自分でやった方が早い病から抜け出すには? マネージャーの“リアル”対談から学ぶ思考の切り替え方
Web担当者・マーケターがプレイヤーとしてキャリアを積んでいくと、いずれマネージャー職(管理職)への道が開かれる。ひたすらKPIを追い求める日々から、チームメンバーを指導する立場へ変わっていく。だが、プレイヤーの感覚が抜けきらず、「自分でやった方が早い」と仕事を進めてしまうことはないだろうか。そうするとメンバーは育たず、自分の仕事は増えるばかりなのに、抜け出せない……。
そんな「自分でやった方が早い病」にかかっている方に向けて、パイオニア株式会社の井上慎也氏、合同会社DMM.comの武井慎吾氏が「Web担当者Forumミーティング 2021 秋」が登壇。対談を通じ、マネージャーとして仕事をしていくために身につけたい思考方法を紹介した。
新人マネージャーにありがちな「自分でやったほうが早い」病。意識を変えるきっかけとは
井上氏は生活消費財メーカー大手のP&Gでキャリアをスタート。製薬メーカーのEli Lilly(イーライリリー)、さらにはアドビ、KDDIを経て、2021年4月にパイオニアに入社。現在は新規事業、マーケティング関連部門の責任者を務めている。アドビ在籍時に初めてマネージャーを任された。当時は5~6人ほどのメンバーだったが、KDDI在籍時には40~50人を束ねた経験もある。
武井氏は、広告代理店でのプロモーション業務、IT企業のエンジニア、人材紹介会社のマーケターを経験した後、DMM.comに入社。マネージャー歴は長く、数名程度の組織のプレイングマネージャーから規模が広がり、最大で50名程度のメンバーを率いてきた。
セッションは井上氏の問いへ答えていくかたちですすめられた。はじめの問いは「ぶっちゃけ自分でやったほうが早いと思うことは?」だ。
武井氏は「現在はそうしないようにしている」と苦笑したが、マネージャー経験が浅い段階では、自分がやったほうが早いという思考が強かったという。
ソルジャー的な働き方をしている時も正直あった。1日24時間、寝なければ何人か分の仕事ができるし、任せた仕事のクオリティが低いときは自分で……という意識が昔は強かった(武井氏)
無茶な量の仕事であってもやりきれば周りから自分が評価される。部下に任せるのは単純に面倒。こうしたポジティブ・ネガティブ両面の心境が入り交じっていたと武井氏は当時を振り返る。井上氏も、マネージャー歴初期の段階では「自分でやる」傾向が強かったという。急ぎの仕事を部下に説明しながらやっては間に合わないため、やらざるを得ない側面も多少はあった。
ここで武井氏から井上氏へ、思考をプレイヤーからマネージャーへ変えるきっかけはあったのかと質問があった。当時の自分を振り返り井上氏は次のように心境を語った。
自分の時間には限界がある。てっぺん(午前0時)過ぎて働いているとき、ふと『あぁ、これは続かないな。マネージャーの役割ではないな』と気づいた(井上氏)
マネジメントの役割は、組織のパフォーマンスを上げて最大の成果を創出すること
続いて、井上氏が投げかけた問いは「マネジメントの役割とは」だ。マネジメント職の本義は、メンバーを指導・監督することだろう。ただ、マネジメントに関する専門書や論文が星の数ほど存在する事実からも明らかなように、人によって定義や意味づけは少しずつ違う。
武井氏は、マネジメントの役割を「組織のパフォーマンスを上げて最大の成果を創出すること」と捉えている。マーケティングで最大の成果を生み出すためには、さまざまな立場の人々と協力し合わなければならない。1人でできることには限界がある以上、組織としての協調が必要になるからだ。
井上氏は武井氏の意見に共感を示し、付け加えて「中長期視点」もマネジメントの役割だと述べた。企業が存続するためには今年より来年、さらに再来年というように目標を上げていく。そこでは当然、社員の成長が伴わなければならない。目の前の短期的な仕事を処理するだけでなく、将来的にどうするかの視点で考えていくのがマネジメントの役割だという。
「マネージャー」は単なる役割。偉いわけでなく、プレイヤーと対等
「上司」と「マネージャー」は一見すると同じ概念に見えるが、実は異なることを外資企業在籍時に研修で学んだと井上氏は話す。
『上司と部下』だと、どちらが偉いかという上下の関係になってしまう。だが、マネージャーとは単に役割であって、部下に比べて偉いわけではない。あくまでマネージャーとプレイヤーは対等なのだ、と。私が初めてマネージャーになった頃はこの違いを理解できてなくて、先輩から怒られました(井上氏)
井上氏の上司とマネージャーの違いの話を受けて、武井氏も、「上司」「部下」では上下の関係を強く生み出してしまうことから、「部下」という表現は極力用いていないと明かす。
表現としての言葉選びは想像以上にセンシティブなようで、井上氏はかつて広告主として仕事を依頼していた時、取引先を「広告代理店」「エージェンシー」などとは呼ばず、あくまで「パートナー」とするよう、指導されたという。金銭を払う側ではあっても、自分たちだけではできない仕事を行ってくれる重要な存在だ。「どう呼ぶかが意識として変わってくるので気をつけなければいけない」と井上氏。
