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「カスタマーサクセス」を組み込むには? BtoB企業の失敗と成功から学ぶ

BtoBにおける「カスタマーサクセス」を深掘りし、ロイヤルティの向上と顧客とのエンゲージリングについて議論したセミナーレポート。
井上悟(トータル・エンゲージメント・グループ) 2018/11/29 7:00 |

近年、BtoC業界で広まっている「カスタマーサクセス」の実現がBtoB業界でも注目を集めている。「カスタマーサクセス」とは何か? その実現に向けた組織運営の課題は何か? BtoBビジネス担当者のそうした疑問に答えるセミナーが、顧客ロイヤルティ指標NPSサービスを提供するトータル・エンゲージメント・グループの主催で開催された。

クラウド・セキュリティサービスを提供するHDEが実践した「カスタマーサクセス」を組織運営に取り組んだ事例(第1部)と、「カスタマーサクセス」を深掘りする議論に発展したパネルディスカッションの内容(第2部)を紹介する。

(左から)HDE エンゲージメントリード&カスタマーサクセスマネージャーの渋江良彦氏、GMOペパボ カスタマーサクセスリーダーの宇賀神卓馬氏、トータル・エンゲージメント・グループ パートナーコンサルタントの渡部弘毅氏

【第1部 事例】
失敗と成功から見る、組織に「カスタマーサクセス」を根付かせる方法

セミナーの第1部は、「カスタマーサクセス」を組織に組み込むための紆余曲折を株式会社HDEの渋江良彦氏が語った。

登場した渋江氏は、自社の「カスタマーサクセス」実現への取り組みは、「長期的なCS(顧客志向)カルチャーを社内に作りたい」という思いからスタートしたと振り返る。

HDEは、BtoBで認証のクラウド・セキュリティサービスを提供している。2011年、それまでのソフトウェアからクラウドに事業を切り替え、以来順調な成長を続け、現在ではシェアの6〜7割を誇る。切り替え当初はお客さまに対して、お問い合わせに正確に対応するだけのリ・アクティブな活動が続いていた。

2016年、よりプロ・アクティブな企業活動を模索する中で、あらためて自社の強みは何かに注目した。HDEは、SaaSのベンダーであるが、Webのみで販売が完結するものではない。販売チャネルは、エンドユーザーへの「直接販売」、パートナー企業による「間接販売」と2つのチャネルがあるが、いずれも顧客から紙の発注書を受け取った後、導入担当による納品の作業がスタートする。

「クラウド・セキュリティサービスという製品の特性上、お客さま企業の情報システム部の中に足場を置くような責任が伴います。たとえば、Office365やG Suiteなど、基幹システムとなるグループウェアの認証セキュリティを担っているため、万が一のことがあったら大変です。そのため、導入企業内における影響度合いは非常に大きいです」と渋江氏は強調する。

販売から運用までのフローは、大きく3つに分かれる。「新規営業チームが販売し」、「導入チームが納め」、「その後サポート/既存営業/CSチームがフォローを担当する」。といった具合だ。

1年目のオンボーディング(導入)からオンゴーイング(運用)までがしっかりしていれば、2年目、3年目も解約されにくい。円滑なキャッシュフロー(ARR:年間経常収益)が「SaaSのビジネスの神髄」だと渋江氏は言う。

渋江氏は、「SaaSのビジネスの神髄」に必要なものを整理する過程で、自社に欠かせないものが「カスタマーサクセス」であるという結論にたどり着いたという。

  • 「SaaSビジネスの神髄」である円滑なキャッシュフローを維持する。
  • そのためには顧客に解約されない長期的な関係維持が必要。
  • これらの実現の為に、CSカルチャーを作り、「カスタマーサクセス」を実行する必要がある。
「BtoBのクラウドサービスでロイヤリティを高める」渋江良彦氏

ロイヤルティの向上を目指して統一目標を作る

「カスタマーサクセス」実現のチームを率いることになった渋江氏は、3つの行動を実行する。

  • 顧客を知るために顧客データを収集。
  • 他の企業の「カスタマーサクセス」に関する情報の収集。
  • CSカルチャーを他のチームにも広める。

しかし、この取り組みは初年度と2年目は「失敗だった」と渋江氏は言う。

チームごとにそれぞれ異なったCSカルチャーの思想とプライドがあり、その中で働く人たちも十人十色の価値観がある。結果的に自分のCSカルチャーの考え方を他チームに押し付けた形になってしまい、反発が生じてしまった(渋江氏)

「失敗」からチームの「特徴」を客観視

渋江氏は「失敗」の反省から、自分たちチームの「特徴」を客観視することにした。10項目の「特徴」を書き出し、それを「ポジティブ」「ネガティブ」「どちらでもない」と分類した。

すると「ポジティブ」には「業務遂行能力の高さ」「類い希なお客さま目線」などが挙がった。一方で、「ネガティブ」には「業務の忙しさ」「他のチームが何をやっているのかわからない」などがあった。すると会社そのものの特徴も見えて来たという。

会社の特徴として見えて来たものは、チームがフラットで対等な関係であり、チーム単位で動ける機動的な組織だという点です。フラットであるがゆえに、チーム毎の対立があったり、他の命令を嫌う傾向もあったりしますが、チーム毎に大切にしている思想を引用する形で、統一の目標を立てることができれば、HDEで「カスタマーサクセス」を前進することができる(渋江氏)

