冷凍餃子は手抜き⁉ 味の素冷凍食品「冷凍餃子 #手間抜き論争」の舞台裏と「これからのPR戦略」
「冷凍餃子は手抜きだ」と夫にいわれた主婦のツイートに、味の素冷凍食品の公式Twitterアカウントが反応して始まった「冷凍餃子 #手間抜き論争」。いいね!は44万、動画再生数は90万回にのぼり、昨年のPRアワードでシルバーを受賞した。
その公式Twitter“中の人”と、戦略PRの仕掛け人である本田事務所の本田哲也氏が「デジタルマーケターズサミット 2021 Winter」に登壇。一連のキャンペーンの裏側や、そこから示唆される「これからのPR戦略」を紹介した。
「冷凍餃子 #手間抜き論争」から始まるPR施策で前年比118%と売上増にも貢献
最初に、餃子のお面を付けた味の素冷凍食品のTwitter“中の人”が登壇。味の素冷凍食品が抱えていた課題や、公式Twitter、「#手間抜き論争」後のキャンペーンについて説明した。
「#手間抜き論争」が起こる以前から、冷凍食品業界全体で、「冷凍食品は手抜き食品だ」というパーセプション(認識)をどう変えるか、という課題に取り組んでいた。2017年に味の素冷凍食品では、冷凍食品は「最もフレッシュな瞬間と最もおいしい瞬間を閉じ込められる優れた食品」と再定義し、ロゴマークを新しくしている。
味の素冷凍食品のTwitter公式アカウントの開設は2020年2月で、企業の公式アカウントとしては比較的新しい部類に入る。SNSにあふれる顧客の声を聞いたり、企業として正しい情報を伝えたりする手段として開始されたという。
公式アカウントで「手“間”抜きだ」とツイート
開設から約半年後の2020年8月に起きたのが、「#手間抜き論争」だった。2020年8月、夕食を作るのが辛く冷凍餃子を食卓に出したところ、夫に「手抜きだ」といわれた主婦のツイートが投稿された。これに、味の素冷凍食品の公式Twitterが反応。
「冷凍餃子を使うことは手抜きではなく手“間”抜きである」という同社の一連のツイートは約13.5万回リツイートされ、最終的に44万のいいね!がつくなど大きな反響を呼んだのだ。
日本では手作りの料理こそ「愛情がこもっていて良い」という「手作り信仰」が根強い。「#手間抜き論争」の前には、「ポテサラ論争」があり、高齢男性が子連れ女性に「母親ならポテトサラダくらい作れ」といったことが話題になっていた。
こうしたことから、“中の人”は「冷凍食品を利用する人の心の奥には、後ろめたさがあるのではないか」と感じていたという。食事を作る人に、そんな後ろめたさから解放されてほしいという“中の人”の想いが、先の投稿につながった。コロナ禍で、「何を食べるかより、誰かと囲む食卓の時間こそ大切」だと実感していたからだ。
手間の可視化と企業姿勢の表明
この投稿は、翌日にはテレビなどメディアでも報道され、「#手間抜き論争」として予想を上回る反響を呼んだ。この論争の盛り上がりをうけ、Twitter“中の人”としての対応にとどめず「企業としての表明」という形でPR活動を行うこととなった。
具体的には、「手抜きをしてはいけない」という偏見の解消と「料理は愛情こめて手間をかけるもの」という固定観念の払拭を図るべく、冷凍餃子が144もの工程によって丁寧に手間暇かけて作られていることを可視化した動画を制作。プレスリリースを通じて企業姿勢を表明したのだ。
さまざまなPR活動を実施
さらに、餃子にまつわる豆知識をインフォグラフィックとして制作し、SNS上で餃子に関する話題量を増やした。また、ジェンダー論の専門家の方に「手間抜きは合理的」といったご意見をもらうなど、影響力のあるオピニオンリーダーに活動の支持を呼びかけた。メディアへのアプローチでは、キー局を中心に270件のメディア露出を獲得。「料理は手間をかけるべき」というステレオタイプを見直す議論を創出した。
その結果、冷凍餃子の使用を肯定するポジティブなツイートは約3倍に増加した。こうしたTwitterに流れるポジティブな意見は、それまで購買につながりにくかった20代、30代の層に届き、「初めて買った」という声もあがるようになったという。結果として、冷凍餃子市場で前年比118%と大幅に伸長し、売上にも貢献した。
SNSでのムーブメントを企業全体としての問題へ
次のテーマでは、“中の人”と本田氏によるパネルディスカッションが行われ、施策の舞台裏が明かされた。
- 個人アクションから「企業アクション」へ
- 自走する「関心テーマ」
- ナラティブに重要な「余白」
1. 個人アクションから企業アクションへ
最初のテーマは、「個人アクションから企業アクションへ」である。SNSにおける偶発的な出来事に企業が反応し、PRにつなげる事例は海外で多く見受けられる。しかし、日本では炎上リスクをおそれ、企業のSNS公式アカウントで一般ユーザーの投稿に反応しづらかったり、投稿一つひとつに承認が必要だったりする、と本田氏は指摘した。
