「お客様に選ばれない」と悩む前に。ファンケルの体験価値担当に聞く、顧客戦略の革新
コロナ禍を境に、消費行動は大きく変わった。ECサイトやライブショッピングが急速に普及し、「ネットでモノが売れる」時代が訪れたかに見えた。しかし今、その勢いに陰りが見え、多くの企業が頭を抱えている。
なぜ、ネット施策の成果が出にくくなり、顧客とのつながりが希薄になってしまったのか。その答えを探るため、今回は株式会社ファンケルで通信販売のお客様に体験価値を提供している江原氏にインタビュー。江原氏は、音楽、飲食、ITと異なる業界を渡り歩き、ネット黎明期から顧客と向き合い続けてきた人物だ。
江原氏が語るのは、単なる売上アップのノウハウではない。顧客との関係性を根本から見つめ直し、デジタル時代に即した「つながり方」を再構築する考え方だ。激変する時代において、どうすれば顧客と深く、長くつながり続けられるのか。そのヒントを、江原氏の仕事哲学である4つのマイルールとともに紹介する。

音楽業界から飲食業界へ

ルール1 相手に喜んでもらう。その先に、自分の価値が見つかる
ファンケルの体験価値を企画するチームのマネジメントを行う江原氏は高校時代から音楽活動をはじめ、音楽業界でアーティスト活動をしていた。その後は飲食業界、IT業界での仕事を経験して、ファンケルに転職している。一見すると関連性のないキャリアに思えるが、その根底には『つくることでお客様を喜ばせる』という思いがある。
音楽活動の中で、江原氏はインターネットの可能性にも出会った。
曲をつくってレコーディングをしてステージ演出を考え、ライブ演奏をするクリエイティブな活動と並行して、CD販売やグッズ販売、チラシ配りなども自分たちでやっていました。そんな活動の一環でネットを活用しはじめました。技術は独学で覚えて、Webサイトを制作したり、曲を載せたFLASHコンテンツを作ったり、掲示板サイトを作ったり。これが本当にお客様に喜ばれたんです。対象が何であれ、とにかく自分で作ることが好きなんですよね(江原氏)
次に転職したのは飲食業界。オーナー経営の飲食店でのWebサイト運営、集客や店舗運営、メニュー作りまでを任された。まったくの異業種転職だが『つくることでお客様を喜ばせる』という江原氏の性質はここでも発揮される。
特に印象的だったのがメニュー作りです。料理は五感をデザインするモノづくりなんです。味はもちろん見た目や香り、触感、料理する手順や盛り付けすべてに工夫ができます。カウンターキッチンのお店で料理の感想をお客様から直接聞くことができました。すぐに反応を確認できるのが楽しかったです(江原氏)
飲食店には技術力やこだわりをもつプロの料理人がいるため、料理の技術は及ばない。そこで江原氏がこだわったのは、お客様の声を聞いて好みを反映していくことだった。
お客様が喜ぶのは味だけでなく、食材の組み合わせや盛り付け、料理のネーミングなどもそうです。それなら私にも工夫できると思い、週一で新たなレシピづくりに取り組んでいました。同じ料理でもネーミングを変えることで名物料理になったものもありました。何度かネーミングを変えてお客様の反応を見ながらチューニングしていました。今思えばA/Bテストをしていたのかもしれません。工夫した結果がすぐに返ってくることが自分を動かしていました。自分の価値を相手の期待に重ねて、その結果喜ばれることがうれしかったですね(江原氏)

いろいろな仕事を経て見えた、自分の志向性
ルール2 空気は作るもの、関係は育てるもの
江原氏が次に選んだのは、本格的なデジタルに特化したIT・Web業界だ。急速にインターネットが普及する中で、その可能性を感じて、より技術や経験を積みたいと考えたのだ。
社内はデジタルのプロフェッショナルばかりで、学ぶことは山のようにありました。独学ではとても追いつかなかったので、周囲にどんどん質問して学んでいきました。すると、相手は私が何に興味があるのかがわかるので、『こんな仕事あるけどやってみる?』と声をかけてくれることが増え、それが新たな経験につながっていきました(江原氏)
江原氏の部署ではさまざまな規模の案件を扱っていて、プロジェクトによってコーディングをしたり、デザインをしたり、クライアントとの折衝をしたりとさまざまな役割を経験した。その中で、江原氏は「ひとつの技術を高めるより、全体を俯瞰して企画する仕事をしたい」という自身の志向性に気づき、Webディレクターの仕事をするようになった。
ディレクターはデザイナーやコーダー、営業とさまざまな職種と連携を取る必要があり、コミュニケーションの重要性を実感しました。自分なりに大事にしたのは、いい空気感を作ること。ディレクターはプロジェクトの状況を関係者に理解してもらい、ときにはネガティブなことをお願いしなくてはいけないこともあります。そんなときに『またですか?』と笑ってもらえるような関係性を作ることを意識していました(江原氏)
コミュニケーションでは、自分が話したいことを話すのではなく相手の話を引き出すことを大切にしていた。たとえば、プログラマーやコーダーには技術の話、デザイナーとはトレンドの話をするなど、相手によって話題を変えていたという。こうしたコミュニケーションには、Web制作における多くの業務に関わった経験と、さまざまな顧客と会話をする機会の多かった飲食業界での接客経験が生かされた。

