【レポート】Web担当者Forumミーティング 2025 春

「座学だけじゃ使えない!」マーケティング人材の“使えるスキル”の身に付け方

マーケティング人材の育成には時間がかかり、即戦力人材の採用も難しい。日本経済新聞社、三井住友海上火災保険、コクヨの担当者が、各社が本気で取り組む人材育成プログラムについて解説した。

企業の成長には、従業員の成長が欠かせない。そのためには人材育成の体制構築が重要だ。だが、「研修したけど実務に活かせてない」「育成する時間がない」という課題はあるあるだろう。特にマーケティング人材の育成には時間がかかり、即戦力人材の採用も難しい現代。

Web担当者Forum ミーティング 2025 春」に、日本経済新聞社(以下、日経)、三井住友海上火災保険、コクヨの担当者が登壇し、各社が本気で取り組む人材育成プログラムについて解説した。

(左から)
株式会社日本経済新聞社 プラットフォーム推進室 部長 小林 秀次 氏
三井住友海上火災保険株式会社 CXマーケティング部 主席スペシャリスト 片岡 伸浩 氏
コクヨ株式会社 ビジネスサプライ事業戦略室 データドリブン推進 ユニット長 川村 真澄 氏

三井住友海上では、マーケティング人財1,000名の育成プログラムを展開中

講演ではまず、3社が人材育成の取り組みを紹介した。トップバッターは三井住友海上火災保険の片岡氏だ。

三井住友海上では、顧客理解やマーケティングを通じて、適切な課題設計/解決ができるマーケティング人財1,000名を育成・確保するため、人財育成プログラムを展開中だ。片岡氏によれば同社の従業員は約1万2000人。このうちの1,000名ということで、規模の大きな取り組みであることが伺える。マーケターを3段階のランク「ビジネスマーケター」「シニアマーケター」「プリンシプルマーケター」に分けスキルアップを促していく

三井住友海上火災保険のマーケティング人財育成プログラム

全7ヶ月のプログラムで、月1回の定例会(講義やワークショップ)があり、日常学習用にスマートフォン向けアプリが提供される。学習の進捗は事務局で管理している。なお、目標人数の1,000人はすでに達成し、現在はグループ会社への展開も進めている。

2つ目として、片岡氏は育成プログラムの卒業生が社内の各部署が抱えるマーケティング課題を解決支援する取り組みを紹介した。育成プログラムには、さまざまな部署から参加する。普段の業務で使う場面がないと、「いい研修を受けた」で終わってしまう。そのため、実践の場を作るのが目的だ。育成プログラム卒業生が相談を受け、プロジェクト的に伴走支援をする。取り組みを始めて約1年で、108件の支援を行ったという。

学んだ知識の実践の場として社内のマーケティング課題の解決支援を行った

育成を通じて、卒業生や参加メンバーが現場でマーケティングを実践しはじめるように

3つ目は、全社から希望者を募り、「CX向上ラボ」という全社横断のタスクフォースの立ち上げだ。各部署から選抜し、30名程度が参加しており、今年で立ち上げから3年目に入ったという。

毎月1回、全国からメンバーが集まり、テーマをもとに活動をしている。カスタマージャーニーワークショップを行って、施策設計をし、A/Bテストで効果測定を行うなど、PDCAの回し方を体験しているという。片岡氏は副次的な成果として、CX向上ラボ参加者がワークショップの学びから自部門のチラシを改善した事例を紹介した。改善によって販売代理店の利用率が2~4倍になったという。

CX向上ラボ参加者が自部門でチラシを改善して販売代理店の利用率が2~4倍に

そのほか、CX向上ラボ参加者が自部門でカスタマージャーニーマップ作成のワークショップを開催した例もあります。もともとマーケティング組織がなかった当社ですが、育成を通じて、卒業生や参加メンバーが現場でマーケティングを実践し始めています(片岡氏)

最後に片岡氏はカスタマージャーニーマップワークショップを全国どこでも実施できるように仕組み化した事例を紹介。「はじめは、マーケティングって? カスタマージャーニーって?と、うさんくさいメンバーだと思われていた」と片岡氏。

だが、現場に赴いて支店長や部長クラスにもワークショップに参加してもらうと、「顧客視点で自分たちがやっている施策を理解できた」と言ってもらえたという。ワークショップの評判が社内に伝わり、「出張に来てください」と言われるようになり、全国11箇所で開催し、延べ300人が参加するまでに成長した。

