味の素冷凍食品のブランド戦略! SNSのユーザー投稿から始まった「冷凍餃子フライパンチャレンジ」の舞台裏
「味の素の冷凍ギョーザが張り付いた!」というSNS投稿から始まった「冷凍餃子フライパンチャレンジ」。再現検証のため、餃子が張りつくフライパンを募集したところ、なんと3000個以上集まったという。
「デジタルマーケターズサミット 2024 Winter」では、味の素冷凍食品で戦略PRを担当する勝村敬太氏と、PRストラテジストとして企画の指揮をとった本田事務所の本田哲也氏が登壇。企業ブランディングにまで発展したプロジェクトの裏側を語った。
味の素の冷凍餃子が張りついた⁉ 始まりはある1件のツイートだった
2023年5月11日、とあるユーザーがTwitter(現X)に1件の投稿をした。
「油いらないって! 書いてたじゃん! 嘘つき!」との文章に、餃子が張り付いたフライパンの写真。本講演のメインテーマである「冷凍餃子フライパンチャレンジ」のきっかけは、この1件のツイートだった。
味の素冷凍食品の「ギョーザ」は、油・水なしで誰でも簡単に羽根つき餃子が作れるとして日本一の売上を誇る看板商品だ。オーディエンスからは「フライパンの買い替え時」「焼き方が間違っているのでは?」「私も失敗するときがある」などさまざまなコメントが寄せられたという。
味の素冷凍食品が事態を確認したのは翌日の5月12日。勝村氏はすぐに当時のTwitter担当者と連絡を取り、どのような返答をするかを話し合った。この時点で、Twitter担当者は技術開発部門に連絡・意見交換を進めており、「ギョーザが張り付いたフライパンを預かって調査させてもらってはどうか」というアイデアが出されていたという。
とはいえ、この時点ではまだアイデア段階。SNS上で発信するならば慎重に、という話はしていました。ただ、弊社の餃子に対するお客様の声が聞こえてきたので、それに対してはきちんとお返ししたい。できれば失敗のメカニズムを解明してご報告できればという思いがありました(勝村氏)
これを踏まえ、担当者はその日の夜にツイートの発信者にTwitter上で連絡をとり、「送料着払いでフライパンを送ってほしい」と依頼。このやりとりを目にした他のユーザーからは、「消費者の声が企業に届いた」など、好意的な反応が多く寄せられた。
しかし、発信元となったアカウントが閉鎖され、連絡がつかなくなったため、この段階ではフライパンを提供してもらうことは実現しなかったという。
発端となったツイートは決して悪意のあるものではなく、投稿者の方も『私の焼き方が悪かった』と謙遜されたご様子でした。第三者から多くの注目を集め、結果として投稿者様の負担になってしまったかもしれない……と申し訳ない気持ちです(勝村氏)
届いたフライパンは3000個以上! 全社的な取り組みへと発展
当該のフライパンは届かなかったが、社会的な注目を集めたこともあり、勝村氏らは「取り組みを継続させるべきだ」と判断。社内の研究開発部門に相談し、使い込まれたフライパンによる調理を再現検証した。結果として、「弱火で10分蒸し焼きにすると張り付きにくくなる」と判明し、約1か月後の6月16日には対外発表されたという。
とはいえ、これはあくまでも研究所での再現にすぎない。同社では、さらなる研究のため、「冷凍ギョーザが張り付くフライパンを送ってほしい」と企業公式アカウントで呼びかけた。
フライパンは日常的に使うものなので、あまり数は届かないだろうと予想していました。それが、週明け月曜の朝には大変なことに……(勝村氏)
募集告知は金曜日の夕方に行ったが、週末には投稿の表示回数やいいね数が急増。翌週の朝の時点で、ヤマト運輸からは800個以上、郵便局(ゆうパック)からは400個以上の荷物が届いているとの連絡があった。そこで急遽、社内で最も大きい会議室を確保し、フライパンを開梱することになった。
当初は2週間くらいの募集を予定していました。しかし、あまりにも生活者の皆さんからのリアクションが早く、一気に荷物が届いてしまったため、月曜の朝9時半には受付を終了。これは正直『やってしまった』と思いましたし、急遽締め切ったことでお叱りのお言葉もいただきました(勝村氏)
荷物の開梱は、部員総出で丸1日かかる作業となった。1つ1つ再梱包を行い、研究所と群馬の事業所に送付。「この時点では、社内からは『何かやっているよ』と冷ややかな目が向けられていた」と勝村氏は語る。
ただ、フライパンとともに手紙やメッセージが添えられていることも数多くあり、現場ではそれを発見するたびに読み上げ、周りから自然と拍手が起こったという。
SNS上でのひとつのやり取りが、ここまで大きなムーブメントへと発展したんだなと。生活者の方の期待や励ましの声を受けて、改めて社会的な責任を感じました(勝村氏)
最終的に集まったフライパンの数は3000個以上。2023年の夏は、これらのフライパンの管理に注力したという。個体ごとに通し番号を振り、さらに3Dスキャナーでデジタルアーカイブ化を実施。3000個ともなると、ナンバリングだけでもかなりの重労働だったと勝村氏は振り返る。
また、研究所では各フライパンで餃子を焼く・洗うの工程を繰り返し、フライパンの状態を丁寧に確認していった。フライパンの表面をマイクロスコープで観察し、テフロン加工の剥がれ具合による焼き上がりへの影響なども調べたという。
