カシオの新・製品情報サイトがスゴい! EC機能を統合。わずか10か月でリニューアルできた理由
コロナ禍の影響でWebサイトやECの重要性はより増している。B2B、B2Cに関わらず、インターネットを通じて顧客とどう繋がり、その関係を維持していくのか。担当者の試行錯誤が続いている。
そんな中、腕時計や電子楽器で知られるカシオ計算機株式会社は、今まで以上にDXに対し“攻め”の姿勢をみせている。製品情報サイトを一新し、それまで別ドメインで運営していたECを完全に統合。しかも、これだけの大規模サイトリニューアルを10か月で実施したという。
この舞台裏について、カシオ計算機株式会社の石附洋徳氏(デジタル統轄部長)、そしてシステム開発支援を担当したアドビ株式会社の石川浩子氏(カスタマーサクセスマネジメント本部 カスタマーサクセスマネージャー)に話を聞いた。
キービジュアル作成:キイロデザイン
10か月でEC統合サイトにリニューアル
1つの企業が複数のWebサイトを運営していることは、いまや珍しくない。カシオ計算機(以下、カシオ)も例外ではなく、
- 企業情報や投資家向け情報を掲載する「casio.co.jp」
- 製品情報を発信する「casio.jp」
- 腕時計「G-SHOCK」シリーズの情報を掲載するブランドサイト
などが稼働。加えて、カシオはグローバルに製品販売を手がけているため、各国ごとにローカルサイトも存在していた。
公式な情報が複数あり、どの情報が正しいのかよくわからない状況だったり、サイト構造がメーカー視点の構造で情報にユーザーがたどり着きづらかったりといった課題があった。そのため、カシオではサイトリニューアルプロジェクトを立ち上げ、2021年3月4日にリニューアルしたWebサイトがローンチした。
特に大きな変更となったのが、製品情報サイトだ。新たに「casio.com」を中核に据え、各国語版もこのドメイン下ですべて集約。日本版なら「casio.com/jp/」といった具合で、今後は他国版についても「casio.com/○○/」などのかたちで提供される。なお、従来の「casio.jp」は閉鎖され、現在は「casio.com/jp/」へのリダイレクトとなっている。
驚くべきことに、この大規模なリニューアルをたった10か月で実施したのだという。腕時計はカシオの主力製品の1つだが、色や機能のバリエーションが非常に多く、製品情報サイトにおける情報掲載点数は数百を優に超える。またリニューアルに際しては直営オンラインストアの機能が統合され、さらにリアル店舗(直営店)の在庫状況も確認できるようになった。
大規模なサイトリニューアルとなれば、関係者の意見集約、仕様策定などを経て2年以上かかるケースもある。果たしてカシオはどんな姿勢で取り組んだのだろうか。
リニューアル前の課題とは?
今回のリニューアルプロジェクトを主導したのが、カシオ計算機の石附氏だ。広告会社に長らく勤務し、マーケティング関連のコンサルティング業務に従事してきたが、2019年9月にカシオへ入社。以来、同社のデジタルマーケティング全般、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進に携わり、2021年からはデジタル統轄部の統轄部長を務めている。
石附氏がリニューアル前のWebサイトの問題点と捉えたのは以下3つのポイントである。
1. タッチポイントの分散
前述のように、カシオの関連サイトが複数存在するため、情報が分断してしまっていた。たとえば、G-SHOCKの場合、カシオのWebサイト、G-SHOCKのブランドサイト、カシオ公式オンラインショップ「e-casio」(現在は閉鎖し、EC機能を製品情報サイトに統合)の3つが存在。ユーザーが検索を行った場合、どのサイトを参照すべきか混乱する状況が発生していた。
2. 階層が深く複雑なサイト構造
カシオの旧サイトではいわゆる「階層型」の管理構造となっていた。トップページを起点に、製品カテゴリートップ、製品詳細画面というようにリンクしていくかたちで、サイト管理者にとっては整理しやすい。しかし特定型番の商品について詳細に知りたいユーザーなどにとっては、画面遷移が多すぎて不便な面もある。
3. 製品ページにおける情報の不足
カシオの腕時計は耐衝撃性のレベル・搭載機能の有無など、一般的な腕時計以上にスペックが重要な意味を持つ。商品点数も多く、毎月10本以上の新製品が次々リリースされる。これらの情報を正確に、かつ各国のサイトで誤りなく掲載することは大変重要だ。
しかしカシオの旧サイトではPIM(Product Information Management)、DAM(Digital Asset Management)などと呼ばれる商品データベースが完備されておらず、各国のWeb担当者が翻訳や入力を手作業でこなしていて、大きな業務負担となっていた。
リニューアルでは、この3つの課題の解消を一気に狙った。製品情報ページは数千ページのレベルで刷新。ただし異なる製品でも共通のモジュール(部品の組み合わせ)で構築されているものや、同じモデルでもカラーバリエーションが豊富に存在しているため、内部の情報管理などは見た目以上に複雑になっているという。一方でメニュー階層などは減らした。
紙カタログ的Webサイトからの脱却、後押ししたのは……?
