能が充実しており、差し込み/差し替え機能によってコンテンツを自動生成することが多い。素材さえあれば、HTMLを書けなくてもドラッグ・アンド・ドロップだけでコンテンツの制作が可能になっている。テンプレートも豊富に用意されているが、もちろんテンプレートを別途制作してCCCM上に設定し使うこともできる。
Eメールの場合は、1つのファイルでパソコンでもスマートフォンでも最適化されて見える「レスポンシブデザイン」のテンプレートを制作して運用することをお勧めする。シンプルなデザインなら、ユーザーインターフェース(UI)上で作ったEメールを自動的にレスポンシブ化するツールもある。
ディレクタスはレスポンシブデザインのEメールテンプレートを数多く制作しているが、あるECサイトでA/Bテストを行ったところ、レスポンシブデザインのEメールは非レスポンシブのものと比較してコンバージョン率が7.7%向上した。
⑥プログラム設計
シナリオを実際にCCCM上に設定したものをプログラムと呼ぶ。プログラムの設定作業をするためには、その作業指示書である設定仕様書が必要になる。プログラム設定仕様書は、シナリオで定義されたターゲットの抽出条件やメッセージの発信要件(トリガー)をCCCM上でどう設定すればいいかを説明するドキュメントだ(図5)。たとえば「都内に住む男性に、契約から1か月後にEメールを送る」というシナリオは、あるCCCM上では「“契約日”=“本日から30日前”“性別”=“M”“住所”=“東京都”という対象者へのメール配信を毎日実施する」というプログラムとして設定することになる。プログラム設計とは、企画したシナリオをこうしたCCCM上の用語やデータ項目名を使った説明に翻訳する作業である。
いったんCCCM上に設定してしまうと設定仕様は外から分からなくなるので、後から変更したりその他のプログラムとの重複などを確認したりするために、設定仕様書は必ずドキュメントとして残して管理する必要がある。
前にも書いたように、プログラム設計にはツールに関する理解とシナリオに関する理解が必要なので比較的難易度が高い。そのため、社内で行う場合でも、特に最初のうちは作成した仕様書をベンダー/パートナーのエキスパートにチェックしてもらうと安心だ。
⑦プログラム設定
プログラム設定は、設定仕様書に従ってCCCM上にプログラムを設定する作業である。設定作業自体は慣れれば難しくない。問題は設定の確認である。
たとえば「契約から1か月後に、男性にはA、女性にはBのメールを送る。契約3か月後には、メールAを開封した人にはメールDを、開封しなかった人にはメールEを送信する」というプログラムを設定した場合、そのプログラムが間違いなく設定されていることを確認するためにはどうすればいいだろうか。
確実な方法は、条件に当てはまるサンプルデータでテストしてみることである。ツールによってはプログラムを「早回し」でテストする機能を持っていることもあるが、そういった機能がない場合は手動でプログラムを短縮してテストすることになる。上記のプログラムの場合は、ダミーデータを男女2件ずつ作成し、契約者として投入する。その後、メールAを受け取った男性2人のうち1人は開封してもう1人は開封しないとき、開封した人がメールDを、未開封の人がメールEを受信すれば正しく設定されているといえる。
顧客の行動をトリガーとしていたり複雑な条件で抽出していたりすると、正しく抽出設定できているかをテストで確認するのは大変だ。条件分岐が増えるとその分、テストパターンが増える。複雑なプログラムが増えてくると、完全なテストを行うのは難しい。その場合は、まず仕様書が正しいか、そして設定が仕様書通りにできているかをダブルチェックする。
⑧分析とPDCAサイクルの運営
製品によっても異なるが、多くのCCCMが設定したプログラムについてリアルタイムで反応状況を確認できるダッシュボードを用意している。ただ、個別のメッセージについて開封閲覧やクリック、コンバージョンを把握するのは比較的簡単だが、シナリオ全体の効果を分析するのは難しいこともある。特に、途中で条件分岐する複雑なシナリオの場合は、何をもってそのシナリオの効果とするかを最初に定義しておく必要がある。CCCMは元来、分析のためのツールではないしCCCM上では把握できないデータもあるので、本格的な分析は分析ツールにデータを連係して行うことをお勧めする。
稼働中のプログラムは定期的にモニタリングし、A/Bテストによって改良していく。設定したばかりのプログラムは仮説の塊だ。ターゲット抽出の条件、コンテンツ(メッセージ、オファー、デザイン)、件名、配信タイミング(配信日、時間帯)など、テストできる要素はとても多い。細かいテストを繰り返してさまざまな要素を最適化していくと、効果を確実に高めることができる。
多くのCCCMでは簡単にA/Bテストができる機能を備えているし、中にはサンプリングテストの結果に応じて本番の内容を自動的に最適化する機能を持つものもある。高速PDCAサイクルによるプログラムの改良は、CCCMを導入する大きなメリットの一つだろう。
プログラムの反応に応じてシナリオにコミュニケーションを追加していくことも大切だ。たとえば配信したEメールが未開封のままであれば、同じ内容のEメールを、件名を変えて自動送信するだけでも一定の効果を上げることができる。あるいは、Eメールを見ない人にはアプリのプッシュ通知やオンライン広告が有効かもしれない。Eメール中の特定ジャンルの商品をクリックした顧客に対しては、その商品に関連するその他のお薦め商品を掲載したEメールを追加で自動送信することも考えられる。
このようにしてプログラムは「成長」を続ける。CCCMの運用においては、設定したプログラムをそのままにしておくのではなく、テストを行い改良を続けるのが前提なのだ。
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