その“お願い”、逆効果かも? アンケートに感じた違和感の正体

先日、ある外資系ラグジュアリーブランドの店舗を訪れた際、商品を購入して帰ろうとしたところ、スタッフの方から「よろしければアンケートにご協力ください。できれば10点満点をつけてほしいです。お願いします」と声をかけられました。話を聞くと、本部から回答数の確保が求められており、スコアが低いと注意されることもあるとのこと。そのスタッフの方は、アンケートの目的や集計の仕組みについて詳しく理解していない様子でした。
NPS(Net Promoter Score)をご存じの方であれば、このアンケート結果が“顧客推奨度”を測る指標であることにすぐ気づかれるでしょう。私もマーケティングやUXに携わっていることもあり、こうしたスコアには敏感です。だからこそ、「10点をつけてください」と言われた瞬間に、少しためらってしまいました。接客自体は丁寧で好印象だったのに、その一言によって体験全体に違和感が残ってしまったのです。
本来NPSは、ブランドやサービスを他者に薦めたいかどうかを測定するものであり、スタッフの評価を直接問うものではありません。しかし現場では、「接客の良し悪しを測るもの」と誤解されがちで、顧客の率直なフィードバックが歪められてしまうリスクがあります。
NPSの基本構造と活用の意義
Web担当者Forumの読者の皆さんの多くはすでにNPSをご存じかと思いますが、ここで改めてその基本構造を確認しておきます。
NPSは、「この商品・サービスを、友人や同僚にすすめたいと思いますか?」という質問に対して、0~10点のスコアで回答を得ます。その回答は「推奨者(9~10点)」「中立者(7~8点)」「批判者(0~6点)」に分類され、最終的に「推奨者の割合」から「批判者の割合」を差し引いた数値がNPSとして算出されます。
この指標は、SaaS企業やグローバルブランドをはじめ、多くの企業で顧客ロイヤルティの定点観測として用いられています。特に、リテンションが重視される業種では、その変化がサービス改善の指針となります。
ただし、NPSの価値はスコアにとどまりません。設問に続く自由記述欄にこそ、顧客の本音や改善のヒントが詰まっています。スコアだけを追うのではなく、こうした定性的な声を丁寧に読み解く姿勢が重要です。
日本におけるNPSの特殊性と文化的背景
日本では、NPSがマイナスになることが一般的です。初めてこの指標に触れた人や、海外事例が多く紹介された書籍を読んだ人の多くは、この事実に驚くでしょう。
企業イメージが良く、体験も好意的に受け止められている場合であっても、日本ではNPSがマイナスになることが少なくありません。実際、マイナス一桁のスコアであっても「優秀」と評価されることもあり、マイナス50〜70といった極端な数値が出る場合もあります。
対象をロイヤルユーザーやアクティブユーザーに絞ればNPSがプラスになることもありますが、それはバイアスがかかった結果です。そのため、継続的に同じ条件下で測定することが重要です。
このような傾向の背景には、日本人の国民性とNPSとのミスマッチがあると考えられます。NPSでは9〜10点が「推奨者」となる一方、6点以下は「批判者」に分類されるため、日本人に多い「中間を選ぶ」「満点を避ける」といった傾向がスコア低下に直結するのです。
たとえば、日本では災害の多さや稲作中心の生活様式が背景となり、周囲との協調を重視する文化が育まれました。そこから「曖昧さを好む」「評価に慎重」といった価値観が形成され、NPSのような明確なスコア評価との相性が悪くなるのです。
私が購入したブランド名で店頭でのNPSアンケートについて調べたところ、「すべての設問で10点中5点をつけたところ、販売員からその理由を尋ねる連絡がきた。傷つけてしまったのではないか」と不安になったという顧客の声がありました。こうした文化的配慮の欠如が、かえってユーザー体験を損ねてしまうこともあります。
NPSを“対話のきっかけ”として捉えるために
NPSは、グローバルで広く使われている指標です。しかし、日本にそのまま導入しても、期待した効果が得られないことがあります。その背景には、文化的な価値観やコミュニケーションスタイルの違いがあります。
私は以前、外国籍メンバーが多いチームで働いていました。そのとき、相手の国民性や日本の国民性について理解を深めるために『No Rules 世界一「自由」な会社、NETFLIX』(リード・ヘイスティングス、エリン・メイヤー:著)という書籍を読んだのですが、日本人は極端にハイコンテクストなコミュニケーションを好むことが紹介されていました。明示的な表現よりも空気を読み、文脈を重んじる日本人の文化が、NPSのような明示的な評価に対して抵抗感をもたらすのです。
このようにさまざまな違いはありますが、お互いの文化的価値観を理解しようとする姿勢が、信頼関係の構築とチームパフォーマンスの向上につながったと感じています。
これは、NPSの活用にも通じる姿勢です。スコアだけを見るのではなく、「誰が、どのような文脈で、どんな背景からそのスコアをつけたのか」を読み解く努力が欠かせません。特にインバウンド観光やダイバーシティ推進が進む現在、異なる文化的背景をもつ顧客や従業員との接点は増加しています。
だからこそ、NPSを「文化を超えた対話のきっかけ」として捉えることが求められます。絶対値の上下ではなく、その背後にある価値観や表現スタイルの違いに着目し、それを理解する力が、顧客理解と持続的なサービス改善につながっていくのではないでしょうか。
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