デジタルマーケターは「スーパースターDJ」になれ――300年企業の組織を変えたデジタル変革の重みと軽さ

英国で300年の歴史を誇る旧態型銀行ロイヤルバンク・オブ・スコットランドは、いかにしてデジタルエクスペリエンス革命を実現させたのか?

300年の歴史を誇る旧態型銀行ロイヤルバンク・オブ・スコットランドは、いかにしてデジタルエクスペリエンス革命を実現させたのか?

組織全体がデータをもとに顧客のエクスペリエンスを考え、専任の担当者だけでなく、さまざまな立場の人が仮説をもとに改善案を出し、テストを進める……ロイヤルバンク・オブ・スコットランドをそんな組織へと変革させていったプロジェクトを紹介する。

その名も「スーパースターDJ」プロジェクト。カスタマージャーニーを考え、デジタルを中心とした顧客エクスペリエンスを改善していくために、マーケティング担当者が「スーパースターDJ」として、組織を動かしていったプロジェクトだ。

本記事では、Adobe Digital Marketing Symposium 2016の基調講演で、デジタルエクスペリエンスを実現させた企業事例として特に好評を博したロイヤルバンク・オブ・スコットランドのセッションを紹介する。

赤坂の会場に集まった約4,700名の聴衆を前に講演を行ったのは、ロイヤルバンク・オブ・スコットランドのデジタル アナリティクス 統括責任者であるジャイルズ・リチャードソン氏だ。

リチャードソン氏は、自ら変革を推進させたプロジェクトを振り返り、組織全体でデジタルマーケティングを推進する方法論を語った。

やりっぱなしの「打ち上げ花火」マーケティングからの脱却

ロイヤルバンク・オブ・スコットランドは、イギリスの大通りに本社を構える約300年の歴史を誇る老舗の銀行である。法人・個人向けのプライベートバンキング事業を行っている。特に上流富裕層を中心顧客としているが、そのなかには英国の女王陛下も含まれるという。

すでに現在はデジタルエクスペリンスの仕組みを実現している同社だ。しかし「少し前はそうではなく、理想とは程遠い状態だった」と振り返ったリチャードソン氏は、その当時のことを「まるで花火のような社風だった」と表現した。

たとえば、何かサイトを改善するとなると、それは大きなリニューアルにする。そのときは華々しく瞬間的な花火のように新しいものを打ち上げ、その作業が完了したら終わりだ。

キャンペーンを行うにしても、勘に頼ったやり方。予定通り実施できたら社内で満足して拍手して、それで終わりだったという。

リチャードソン氏は、変革前の状態を次のように振り返った。

大規模な取り組みは結構であるが、マイナーチェンジをした内容を細かく振り返ることはしない。特にデータも残しておらず、次の施策の示唆になるようなノウハウは残らない。

デジタルの取り組みは何かしなければならないと思いつつも、取り組みスピードは遅く、課題が山積みになるばかりだった。

しかしあるときロイヤルバンク・オブ・スコットランドでは、アドビにデジタルエクスペリエンスの取り組み方を学び、まずはデータを取得して可視化するところから始めたという。

当初、8割はうまくいっていなかった。データの扱い方がわからず、数字の羅列を報告するだけ。そこから何かを読み取りアクションにつなげることは、できていなかった。

デジタルマーケターは、オーディエンスの心を湧き上がらせる「スーパースターDJ」であるべし

それでもリチャードソン氏は、デジタルエクスペリエンスを提供する担当者を増やし、それをきちんと組織に定着させる試みを着想し、進めていった。

物事が徐々に好転していったのは、マーケターが「スーパースターDJ」になる取り組みを始めてからだったという。

デジタルエクスペリエンスを改善する「スーパースターDJ」と言っても、何のことだかイメージできないだろう。リチャードソン氏は、「スーパースターDJ」という言葉に、どんな意味を込めているのか。

端的に言えば、エクスペリエンス向上のための仕組みを作り、そして組織を巻き込んで動いていく、そのための方法論や考え方を明確に示すのが「スーパースターDJ」なのだ。リチャードソン氏が狙っていたのは、組織の担当者自身が、自らコミットして積極的に改善を図り、組織全体で変革のうねりを生み出すことだった。