Web施策の結果が出にくい時代に突入
ルール3問いの質が企画の価値を決める
Webディレクターとして数年働いた後、江原氏はファンケルに入社する。制作会社から事業会社のマーケターになり、どのような違いを感じたのだろうか。
Webディレクターのゴールが品質の高い制作物の納品である一方、事業会社のマーケターのゴールはブランド価値の向上や売上アップです。その意識の転換が必要でした。つまりWebは手段ということです(江原氏)
仕事のゴール設定が変わると、当初は苦労も多かったのではないだろうか。
入社当初より、今の方が大変ですね。私が入社した2009年頃は世の中の方たちがネットでモノを買うことが本格的になった頃で、Web施策の結果が出やすい時代でした。今はネット上の情報は桁違いに増えていて、その中で選ばれるためには「なぜ」「誰のために」「何をするのか」を深く考察することが大事です。良い結果でも悪い結果でもその理由を徹底的に要素分解しておくと、同じターゲットや効果を求めるときに横展開できます(江原氏)
具体的な例として江原氏が語ったのは、ライブショッピングだ。もともとはコロナ禍で店舗が営業できなかった時期、ネットを介してお客様にデジタル接客で商品販売するためにはじまった企画だった。
ライブショッピングは、当初コロナで外出できないお客様の視聴が拡大していましたが、環境の変化によって視聴数は安定した状態となっています。しかし、その中でも自分たちの仕事の価値をしっかりと作り出すことが大事です。見てくれているお客様が評価している価値は売り場だけではなく『コミュニティ』なんです。そう発想できれば『エンゲージメントを高める施策として何ができるか?』を企画として深めていくことができます(江原氏)

リアルを豊かにするデジタル施策
ルール4 ネットはリアルを豊かにするもの
音楽業界で直感を育て、飲食業界で商品・お店をお客様にどう見せるか?を学び、IT企業でシステムを用いた仕組み化に携わり、そしてファンケルで、それらの取り組みをより深く、効果的に進めるための思考力を鍛えているという。経験した業界はさまざまだが、一貫して大事にしてきた思いがある。
長くネットに携わっていますが、昔も今も変わらずに思っているのは『ネットはリアルを楽しく、豊かにするもの』だということ。ネットの世界は広がっていますが、大事なことはリアルの充実だと私は思っています(江原氏)
この考えは、日々ファンケルで企画を出すうえでも重視している。江原氏はお客様が商品の購入だけでなく企画を通じて心から喜んでいただけるかを大事にしている」と語る。
たとえば、代理店から新たな施策を提案されたとき、いかに論理的で数字上の合理性があり、売上が伸びそうといったビジネス視点だけで意思決定はしません。大事なのは自分がお客様だったら本当に興味を持つだろうかという視点です。自社がどうなりたいかだけではなく『お客様にどうなってもらいたいのか?』を大切しています。たとえば、お客様がWebで商品を購入していただく中で、『魅力的な情報の提供ができているか?』『新しい商品の発見や出会いを演出できているか?』『ライブ配信で人と関わる喜びをつくれているか?』など、買い場としての機能だけでなく、一貫した顧客体験を大事にしています。その体験がブランドに対する好意となってお客様の心に残り続けると信じています(江原氏)
お客様が楽しんでくれるコンテンツを作りたいという思いは、媒体の運営にも反映されている。
私のチームは、アプリ、ライブショッピング、SNSといった複数のお客様接点を一体的に担い、広範囲にカバーしています。ライブ配信ではコンテンツ制作の一環として料理の実演やBGM編集までを自社内で手がけるなど、これまで培ってきた経験を総動員している感覚です。内製化でスピード感をもってPDCAを回せる体制により、外部委託コストの削減と独自性の確保も両立できています。
結果としてブランド価値を高める顧客体験の創出につながっていると感じます。時には私も裏でキューを出しながら進行もしているんです(笑)。現場では全員が一体となってコンテンツを生み出しており、そのプロセスそのものが活気の源になっています。こうしたものづくり志向のカルチャーが、チーム全体の創造性を引き出して、次の成長戦略につながればいいなと思っています(江原氏)

ファンケルの顧客は店舗やオンラインストアなどさまざまな方法で商品を購入する。最後に江原氏は「ネットと対面の両方でお客様と向き合った結果として、一人のお客様のリアルな生活が豊かになったらうれしい」と語った。

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