世界中に数多あるマーケティング関連本。どれを読めばマーケティングが分かるようになるのか。何から読めばマーケティングを理解しやすいのかを見極めるのは大変困難です。
「いっそ、あのマーケターの本棚をのぞき見できたら良いのに……」
そんな願いを実現したのが、連載「マーケターの本棚」です。今回はアドビのインサイドセールスチームでマネージャーを務める松田愛(まつだ めぐみ)に、お勧めのマーケティング本を紹介してもらいました。
<プロフィール>
松田愛:人材紹介会社の営業担当として経験を積み、その後セールスフォース・ドットコムでインサイドセールス、エデュケーション、フィールドセールスを経験。その後、Amazonに入社しAmazonビジネスの新規事業の立ち上げに主に営業職として関わり、2019年7月、アドビのインサイドセールスのマネージャーに着任。
あえて“愚か”になることが圧倒的な強さを生む
『ストーリーとしての競争戦略』
著者:楠木健
この本を知ったのは、あるインフルエンサーの方が「お勧めビジネス書」として紹介していたからです。そこで興味を持って読んだところ、内容も非常に面白くてわかりやすく、感銘を受けました。
著者の楠木建先生は一橋ビジネススクールで教鞭を取っている経営学の先生です。ボリュームのある本ですが、大手企業の経営アドバイザリーを務めているだけあって、企業戦略について非常に興味深い考察が展開されており、ビジネスパーソン必読の1冊としてお勧めです。
ビジネスパーソンであれば、優れた戦略を立案・実行して強い企業体質を構築することに興味があると思います。この本は「圧倒的に強い企業戦略とはどういうもので、実行するためにどうすればいいのか」をさまざまな実例を基に解説しています。
では圧倒的に強い戦略とはどんなものでしょうか。この本では「頭のなかにありありと映像が浮かぶような強いイメージがあり、『もしそれが実現できたら』とワクワクするストーリーを持っている戦略」と定義しています。特に大切なのが「わかりやすさ」で、誰が聞いても理解できる戦略であることがポイントです。
そんな戦略をどのように実現していくのか、本では大きく3つのポイントを紹介しています。
まず1つが「あえて賢くならない」ということ。乱暴な言い方をすれば「一見すると非合理に見えるような“バカ”の視点」を持つことが第1のポイントです。これを本のなかでは「賢者の盲点」と呼んでいます。
賢者は合理的に賢く考えて戦略を立てます。しかしそれだと「正しい道を正しく行こう」というきわめて普通の考え方になり、95%の人が同じような戦略を立てます。
これに対し賢者の盲点では、一見すると「不合理で愚かだ」という要素があります。そこが差別化になるので、価格競争の波に呑まれずに突き抜けた存在になります。その一例がスターバックスです。
一般に新規参入のチェーン店では、フランチャイズ制で効率的に全国展開していく手段が取られます。そのほうが立地リスクが少なく、スピーディーに展開できるからです。
しかしスターバックスは、「コーヒーを売る」のではなく「職場でも家でもない、くつろげる場所=サードプレイスを提供する」というコンセプトの下、直営店にこだわりました。この「空間を売る」という戦略は他社にはない考え方で、そのコンセプトを市場が支持したわけです。
次に「あえて過去を見てヒントにする」という考え方です。ビジネス戦略では未来志向が当たり前と思われていますが、実は未来にはストーリーが足りないんです。むしろ過去から続く歴史のなかにこそストーリーはあります。
そのストーリーのなかで何を大事にしてきたか、どんな発見をしてきたのかを基に戦略を組み立てることで、一過性ではない軸がある戦略が生まれます。
最後に「あえてライバルに真似してもらう」という考え方です。私はこれを「ライバルを受け入れなさい」と解釈しています。
なぜライバルを受け入れることが大切かと言えば、ビジネスはスポーツと異なり「1人の勝者だけが生き残る」ことが正しいわけではないからです。言い換えれば、勝者が何人もいるのがビジネスの世界。市場が盛り上がって、競合含めてみんなが売上を伸ばしていくことが大切なのです。たとえばトヨタ自動車も、自社の戦略の1つであるトヨタ生産方式をオープンにしました。それをあらゆる製造業が参考にしたことで市場が活性化してきたわけです。
この本は、一見すると逆説的だけどユニークな視点で戦略というものを捉え、その実例をふんだんに紹介しています。読んでいるだけでワクワクする面白さがあり、発見がある本なのでぜひ読んでみてください。
