企業と顧客の関係は主客で分けるべきか? 高広氏が語る「コンテクスト」を重視したマーケティング
顧客や買い手が購入前にインターネットなどを使って情報を調べ、自ら勉強して購入のヒントとしている中、コンテクストを重視したマーケティングを行うことの重要性が増しているという。
2018年11月に開催されたハートコア主催「HeartCoreDAY2018」に登壇した、スケダチ代表の高広 伯彦氏は「Self-Educating Buyers時代における「コンテクスト」を重視したマーケティング」と題されたセッションを行った。
「デジタルマーケティング」とはデジタルなツールやメディアを使ったマーケティングを指す以上に、デジタルがもたらした人々の情報行動の変化に対するマーケティングの変革であり、企業は単にツールなどを導入するだけでなく、マーケティングマインドを変えていく必要があると強調した。
そもそも企業と客の関係は、主客で分けるべきものなのか?
高広氏は、「今日は、マーケティングマインドの変革と促進について話したい。非常に抽象度の高い話となるので、すぐに役立つような話を聞きたい方は、ぜひ今すぐ別のセッションに参加することをおすすめします」と前置きし、マーケティングにおいて、「主客」の区別がなくなっていると説明していく。
従来のマーケティング施策においてはマーケターが「主」であり、ターゲットとなる顧客は「客」となる。しかしこの関係性自体を本質的に見直さなければならないのではないか? このことをとあるアニメの最近のエピソードを引用して説明した。
概してアニメの世界では、絶対的な悪を、主人公たちが戦ってやっつけるという勧善懲悪の図式ができあがっている。しかし今回引用された某アニメでは、そうした通常の展開を裏切り、主人公のもとに敵のキャラクターがやってきて対話を試みる、というシーンが続いているというのだ。「敵」としていたものが対話の相手になると、そもそもそれは「敵」であり続けるのか? という疑問が生じる。
これをマーケティングに置き換えると、競合が競合でなくなるということだ。フレネミー(Friend or Enemyの造語)という言葉も生まれてきており、競合と隔てている壁や、企業と顧客を隔てている壁がなくなってしまう可能性がマーケティングの世界で起きているというのだ。
次に、高広氏は、哲学者の西田幾多郎氏の著書『善の研究』から「純粋経験」と言う概念を引用し、「これは○○○である」と認識する以前の「主客」に分化する前の状況(=つまり自分と対象を分ける以前の状況)を説明。一方で、フランスの哲学者ルネ・デカルト氏が「我思う、故に我在り」(われおもう、ゆえにわれあり)を対照的に引用する。
後者は、「我」中心になる世界であり、従来のマーケティングは、「我」=「マーケター」が「客」としての「顧客」を定義してきたことと同じではないか、と高広氏は指摘。一方で西田がいうような「純粋経験」のレベルまで立ち戻って、企業と顧客との本質的な関係を捉え直すことが重要なのではないか? という説明がなされた。
つまり高広氏によると、マーケターが自らを「マーケター」だと考えた瞬間に「顧客」という存在が生み出される、そうして主客の状態を作ってしまい、企業主体のマーケティングというものが無自覚に生み出されているのではないか? そもそもマーケティングの主体は企業であり続けるのか? と話す。そもそも企業と顧客の関係は主客で分けるべきものではないというのが、ここ5~6年の傾向としてますます現れてきているのではないかと主張する。
マーケティングそのものの変化をどう捉えるのか?
続いて高広氏は、「マーケティングそのものの変化をどうとらえていくのか」という話題に移る。
雑誌『一橋ビジネスレビュー 2016 Autumn(64巻2号)』で一橋大学の藤川佳則氏とともに高広氏がまとめた論文から「American Marketing Association(AMA)のマーケティング概念の変遷」を示した。
現在言われているマーケティング概念は2004年ぐらいまでの定義で、最新は2013年で、「マーケティングとは、顧客、得意先、パートナー、そして社会一般にとって価値ある提供物を創造し、伝達し、交換する活動であり、一連の精度であり、プロセスである」と定義されているという。
この定義のポイントは、マーケティングの主体が売り手に限定されず、買い手も主体となっているということだ。世界最高峰のマーケティングの権威であるAMAでは、2013年にすでにマーケターと顧客は主客で分けるものではないと示している。
従来のマーケティングは「Marketing to」であった。しかし人々は「don't want to be marketed to.(マーケティングされたくない)」とますます考えるようになってきており、デジタルメディアが普及し、AMAのマーケティングの定義も変わった2013年以降からは「Marketing with」の世界となり、買い手がマーケティングの担い手にもなると考えられているのだ。
顧客がマーケティングの担い手になるということは、次の3つが考えられると高広氏は説明を続ける。
- 情報の生産 ~ 顧客が自ら情報を生み出す
- 情報の探索 ~ 顧客が情報を見出す
- 情報の共創 ~ 企業と顧客の間で「価値」が創出される