Webサイトデザインのトレンドは時代と共に変わっていくが、カシオの旧サイトについては「紙カタログをいかにデジタル化するか」に重きが置かれ過ぎていたため、使いにくい状況になっていたのではないかと石附氏は分析する。
歴史の長い企業の場合、それこそファクシミリの登場以前から営業している企業などでは、紙カタログが取引・受注活動の主役だった。その商習慣が今なお残っている側面はあろう。
ただカシオの場合、そうした“紙カタログ的Webサイト”への問題意識が高かったのは、現場社員よりもむしろ社長だったと石附氏は明かす。
『デジタル時代に合っていないWebサイト』と日ごろから仰っていて、それこそ『紙カタログ』といった文言も社長の口からよく飛び出していたんです。やはり経営トップがそれだけの意識をもっていたのが、リニューアルをスムーズに進めるための要因だったと思います(石附氏)
また、カシオの製品流通は販売代理店を経由した卸売モデルがこれまで主体だったが、近年は消費者へのダイレクトEC販売にも注力している。製品情報サイトへのEC機能統合は、まさに至上命題だった訳だ。
ダイレクトEC強化の理由は、ずばり顧客と直接つながる仕組み作りにある。
G-SHOCKは年間1000万本近く売れる商品ですが、どういった方が買っているかという情報が具体的にはほとんどわかっていないんです。日本では恐らく200万人~300万人規模にご購入いただいているのですが、製品の愛用者登録をしてくれる方は年1万人前後。コロナ問題という外的要因も関係し、消費者の行動が今後まったく変わっていくかもしれません。そこでは、やはり顧客と直接繋がることが重要になっていくと考えています(石附氏)
「Adobe Experience Cloud」をフル活用してリニューアル
リニューアルにあたっては、アドビのデジタルマーケティング製品群「Adobe Experience Cloud」を全面的に採用した。一例として、Web構築のCMSには「Adobe Experience Manager(AEM)」が使われている。
カシオではリニューアル前から、Web行動分析ツール『Adobe Analytics』を使っていました。そうした中でAEMの存在を知ったのですが、AEMが良いのはCMSツールとしての側面と、PIM/DAMとの連携機能、その両方を備えていたところ。アドビ以外のツールもいろいろ比較しましたが、カシオとして求めるレベルの仕様を実現しているものが少ないこともあり、AEMを選定しました(石附氏)
また、10か月でリニューアルを実施した点からも明らかなように、スピード感も重視した。Withコロナ/Afterコロナを見据える中で、カシオとしてなにができるのかを対外的にいち早く表明する必要がある。一方、大規模なプロジェクトに完璧を求めようとすると時間がかかってしまう。そこで石附氏らはまずプロジェクトを立ち上げ、少しずつ修正していくことを選択した。
必ずしも100点を求めない『65点主義』という考え方ですね。ユーザーが満足するレベルを65点と定めて、まずはそこをスピード優先で目指す。ローンチした後に、ユーザーの反応を受けて改修をしていく。そのほうが“進化し続けるサイト”として、結果的にはユーザーに高い価値を提供できると思っています(石附氏)
結果として、Webサイト利用者像を明確化するためのペルソナ設計は省略。関係部署からのヒアリングについても、グローバル企業ゆえの規模の問題から、ほぼ行わなかった。リニューアルプロジェクトの主要メンバーは約6人と少数だが、「こんな体験ができるようにしたい」「今はまだこの体験ができないから直そう」など、顧客の体験を最優先にした仕様を論議した。
とはいえプロジェクトがスタートした2020年5月からの約3か月間は、AEMによって実現できそうな機能をしっかりと吟味する時間をとった。これが後々の作業の円滑化に繋がったと石附氏は振り返る。
開発スタート後もとにかくスピード重視
そして8月からはアドビの開発スタッフが実際に作業を開始した。アドビ側の窓口となったのが石川氏。顧客支援などを担うカスタマーサクセス部門の担当として活動している。
アドビ側からカシオ様のプロジェクトに携わったメンバーは延べ20数名ですが、特に濃密にやりとりしたのは5名くらい。サイトの新設と、既存サイトの改善を同時に進めたので、一般的なプロジェクトよりも参加メンバーは少し多めでした(石川氏)
参加メンバーが多くなると、その分デザイン担当・EC担当などに担当者が細分化される。この担当者間の横の繋がりが悪いと業務効率が落ちるため、石川氏としてもこまめに情報共有を行うなど、注意を払ったという。
リニューアル後のサイト仕様などについては、プロジェクトの主要メンバー6名で、週に1~2回行われる会議の場で即断するのを徹底しました。『持ち帰って考えます』をやると時間がかかってしまいますし、『最終的に私(石附氏)が責任を持つよ』ということにして、スピードアップについては相当意識しました。