そのため渋江氏は、全社的な業務プロセスの「見える化」を考え、そのノウハウを持つトータル・エンゲージメント・グループにサポートを依頼した。

もともと「顧客を知るために顧客データを収集」する過程で、NPSに関心を持ち、その情報交換をする中で、同社に相談したのがきっかけだったという。

各チームへのアンケートを実施し、チーム毎のワークショップなどを通じて、すべてのプロセスを洗い出した。そこにひも付くポジティブ体験を出すことで、顧客のロイヤルティとの相関が「見える化」された。

下の図のように縦軸の「琴線感度」が顧客のロイヤルティの高さを示し、横軸が「満足度」を表す。左上にあれば、ロイヤルティは高いけれど、そのプロセスには満足していない

逆に右下であればとても満足しているが、プロセスに対してロイヤルティが低い。ロイヤルティの向上を計るために、すべてのプロセスを右上に持って行くことで、全社的な統一目標が誰もが納得できる形で示すことが可能になった。

トータル・エンゲージメント・グループが提供する「カスタマーサクセス」の度合を示す表

プロセスの見える化により統一の指標が持てたことで、「HDEの戦術は、ロイヤルティの向上」というキーワードが生まれ、顧客と長期関係を維持するディビジョンの統一目標となった。渋江氏は「この戦術を定め、スタートしたのは、2018年10月からです。来年、再来年、どんな効果が出ているのかを引き続きご紹介したいと思っています」と報告を結んだ。

【第2部 パネルディスカッション】
「カスタマーサクセス」という言葉はなぜ受け入れられたのか

セミナー第2部は、トータル・エンゲージメント・グループのパートナーコンサルタントである渡部弘毅氏の司会進行のもと、渋江氏と、GMOペパボ株式会社のカスタマーサクセスリーダーの宇賀神卓馬氏の3人によるパネルディスカッションが行われた。

書籍『カスタマーサクセス――サブスクリプション時代に求められる「顧客の成功」10の原則』(英治出版)を資料に、日本における「カスタマーサクセス」の特徴、今後の展望などを3人が語り合った。

左から渡部弘毅氏、宇賀神卓馬氏、渋江良彦氏

渡部氏は、本の中で「『カスタマーサクセス』は、つまるところロイヤルティだ」という提言への共感を示した。一方で「結局、既存顧客を大切にして離反を防止しましょうと言うのは、昔から言われていることと何が違うのか」と疑問を投げかけることからスタートした。

宇賀神氏は、カスタマーサポート出身という自らの立場から「カスタマーサクセス」について次のように分析した。

「カスタマーサクセス」とは、新しい概念ではない。カスタマーサポートが発達し、そこで育った人材が、従来の効率化やコストカットだけではなく、もっと事業に貢献するようなKPIを持ちたいという欲求を持ち始め、4、5年前から皆が悩んでいた。

そこに「カスタマーサクセス」という言葉と「ロイヤルティの向上」という良い考えが融合して、1つのストーリーとして受け入れられていると考えています(宇賀神氏)。

SaaS以前からベンダーでの業務経験を持つ渋江氏は、「営業目線ではどうしても新規顧客を獲得した初年度だけを見てしまう。2年目、3年目の更新は、誰が見ているのかということが課題になってきました」と、IT業界全体の状況からカスタマーサクセスについて言及した。

コンサルタントの渡部氏は「既存顧客が大事だとわかっていながら、それと向き合うモデルがなかった。そこに気づかせる言葉が、カスタマーサクセスでバズワードになったのでは」とまとめた。

顧客体験に特化した組織とは

渡部氏は、もう1つ、本の中からカスタマーサクセスの成功につながる組織とは「カスタマーエクスペリエンスに特化した組織である」とのキーワードを引き出し、2人に意見を求めた。

渋江氏は、企業によって方向性も違えば、経営者やチームによっても目標が異なる。そうした中で、共通の唯一無二の価値観になるものが「お客さま」だと指摘。「お客さまに対して何かをやる」ことが「カスタマーエクスペリエンス」につながる。つまり「顧客体験」に特化した組織を作ることが「カスタマーサクセス」になるのではないか、と述べた。

渡部氏は、顧客が離反するのは、価格が悪い、カスタマイズ性がないなど、商品自体が機能的に劣っていることに原因がある。「カスタマーエクスペリエンスに特化する」とは、カスタマーサポートでいうところの導入や運用のプロセスで「お客さまを惹き付ける」こと。商品力ではない所に「カスタマーサクセス」の本質があるという考えを示した。

これに宇賀神氏も「Web商材は詳しく比較検討して買うユーザーは少ない。誰から買いたいか、という点も大きい」と同意しつつ、「ただし、導入や運用などフェースでチームが区切られるのが一般的」なため「カスタマーエクスペリエンス」を一気通貫で見ている人がいない、現状の問題点も指摘した。

最後に、渡部氏によって「1つの目標を全体でシェアできれば、組織というのは柔軟に分業したり、情報を共有したりできる」と、「カスタマーサクセス」というキーワードのもと、顧客のロイヤルティを向上させることの可能性が確認された。

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