また、ここ十数年のマーケティング研究の世界で最も注目されている理論の一つとして、R.F.ラッシュ氏とS.L.バーゴ氏による『サービス・ドミナント・ロジック』という概念を紹介。両氏が提唱したこの理論では、世の中には、グッズ・ドミナント・ロジック(GDL)とサービス・ドミナント・ロジック(SDL)の2つの見方があるとされている。
グッズ・ドミナント・ロジック(Goods-Dominant Logic/GDL)
グッズ・ドミナント・ロジック(以下、GDL)では、「モノ」と「サービス」は分離し、顧客に提供されるのは「モノ」で、「サービス」はモノが提供された後の付随的なものとなる。
また、GDLでは、「モノ」はそれ自体が価値を備えており、「モノ」の提供が価値の提供とされ、誰でも同じ価値を享受できる。GDLの顧客像は、企業によってセグメントされ、客体化された存在で、「Marketing to」の考え方となり、価値を提供するのは企業という考え方となる。
サービス・ドミナント・ロジック(Service-Dominant Logic)
一方で、すべての経済活動をサービスと考えるのがサービス・ドミナント・ロジック(以下、SDL)だ。
「サービス」には「モノ」を伴うものと伴わないものがあり、価値は顧客がモノ(ないしはサービス)を使いこなすことで生まれ、モノ自体の価値ではなく、価値を提供するための道具であるとされている。
それゆえに、企業は「価値を提供」することはできず、できるのは「価値の提案」であり、顧客側が自らのスキルや文脈を持って「それらを使った結果として」価値が生まれる。SDLでの顧客像は顧客もマーケティング活動の主体であり、「Marketing with」の考え方となる。
たとえば、魔法瓶の場合、従来のマーケティングでは「いつまでも温かい(もしくは冷たい)状態で飲める」という価値を企業が主体となって提供していると考えられてきた。
しかしこの価値は、「顧客が使ってみて」初めて生まれる「価値」である。また、顧客が使うことによって、企業側が考えていなかった用途が生まれる可能性もある。
顧客が使用すること、ないしは顧客が持っている文脈と企業が持っている文脈の出会うところで生まれるのが「価値」なのであり、企業が一方だけで「価値」を決定しそれを提供することはできない。企業だけでなく、企業と顧客によって生み出されるものだというのだ。それはすなわち、顧客がマーケティングの担い手になるということであり、「価値」は動的なものになっているともいえる。
では、顧客がマーケティングの担い手になるってどういうこと?
前述の「情報の生産」「情報の探索」「情報の共創」の中で、最も重要なのは「情報の共創」だと高広氏は説明を続け、SDLでは価値は次の3つとなっていると説明する。
- 交換価値(Value in Exchange)
→ 企業と顧客の間での交換による価値 - 使用価値(Value in Use)
→ 企業や顧客が利用することによる価値 - 文脈価値(Value in Context)
→ 企業や顧客の周辺に存在する文脈による価値
「交換価値はGDLの考え方で、使用価値はもともとのSDLの考え方だが、それだけではわかりにくいため、文脈価値という考え方が生まれた」と高広氏は説明する。
使用価値だけでは企業と顧客の関係しか示せないが、実際は、企業がなぜ商品を作ったのか、顧客はどのように使っているのかなど、社会や文化、経済などの外的要因が重要で、企業と顧客だけでなく、その周辺の文脈によって価値が決まってくるのだという。
ここで誤ってはいけないのは、これらの考え方は「顧客至上主義」や「ユーザーファースト」という考え方とは一線を画すということだ。マーケティング含む企業の経済活動を、企業と顧客との相互作用、ないしはそれ以外の関係者も含めた相互作用として扱っていることに注意すべきだろう。
次に高広氏は「ジョブ理論」と「デザインシンキング」という最近良く聞かれる2つのキーワードについてもコメントを述べた。
クレイトン・M・クリステンセン氏の『ジョブ理論』やジョン・スポールストラ氏の『エスキモーに氷を売る』という考え方はむしろ使用価値に近い考え方ではないかと高広氏は言う。これらは、顕在化している課題に対して有効な考え方に思うが、顧客の課題解決である限りにおいて、それ以上のものにはならないのではないか? と考えているという。それゆえ新商品やイノベーションを起こすためにはよりコンテクスト(文脈)が重要となる、と説明を続ける。
また、「デザインシンキング」は、「非常に役立つ考え方だと思うが」と一言つけたうえで、デザインシンキングを用いたプロジェクトの進め方を見るとユーザー至上主義に偏っており、顧客のセグメンテーションやペルソナを決めてしまうことによって、企業側のコンテクストや資源を活用できなくなったり、理想的な顧客・ユーザー像を思い描いているケースが多かったり、彼・彼女らが持っているコンテクストや資源を活かすという考え方が抜け落ちているケースが多いのではないか? という。
一方で注目したい概念としてロベルト・ベルガンティの挙げる「デザイン・ドリブン・イノベーション」を紹介。「人々は実利的な理由だけでなく、深い感情的な理由や心理的・社会文化的な理由からモノを買う。つまり、人々は商品を買うのではなく、その意味を買っている」と同名の著書に書かれているという。
