学会と産業界
学会と産業界
清水 : 僕はそのとき先ほど言った「Computer Graphics:principles and practice」という本に出会って、当時一緒に仕事をしていた出版社の方に「これを日本語に翻訳しないと、日本人は誰もCGを理解できないから、絶対に翻訳してくれ」ってお願いして5年くらいかかって出版してもらったんですけど、そこにラジオシティ法なんかを駆使した凄いCGが載ってるんですよ。しかも、名前を見たら日本人が作ってる。それにまたびっくりして。「なんで教えてくれないの!」と。
稲見 : 日本では発表されてませんでしたっけ?
清水 : 僕がただ知らなかっただけなのかもしれませんけど、なんで雑誌はちゃんと扱ってくれないのか、何でそういう本が出ていないのか、とすっごいびっくりして。そういう経験を通して、「コンピュータグラフィックスやゲームデザインを研究している大学の先生の研究に触れたり、理論的に論じたりする場が必要だ!」、と思って、CEDECをはじめたんです。
それで、CEDECでは誰にCGについて話してもらおうかと思っていた時に、僕はたまたま凄い本を読んでいて。Javaをつかってドットを打つところから始まって、スキャン・コンバージョンからZバッファから全部判るような、ナビエ・ストークス方程式を使うところまで、数百ページでコンピュータグラフィックスの歴史を全て体験できる本があって。「こんな凄い本を書いた西田先生っていう方は相当CGをわかってる」と思って会いに行ったらそれどころじゃなくて……。
稲見 : CGという研究分野を作った方ですからね。
清水 : そうなんですよね。僕はそれくらい、CGをずっとやっていたのにその情報にたどり着けないくらい、日本のメディアには取り上げられなかったんですよ。到達不可能なんだもの。
稲見 : うーん。
清水 : その時西田先生がおっしゃっていたことがすごく印象的で。「ゲームをやってる人たちは僕の事なんか嫌いなんじゃないか、バカにされてるんじゃないかと思ってた。本当にしゃべってもいいのか」というようなことをおっしゃるんですよ。
稲見 : 西田先生は、世の中がそういうものがよいときちんと判るようになるまでに、ものすごいご苦労されてますからね……。とくに日本では大変だったみたいで……。
清水 : まさに前回のカウボーイ大会ではそのあたりの事を基調講演でお話いただいたんですが、こういう話で考えるにつけ、いかに日本が遅れているかって言うことと、アカデミズムと産業界の乖離はすごいんだなあ、ということを強く思いましたね。
稲見 : 実際、大学でCGをどう教えたらいいのか、カリキュラムを考えられませんからね。例えばリアルタイムCGをやるためにはどこの学科に行けばいいのか、学生に相談されてもなかなか明快に答えられないです。今なら、場合によっては、機械系の学科で運動方程式からきっちり学ぶとか、つまり、大学のシステムは学科名が昔の学会名にマッチングしていて、それが20年、30年と安定して運営されていくようになっているので、ゲームやエンターテインメントを勉強したい学生にマッチングするシステムは日本の大学ではほとんどできていないんです。
清水 : 確かに、学校の側が産業界と乖離している部分もありますが、とは言っても、先生方もさまざまな研究を発表されてるわけで、それを生かせない産業界にも要因はあると。八木アンテナの例を見るまでも無く、日本人というのは国外で評価されてはじめて価値がわかる、という人たちが多い。恥ずかしながら僕もそうでした。アメリカの本を読んで西田先生の名前を見てびっくりしていたわけですからね。
稲見 : さきほどのソムリエの話もそうなんですけど、青い鳥の話じゃないですけど、本当は足元に面白いことの種は沢山転がっている。だけど、それを見つけるための仕組みも無ければ場も無かった、少なかったということなんです。学会はどの学会も、産業界の方にもっと来てほしい、と言っているんですが……。毎回毎回の研究会を追って、すべての論文に目を通すほど、時間的余裕のある方も少ないわけですよね。
清水 : なによりも論文を読むだけでもそのためのリテラシーが必要だったり。背景を理解しないと、読んでも理解できなかったり。
稲見 : さきほどのCGの話でも、ドットをうつところにたどり着く前に必要な知識がありますよね。それだけの知識の習得を、社会人だと独学でやらないといけない。大学だとそれは物理とか英語といった教養科目になるわけですが、独学は難しいので、学生を無理やり教室に閉じ込めて演習でも何でも組んでやらせて身につけるわけですから。ゲームやCGでいうところの教養に相当するものを独学で習得するのはやはり難しい。それをまとめてきちんと習得させるための場というのもなかなか無い。
清水 : なかなかないですね。そういう状況の中ではCEDECはまあ、うまくいったと思っているんですけど、今度はゲームのほうに元気が無い、という。
稲見 : 「ゲーム」という言葉が示す範囲が変わってきた、ということではないんですか?
