[マーケターコラム] Half Empty? Half Full?

パーパスへの共感をひきだすポイント

マーケターによるリレーコラム、今回は花王の辻本光貴氏。「パーパス伝達施策」のポイントについて考察しています。
花王 辻本光貴氏

こんにちは、花王株式会社の辻本です。1年ぶりの寄稿です。

私はこの1年、部署異動・社内プロジェクト参画・資格取得など、さまざまな経験をしました。現在はエマールというおしゃれ着用洗剤を担当しています。あらためて、よろしくお願いします。

今回は「パーパスの伝達」を議論テーマに、会社やブランドに対する人々の理解を見誤らずに最適なマーケティングを実行する重要性を述べます。

「インサイド・ヘッド2」のストーリー&演出に感動

私は最近、ディズニー&ピクサーが手がけた映画「インサイド・ヘッド2」の日本語吹き替え版を観ました。この作品のテーマは「自分自身を受け入れること」※であり、監督のケルシー・マン氏は「ダメなところも含めて、自分を愛すること。誰しも愛されるために、完璧である必要はないのです」※と語っています。

引用元①:https://www.disney.co.jp/movie/insidehead2

引用元②:https://www.disney.co.jp/movie/insidehead2/news/20240710_01

「インサイド・ヘッド2」のストーリーそのものに感動しましたが、私はエンドソングに衝撃を受けました。なぜならSEKAI NO OWARIの「プレゼント」という楽曲が起用され、その歌詞が「インサイド・ヘッド2」の物語とバッチリ重なっていたからです。

しかも、「プレゼント」は「インサイド・ヘッド2」のために作曲されたのではなく、2015年9月発売のシングルに収録された作品です。つまり、「インサイド・ヘッド2」の担当者たちが映画のテーマにぴったり合う楽曲を見つけ出し、本編後にさらなる感動的な演出を施したのです。加えて、エンドソングにオリジナル曲以外の楽曲を使用することが許されたのは世界で唯一、日本だけという事実も相まって、私は担当者たちの演出に涙しました。

私は作品テーマにピタリとハマったエンドソングの感動を振り返ったときに、「パーパスの伝達」という記事ネタが頭をよぎりました。整理した結果、パーパス伝達施策の成否は「受け入れる土壌づくり」と「一貫性」にあると感じました。

「パーパスの伝達」は、なんのために行うのか

皆さんはパーパスという言葉を聞いたことがありますか。ESG(Environment、Social、Governance)経営、SDGs(Sustainable Development Goals)といったワードとともに注目され、会社やブランドのパーパスを意識した活動がここ数年で増えています。そもそも、なぜパーパスを掲げるのか。それには2つ理由があります。

1つは「社内メンバーが同じ方向を目指して動くため」です。サービスである商品を作って世に送り出すまでには、さまざまな部署が関わります。しかし、目指す方向がなく漫然と働くままでは、自分の仕事に情熱や誇りをもてません。「この商品を通じて、〇〇に貢献、実現する」というパーパスがあれば、社員は業務目的をブレイクダウンして考えられます。これにより社員どうしが同じ方向を向きながら協力し、商品開発や改良に注力できます。

もう1つは「環境に合わせて変化する際の軸」になるからです。パーパスはよく“北極星”に例えられます。政治・経済・社会・技術などの外部環境で変化する人々の価値基準にあわせて、会社やブランドは商品の価値を提供します。適応できない場合は人々が離れていき、事業が継続しない恐れがあります。

しかし“適応”は、すべてを変えるわけではありません。パーパスは変えずに、誰に何をどう伝えるかというマーケティングを変えるわけです。パーパスがなければ、ブランドの過去や未来に目を向けていない一時点の最適解で動いてしまい、これまで築いたブランド資産を壊して人々が離れる可能性があります。極端な例をあげると、先祖代々継ぎ足してきた“うなぎのたれ”に、激辛ブームだからという理由でハバネロソースを入れるようなものです。

