BtoCとBtoBでは「UXリサーチ」どう違う? マネーフォワードが実践する「顧客体験の改善手法」
製品・サービスを改善するために、利用者の声を聞くことは重要だが、「製品がBtoCかBtoBかによって、利用者の声の聞き方が若干異なる」という。「Web担当者Forum ミーティング 2023 秋」に登壇した株式会社マネーフォワードの古長克彦氏。実に50以上ものプロダクトのデザインを主導する立場から、BtoBにおける「UXリサーチ」の意義を解説した。
従業員数2千人超、50以上のプロダクトを開発している企業が、リサーチで実践すること
マネーフォワードは個人向けサービスの家計簿アプリ「マネーフォワードME」や法人向けサービス「マネーフォワード クラウド」などを提供している。2012年に創業し、従業員数は2千人を超える。
古長氏はSIerにおけるエンジニア職、Webデザイン会社での業務システムUI開発の事業責任者を経て、2022年にマネーフォワードへ入社。ほぼ一貫して、BtoB企業向けのITシステム開発に携わっており、中でもUIデザインに精通しているという。
現在、マネーフォワードには50以上のプロダクトが存在し、プロダクト毎の困りごとである“ペイン”を継続的に見つけ、改善していくことが古長氏らデザイン部門のミッションだという。
そもそもリサーチとは?
製品の開発・改善にあたっては「リサーチ」が重要とされる。“リサーチ”は“ユーザー調査”と似ているが、“探求・追求すること”がリサーチの本質であり、マネーフォワードでも徹底してUXリサーチを行っている。
顕在ニーズの探し方、BtoCとBtoBでは異なる
UX(顧客体験)を改善するには、開発者がユーザーを深く理解するべきだが、ユーザーの真のニーズを解き明かすのは簡単ではない。
マーケティングの世界では、ユーザーニーズはアイスバーグ(氷山)によく例えられる。海面上に露出しているのは、言わば「顕在ニーズ」であって全体の5%程度。海中には、ユーザー自身も理解していない、言語化できない「潜在ニーズ」が95%も隠れているとされる。
つまりユーザーに「何が欲しいか?」と聞いて返ってくる答えは顕在ニーズ止まりであり、ユーザーを真に理解するには情報が足りない。またリサーチをするにしても、BtoCなのか、BtoBなのかでも、その様相は全く変わる。
BtoC向けのリサーチ
- 一般ユーザーが対象なのでユーザー数が多く、顧客属性も幅広くなる
- アンケート、インタビューなどリサーチの手法も多様
- 最終的に、ユーザーの喜びやFUNの感情を計測することで、リサーチの成否が判断される
BtoB向けのリサーチ
- BtoC向けと比べて、ユーザー数が相対的に少ない
- よって、スコープを絞ったリサーチ設計・計画をしたほうが効率がよい。たとえば経理ソフトを開発するとしたら、従業員全員にリサーチする必要はなく、経理担当者だけに絞ってのリサーチにも十分意義がある
- 最終的に評価されるのは業務効率化や売上向上への貢献度であって、製品・サービス利用者レベルの満足度だけではない
広くリサーチするのがBtoCとするなら、限定的なのがBtoBである。ちなみに「リサーチを行ってもどれくらい効果があったかわからない」といった声は良く聞かれるがBtoB領域では、「経費の削減率や売上が評価対象なので、むしろ数値化はしやすい」という。
もしUXリサーチをせずに、製品開発や要件定義を進めると顕在ニーズのみで設計され、潜在ニーズ・根本の課題を見過ごす結果になる。
UXリサーチで重要な3つのステップ
古長氏によると、BtoBにおけるUXリサーチには行うべき順序があるという。潜在ニーズがいかに大事とはいえ、顕在ニーズを無視していきなり深掘りするのは失敗のもと。BtoBリサーチにおける3ステップを個別に見ていこう。
1. アンケート
顕在ニーズの把握には、まずはアンケートから実施する。リサーチでは、「仮説を立てる」ことが重要であるが、ある程度データが貯まっていないと仮説自体が立てられないからだ。
アンケートの実施にあたっては、ターゲットから考える。BtoBの場合、「サービスを使う現場担当者のミスが多い」「上長の承認で処理が滞っている」「書類の指し戻しが多い」などの課題が実際にあれば、対象部門の承認者に対して聞く必要も出てくるだろう。
古長氏は「アンケートですべてを知ろうとしない」ことがポイントだと強調する。最近ではGoogleフォーム機能を使って簡単にアンケートを実施・集計できるが、手間と感じれば精緻な情報が集まらなくなる。設問は最小限にして、簡単に回答してもらう工夫をするのがアンケートのコツだという。
回答されやすいアンケート設問の7ポイントは、以下の項目だ。
- 設問は多くても10問程度を目安とする
- 不要な段階質問はせず一度に聞く(YES/NO設問は不要)
- 選択式の設問を中心にする
- あいまいな選択肢は排除する
- 設問文や選択肢文は短くする
- 自由記述は回答がシンプルに済むものにする
- あえて課題の解決方法を質問し、熱量のある人を探す
こうした工夫を凝らしたのが、以下の設問例である。「営業支援ツールを利用する理由として大事なものはなんですか。自由に記述してください」ではなく、設問を用意して「大事なものから順番に3つ選んでください」としているあたりは、まさに工夫だ。
BtoBサービスの改善にあたってのアンケートでは、業務の規模感を確認するのも重要だという。携わる人数であったり、週にどれくらの時間をかけるのか。また、抜け落ちやすい項目として頻度がある。週に1回なのか、年に1回なのかで全く意味合いが違うためだ。
なお一般的なアンケートではサンプル数の多さが重要だが、BtoBでは30件程度あれば十分だという。