ここまでくると、当初は冷ややかだった社内からの目も、『PRチームがなにかすごいことをやっている』というものに変わっていき、応援してくれる関係者が増えていきました。秋になると、全社で取り組むべき課題へと昇華されました(勝村氏)
大量のフライパンがずらり! 特設Webサイトの立ち上げ
そして10月13日、「冷凍餃子フライパンチャレンジ」プロジェクトサイトを公開。全国から提供されたフライパンの3Dデータがデジタルアーカイブされている。そして同日に新聞広告で社長名による感謝メッセージを発信した。
年が明けた2024年1月9日には、冷凍餃子の製品リニューアルを発表。きっかけとなったツイートから約8か月でリニューアルに至るのは異例の早さだ。
このリニューアルにより、12個張り付いたフライパンのうち、26%がきれいに全部剥がれるようになりました。まだ完璧ではありませんが、1日でも早く、1人でも多くの方においしい餃子を召し上がっていただきたいという思いで、製品化を急ぎました。もちろん改善の余地はまだありますので、今後も永久改良を続けていきます(勝村氏)
「冷凍餃子フライパンチャレンジ」はテレビ番組でも紹介され、439のWebメディアに取り上げられた。勝村氏は、「今回のプロジェクトは、プロダクトの改善というより、企業としての姿勢を伝えたいという想いが強い。企業のブランド価値が向上し、それが巡り巡って、1人でも多くの方に商品を手にとっていただくきっかけになれば」と、中長期的な成長への期待感を示した。
SNSは企業と生活者をどう変えたのか? 勝村氏・本田氏が対談
講演の後半は、勝村氏と本田氏の対談形式で、以下の3つのポイントについて語り合った。
- SNSやデジタルコミュニケーションの果たした役割
- 社内における部署連携、予算確保、KPIなどについて
- ブランドと生活者の関係づくりは今後どうあるべきか?
1.SNSやデジタルコミュニケーションの果たした役割
「冷凍餃子フライパンチャレンジ」は、最終的には新聞広告の出稿、製品リニューアルにまでつながる一大プロジェクトとなったが、そのきっかけはSNSにおける小さなやりとりだった。
本田氏:今回のプロジェクトにおいても、やはりSNSやデジタルコミュニケーションの果たした役割は大きかったでしょうか。
勝村氏:間違いなくコミュニケーションのスタイルが変わってきていますね。弊社では2020年2月にTwitter(現X)公式アカウントの運用を開始しましたが、発信した情報が伝わる早さやユーザーの声の多さには驚いています。今のSNSに重要なのは「スピードとタイミング」。情報が溢れ返る中で、いかに皆さんに刺さるメッセージを返していくかです。
本田氏:今回も、発端となったツイートの翌日には企業側からアクションを取りましたね。業界では『リアルタイムレスポンス』という言葉もありますが、もし初動が遅れていれば、ここまでの広がりはなかったのではないでしょうか。
勝村氏:きっかけとなったツイートが、いわゆる“バズ状態”にあったタイミングでアクションを起こせたのは大きかったと思います。
本田氏:とはいえ、わずか1日で企業が公式に反応するには、SNSの運用体制が整っていないとできませんよね。企業アカウントがあっても、内部確認で時間がかかってそんなに早くレスポンスできない……なんてケースもよく伺います。
勝村氏:実は弊社の公式アカウントは、開設して半年ほど経った2020年8月頃に、「冷凍餃子手間抜き論争」で一度話題を集めたことがあります。そこでの経験が活きているのかと。
Xは実名が出ていない分、良くも悪くもユーザーの本音が見えるし、ライトアクションで反応もしやすい。それに対して、我々の立場からどうお返しするか。生活者との直接的な接点や対話は、常に意識しているところですね。
勝村氏:また、SNS以外のデジタルコミュニケーションとしては、noteを活用しています。「冷凍餃子フライパンチャレンジ」の裏側として、フライパンの検証作業や商品開発の進捗をお見せする場です。
勝村氏:実は過去にも一度noteを運用してみたことはあるんですが、使いこなせずに立ち消えてしまいました。その時は新製品の告知目的だったため、一定のコンテンツを公開してしまうと、それ以上話が続かなくなってしまったんです。
それで言うと、今回のフライパンプロジェクトでは、現在進行形で発信できるnoteがベストツール。各部門の担当者が、製品改良に向けて取り組んでいる内容をそれぞれの視点で綴っています。現場の“生の声”を聞けるので、ぜひご覧ください。
2.社内における部署連携、予算確保、KPIなどについて
「冷凍餃子フライパンチャレンジ」のきっかけとなったツイートが世に出た直後に、部署間の意見交換が行われたことは、すでに勝村氏が述べている。しかし、そこまでスムーズに物事が運ぶのか。マーケターなら疑問に感じるのも当然だろう。
本田氏:先ほどスピーディーな判断に関するお話もありましたが、社内ではどのような状態だったのでしょうか。
勝村氏:前述の通り、最初はPRチームに対する冷ややかな目も多かったです。しかし、冷凍餃子は味の素冷凍食品にとって柱の商品。直近の事業目標や現状分析に照らし合わせれば、生活者の声をキャッチアップすることが企業ブランドへも好影響を与えるだろうと考えられました。
本田氏:始まりは偶発的なものだったと思いますが、部署連携や情報共有については?