2つの理由を総括すると、パーパスは組織運営の要素が大部分を占めるといえるでしょう。それなのになぜ企業やブランドは、パーパスをわざわざ人々に伝えたいのでしょうか。主な理由はパーパスに「共感」してもらうことで企業やブランドに興味をもってもらい、商品購入につなげたいからです(わかりやすくするために、ここでは主な理由だけあげています)。

しかし、周囲の話を聞くと「なかなか共感されないんだよね」と、うまくいかないケースを耳にします。なぜ素敵なパーパスを伝えているにもかかわらず共感されないのか。その答えは、先述した「受け入れる土壌づくり」と「一貫性」にあります。

人々の共感はどこから生まれるのか

「インサイド・ヘッド2」の話に戻りましょう。エンドソングの感動を振り返ったときに、半ば興奮気味に「インサイド・ヘッド2」を、次のように整理していきました。

  • 作品テーマ(伝えたいこと):自分自身を受け入れること
  • 作品:インサイド・ヘッド2
  • テーマを伝えるエンドソング:SEKAI NO OWARIの楽曲「プレゼント」

私が「インサイド・ヘッド2」に感動した理由は、作品を理解し、自分の経験を振り返ったからです。そして、エンドソングに感動した理由は、作品やテーマとつながっていたからです。つまり作品を理解したからこそ、エンドソングからより大きな感動が生まれました。

これと同じことが、企業やブランドのパーパス伝達施策にも当てはまりませんか。つまり、施策失敗の理由は、商品に対する人々の理解不足にあると考えられます。あまりよくわからない商品に対しては、共感しようがないですよね。

人々が商品の提供価値を認識して、その価値と企業やブランドのパーパスがつながったときにはじめて“本質的な共感”が生まれるわけです。私があえて“本質的な共感”と表現したのには理由があります。施策への共感と、企業やブランドへの共感は別物だからです。

楽曲「プレゼント」をBGMに「インサイド・ヘッド2」のダイジェスト映像を流した場合、映画を観ていない人は、「楽曲は感動するけど、この映像はなんだろう?」と疑問が湧くのではないでしょうか。それと同じことです。

楽曲が伝達施策で、映画が企業やブランドにつながる商品だと考えてみてください。施策のすばらしさは伝わるものの、映画のテーマやすばらしさが伝わらない状況だといえます。企業やブランドにつながらないパーパス伝達施策は意味がありません。戦術は成功したが戦略は失敗といわざるを得ません。

パーパスの伝達施策は、土壌づくりと一貫性が成功のポイント!

このように論を展開すると、「パーパス伝達施策に意味はあるのか」と疑問が湧くかもしれません。その通りです。パーパスという言葉に注目が集まっているからといって、すべての企業やブランドがパーパス伝達に注力するべきでしょうか。まずは「受け入れてもらえる土壌づくり」が大事です。順序を忘れてはいけません。

また信用は言葉ではなく、行動を積み重ねて得るものです。動画や音楽などの制作物だけで伝えるのではなく、事業や取り組みという形で人々の目に触れなければ、本当の意味で共感してもらえません。

つまりパーパス伝達施策において、その施策単体だけでは新規顧客が増えないと私は考えます。企業やブランドの理解者に、「一貫性のある行動に基づく信用」を得てはじめて機能するからです。社内の場合は商品への理解が深いためパーパスが伝わりやすいですが、人々への伝達は一朝一夕では実現しません。パーパス伝達施策はそれほど難しいといえるでしょう。

全体を通して私が伝えたいことは、会社やブランドに対する人々の理解を見誤らずに最適なマーケティングを実行する重要性です。施策を検討する際には、本当に今は何をやるべきなのか、立ち止まって優先順位を考えることをお勧めします。

おわりに

今回は「インサイド・ヘッド2」での感動体験をもとに、やや無理やりかもしれませんがパーパスの伝達について述べました。おやすみしていた期間に得た知識や経験などを踏まえながら、今後も定期的に私の“頭の中”を共有していきます。次回もお楽しみに。

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