弁護士ドットコムがアクセシビリティ向上に本気で取り組むワケ
弁護士検索や無料法律相談などのサービスを運営する弁護士ドットコム。その弁護士ドットコムはアクセシビリティエンジニアを採用し、本格的にWebアクセシビリティの向上に乗り出したという。本連載では、弁護士ドットコムがどのようにアクセシビリティ向上に向けどのように実装していたのか、リアルタイムでお届けしていきます。初回の今回は、「狙い」を紹介します。
筆者は、アクセシビリティに関する著書もある元ビジネス・アーキテクツの太田良典氏。本題の前に、まずは「アクセシビリティ」について簡単に説明しておきます。
アクセシビリティは障害者に限った話ではない
全盲の人もWebを使っているんですよ
私がこう言うと、「全盲の人がどうやってWebを使うの?」と驚かれることがあります。Webは実にさまざまな人が、さまざまな状況で利用しており、あまり知られていない使われ方をされていることもあります。たとえば以下のような使われ方があります。
- 目が見えない人は「スクリーンリーダー」と呼ばれるソフトウェアを使って、Webコンテンツを音声で読み上げます。
- 視力の弱い人は、画面を拡大させたり、白黒反転させたりして読みます。
- 目が見えない、手が動かせないなどの理由でマウス操作が難しい人は、主にキーボードで操作します。
- 体がほとんど動かせない人でも、指先や呼気を使ってスイッチを操作して、Webにアクセスします。
- 目の動きだけで操作ができる、「視線入力装置」を使ってアクセスします。
このように、主に障害のあるユーザーを補助するソフトウェアを「支援技術」と呼んでいます。支援技術の多くは、Webに限らず、コンピュータ上のすべてのものに機能します。たとえば、Windowsに標準で付属している「拡大鏡」という支援技術を使えば、Webだけでなく、OSのメニューや、エディタに入力された文章など、すべての文字を拡大できます。
「文字の拡大」というと、主に自治体などのWebサイトに見られる「文字サイズ変更」といった機能を思い出す方も多いのではないでしょうか。しかし、サイト側で用意した機能は、そのサイト内でしか機能しません。
多くの人はGoogleなどの検索エンジンを経由してサイトにたどり着きますが、それは障害のあるユーザーでも同じです。文字を拡大しなければ読めない人は、Googleの文字も拡大する必要があるはずですが、Googleには「文字サイズ変更」というボタンは用意されていません。それに対し、支援技術ならば、すべてのサイトを読みやすくできます。
と、言いたいところなのですが、これが「すべて」と言い切れないことがあります。Webサイトの作り方によっては、支援技術では適切に読めなかったり、まったく使えなかったりすることがあるのです。このようなケースは、「Webアクセシビリティ」に問題があるといえるでしょう。
Webアクセシビリティとは、簡単にいえば、「さまざまな状況に置かれた人にとっての、Webへのアクセスのしやすさ」のことです。主に障害のある方が念頭に置かれることが多いのですが、障害者に限った話ではありません。
「日差しによってスマホ画面が見えづらい」これもアクセシビリティ
かつては家や職場からPCで閲覧することが一般的でしたが、近年では利用方法も大きく変わり、さまざまなシチュエーションでアクセスされるようになっています。モバイル端末からのアクセスが当然になり、マウスではなくタッチ操作が行われるようになり、音声で操作する状況も増えてきています。
アクセス方法が多様化すると、やはりアクセシビリティの問題が表面化してくることがあります。たとえば、次のようなことが挙げられます。
- 日差しの強いところでスマートフォンを操作していると、画面が見づらく、コントラストの弱い文字などは読み取れません。
- 目が見えている人でも、音声による操作や、音声の読み上げによる利用をすることがあります。この場合、画像で表現された内容を知ることは困難です。近年ではスマートスピーカーが普及しつつあり、音声による操作や読み上げはもっと一般的になっていくことでしょう。
- タッチデバイスを使っていると、マウスオーバーによる操作を前提にしたコンテンツが操作できないことがあります。最近ではPCもタッチ操作に対応してきているため、PCサイトをタッチ操作したい状況もあります。
- スマートフォンの画面が見づらい場合、画面を拡大する操作をすることがありますが、サイトによっては拡大の操作ができないことがあります。
Webのアクセシビリティを向上することができれば、障害の有無にかかわらず、さまざまな人がさまざまな状況でよりWebにアクセスしやすくなります。