「デザイン・ドリブン・イノベーション」では、攻めのイノベーションを行うためには、必ずしも商品の中身や価値を変える必要はなく、意味を変えることで売れるようになると説明されている。
たとえば、ロウソクは、電気のない時代は灯りをともすために変われていたが、今は炎の揺らぎを楽しんだり、癒されたりするために買われている。これまでのモノの見方を変え、リフレーミングする、してもらうことが重要だ。そのためには意味を生み出す際に参照される「コンテクスト」に注目する必要がある。
コンテクストプランニングのポイント
買われる理由を考えることも重要だと、高広氏は話しを進める。人々が商品を買うときには、買われる合格ラインというものがあり、機能や価格、ブランドなどの複数の要素が積み重なって合格ラインを超えたときに買われることになると高広氏は説明する。
どの要素が重要かは商品によって異なるが、たとえばブランドの価値を高めることを考えた場合、これまでは企業が決めていたブランディングを「顧客のパーセプション(認知)=意味づけの試み」と考えれば、ブランディングもリフレーミングしていけるという。
商品にさまざまな要素のコンテクストが埋め込まれたときに、どのような意味や価値が生まれるかを考えることが重要と説明する高広氏は、1つの言葉は語られる文脈によって意味が異なってくると話す。
たとえば、「ママ」という言葉を子供が使った場合と、夜の繁華街でおじさんが使った場合では大きく意味は異なる。これは、同じ商品であっても違う意味や価値があることと同じであると高広氏は説明する。
マーケティングはコミュニケーションであり、コミュニケーションを行っている者同士の関係性やそれぞれのコンテクストによって意味や価値は決定される。そう考えると、企業と顧客に同じコンテクストが共有されるための試みが現代におけるマーケティングなのだと言える。
マーケティングにおけるコンテクストとは、「企業、業界、消費者、メディア、社会などによってブランド(商品・サービス)に埋め込まれる文脈や環境のこと」と高広氏は位置付ける。
コンテクストプランニングには、「コンテクストを解釈・理解する」と「コンテクストを生み出す、紡ぎだす」という2つの側面がある。コンテクストを理解するためには、商品やサービスにどのような文脈が当てはまるのかを考える必要があり、コンテクストを生み出したり、開発したりすることで新たな商品やサービスへの理解を得ることができる。
また、コンテクストプラン二ングには、顧客、社会、業界、自社の4つの文脈があると高広氏は話す。
顧客の環境、認識、視点を考え、ニュースやメディアなどで社会的にどのような文脈があるかを考え、商品やブランドが所属する業界のトレンドや流通などの文脈を考え、自社やブランドの歴史や認知などの文脈を考え、文脈を紡ぎ合わせることによって商品の価値を見出すことができるのだという。
たとえば、住宅会社が「女性向けの部屋」を商品化した場合の4つの文脈を高広氏は以下のように示す。
コンテクストプランニングのポイントは、4つの文脈のフレームを使って、既存の文脈でマーケティングを行い、新しい文脈が必要であればそれを作るマーケティングを行うことだと高広氏は説明する。
「ユーザー至上主義」の立場でカスタマージャーニーなどを用いて生み出された商品は、いわば「ターゲット顧客の課題にフォーカスしすぎ」て、他社も追随して生み出す可能性があるが、コンテストプランニングでは企業自身の「資産」や「業界」にも注目をするので、ユニークネスを探しやすいと話す高広氏。それによって競争を避けたり、遅らせたり、自社、業界、社会文化的な環境も考慮しながら顧客のコンテクストに寄り添い、新たなコンテクストも作っていけるのだという。
コンテクストを重視する背景には、人々の情報行動の変化が大きく、購入前に情報を調べる「自ら学ぶ買い手Self-Educating Buyers」が増えているということがある。これまでのマーケティングは、企業が買い手を教育するためのものだったが、今は買い手が自らを教育しているため、これからのマーケティングコンテンツは買い手が自分自身を教育するための「教材」として提供されるべきなのであり、それが実現するためにはコンテクストの共有が必要なのだという。
コンテクストプランニングによって、Self-Educating Buyersに対して、顧客の情報行動や認識の文脈にいかに情報を埋め込むか、顧客のどのような文脈でのジョブを解決するのか、顧客にどのような意味を提示して価値を提案するのか、といった手掛かりを見つけられるようになる。
最後に高広氏は、「現在のデジタルマーケティングは、今コレが欲しいという人に対してのマーケティングを行っている。つまり購買ファネル(パーチェスファネル)の下のほうだ。世の中の情報行動がデジタルを通じて行われるようになり、「自ら学ぶ買い手」が増えてきた中では、それらのコンテクストに合ったコンテンツやマーケティングが必要となる。また、自分たちをアピールするだけのマーケティングや顕在的な宣伝を行うマーケティングはどこかで飽きられてしまうため、新たな価値を提案することができる、コンテクストを重視としたマーケティングを行ったほうがよい」と話し、講演を終えた。
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