清水 : そう思います。もっと範囲が広くなって、デジタルエンターテイメントという大きなくくりの中での話になってきた。こういう風に時代が変わっていくときは、結局やっぱりデバイスから入るんですよね、と僕は思っていて。コンピュータの入力装置は最初はキーボードだけしかなかった世界に、ダグラス・エンゲルバートがマウスを発明して、ゼロックスのAltoがあって、そこからマッキントッシュが生まれて、Windows 95あたりからWindowsも良くなってきて、という歴史があるわけですけど、行き詰まり感が出てくると、デバイスやUIからそれが打破される。ケータイの「小さくて持ち運びができる」という点は、ある種新しいデバイスと言えると思います。
稲見 : マウスとGUIを使ったデスクトップメタファーは、PCでは成功しましたけど、デバイスとアプリはセットなので、ケータイにはまた別の概念が必要ですよね。携帯を常時持ち歩いているのはメールチェックのためだけかというとそうではない。
清水 : そのあたりがコンピュータを進化させるために必要ですよね。だからiPhoneが採用したマルチタッチスクリーンみたいなものがでてくるのはプロセスとして大事だと思うんですよ。そういう新しいデバイスを考えるのは、研究機関の仕事ですよね。「面白いからやってみる」というのは、やはり学校じゃないとできない部分がある。で、そのデバイスの使い道を産業界が考えるというのが、良好な関係であり、それが国益につながっていく。でも、実際には大学の研究室は一般の人間から見ると謎のヴェールに包まれた高天が原みたいなイメージがあって……。
稲見 : もうちょっとバカバカしいこともやってますけどね。
清水 : 外からはなにやってるのかよくわからない、または、バカバカしすぎて本質が伝わらない。ちょっと失礼で気を悪くされたら申し訳ないんですけど、先生の光学迷彩もまあ、ポンチョ着てOHPの前で遊んでるみたいに見える。でも、あれの本質はシースルーデバイス、というところにあって、その先に何があるかを研究されてる。体の中を見せる、とか。キャッチー過ぎて違うところに目が行ってしまいがちですけど。
稲見 : ああいうものを見て、日本人は「バカバカしい」、「面白い」だけじゃなくて、一歩踏み込んで考えるトレーニングをしたほうがいいと思います。海外で発表すると、「これをどう使うか、自分ならどうするか」というように、新しく会話が広がっていくことが多いんですよ。日本では、「ここはこう直したほうがいい」というようなご意見をいただくことが多くて。日本で反省して海外で元気になる。
清水 : デバッグは日本でやったほうがいい、ということですね。この間うちで作った「UEIpong」なんかもブルームバーグやAppleは喜ぶけど、日本の新聞社さんなんかに見せると「マジで売るの?」という感じのリアクショ ンですよね。
明るい未来を作りたい
稲見 : そういう面白いところを見つけ出すテンションの高さ、ポジティブツッコミというか、カウボーイ大会もそういう雰囲気の大会になってほしいですね。参加者の方も、いい物を見て帰る、というよりは、いい事を思いついて帰ってほしい。
清水 : それができれば大成功ですね。今回お集まり頂いた発表者の中に、ソニーの松田さんという伝説的な開発者がいらっしゃるんですけど、松田さんの「VRML」みたいに日本にだってよいものもいっぱいある。カウボーイ大会はそういう温故知新の場でもあるというか、新旧取り混ぜた概念のセレクトショップみたいなものだと考えてるんですよ。だから、プログラムは全体で一つのもの。発表順にも意味があるし、見る人には全部を通して見ていただきたいので、発表者の順番も言わない。それで、やはり価値観の近い方に来ていただくのが近道だと思うので、まず、「電脳空間カウボーイズ」のリスナーの方に来てほしい。それから若い人に来てほしいし、聞いてほしい。社会人にとっても学生にとってもちょっと躊躇するくらいの価格設定にしたつもりなので、モトをとる覚悟できていただければ、と。
稲見 : そうですね、でないと勿体無い。
清水 : そして、本当に僕がやりたいこと、というのは「人類を進化させたい」と言うことなんです。
稲見 : それはまったく同感です。そのためには、若い人に「こういうことをやりなさい」って言うよりも、誰かが何かを楽しそうにやっているところを見せるのが、一番背中を押すことになると思います。講義という方法もあるんですけど、こういうところではうまく背中を見せられるといいな、と。
清水 : カッコいい!カウボーイの背中をね。今、ITの世界も7Kだとか42Kだとか言われてますけど、本当は幸せだって事ですよね。コンピュータやれて幸せ。
稲見 : 楽しくなかったらやってませんよね。
清水 : やってないやってない。楽しくなかったら何が悲しくて3日間徹夜してiPhoneに行列したりしなきゃならないんですか。
稲見 : それはそうですね。
清水 : 今回の裏テーマは「愛」なんです。みんなで、「俺はコンピュータを愛してる!」と叫びたい。
稲見 : 大変共感できますね。どういう方が参加してくださるのか楽しみです。是非会場でお話したいと思います。
清水 : alty partyで、blogで、いろいろお話できると思います。僕も楽しみです。楽しい話をしたい。やっぱり、未来は明るいのがいい。
稲見 : サイバーパンクはディストピアものが多すぎますよね。藤子・F・不二雄さんの作品のような、どこか能天気なアッパー系SFが必要だと思います。
清水 : アッパー系ですか。たしかに最近のITはダウナー系の話題が多いですからね。
稲見 : もっと楽しいITを。
清水 : 明るい未来を一緒に作らせてください。では、当日を楽しみにしております。本日はありがとうございました。
稲見 : ありがとうございました。
稲見昌彦
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授。
東京大学助手、MITコンピュータ科学・人工知能研究所客員科学者、電気通信大学教授などを経て、2008年4月より現職。
JSTERATOグループリーダー、日本VR学会理事、CESA理事、情報処理学会エンタテイメントコンピューティング研究会主査等 を務める。光学迷彩をはじめ五感に働きかけるインタフェースを多数開発。
※この記事は、第弐回天下一カウボーイ大会のオフィシャルサイトに掲載されている対談のコンテンツを、ユビキタスエンターテインメントの許諾を得たうえで、Web担当者Forumで編集して掲載しています。
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