武井氏もかつてはメンバーを「○○君」と君付けで呼んでいたが、現在は年齢に関係なく「○○さん」にしたという。サッカーの久保建英選手が「君付けやめて」と報道機関に要望したニュースを見たことがきっかけだ。
「◯◯君」は受け取る人によっては、ネガティブに受け取られる場合もある。言葉をどう使うかは意識している(武井氏)
リーダーシップは誰もが持てるビジネススキル。リーダーシップを持つ人が増えると生産性は上がる
次に井上氏からの質問は「マネジメントの方針・スタイル、気をつけていること」だ。
武井氏が所属するDMMグループは、動画配信・オンライン英会話スクール・エンターテインメント施設運営など、58の事業を23のグループ会社で運営している。会社には大きく2つの部門があり、事業を運営する事業部門と、事業を支援する横断部門だ。武井氏が所属するマーケティング部門は、各事業をサポートする横断部門に属する。
これだけの事業を展開しているので、グループ会社であるのにそれぞれが異業種・異業界という状態。成長のフェーズもまったく違う。当然、事業課題も全く異なるので上流下流にかかわらず、あらゆることに対応できる人材が求められている(武井氏)
武井氏はマネジメント方針として、成果を生み出すため理論的行動を重視する一方、情緒面も大切にしているという。特に従業員に対しては、さまざまな働き方・働き場所がある中で、DMMグループを選んで働いてくれていることへの感謝が大きいため、「働くことを通して得られる価値」を提供していきたいという。
行っている施策として、武井氏はメンバーへ「リーダーシップ」を意識してもらうことを働きかけている。
リーダーはポジションに過ぎず、リーダーシップは誰もが持てるビジネススキルです。リーダーシップを持てる人が増えると組織の生産性が上がり、高い成果を創出できます(武井氏)
人をリードするには、自分のことをまずリードできなければならない。「Lead the self」などに代表されるように、1プレイヤーの段階から、リーダーシップの重要性を意識してもらうようにしているという。
たとえば、1人のリーダーがいて、それ以外のメンバーは全てフォロワー(ここでは、リーダーの指示がなければ行動できない人の意味)では、リーダーはメンバーとのコミュニケーションに多くの時間を費やしたり、指示待ちが発生したりして、生産性が低い。
これに対して、メンバー全員がリーダーとしての自覚を持ち、「自分がリーダーならこうする」という視座をもって働いていると、リーダー職にある人物の負担が減り、生産性は上がる。これが、武井氏がリーダーシップを重視する理由だ。
井上氏も自身のマネジメント方針を紹介した。井上氏が重視するのは「アカウンタビリティ」だという。一般的には「説明責任」などと訳されるが、井上氏によれば「各メンバーがそれぞれの仕事を“自分ごと”として捉え、自律的に動ける状態」といった意味で、これは武井氏が求めるリーダーシップ像にも近い。
各メンバーの目標管理については、武井氏は「OKR(Objectives and Key Results)」を採用。Googleが人事評価に用いる手法として、近年よく知られている。井上氏は「OGSM(Objective、Goals、Strategies、Measurements)」を用いているという。
マネジメントの仕事はおもしろい。ぜひチャレンジを
近年の調査では、社会人の多くが管理職になることを望んでいない傾向が浮かび上がっている。井上氏は、「ぶっちゃけマネジメントっておもしろい?」と質問を投げかけた。武井氏は、「マネジメントはおもしろい仕事である」と自信をもって答えた。
事業を運営したり、企業を経営したりする立場になれば、人や組織のマネジメントは欠かせない。マーケターとして働いているなかで、経営に近いポジションでマネジメントをやりながら学びを得られるので非常におもしろい仕事だ(武井氏)
マンパワーグループの調査によると、管理職になりたい理由には「報酬が増える」「自分が成長できる」管理職になりたくない理由には「責任の重い仕事をしたくない」「報酬面でのメリットが少ない」が上位にあがっている。
井上氏は「(マネージャー職は)報酬を貰いつつも成長の機会をいただいている……というのが私の考え。失敗しても死ぬことはないし、マネージャー職をやってみると、人から聞ける話もまた変わってきて、(学習のための)時間効率が良いと思っている」と述べた。
武井氏は講演の締めくくりのメッセージとして、「マネージャーの方は仲間を探してほしい」と呼びかけた。大変なこともあると思うがそれを一緒に分かち合える仲間が近くにいることで、乗り越えやすくなる。
井上氏は「メンバーがやってくれない」ではなく、自分の意識ややり方を変えることが重要と、「サーバント・リーダーシップ」(支援型リーダーシップ)への再注目を助言した。「サーバント・リーダーシップ」の初版本が刊行されたのは1970年代と古いが、2020年代のいまに役立つ要素が多いのでぜひ勉強してほしいという。
管理職になるかならないかに関わらず、リーダーシップは誰もが持てるので、日々の仕事にとりいれてもらいたい。管理職になると、今の専門性をより効率的に高められる。ぜひ将来的には、マネージャーになることにチャレンジしてみてほしい(井上氏)
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