Webアクセシビリティについては、私が執筆した『デザイニングWebアクセシビリティ』という本にまとめていますので、興味のある方はご覧いただければ幸いです。内容の一部は、Web担当者Forumでも読めます。
デザイニングWebアクセシビリティ コーナーの記事一覧
書籍『デザイニングWebアクセシビリティ』から、第4章と第7章をWeb担当者Forum向けに特別公開
弁護士ドットコムのミッションは「専門家をもっと身近に」。だから本気でアクセシビリティ向上に取り組む
私が所属する弁護士ドットコムも、Webアクセシビリティの向上に乗り出しました。
弁護士検索や無料法律相談などのサービスを運営する弁護士ドットコムは、「弁護士ドットコム」「弁護士ドットコムニュース」「税理士ドットコム」「Business Lawyers」といったさまざまなサービスを運営しています。最近では、電子契約を締結できる「クラウドサイン」というサービスにも注力しています。
弁護士ドットコムのミッションは、「専門家をもっと身近に」という言葉に集約されます。
法曹の世界では、古くから「二割司法」という言葉が知られていました。
二割司法とは、弁護士などの法律の専門家による助けを必要とする人のうち、実際に相談できている人は2割しかいないということです。つまり、残りの8割の人は、法的なトラブルを抱えても適切な助言を受けられず、不当な扱いを受けたまま泣き寝入りしているということです。
弁護士ドットコムが目標としているのは、この状況を打破することです。言い換えれば、弁護士にアクセスしたくてもできなかった人が、ITの力を借りて弁護士にアクセスできるようにすることです。
そのターゲットには、障害者、事故にあった人、さまざまな理由でうまくWebにアクセスできない人なども含まれます。そういったさまざまな事情を抱える人でも、弁護士にアクセスして、そのサービスを受けられるようにすることが弁護士ドットコムのミッションです。
そしてこれは、まさにアクセシビリティの改善そのものです。弁護士ドットコムのミッション自体が、(法律の専門家による助けへの)アクセシビリティの改善であると言っても過言ではないのです。
「契約を締結する」ことが、一人では困難な場合もある
そしてもう一つ、私が注目しているのは「クラウドサイン」のサービスです。従来、重要な契約を締結する際は、紙の書類を読み、合意の証として押印やサインをすることが求められてきました。
実は、この行為にはアクセシビリティ上の大きな課題があります。目が見えなければ一人で契約書を読むことはできませんし、サインや押印が難しいという人もいるのです。こういった場合、代読や代筆に頼ることになりますが、相手方の都合でなかなか認められないこともあり、一人で契約を締結することが困難な場合がありました。
クラウドサインは、このような紙の契約書のやり取りを置き換え、インターネット上で契約を締結できるようにします。このサービスが普及すれば、紙の契約書のやり取りが困難だった人も、独力で契約を締結できるようになるでしょう。これによって、人々の生活が大きく変わる可能性があるのです。
弁護士ドットコムの現状と未来
現状で、弁護士ドットコムの提供するサービスがアクセシビリティを担保できているかといえば、残念ながらまだまだ及ばないところがたくさんあります。弁護士ドットコムのミッションを果たすためには、多くのことを改善しなければなりません。
そこで私の出番です。
私は以前から受託でWebアクセシビリティの向上に取り組んできましたが、昨年の12月に弁護士ドットコムに入社し、アクセシビリティエンジニアとして活動していくことになりました。
海外ではアクセシビリティ専任のエンジニアも珍しくありませんが、日本ではまだ珍しいのではないかと思います。ともあれ、これから本格的に活動を行い、弁護士ドットコムのさまざまなサービスのアクセシビリティを向上する取り組みを行っていく予定です。
企業のWeb担当者とアクセシビリティについて話す機会も多いのですが、その際によく耳にするのは次のような声です。
- 個人的にはアクセシビリティに取り組んでみたいと思っているが、組織として取り組むには時期尚早であると感じている。
- アクセシビリティの向上には興味があるが、具体的にどのように取り組んでいけば良いのかわからない。他社がどうやっているのか知りたい。
「アクセシビリティに取り組みたいけど、やり方がわからない」のです。