カスタマージャーニーマップワークショップを、全国どこでも実施できるように仕組み化

はじめはカスタマージャーニーワークショップの参加は希望者だけでなく、依頼して関連部門のメンバーに参加をしてもらったケースもあった。だが、ワークショップを体験し、実務に活かせると評判を呼んだ。以後は、自発的な参加を望む声が増えていった。参加者が実務で役に立つと実感でき、それが評価につながって社内へ広がっていったのだろうと、モデレーターの小林氏は分析する。

コクヨが全社横断体制で取り組む「KOKUYO DIGITAL ACADEMY」

コクヨでは2023年、グループ社員を対象としたデジタル人材教育・実践プログラム「KOKUYO DIGITAL ACADEMY」を開講した。コクヨはそもそもデジタルに強い会社ではなかったという。

このプログラムは、全社横断で事業・人事・ITの各部門の役員がボードメンバーとなって運営している点が大きな特徴です。経営層が絶対に(デジタル人材教育を)やるぞという強い意志をもって開始しています(川村氏)

「KOKUYO DIGITAL ACADEMY」とは

アカデミーは希望参加制でスタートしたが、国内勤務社員約4,000人のうち500人が受講を希望した。立ち上げから、アカデミーに対する社員の期待値は高かったと言える。講座は「学び」と「実践」を組み合わせたプログラムがある。

  • 「学び」では生成AI活用術を学ぶ「文系AI塾
  • やりたいことをシステム部門に伝えるスキルを身に付ける「ビジネススキルとしてのIT講座
  • データによる現状把握を正しく行い、意志決定を民主化していくことを目指す「データドリブン講座
  • 講座で学んだことを実践する場として、生成AIのアプリやプロトタイプ開発行う「GPT-Lab

2025年6月時点で、各プログラムを合わせて、1,400名を超える社員が修了しているという。

「KOKUYO DIGITAL ACADEMY」の講座概要

「KOKUYO DIGITAL ACADEMY」をきっかけに、デジタル活用の文化が醸成され、社員が自律的に動くように

GPT-Labはとにかく実践、手を動かす事を重視しています。4ヶ月のプログラムで、最終的に役員と社員の前で成果発表会を行います。まず取り組むテーマを決め、プロンプトを磨き込んで、それが本当に現場で役立つかヒアリングします。

現場からのフィードバックを大事にしていて、プログラムの早い段階から価値につながるかをブラッシュアップする機会を設けています。その間、ハンズオンや勉強会で伴走しつつ、フィードバックを繰り返して、成果発表につなげていきます(川村氏)

GPT-Labの講座詳細

では、GPT-Labで開発された生成AIアプリやプロトタイプはどのようなものがあるのか。知識参照系のアプリや、文章チェック、画像・動画作成、営業サポートなど、自らの業務でやりたいことドリブンでのアウトプットが多いという。

GPT-Labでは、非エンジニアが最終的にアプリを作る。社内からの反響は大きく、さまざまな変化があったという。たとえば、作ったプロンプトを共有し合う文化が生まれたり、学んだことを部門内で勉強会開催して伝えたり。さらには生成AIを活用推進する部署が立ち上がるきっかけにもなった。「アカデミーをきっかけに、デジタルを活用していくという文化が醸成され、社員が自律的に活動し始めている」と川村氏は振り返る。

アカデミーによって、さまざまな変化があった

なぜデジタルに強くなかったコクヨが、デジタル活用の文化が醸成され、社員が自律的に動くようになったのかモデレーターの小林氏が問いかけた。川村氏は積極的な情報発信が奏功したのではないか、と分析する。

成果発表会のイベントを大々的に行ったり、社員の知的好奇心を刺激するような外部の方の講演をしたりするなど、今まで参加してない人にも興味を持ってもらえるように工夫をしていたという。また、今回の講演もだが、メディアの発信で、「社内でそんなことやっているんだ」と社内の認知につながる面もあるという。また、参加者本人が楽しむことを重視しており、楽しんで身に付けることを意識してプログラムを考えているという。

日経ではマーケティング研修プログラムをすべて自前で作成

続いて、小林氏が日経の取り組みを紹介した。日経もマーケティングの研修を行っている。まず一般論として、研修は社外から講師を招くことが多い。講師が複数になると、同じ言葉でも講師によって定義が異なるケースがある。

そのため、はじめに取り組んだのは日経における「マーケティングの定義」と「マーケターの要件」を決めることだった。定義を決めたうえで、すべて自前でマーケターとしての基礎スキルを伸ばす研修プログラムを作成したという。

