会員制有料コンテンツ提供会社C社のCRM事例
会員制有料コンテンツ提供会社C社のCRM事例
ここまで生活用品メーカーや生活家電メーカーの事例が続いたため、ダブルファネルマーケティングは、製造業向けのマーケティング戦略だと思われる読者もいるかもしれない。しかし、会員制の企業でも有効であり、むしろ顧客データベースを持っている会員制企業の方が向いているといっても過言ではない。そこで、数十万人規模の会員を抱えるWebを利用した有料コンテンツ提供会社C社のダブルファネルマーケティング事例を説明する。
C社では、ここ数年、会員の純増数が伸び悩んでいた。その対策として、ダブルファネル効果を重視したソーシャルCRM戦略を展開することにした。その結果、獲得した会員を優良会員に育成してLTV(Life Time Value)を高め、さらに育成した優良会員のクチコミによる新規会員獲得に成功した。
図2-11はC社の取り組みを体系化したものだ。以下、C社が行った具体的な取り組み内容を説明していく。
最初にC社は、自社サービスの全面リニューアルに伴い、新サービスの認知と新規獲得を狙った利用者参加型のWebプロモーションを行った。このプロモーションでは、Web上での“盛り上がり感”を演出するために、ティザー期間(事前告知期間)は効率的な露出に適したメディアを、キャンペーン期間中は集客に適した複数のメディアをジャック(専有)して広告配信を行った。
キャンペーンは数日間にわたり、自社サイト、Yahoo! JAPANやMSNなどの大手ポータルサイト、FacebookやmixiなどのSNSサイトで行われた。期間中は非会員も無料でサービス利用できる仕組みを構築した。サービスを試用して価値を感じたユーザーは、自ら利用経験をツイートしクチコミを拡散していった。その結果、220万人以上がキャンペーンページに訪れ、40万人以上が利用、さらにはFacebookファンが800人以上増加した。
このキャンペーンは大盛況に終わり、数日間の期間中に5000人以上の新規会員を獲得できた。しかし、C社の取り組みはキャンペーン期間終了後も続けられた。Facebookファンに向けて、継続的にコンテンツ情報を発信し、ユーザーと密接なコミュニケーションを取り続けた。また、ティザー期間やキャンペーン期間で獲得した集客効果を最大化すべく、DSP(Demand-Side Platform)広告を通じてキャンペーンページにランディングしたユーザーやFacebookでストックした非会員のファンに限定して、新規加入促進キャンペーンを告知するリターゲティング施策を展開した。その結果、キャンペーンが終了してから1ヵ月間で、キャンペーン期間内に獲得した件数と同程度の約5000人の新規会員を獲得することに成功した。
一方、獲得した新規会員のLTVを高めるため、コンテンツを長期間継続利用してもらうようなリテンション施策も並行して実施した。
もともとC社では、自社サービスの解約傾向を継続的に分析していた。具体的には、図2-12のような加入経過期間別の残存率曲線から解約動向を分析し、初期加入段階と利用スタイルが定着した安定段階では解約率が大きく異なることが分かっていた。そこで、この2つの段階で各々の会員の行動・発言履歴を分析し、2段階構えのリテンション施策を実施した。
初期加入段階の分析では、会員が加入時に選択したコースと加入動機の組み合わせによって、解約率が大きく異なることが判明した。そこで、Webアクセスログに含まれるコンテンツ利用履歴の分析結果も踏まえて、適応コース×加入動機別に定期的にeメールでお勧めコンテンツのレコメンドを行い、定着を促した。
利用スタイルが定着した安定段階の分析では、登録者限定のコミュニティ上でクチコミを行う会員ほど、長期間継続利用してくれる優良会員であることが判明した。そこで、コミュニティ登録をしていない層にはコミュニティへの招待を、コミュニティ登録をしている層には投稿ポイント制度の紹介を行い、継続利用を促した。コミュニティに利用実感や体験談を投稿してくれた会員には、プレゼントやポイントの形で還元し、多くの良質なユーザーレビューを集めた。