実は、これは私も同じです。さまざまな企業のWebアクセシビリティの取り組みをお手伝いしてきましたが、このやり方なら確実に成功する、といえるような方法論はまだ見つけられていません。とはいえ、「こうすれば良いのではないか」と考えていることはいくつかあります。
実際に、私が弁護士ドットコムで取り組むアクセシビリティ向上への活動を、本連載を通じて紹介し、アクセシビリティ向上に取り組む皆さんのヒントになればと思います。
今、民間企業のアクセシビリティ対応が本格化している
弁護士ドットコムでもアクセシビリティを本気で取り組むことになりましたが、Webアクセシビリティへの取り組みは以前から行われてきました。特に公的機関においては、総務省の「みんなの公共サイト運用ガイドライン」で2017年度末までの対応が求められているため、かなり積極的に取り組みが行われてきました。
反面、民間企業に取り組みを義務付けるような法令はまだありません。2016年の4月には障害者差別解消法が施行され、公的機関には「合理的な配慮」を行うことが義務付けられましたが、民間企業に対しては努力義務にとどまっています。
努力義務にもかかわらず、アクセシビリティへ本気で取り組み始める企業は増えているようです。ウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC)では、「一般企業におけるウェブアクセシビリティ方針策定と試験結果表示の実態調査」を実施しています。
その結果(下表)を見ると、アクセシビリティに配慮している旨を掲げる企業の数全体は大きく変化していませんが、方針の策定と試験結果の公開を実施する企業がここ1~2年で増えてきています。
「方針策定」とは、ウェブアクセシビリティ基盤委員会が公開する「ウェブアクセシビリティ方針策定ガイドライン※1」に沿って方針を策定し、必要事項をすべて公開しているということです。
「試験実施」とは、実際にWebサイトがアクセシブルであるのかどうか、JIS X 8341-3:2016の付属書JBの手順※2に沿って試験を実施し、その結果を公開しているということです。
これらは、単に配慮しているという表明とは異なり、コストのかかる施策です。これらを実施しているということは、コストをかけて公式に取り組みを行っているということです。
- ※1 ウェブアクセシビリティ方針策定ガイドライン
https://waic.jp/docs/jis2016/accessibility-plan-guidelines/201604/ - ※2 JIS X 8341-3:2016 試験実施ガイドライン
https://waic.jp/docs/jis2016/test-guidelines/201604/
対象サイト数 | 配慮記載数 | 方針策定 | 試験結果 | |
---|---|---|---|---|
2017年2月 | 220 | 23 | 15 | 11 |
2016年8月 | 221 | 26 | 12 | 11 |
2016年2月 | 203 | 25 | 9 | 7 |
2015年8月 | 198 | 26 | 10 | 7 |
2015年2月 | 198 | 25 | 10 | 7 |
2014年8月 | 190 | 24 | 7 | 6 |
2014年2月 | 190 | 14 | 6 | 5 |
また、Webアクセシビリティに関するイベントも盛り上がりを見せています。2017年11月には、ヤフー、サイバーエージェント、サイボウズ、freeeの主催で「Japan Accessibility Conference」というイベントが開催されました。のべ200名以上の方が参加し、Webアクセシビリティをテーマにした民間企業主体のイベントとしては、過去最大級の規模になりました。
なぜこのような盛り上がりが起きているのか、はっきりしたことはわかりません。考えられる要因としては、2016年に障害者差別解消法が施行され、努力義務といえど合理的配慮が求められるようになったこと、2020年に予定されている東京オリンピック・パラリンピックを意識した動きがあることなどが挙げられるでしょう。また、単純にUX/UIへの関心の高まりが影響しているのかもしれません。
しかしいずれにしても、アクセシビリティへの取り組みについては、大きな盛り上がりの波が来ていると感じています。
次回からは、弁護士ドットコムのWebアクセシビリティへの取り組みに際して、私が実際に実行したことを紹介していきます。筆者が何を考え、何を実行し、実際にどのような改善につながったのか、できるだけ詳しく紹介していくつもりです。この記事が、多少なりともみなさんのWebアクセシビリティ取り組みへの参考になれば幸いです。
ソーシャルもやってます!