では、デジタルマーケティングに携わる人は、どのようにして「スーパースターDJ」になっていったのか。その具体的な施策は、次の2つことがポイントだったのだという。

  1. 管理を通じて洞察を得る
  2. オーディエンスを巻き込む

「スーパースターDJ」の本質は2つ目の「オーディエンスを巻き込む」段階にあるのだが、そのために必要なステップが1つ目のポイントだ。

それぞれのポイントについて解説していこう。

ステップ1
管理を通じて洞察を得る
~スーパースターDJが活躍する環境を整える

1-1. ジャーニーマネジャーとCMSを導入

ロイヤルバンク・オブ・スコットランドでは、「ジャーニーマネジャー」という役職を設けて、顧客の洞察を得るようにした。

「ジャーニーマネジャー」の役割について、リチャードソン氏は次のように語る。

人々は、用事があって銀行を訪れる。たとえば、金融商品を買うとか、入金するとかいったことだ。

これらの「用事」それぞれが、一つひとつの小さなジャーニーだと捉えられる。だから、そうしたジャーニーをマネージするようにした。

当初はそれぞれの顧客行動の裏側にある洞察を試みるために担当者をつけていった。しかし今では、社内に約50人のジャーニーマネジャーがいる。そのそれぞれが、Adobe Experience Managerを用いて顧客のジャーニーを管理するようになっているのだという。

1-2. タグマネジメントを導入して、ジャーニーを単一のビューで表示

顧客の行動は、必ずしも1つのチャネルだけで完結するとは限らない。

たとえば、プライベートバンキングの口座を開設して利用する流れを大きな1つのジャーニーとすると、少なくともサイトで口座開設の手続きを進めるまでの行動に加えて、銀行取引画面での行動も把握しなければならない。

しかし、多くの銀行では「潜在顧客向けのサイト」と「顧客向けの取引システム」は別のものとして構築・運用されているだろう。これでは、利用データを一元管理できず、一連のジャーニーとして分析することもできない。

そこでロイヤルバンク・オブ・スコットランドでは、Adobe Dynamic Tag Management(DTM)のタグマネジメントを利用して、それぞれのデータを収集し、管理するようにしたのだという。これにより、システムが異なる複数のチャネルにわたる顧客の行動であっても、一連のデータとして扱えるようになった。

1-3. データを整理・分析し、民主化を図る

過去を振り返ると、顧客のデジタルエクスペリエンスを把握しているだろう人は、ロイヤルバンク・オブ・スコットランド社内に2~3人しかいなかったという。

そんな状態では、特定の人の理解と感覚でしかエクスペリエンス向上を図れない。そのため、改善の幅も狭く、そもそもスケールしていかない。

リチャードソン氏は、

組織の誰でもデータに触れられて、そこから顧客行動の傾向を把握し、サイトやシステムにおける問題点を発見できるようにしなければならない。つまり、「データの民主化だ」。

という思想の下、Adobe Analyticsを用いて、140のダッシュボードを用意し、社内でだれでもデータを確認してそれぞれが顧客のデジタルエクスペリエンスを考えられるようにした。

この「データの民主化」は、ロイヤルバンク・オブ・スコットランドでこの後、非常に大きな意味をもつことになる。

1-4. 最適化を開始

ここまでのプロセスは、あくまでも「準備」に過ぎない。

データを活用するということは、すなわちアクションを起こして価値を得るということである。データを読み取り、問題点を発見したら、改善のためのアイデアを出し、A/Bテストを実施しなければ意味がない。

そう、ここから実際に「エクスペリエンス改善」のための最適化が始まるのだ。

しかし、顧客はさまざまであり、さらに銀行とのかかわり方も多様だ。そして、顧客と銀行の接点となる場もさまざまだ。そのため、テストの対象は、多岐に渡る。

そうした多くのコンタクトポイントで継続的に改善施策を行い最適化していくことは、社内の数人が「がんばる」だけでうまくできるものではない。組織の動きとしてスケールさせるには、多くの関係者を巻き込んでいくことが重要だ。

では、どうすれば組織を巻き込んで動かせるようになるのだろうか。言い換えれば、どうすれば、古い体質と脳みその組織に変革をもたらし、デジタル時代の顧客エクスペリエンスを考えられる組織にしていけるのだろうか。

組織変革をするときに、「たとえ話」の力は絶大な効力を発揮するものだ。うまく「たとえ話」を用いれば、さまざまな知識や経験の人にデジタルをより理解してもらい、周囲の人を巻き込みやすくなる。たとえば、以前に取材した元アドビのブレント・ダイクス氏は「アクション・ヒーロー」という表現をうまく使っていた

リチャードソン氏がつかった「たとえ」が、「スーパースターDJ」だ。

単なる「DJ」ではなく「スーパースターDJ」としているのは、結婚式の余興で音楽を流すようなDJではなく、大きなライブ会場でターンテーブルを回し、大勢のオーディエンスの心を湧き上がらせて、会場で一体感を持つグルーブを生み出すDJをイメージしているからだ。