日経は研修プログラムを自前で作成

マーケターとして一番大事なのは、SQLを書けるというスキルより、思考が重要。特に顧客視点を大事にしなきゃいけない」と小林氏。日経のプログラムは顧客視点を中心に据えて、基礎的な思考法を身に付け、共通言語を持ったうえで、応用として戦略や戦術という実践スキルを身に付けるプログラムとなっている。

具体的な研修の流れは以下の図の通りだ。講義の前に、アセスメント(評価・査定)を行い、参加者の現在地を確認する。その後、基礎編と実践編の講義を受ける。講義を受けた後に重要なのは、振り返りだ。振り返りの講義を受け、受講前後の変化を確認するため再度アセスメントを行う。その結果を受けて、どんな点が伸びたのか、伸びなかったのかを把握し、上長からフィードバックを受け、評価につなげているという。

日経のプログラムの流れ。受講前と後に同じアセスメントを実施し、成長を実感してもらう

座学だけだとインプットした気持ちになってしまうので、手を動かしてワークも行う形式にしています。手を動かしてみると、「意外にペルソナって作れないな」「カスタマージャーニーって描けないな」と気付けるので、インプットとアウトプットを繰り返していきます(小林氏)

研修を受けて終わりではなく、実務で活用できるよう伴走支援も

プログラムができて4年目。各事業部からの参加が進み、同じ研修を受けた人が隣にいるので共通言語で話せる人が増えていく。そうすると、孤独に陥らず、実務での活用が進んでいくという。またプログラム参加者が実務で活用できるように、小林氏らの部門が伴走組織となり、相談に対してアドバイスや実務支援を行っているという。時には、予算面の支援も行う

その他、チャレンジしていることとして、「スキルマップ」の再定義に取り組んでいるという。ある業務を行うにはどんなタスクがあり、そのタスクを実行するにはどんなスキルが必要なのか、スキルとタスクのマッチング表を作成している。スキルマップを作ると、組織としての人材ポートフォリオと、個人としてのスキルポートフォリオが見える化できる。そうすると、組織ではどんなスキルが不足しているか把握できるので、採用に活用したり、個人ではこのスキルを伸ばしたいといった話ができるようになったりする。

「スキルマップ」の再定義にもチャレンジ中

研修や人材育成に関する6つのあるある課題について、3社でディスカッション

続いて、人材育成の課題についてQ&A形式で3社が議論していった。

Q1:内外の研修を受けても、状況も環境も違うのでなかなか業務で活かせない

三井住友海上の片岡氏は、社内の実際の課題をテーマにして研修で活用するのがよいのではと答えた。3社のように自社で研修プログラムを構築している場合は、実務と研修に関連性を持たせることができる。ただ、企業規模の問題などから、社外研修を受けるケースも多いだろう。

日経の小林氏は「研修が実務で活かせないという問題が発生するのは、実務から縁遠い研修を受けさせていませんか?」と、疑問を口にした。講座の名前だけで受講する研修を決めてメンバーを送り出していては、実務には活かせない。片岡氏もこれに同調。「研修を受けて満足するが、研修後その学びを自部署などに共有しないケースもあると思います。上長自身が腹落ちして、納得できる研修をメンバーに受けさせるべき」と続けた。

Q2:業務に追われているためか、受講者の参加モチベーションがあがらない

川村氏によるとコクヨの場合、参加は挙手制なので「びっくりするくらいモチベーションが高い」という。とはいえ、普段の業務とのバランスはどうしているのかと小林氏が質問したところ、「コクヨには『20%チャレンジ』という複業制度がある」と川村氏。業務時間の時間のうち20%を本業以外の時間に使ってよいという制度だ。20%には自己成長のための時間も対象となるため、組織的に自己成長に時間を使う風土があるという。「ただ、繁忙期と重なる場合もあるので、その場合は前倒しで終わらせるなど各自の自律自走で解決している」と川村氏。

三井住友海上では、全社でジョブ型の人事制度へ移行を進めており、各部門で必要なスキルを定義し始めている。人事異動は行きたい部署があれば、そのスキルを身に付けて応募する制度に変わっている。従業員が将来のキャリアを自身で考え、そのためにはどんなスキルが必要か判断して、受ける研修を選んでいる。従業員の自発性を促すような人事システムがあり、社員が研修に参加するモチベーションが高いのが、2社の共通点だ。小林氏は、研修を受講して成果が上がったら、上司がそれを評価すること、またそれを部下と研修前にコミュニケーションしておくことが大事だとした。