ストーリーとしての競争戦略の考え方は、日々の業務にも大変役に立っています。アドビのユーザの皆様の成功までのストーリーを語ることは、何よりアドビの価値を伝えるのに効果的です。特に苦労した点や乗り越える必要があったハードルなどを交えて、生々しく話すことで他のお客様に共感して頂き、成功のイメージをより鮮明に持っていただくことができます。
ユーザ同士でお互いのユニークなストーリーを語ってもらう場の提供、コミュニティーをアドビでは大事にしています。
また、私たち自身がユーザの1社でもあるので、「Adobe on Adobe」と題し、私たち自身の成功までのストーリーをお客様に届けることもしています。アドビはどのようにマーケティングしているの?と気になる方は是非お声がけください。
卓越したマーケティングを実践するための指南書
『ハイパワー・マーケティング』
著者:ジェイ・エイブラハム
この本を一言で表現するならば「卓越論の本」です。卓越論とは簡単に言うと「相手の立場に立ち、相手の視点で仕事をしなさい」ということです。
こう言うと、おそらく多くの人は「当たり前だ」と思うでしょう。しかし、できているようでてきないのが「顧客視点に立つ」ことだと思います。そして顧客視点に立つことは、マーケティングの本質でもあります。
たとえばホームセンターでドリルを必要としている人がいるとしましょう。その人は確かにドリルを購入したいのですが、その人が本当に必要としているのは穴です。だから「ドリルがあります」ではなく、「どんな穴を開けたいのか」という視点から始めることが卓越論の考え方です。
そんな卓越論の実践に向け、この本でもポイントを3つ紹介しています。1つが「テストマーケティング」、もう1つが「USP(ユニーク・セリング・プロポジション)」、最後に「リスク・リバーサル(購入時のリスクを取り除くこと)」です。
テストマーケティングの重要性は、ほとんどの方がご存じだと思います。どんなに素晴らしいと思った商品・サービスも、まずはテストで市場に出して反応を見ることが必要です。小さくPDCAを回しながら、大きく育てていくイメージです。
次のUSPとは「独自のセールスポイント」です。「圧倒的な品ぞろえ」なのか「商品の先進性」なのか、それとも「きめ細かいサービス」なのか、いろいろな強みがあるはずです。
そして大切なことは、自社のUSPについて全社員がしっかり理解していることです。なぜなら自社の社員がその強みを心の底から理解してこそ、それを顧客や市場に伝え続けることができるからです。そのためにはUSPは極力シンプルなものでなくてはなりません。シンプルでなくては直感的に理解できないからです。
この本ではUSPの事例としてシュリッツ・ビールを紹介しています。同社のUSPは「ビールを丁寧に作っていること」でした。もちろんそれはどのビール会社も同じなのですが、「ビールを丁寧に作っていることがUSPだ」と全社員が納得してアピールしたことで、市場からの圧倒的な支持を得たわけです。この例はマーケティング戦略として大いに参考になります。
最後の「リスク・リバーサル」の要点を一言でいえば、「お客様の『買わない理由』をなくしていくこと」となるでしょう。
これをうまく活用した事例がピザハットです。「お客様が満足しなかった場合、返金する」と表明したことで、絶大な売上効果をもたらしました。また返金保証があるという独自の戦略がUSPにもつながり、強力なマーケティングとなったのです。
突き抜けたマーケティングを実践するヒント
ビジネスは「便利で役立つ製品であれば売れる、カッコよくてみんなが羨む製品だから売れる」というわけではありません。最も避けたいケースは、お客様に製品を紹介して「いいね」と賛同を得られても、結局購入してくれないというケースです。競合製品を購入するのならまだしも、結局何も購入しなかったというのは、購入時のリスクを解消できなかったのか、圧倒的な良さがなかったのか、それとも直感的にわかりやすいストーリーを見せられなかったのか、いずれかが原因と考えられます。
マーケティングは、究極的には「世界観をどのように作っていくか」という点が大切になります。しかし世界観を作るというのは、簡単ではありません。いい製品でニーズもある、そこから突き抜けた存在になるには、圧倒的に強い戦略、卓越した戦略が必要になります。
この2冊には、そのヒントがたくさん詰まっています。どちらも少し古い本ですが、読むだけで力が湧いてくるので、古書店で見かけたらぜひ手に取ってみてください。
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