2. インタビュー
アンケートで仮説が立てられたら、次はインタビューだ。個人の意見を掘り下げ、さらには仮説に対する根拠にもなっていく。
インタビューは実施にあたって入念な準備を行う。インタビューの目的に加えて、アンケートから導き出した仮説から、どの部分が情報不足なのか洗い出し、かつ優先順位も付けておく。
アンケートで、熱量の高い回答をしている人がいれば、インタビューに招くべきだという。また質問者側はリハーサルも行った方がよい。
実際にインタビューで聞くような設問は、たとえば以下のようなものになる。「想定フローで間違いないか?」というのは、立てた仮説が正しいかどうかの検証、という意味でもある。
インタビューで注意すべき点として、あいまいな質問をしないことだという。
『○○という問題があると思うんですが、どうですか?』と聞けば、それは『言われてみればそうです』と答えてしまう。これでは一種の誘導尋問だ。『□□という状況で、△△というポイントで困っていることはなんですか』というように、ポイントを深く絞ってきけば有益な回答が得られる(古長氏)
身近な数人に聞いて満足してしまうことも注意すべき点だという。また、疑問点を聞くだけのヒアリング止まりになってしまうのも、よくある失敗だ。回答者側があまり理解しないままでは回答も曖昧になる。改善した業務をしっかりイメージできるレベルで、質問者・回答者の意識を合わせるべきだ。
より具体的な質問方法のポイントとして挙げられたのは、以下の4つである。
- 誘導型の質問はしない
- 1つの質問に2つ以上の要素を入れない
- ユーザーに何が必要か聞かない
- 一般論ではなく実体験から聞く
上記の「ユーザーに何が必要か聞かない」とは、たとえば「どんな機能が欲しいですか?」と聞けば、回答者は無理矢理でも答えを捻り出す。つまり、不必要な機能を必要だと言ってしまう可能性が高い。「一般論ではなく実体験から聞く」とは、つまり「普段何で困っていますか」ではなく、「先月の月末の締めで困ったことはありましたか」と聞く方がより良いという意味だ。
BtoCでは「オープンクエスチョン(はい・いいえではなく自由に回答してもらうこと)」は有効だが、BtoBではオープンクエスチョンを意識しすぎず、超具体的に仮説をぶつけて“違う”の回答を引き出し、その理由を詳しく聞いていくことが理想。そのため、事前の業務把握をしっかりして、仮説設定も慎重になるべきだという。
インタビューの席では、話しやすい雰囲気作りを心がける。聞き手はメインのインタビュアー、それをフォローするサブインタビュアー、議事録係の最低3人は同席したい。ただし、人が多すぎると回答者は萎縮するので、視界に入るのを1人にしたり、面接的な雰囲気を出さないように斜め位置で対話するなどの配慮もすべきという。
私の経験上、インタビューの様子はBtoBとBtoCどちらの領域でも、プロジェクトの決裁者なら絶対に見るべきだ。実施報告書に目を通すのもいいが、現場の生の声のほうが、ペインを掴むのに役立つ。難しければ動画でも構わないので見てもらいたい(古長氏)
3. エスノグラフィ(行動観察)
インタビューだけでわからないことを把握するための手段が、エスノグラフィである。ユーザーの行動・環境を実際に観察して、ユーザー指針が言語化しきれていないニーズやペインを探っていく。
特にBtoBで顕著なのだが、本当は困っているのに『これが仕事なのでやっています』というように、使命感の強さのせいでペインをペインと感じていなかったりする。だからこそ第三者の目で見て、深掘りする(古長氏)
これまでのリサーチでわかっている業務フローを最新化し、観察するシナリオやシーンを選定し、注視すべき課題やタスクを選び、ユーザーをリクルーティングするなどの下準備をしっかりしておく。
エスノグラフィにあたっては「POEMS」と呼ばれる観察メモのフレームワークがよく知られており、これを活用する。People(人々)、Objects(目的)、Environments(環境)、Messages(メッセージ)、Services(サービス)の5つの要素からなる。
観察メモは、下記のようなフォームを作り、都度記録していく。一例として営業支援システムの改善にかかる観察内容が記述されているが、「日差しのあたる場所でタブレット操作」であったり、「ボイスレコーダーを併用」といったあたりはまさにエスノグラフィの効果。回答者にとっては当たり前すぎて、インタビューで言うべきと考えつかないものを、観察を通じて発見するのがエスノグラフィの意義だ。
UXリサーチの重要性を、周囲にどう理解してもらうか
これらステップをこなして、はじめて改善の要件定義へと辿り着く。これが古長氏らの考えるUXリサーチだ。だが、時間もコストもかかる大変な作業。「UXリサーチをやりたい」と言っても、まずは周囲からの理解を得るところから始めることとなるだろう。
「最初からUXリサーチを大規模にせず、コストのかからないライトな部分に限って実施していくのが良いだろう」と古長氏。
「あるペインを改善すれば業務時間が○○分減る」「業務エラーによる手戻りが○○回減る」「カスタマーサポートなど問い合わせ負荷が○○回減る」といったことがUXリサーチを通じて示せれば、周囲の理解は自然と深まっていく。
ここまで解説した古長氏だが、UXリサーチを極める道はまだ半ばだという。積極的な人材採用を進めながら、50以上におよぶプロダクトをいかに改善していけるのか、挑戦を続けたいと決意を述べ、講演を締めくくった。
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