勝村氏:ツイート翌日の段階では、SNS担当者と研究部門の間でのすり合わせをしただけ。全社レベルでの連携までは行っていません。
その後、事業部や経営層への情報共有を続けていましたが、大きく潮目が変わったのは6月16日のフライパン募集ですね。実際に3000個のフライパンが届いたことで、SNSの取り組みが可視化され、社内に波及しました。
なにより大きな効果をもたらしたのが、フライパンに同封されていたお手紙です。SNSでのわずかなやりとりが、結果的に生活者を動かし、わざわざ筆をとってメッセージまで送ってくれた。この事実に、多くの関係者が目の色を変えました。
本田氏:予算の裏付けについてはどうだったんでしょうか。
勝村氏:一般にPR部門は広告部門と比べて予算が少なく、私の部門でも突発的なイベントに回す資金的余裕はほとんどなかったです。新聞広告の展開にあたっては経営層へのプレゼンを重ねて合意を取り、サイト制作などの予算については他部門からの協力を得て実現に至りました。
本田氏:最初から多額の予算を用意しようとすると難しいですが、SNSやパブリシティで企画の基盤を作り、その反響をもって社内交渉に臨むといいかもしれないですね。
ちなみに、今回のケースは社内的にどのようなKPIで評価されているのでしょうか。
勝村氏:ここまで話した通り、今回のプロジェクトで重視しているのは企業イメージやブランド価値の向上です。もちろん短期的に結果が反映されるものではなく、数値化するのは難しい。
ただ、弊社で行っている定点的な生活者調査において、ブランドの好意度や認知度、想起などの数値がどう変化するかは、1つの指標にしています。また、社内への周知にあたっては、メディア露出時間やSNS投稿のインプレッション数なども活用していますね。
本田氏:冷凍餃子が売れた個数をKPIに設定しているわけではないんでしょうか?
勝村氏:現状ではそこは紐づいていません。ただ、将来的には販売数量への影響度合いをPR部門のKPIにしたいと思っています。
3.ブランドと生活者の関係づくりは今後どうあるべきか?
味の素冷凍食品の冷凍餃子は、発売から52年目となるロングセラーだ。日本を代表する大手ブランドとして、今後生活者とどのような関係を築いていくのだろうか。
勝村氏:弊社では「永久改良」を合言葉に掲げ、製品の改善や研究開発を続けてきました。
たとえば1997年には、「家に油を常備していないから焼けない」という声を反映し、油を引かずに水だけで蒸し焼きできる製品に改良。さらに2012年には、「水の計量すら面倒」という声を受け、油なし・水なしで焼ける製品へ改良しました。
これらはいずれも、当時の生活者の要望に応える形での改善です。今回の「冷凍餃子フライパンチャレンジ」も同じ。まさに2023年の生活者からヒントを得て、その声に応えようとした結果です。食品メーカーとして、生活者の声に真摯に応えていくことが何よりも重要だと思います。
本田氏:やはりブランドと生活者の関係には、ブランド側の姿勢や意識が大きく影響しますね。もちろん今回のケースのように、SNSによってユーザーとの関係が可視化され、関係構築がしやすくなったのは間違いないですが。
セッションのまとめとして、勝村氏は「『冷凍餃子フライパンチャレンジ』の取り組みはこれからも続いていく」と述べる。「情報過多な世の中ではあるが、生活者の方に丁寧に、真摯に向き合うことが一番大事。1つ1つのご意見に対し、思いを持って返していけば、必ず応えてもらえる」と思いの丈を語った。
また、本田氏は「プロセスの可視化」をキーワードに挙げた。「企業として『裏側は見せたくない』『時間をかけて検討してから発表したい』という思いもあるかと思うが、SNSを駆使してプロセス自体を見せていくことで、“共感”や“共創”を生み出せる。勇気を出してチャレンジしてほしい」と語り、講演を締めくくった。
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