今回のプロジェクトは10か月間、実開発という意味ではわずか8か月でサイトをリニューアルできた。これがまずなんといってもAEMの実力であり、成果だと思いますね。実は2月の段階では、リニューアルページが1つもできていなくて(笑)。というのもAEMはコンポーネント単位で部品をそれぞれ開発し、最後にオーサリングして仕上げるという仕組みになってます。それがスピード開発できた理由でもあります(石附氏)
こうしたコンポーネント単位の開発は、石附氏らが標榜した65点主義ともまさに合致した。ユーザーの嗜好の変化にいち早くキャッチアップするためにも、開発のスピードは今後も重視していきたいという。
ECプラットフォームは「Adobe Commerce」、製品情報サイトで在庫確認も可能
こうして生まれ変わったのが製品情報サイトとしての「casio.com/jp/」である。新製品情報をチェックし、そのまま外部サイトに遷移せずECで買い物ができるのが、消費者側の大きなメリットだ。G-SHOCKのブランドサイトについても、基本的に「gshock.casio.com/jp/」へと移行させた。
これまでは、製品スペックなどを確認したい場合、製品情報サイトよりもブランドサイトのほうが充実していた。言わば情報の“偏り”があった格好だが、この関係もリニューアルによって大きく見直された。ブランドサイト向けに登録したコンテンツを、製品情報サイトでも簡単に流用できるようになったため、ユーザーは複数のサイトを行き来することなく、情報のチェック、あるいはECでの購入手続きが済ませられる。
CMSにAEMを採用する一方で、ECプラットフォームは「Adobe Commerce」(Magento Commerceからブランド変更)が使われている。アドビが2018年に買収し、現在はAdobe Experience Cloudに統合されている製品である。
カシオの新サイトはAEMとAdobe Commerceが高度に統合されているが、これはまだ世界でも珍しい実装だという。たとえば腕時計製品の一覧に並んでいる製品画像はAEMによって処理されているが、価格と在庫状況についてはあくまでAdobe Commerceのデータベースからリアルタイムで取得している。実際のサイトを利用してみると、製品画像表示からわずかに遅れて価格情報が表示されるが、言われなければ気が付かないほどスムーズに表示されている。
サイトリニューアルから約2か月が経過した時点では、製品情報ページの閲覧数などが大幅に伸びたという。またG-SHOCKの情報を求めて訪問してくれたユーザーが、別ブランドの製品情報ページを参照するという、いわゆる「クロスセル」に繋がる数値も、良い結果が出ているとした。
アドビ製品をマーケティングスイートで導入するメリット
カシオのWebサイト運営にあたっては、Adobe Analyticsに始まり、AEM、Adobe Commerceのほか、A/Bテスト用ツールである「Adobe Target」を含め、多くのアドビ製品をスイートで利用している。石附氏は「まずはユーザーの行動をしっかり分析して、その上でお客様の体験をどう改善していくか考える。そのためには各ツールをぶつ切りにせず、連携させた方が最適化しやすいと思いますね」と述べる。
ただし、Cookieに関する規制が徐々に厳しさを増すなど、Webサイト利用者の行動分析手法については紆余曲折が予想される。カシオでもすでにアドビ以外のベンダーからCDPの提供を受けるなど、対策を始めている。
また分析ツールの領域においては、Google Analyticsとの競合問題の根が深いようだ。Google Analyticsは利用率が高いため、グローバル企業の場合、現地法人が独自にGoogle Analyticsをインストールし、KPIを策定しているケースは多いだろうと石附氏は指摘する。料金面も含め、Adobe Analyticsの導入ハードルは相対的に高いとしながらも、最終的な顧客体験の改善を見据えたとき、スイートとしてのAdobe Experience Cloudを利用する意義は大きいだろうとも述べている。
3月4日のリニューアルはあくまで第1弾であり、今後は日本国外サイトのリニューアルも控えている。どのような方針で臨むのか、石附氏・石川氏に改めて聞いた。
サイトリニューアルの大きな目的として、製品情報サイトが“買い場”――あえて“売り場”とは申し上げませんが――にすることが重要なポイントでした。ただ、そのためには当然、おもてなしの場としても育てていかなければなりません。カシオやG-SHOCKについて詳しくない方が偶然訪れたときでも、魅力を伝えられるようにしたいですし、頻繁にアクセスしている方にはまた別の情報をお届けしたい。お客様ごとに異なる思いに対して、最善の対応ができるようになる、つまりOne To Oneマーケティングを実現することが、目標です(石附氏)
まずはやっぱり石附さんをはじめとしたカシオの皆さんの要望にきっちり応えていくことが重要です。あと、これは個人的な印象なのですが、カシオはチャレンジを恐れない会社で、新しいことにも貪欲。米国に負けない、最新のマーケティングを実践する会社へと発展するお手伝いをしたいと思っています(石川氏)
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