IoT時代のエクスペリエンス・デザイン

お客さまを主語にしたアナリティクスの進化――インサイトからフォーサイトへ

コンピュータが進化して行くことで、逆にそれを使いこなす人間のアナリティクスのセンスが高いレベルで試されるようになる
このコーナーでは、書籍『IoT時代のエクスペリエンス・デザイン』の一部を特別公開しています。
書籍の 第1章「エクスペリエンス×IoTで何が変わるか」 の 「〈解説〉エクスペリエンスの予測と提案のメカニズム」 より

〈解説〉エクスペリエンスの予測と提案のメカニズム(続き)

お客さまを主語にしたアナリティクスの進化

インサイトからフォーサイトへ

お客さまを主語にしたアナリティクスの進化についても少し触れておきたい。そもそも、ビッグデータとアナリティクスはよく混同して使われることが多いが両者は別物である。ビッグデータとは事実を表す指標にすぎない。ビッグデータは、どのように分析するかを示すアナリティクスと組み合わせることで初めて企業のマーケティングツールになりうる。つまりビッグデータ単体では企業に価値をもたらすことはできない。ビッグデータが潜在的に持つ価値を引き出すには、アナリティクスの重要性を企業側が深く理解し、どんな分析手法や分析アルゴリズムを使うかを検討することが必要になる。

ビッグデータの活用がブームになったり、ウェブ解析が注目されたりした時期からわずかに数年間で、データアナリティクスの世界は「企業主語からお客さま主語へ」長足の進歩を遂げた。その進化のプロセスをあらためて整理して図式化すると図3のようになる。

図3 お客さまを主語にしたアナリティクスの新か:Webデータのみの点の分析:①結果の数字を並べた分析「結果はこの通りです」(後知恵) ②原因診断の分析「原因はこうでした」(インサイト) お客さまを軸にした体験分析(含オフライン)③将来予測的な分析「次はこうなるはず」 ④改善提案型の分析「次はこうすべき」(フォーサイト)

たとえばウェブマーケティングの典型であるネット通販などの場合、かつてはKGI(Key Goal Indicator、以下KGI)である事業成果(売上)に直結するウェブ上のお客さま行動データ、具体的には回遊率やコンバージョン率などをKPI(Key Performance Indicator、以下KPI)に設定し、両者の因果関係だけを追いかけて来た。お客さまの立場になってよく考えてみればわかることだが、お客さまとブランドとのコンタクトポイント(接点)は行動履歴が残らないウェブサイト以外にもたくさん存在するし(たとえば、テレビ広告、店舗、コールセンターなどオフラインのエクスペリエンス)、お客さまもウェブサイトの情報だけでそのブランドの商品やサービスの良否を判断している訳でもない。

したがって、企業主語の目線だけでウェブ上の行動データだけを解析しても、後知恵以上のアウトプットを得ることは難しく、本当の意味でマーケティングプロセスの刷新にはつながらない。

必要とされるお客さま主語でのゴールと発想の転換

ここで必要とされるイノベーションは、お客さま主語への転換である。すなわちお客さまのオフラインでのエクスペリエンスも含め、幅広い視点でデータを集めること、KGIである事業成果(売上)をお客さまの立場になって「翻訳」し、その企業の商品やサービスの利用を通じてお客さまにどう感じてもらうかという観点で置き換えてみること、の2点である。

たとえば、航空会社の場合を考えてみる。企業主語で考えると、何人のお客さまをA地点からB地点に飛行機で運び、どれくらいの売上を上げたか、をまず考えがちである。しかしそれをお客さま主語で「翻訳」すれば、どれくらい多くのお客さまに旅のくつろぎ体験を提供し、またこのエアラインに乗ってみたいと感じてもらえたかをゴールにすべきということになる。健康食品会社であれば、何件の会員登録があったか、新発売のサプリメントの売上がどれくらいになったかではなく、実際に何人のお客さまが健康になり、継続してサプリメントを買いたいと思ってくれるかがゴールと発想の転換をすべきなのである。

お客さまのこういった本音の気持ちを企業側が把握することで、お客さま視点でのゴールや、ゴールに至るまでのステップ、具体的にはお客さまの気持ちや行動の変化を高い確度で推察でき、打つべきマーケティング施策やPDCAサイクルを回すために集めるべきデータの種類も明確になるのである。こうすることで、結果の数字の羅列や原因分析の診断にとどまらず「次はこうなるはず」(将来予測的な分析)、「次はこうすべき」(改善提案型の分析)という形へと進化し、アナリティクスは後知恵やインサイトの領域を超えて、フォーサイトの領域に進化できるのである。

〈エピソード1〉で見た自動運転サービスのように集めるデータが膨大になり、かつリアルタイムのフィードバックが要求されるようになれば、データの理解、論理的な推論、継続的な学習はAIが担うことになるだろう。

しかしながら、お客さまに関して、どんなデータを、どのような手段で取ってくるかを判断し、道筋をつけるのがアナリティクスの本道であるならば、その仕事はマーケティングを取り仕切ると同時に「クラウド」を管理する人間の判断ひとつに委ねられている。お客さまの気持ちに寄り添い、お客さまのエクスペリエンスの中からどんなデータを「キュレーション」するかはコンピュータの「学習能力」以前の「センス」の問題といえよう。IBMの「ワトソン」のような卓越したスーパーコンピュータを駆使したとしても、プログラムする人間の「センス」がスタートの時点でお客さまのインサイトとずれていたら、大きなビジネスロスが発生してしまう。このテーマについては第4章であらためて考察する。

コンピュータが進化して行くことで、逆にそれを使いこなす人間のアナリティクスのセンスが高いレベルで試されるようになるのである。

『IoT時代のエクスペリエンス・デザイン』

  • 著者:朝岡 崇史(電通 エグゼクティブ・コンサルティング・ディレクター)
  • 定価:本体1,500円+税
  • 発行:ファーストプレス
  • ISBN:978-4904336946

企業が立ち向かうべきもの

デジタルのテクノロジーの進化では泣く、お客さまの気持ちや行動の変化、つまりエクスペリエンスそのものの進化である。

企業はIoTに適応する前提として、マーケティングを企業主語の発想からお客さま主語の発想へと転換しなければならない。これは同時に、組織運営や企業文化の刷新を含む、大がかりな改革(企業の体質改善)を意味するのである。

エクスペリエンスは「場」から「時間」へ

生き残りのために、すべての企業はIoTで武装したハイテク企業へと業態を変革する必要に迫られる

もはやモノとモノの戦いではない

既存のサービス業はもちろんのこと、すべての製造業は新しい形のサービス業へと形を変える。

AIによるビッグデータ活用とアナリティクスにより、お客さまの近未来のエクスペリエンスの予測と改善提案が企業のサービスの根幹として提供され続けることになる。

いずれにしても変化の激しいマーケットでは市場の競争ルールをその手にしたものだけが生き残るのだ。

エクスペリエンスとエクスペリエンスの戦いになる

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