このユーザーレビューをプロモーションやキャンペーンの訴求メッセージとして活用し、テストマーケティングを行った。その結果、従来どおりの施策よりも多くの新規会員獲得に成功した。つまり、コミュニティ登録者数が増えればコミュニティ投稿数が増えるし、コミュニティ投稿数が増えれば新規会員数も増えるというダブルファネル効果の好循環がもたらされることが明らかになった。この分析結果を踏まえ、C社はこの2つの変数を重要な政策変数と位置づけ、CRM戦略を構築・運営することにした。
C社のCRM戦略が優れている点は、数ヵ月周期の小さなPDCAサイクルに加え、1年周期の大きなPDCAサイクルも回すことで、個々の短期施策の効果を積み上げ長期的なダブルファネル効果を最大化し、会員の純増につなげたことである。
具体的には、個々のキャンペーンを実施後、終了時点から1~2ヵ月後の短いサイクルでコミュニティ登録率やコミュニティ投稿率などの効果測定を行い、その結果を踏まえて都度、施策のチューニングを施してROIを高めた。
あわせて、以上のような施策を1年間で数十回行ったことで、全体としてどのくらいの収益貢献をもたらしたのかの長期的な効果測定も実施した。その結果、実際に1年間で優良会員が2万人以上育成され、解約率も6ポイント以上改善されていた(図2-13)。この数値をLTVに換算すると、40億円以上の売り上げ増加に相当する。さらには、プロモーションフェーズでFacebookファンサイトで「いいね!」を押した800人のファンが新たなファンを呼び込むことで1年間で4万人以上増加した。
なお、C社では現在、WebアクセスログやFacebookアカウントと基幹系データベースを連携させた統合データベース環境を構築し、よりリッチな行動データの分析から新たな政策変数を導出するための取り組みを行っている。
C社の事例から学ぶべき教訓は、次の4つである。
- 外部メディアやソーシャルメディアを一時期に集中して大々的に活用することで、多くの消費者にリーチをする
- キャンペーン期間中にストックした顧客に対してリターゲティング施策を行うことで、キャンペーン期間後の新規顧客獲得を生み出す
- 認知経路・加入動機・行動履歴・発言内容・継続期間などのデータ分析に基づき顧客を分類し、セグメント別にリテンション施策を実施する
- 優良顧客から良質なユーザーレビューやコメントなどの投稿を集め、ダブルファネル効果を活用して新規顧客獲得につなげる
この記事は、書籍『ダブルファネルマーケティング』 の内容の一部を、Web担の読者向けに特別にオンラインで公開しているものです。
マーケティング、CRM、データ分析の観点からソーシャル時代に適応するための処方箋
ソーシャルメディアの拡大により、クチコミの影響力が飛躍的に高まり、消費者コミュニケーションの主役は企業から「個客」へと移行しています。ダブルファネルマーケティングは、このような時代の変化に適応すべく、既存顧客の共感・感動体験のクチコミを新規顧客に共有・拡散することで、認知度・受注率・継続率などを底上げするような好循環を生み出し、顧客資産価値や顧客の感動を最大化していくための統合マーケティング戦略です。
その戦略の成功の鍵を握るのは、企業の「データガバナンス」力。顧客の行動/発言データを収集・分析・活用しPDCAサイクルを回すには、その推進役を担うデータサイエンティストの育成や、知的業務の効率化に向けたKPO(Knowledge Process Outsourcing)の活用が不可欠です。また、データや分析に対する考え方についても発想の転換が求められます。従来のような「統計的に正しい知識」を得るための分析(アナリシス)に終始せず、社内外の膨大かつ多様なビッグデータの統合(シンセシス)をもっと重視すべきでしょう。なぜなら、出現率の低いレアケースの行動/発言のタイムラインを観察し「個客」のインサイトを深めることが、クチコミの源泉となる「感動体験の創出に役立つ知恵」を得ることにつながるからです。
本書は、このような新しい時代のマーケティングやCRM戦略、およびデータ分析の理論と技法を、国内外の事例を交えて体系化したものです。
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