Q3:育成の必要はわかるが、従業員が多忙すぎて育成に充てる時間を確保できない

モチベーション以前に、そもそも研修に割く時間がない場合はどうすべきか。片岡氏は、人事制度との連動が重要ではと答えた。三井住友海上では、半期ごとに目標設定を行う。目標設定の中にチャレンジ目標・自己啓発の欄があり、それを達成するために業務の一部として人材育成を会社全体が応援しているという。小林氏も同じ意見だった。人事制度と連動していかないと、育成・研修を進めるのは難しい。

「私、人事じゃないからそんなことできないよ」というのではなく、ならば人事とどうコミュニケーションして変えていけばよいのか、小さなチャレンジから始めてみては。コクヨの20%チャレンジは全社制度ですが、たとえばそれを自部門でやってみるとか(小林氏)

Q4:せっかく学んでも上長の理解度が追い付いておらず、話が噛み合わなくなってくる

この問いに対して川村氏は「上司も一緒に学んでいく必要があると思います」と答えた。社内研修の良いところは、時間が経過すると受講者がどんどん周りに増えていくことだと川村氏。「あれ、自分も受講しないといけないのでは……」と焦りになって、受講を後押しする側面もあるという。社内・社外に限らず、同じ研修を受ける人が増えるのは重要だと小林氏も同意する。同じ内容の研修を多くの従業員が受けることによって、共通言語で話ができるようになる。

「マーケティングに関しては長年の経験や過去の成功論では通用しなくなっており、下剋上できるところ」だと片岡氏。部下が研修を受けて成果を上げれば、それが上司に対するプレッシャーとなり、上司の学習意欲につながるのではと付け加えた。

Q5:転職・離職等で人材投資の成果が回収できない

その人がやり続けたい、この場所に残りたいと思わせるだけの仕事を創らないといけない」と川村氏。離職要因として、その人だけが突出して成長してしまい、周りのレベルにつまらなさを感じることを挙げた。離職を防ぐには、おもしろい仕事を渡すのが重要だ。おもしろい仕事をするには周りのレベルも上げていく必要がある。

外の方が楽しそうと思った瞬間に、(転職へと)気持ちが動いてしまう。うちの会社にもまだおもしろいことあるぞと思ってもらわないといけない。周囲がそれを提案するのが難しい場合は、離職を考える前に本人がやりたい企画を出しやすい風土も必要かもしれません(小林氏)

Q6:直接ビジネス(売上)に繋がらない/貢献度が測りづらいため、人材育成のための予算が確保しづらい

三井住友海上火災もコクヨも、人材育成への投資の発端は経営層の決断にあった。そのきっかけはあったのだろうか?

三井住友海上火災は代理店販売、つまりBtoBtoCのビジネスモデルです。代理店についてはよく理解していましたが、エンドユーザーの顧客理解ができていないという課題感があった。顧客の価値観が多様化した時に対応できないという危機感が、経営層にあったのではないかと思います(片岡氏)

コクヨもトップ判断でアカデミーの取り組みがスタートし、2期が経過した。これまでKPIは設定されていなかったという。今年7月から開始した3期目では、小規模なものであっても何か成果があれば、報告していきたいと川村氏は述べた。スタートはトップの判断だったとしても、継続には実績を示していくことが必要になる。

ビジネス環境が変わり、学ぶべきことが増えている。学び、成長し続けていこう

片岡氏は「実際の題材をもとに、定量・定性データを組み合わせて研修をやっていくことが全社に与える影響が大きいと思っているので、成功事例を作っていきたい」と今後の展望を語った。

自分がスキルアップしていかないと、より良いカリキュラムを提供できない。ここをすごく意識しています。カリキュラムは一度作って終わりじゃなく、どう育てていくかを会社の成長と合わせて、自分も一緒に成長していきながら、推進することが重要かなと思っています(川村氏)

「習うより慣れろ」「背中を見て覚えろ」でやってきた上司は、なんでこんな取り組みをしているのだと思っている方もいるだろうと小林氏。なぜ研修を起点とする人材育成が必要かというと、ビジネス環境が変わって、学ぶことが増えているからだ。「自分自身にプレッシャーをかけて、学んでいきましょう。また、研修による成果を計測・報告できるようにしていきましょう」と小林氏は伝え、セッションを締めくくった。

用語集
CX / KPI / PDCA / SQL / カスタマージャーニー / キャリア / スマートフォン / セッション / フィード / ペルソナ
この記事が役に立ったらシェア!
メルマガの登録はこちら Web担当者に役立つ情報をサクッとゲット!

人気記事トップ10(過去7日間)

今日の用語

GTA
(1)グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Grounded Theory Ap ...→用語集へ

インフォメーション

RSSフィード


Web担を応援して支えてくださっている企業さま [各サービス/製品の紹介はこちらから]