では、なぜデジタルマーケターが「スーパースターDJ」となるべきなのか。「その真骨頂は、オーディエンスをいかに巻き込むかにある」と、リチャードソン氏は言う。

ステップ2
オーディエンスを巻き込む
~マーケターがスーパースターDJとして活躍する

2-1. 改革には全員で取り組む

データを分析し、A/Bテストを実施し、最適化を図ることは重要だ。その重要性をよく理解している企業担当者は、多く存在する。

しかし、どの企業においても問題となっているのは、そのデジタルマーケティングをどう実行するのかについて、自ら考え推進していく人がいないということではないだろうか。

リチャードソン氏は、こう前置きしたうえで、「では、どうすればいいのか?」と聴衆に問いかけた。

彼の回答は、シンプルだ。

全員でやるんだ。

デジタルに明るい人だけがやればいいというものではない。組織の全員が、顧客のエクスペリエンスを最適化する動きに携わるべきだ。

すでにロイヤルバンク・オブ・スコットランドでは、さまざまなチャネルにおける顧客のデータを集めて整理できるようにしており、そのデータを分析したり、A/Bテストを行ったり、コミュニケーション内容をパーソナライズしたりという環境は整えてある。

となれば、あとは、そこから得たことを、組織内で共有していくことだ。

リチャードソン氏は、異なる部署担当者同士でもコラボレーションできるように、どんなエクスペリエンスに対してどんな仮説でどんなクリエイティブをテストし、その結果がどうだったのかといった情報を、Adobe Marketing Cloudのトップレイヤーでシェアできるようにしたという。

そうすることで、それぞれの担当者が施策から学習した内容を共有できるだけでなく、成功体験も共有するようになっていった。

この「成功体験の共有」というのは、非常に重要なものである。単に「こうテストしました」という事実を共有するだけでは伝わりにくい、顧客のエクスペリエンスに対する担当者の思いと、施策によって顧客がどう良い状態に変わったかという情報は、他の人を動かす力になりやすいからだ。

2-2. エンターテイメント演出を施した参加型ウィークリーマガジンの発行

とは言うものの、組織にはさまざまなタイプの人がいるため、そう簡単に動いてくれるわけではない。場合によっては、「まず興味をもってもらうこと」から始めなければいけないこともあるだろう。

そうした目的で、「まず知ってもらう」ための基礎データやトピックスなどを、週報としてメールで送るようにしている企業もあるのではないだろうか。

ロイヤルバンク・オブ・スコットランドでも同様に共有のために実施することにしたが、そこは「スーパースターDJ」プロジェクト。おもしろみのない内容をメールで送ることはしない。

配信内容は、分析やテストによる成功体験や学んだ教訓をシェアするものが中心だ。しかし、リチャードソン氏は、DJをテーマにエンターテインメントの要素を盛り込んでいった。

組織の多くの人と共有する情報にさまざまな演出を施すことで、データを閲覧したり活用したりする参加者の意欲を高めることに成功したというTIPSを、いくつか紹介してくれた。

紹介文には、ユーモアをひとひねり加えて、フレッシュさを保つことを心がける。

また、ウィークリーマガジンに「オススメのBGM」を付けて、DJであることを印象付けて演出する。

さらに、DJランキングを毎週更新することで、参加者のモチベーションを高める工夫を施す。これは、A/Bテストなどでより良い改善を提案した人をランキングとして紹介するものだ。

いずれも、無味乾燥な「業務上の連絡」ではなく、「スーパースターDJ」として組織を盛り上げるには、どのようなメッセージにするのが良いかを考えて行ったものだ。

これらは、非常に効果的だった。

担当者の関心を集められただけでなく、彼らが積極的に参加してみようという気になり、さらに楽しみながら取り組めるようにすることに成功していると言える。

こうした「ノリ」では、人によってはついていけなくなることもあるのではないかと思えてしまうが、ロイヤルバンク・オブ・スコットランドの組織ではそのような懸念は不要だったようだ。

実際のロイヤルバンクの担当者が大勢出てくる社内の様子をムービーで紹介されたが、その誰もが、自分たちの取り組みがうまくいっていることを楽しそうに伝えていた。

2-3. 改善提案は組織のみんなが考える。好成績だった改善事例を提案したのは……

それでは、実際の施策に関する改善事例としてはどのようなものがあるのか。基礎分析から発見した箇所にフォーカスを当てて、改善のアイデアをきちんと出し、テストを実施した事例が紹介された。