今回の味の素冷凍食品のPR施策も、Twitterで話題になっていることに対して、公式Twitterでのツイートが発端になっている。“中の人”によれば、最初の主婦のツイートに反応することは「普段からTwitterでお客様と触れていることから、何とかお客様の声に応えたいという担当者としての現場感覚に従った結果だ」という。
ツイートは事後報告で行ったが、あまりの反響の大きさに驚いた“中の人”が翌日出社してみると、「『いいことをやっているから自信をもって』と声をかけられた」という。そして、ポジティブな反応が多かったことから、同社では動画の制作やプレスリリースの発信など、“中の人”の取り組みから、企業全体の取り組みにシフトしていく。
“中の人”は、「これまでのコミュニケーションはテレビCMを中心とした広告がメインで、PR活動は遅れているという認識があった」と話す。そのような中でSNSへの投稿から始まったムーブメントを、企業全体としてのステートメントにもっていくために、社内では、マーケティングと企業広報の側面から「味の素冷凍食品がどう問題を捉え、企業姿勢としてどう考えるか」を議論。PR施策の方向性が決まった。
企業が伝えたいことだけを発信するだけのメッセージは、なかなか生活者に届きにくいですが、今回は待っていても起きないチャンスだったといえます。SNSで醸成された流れをさらに前向きにつなげ、PR機会にしようと企業側が決断できたことは大きいです(本田氏)
2. 自走する「関心テーマ」
続いてのテーマは、自走する「関心テーマ」。PR施策の成功要因として、本田氏は、「関心テーマ」というキーワードをあげた。戦略PRのコアは、関心テーマすなわち「社会の関心から導かれるテーマ」にあるという。
PRの場合、ブランドや商品を直接訴求するよりも、そこから1歩引いて、世の中の関心と自社の商品の便益を一致させることが重要です(本田氏)
今回は、「手間抜き」というパワーワードが関心テーマと合致した。このことについて“中の人”は、「手間抜きという言葉はもともと、業界にあったキーワード。冷凍食品の利用に関する消費者の後ろめたさの払拭は、業界全体の課題としてあった」と述べた。
コロナ禍で、主婦の料理に対する負担が増え、レトルト食品や冷凍食品を使う機会が増えました。そうした生活者を応援したいという想いがツイートの根底にはありました。受け取る側にも、冷凍食品に料理作りを助けてもらっているという情緒的価値を感じてもらっていたことが、共感を生む背景にあったのではないでしょうか(“中の人”)
そして本田氏は、「世間のモヤモヤした気分を言語化したことで、関心テーマをつかめた」と総括した。
3. ナラティブに重要な「余白」
もう1つの成功要因がナラティブと「余白」だ。ナラティブは「物語的な共創構造」のことで、生活者、ステークホルダーと一緒になって、「複数の集団共有ストーリー」を「共創」することを指す。
ナラティブとストーリーの違いは3つある。
- 演者の違い → 企業が主役でなく生活者が主役である
- 時間の違い → 起承転結ではなく現在進行形でこれから起こる未来をも包含する
- 舞台の違い → 「企業や業界ではなく社会全体が舞台となっている」点で単なるストーリーとは異なる
今回のキャンペーンがナラティブだったのは、“中の人”・企業の想いだけの一方通行ではなく、主婦や料理を作る人のモヤモヤを言語化することで、そうした人々の共感を呼んでSNSを中心に大きな「物語」が展開された点にあります(本田氏)
また、“中の人”は「ナラティブを理解する上で、1つヒントになったのが『余白を残す』ことだった」と述べた。アンサー動画の最後には「最後の仕上げは、あなたのフライパンで」というメッセージが流れる。動画の中で冷凍餃子の製造にかかる144の工程は見せているが、食卓にのぼる最後の工程を、「完成品を食べてください」ではなく「生活者に委ねる」終わり方にしたのだ。
こうした、すべてを言い切らず、余白を残す構成によって、動画は90万回再生され「この部分に感動した」「家で、味の素と一緒に餃子を作っている感じがした」という声も多数寄せられた。
Q&A紹介
セッションの最後には、視聴者との質疑応答も行われ、「ブランド認知がそもそも低い場合、PRをどう考えたらよいか?」との質問に対し、次のように回答があった。
“中の人”は、「我々は社名からして冷凍食品というブランドを想起してもらいやすいが、SNSは企業色が強くない方が好感される場合がある」と述べた。特にトレンド入りしているキーワードは社会の関心も高く、多くの生活者の目に触れる可能性が高いので「それをフックにして、地道に投稿を続けることが大事だ」とエールを送った。
本田氏は、「PRを行う上で、ブランド知名度は基本的に関係ない。それよりも、社会的な流れを汲めているか、関心を引けているか、の方が大事だ」とした上で、「社会的な課題や生活者のモヤモヤと、企業側のブランドとの関わりを、的確につなげることが大事ではないか」と締めくくった。
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