具体的には、入口ページのランキング3位となったページを対象に、効果を最大化させるテストを実施したという。デバイス別セグメントでデータを確認すると、スマホからのアクセスが多かった。モバイルアプリならば同じことをより簡単にできるのに、それがさほど利用されていないことが把握できた。

そこで、そのページで「アプリを使うとこんなに便利ですよ」といったメリットを訴求するテストを実施し、それが成果を大きく伸ばしたのだという。

さて、この事例のページで問題を指摘したのは、銀行内のどんな人だと思うだろうか。考えてみてほしい。

Web担当者? 広告担当者? SEO担当者? それとも、カスタマーサポート担当者だったり、窓口担当者だったりするのだろうか。

リチャードソン氏が明かしたのは、旧態然していると思われる銀行にとって、意外な人物だった。

この改善を提案したのは、取締役だった。4,000人もの部下をもつ取締役が、自分で改善案を出したのだ。

こんな銀行会社では無理だと思うだろうか。

しかし現にロイヤルバンク・オブ・スコットランドの取締役の8割は、Adobe Marketing Cloudに自らアクセスしていて、毎朝7時にアクセスデータやテスト結果をチェックしている。さらに改善案の検討まで行うこともある。

組織の全員がデータをもとに顧客のデジタルエクスペリエンスを考えるというのは、こういうことなのだ。

ノウハウを特定個人のみで属人化せず、組織全体に広げる。

最後にリチャードソン氏は、デジタルマーケティングの取り組みの前後比較を明らかにした。

2014年度上半期時点では、こんな状況だった。

  • 最適化スペシャリストの人数: 2名
  • 実施テスト数: 2件
  • デジタルアナリティクスチームの人員: 6名

それが、2016年度には、こんな状況になっていたのだという。

  • 最適化スペシャリストの人数: 70名
  • 実施テスト数: 600件
  • デジタルアナリティクスチームの人員: 10名

中核で運営するデジタルアナリティクスチームの人数はさほど増えていないのだが、その代わり、企業組織のさまざまな現場で、デジタルマーケティング活動ができる人員を育成した。それによって、テストの案件数を伸ばしたということだ。

なお、ロイヤルバンク・オブ・スコットランドのジャーニー担当者がもつべきスキルは4段階で定められており、その成熟度を高める動機付けと何をすれば良いかのガイドラインも用意されているという。

ロイヤルバンク・オブ・スコットランドでは、今後は、オーディエンスの理解を深めることに取り組んでいくのだという。

そのために、顧客を3段階に分けてアプローチしていくという。次の3段階だ。

  • 第一段階の顧客: 興味ある段階(まだサイトには来てない)
  • 第二段階の顧客: エンゲージしている段階(自社サイトに来てる)
  • 第三段階の顧客: コミットしている段階(何か取引をアクションした)

それぞれの段階にセグメントを分けることで、特徴的な行動を比較し、それぞれに適したオファーを投げかけてテストを行う。サイト最適化の推進は継続し、より高度に発展させていく狙いを定めている。

◇◇◇

以上が、ロイヤルバンク・オブ・スコットランドのデジタルマーケティング改革の事例紹介である。

「カスタマージャーニーを大切にしよう」という取り組みは、多くの企業で基本的なものになってきているかもしれない。

しかし、リチャードソン氏の取り組みが興味深いのは、組織変革をどのように行うかについても「ジャーニー」を描いて取り組んでいることだろう。つまり、組織変革のステークホルダーを理解し、大きな目標と戦略を描く。そして適切にデータを取得・整備して、テストを実施していける仕組みを構築する。それができたら、多くの人を巻き込みながら、それぞれが実践から学んだことを、あえて属人化させずに全員で取り組むチャレンジをしてきたのだ。

マーケターは「顧客を理解して、セグメントごとに適切なメッセージによって顧客を動かす」のが仕事だ。ならば、組織に対しても同様に、「組織を理解して、セグメントごとに適切なコミュニケーションを通じて人を動かす」ということができるはずだ。

このスタイルならば、担当者の成熟度が高まっていけば、上昇型のスパイラルが起こり、組織全体の改革へとつながっていく。

ここまで持っていくために、推進リーダーであるリチャードソン氏は、現場で粘り強く活動してきたはずだ。壇上では明かさなかったものの、苦労したことも多いに違いない。

同じような組織変革を進めたいとあなたが思ったら、必ずしもリチャードソン氏と同じように「スーパースターDJ」をモチーフにする必要はない。そうではないほうがうまくいくこともあるかもしれない。しかし、ロイヤルバンク・オブ・スコットランドの事例のように、組織全体で参加する意欲を高める工夫の仕方は、大きな参考になるのではないだろうか。

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