インターネット広告創世記 ~Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~

「GoTo.com」がBtoBに舵を切って設立した「Overture」の華々しい船出[第3部 - 第21話]

今回、アタラ株式会社の杉原剛さんが加わって、2000年初頭に起きたOvertureとGoogleの関係を振り返ります。

インターネット広告創世記〜Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~」シリーズ第21話。前回の記事はこちらです。

杓谷

2002年9月、Googleの「プレミアム・スポンサーシップ広告」(以下「プレミアム広告」)と並行する形で、現在のGoogle 広告に通じる「Google AdWords」が日本で本格的にサービスを開始しました。そして、同年12月に同じく検索連動型広告のサービスを提供するOvertureが日本市場で本格的にサービスを開始しますね。

佐藤

Overtureの日本法人の初期メンバーで、後にGoogleに移籍することにもなった、アタラ株式会社代表の杉原剛さんに当時の様子を聞くと理解が進むと思います。

杉原

ご紹介にあずかりました、アタラ株式会社の杉原剛です。僕はOvertureの前は、Intelに在籍していたのですが、その頃に初めて佐藤さんにお会いしました。

佐藤さんと出会うきっかけになった「Intel Inside」プログラム

杉原:僕はIntelに在籍していた頃「Intel Inside」というマーケティングプログラムを担当していました。

PCメーカーであるNECや富士通が、Intelのプロセッサを何十万、何百万単位で購入していくのですが、通常であればボリュームディスカウント(大量発注の見返りに値引き)します。しかしIntelでは、直接値引きしない代わりに、「Market Development Fund(以下、MDF:市場開発基金)」という形で、値引き額と同等金額をメーカーごとに積み立てておく仕組みを採っていました。

「値引き」ではなく「広告費の一部負担」でクライアントを援助:Intelの画期的な戦略

このMDFを使って、NECや富士通がテレビ・ラジオ・新聞・雑誌などにIntelのロゴ入りの広告を出すと、その広告費の一部をIntelがMDFから補助するんです。

競合のAMDとの競争が熾烈になり始めた頃だったのですが、このMDFのおかげでIntel自身は広告宣伝費をさほど使わずに自社ブランドを訴求できました。世界的にも非常に珍しく、とても賢いマーケティングプログラムだったと思います。


東芝の「dynabook」のCMの冒頭で表示される「Intel Inside」のロゴ

杉原: 僕はそのMDFのうち、インターネット広告に関わる部分の担当になりました。

当時のインターネット広告では、「3Dコンテンツを掲載しているパブリッシャーのサイト」で、なおかつ「Intelが審査・承認した場合」に限り、Intelロゴ入りのバナー広告を掲載できるという条件を設けていたんです。

3Dコンテンツの普及=高性能PCの需要が高まる

というのも、3Dコンテンツは処理能力が高いプロセッサを必要とします。

ウェブ上にそうしたコンテンツが増えれば、それを快適に動かせる高性能なパソコン、つまりIntelの最新プロセッサを搭載したPCの需要が高まる――つまり、結果的にインテルの売上が増えるだろうという目論見でした。

広告主にとっては、ネット広告費の一部をIntelがMDFから負担してくれるということで、ネット広告にトライしやすい環境が整っていましたし、パブリッシャーにとっても収益につながる仕組みなので、皆前向きでした。

佐藤さんとの出会い

杉原: Yahoo! JAPAN、日本経済新聞社、毎日新聞社、ぴあなどの媒体社をまわって、このプログラムへの参加をお願いしていた中で、当時、Infoseek Japanに在籍していた佐藤さんと出会ったんです。たしか1998年頃のことだったと思います。

佐藤: この時に、第4話で登場した氏家さんに頼んで作ってもらった3DのCGが、第13話で話した「サチオくん」です。

Infoseek Japan のフッターに掲載されている「サチオくん」
出典:INTERNET Watch「infoseek JAPANが11月24日リニューアル」(1998年11月10日付)

シカゴの展示会で立ち寄った「GoTo.com」のブース

杉原:2000年にIntelを退職した後、有給休暇を使ってアメリカを一周旅行していました。その旅の途中、初めてシカゴに立ち寄ったんです。ちょうど、以前から気になっていたインターネット関連の展示会がシカゴで開催されていたので、足を運んでみました。

その展示会の会場に、GoTo.comという会社がブースを出展していたんです。このGoTo.comこそが、後のOvertureになる企業で、これが僕にとってOvertureとの最初の出会いでした。

杉原さんがブースに訪れた2000年のGoTo.comのウェブサイト
出典:Internet Archive

検索エンジンに“お金を払う”という発想に衝撃

杉原:当時の僕は、GoTo.comが何をしている会社なのか、ほとんど知りませんでした。ブースで話を聞くうちに、どうやら検索エンジンを開発している会社らしいということがわかってきました。

一番の衝撃は、そのサービスが「有料」だったことです。当時、Yahoo!やInfoseekをはじめ、検索エンジンは無料が当たり前でしたから、「誰がその料金を払うのか?」と全く想像がつきませんでした。

しかも検索結果の右側に検索連動型広告が表示されていて、広告の横には「25¢」のようなクリック単価が表示されていたんです。とにかく衝撃的でした。正直そのときは、サービスの全体像まではつかめませんでしたが、「なんだかすごく変わったことをやっている会社だな」という印象が強く残りました。

検索結果に広告を差し込む「Paid Inclusion」

佐藤: 第13話で加藤さんも紹介していましたが、GoTo.comは1997年に、インキュベーター「Idealab」を運営していたビル・グロスによって設立されました。アメリカではすでにかなり知られた存在でした。

僕が当時在籍していたInfoseekは、ディズニーに買収されて「Go.com」というポータルサイトに統合されましたが、このGo.comは名前やロゴの類似性などから、GoTo.comと訴訟になり、サービス停止に追い込まれることになります(詳細は第16話を参照)。

お金で検索結果を“買える”仕組みが賛否を呼ぶ

佐藤: 当時、GoTo.comは、検索結果の中に広告を差し込める「Paid Inclusion(ペイド・インクルージョン)」というサービスを提供していました。検索結果の通常リンクの間に広告枠があり、広告主がお金を払えば自社のリンクを表示できるというものです。

「お金で検索結果を買える」このアイデアには、賛否がありました。

特にInfoseekのエンジニアたちは、「お金で検索結果が操作されるのはけしからん」と、強く反発していました。

とはいえ、当時の検索エンジンはクローリングの頻度が低く、最新情報が検索結果に反映されるまでに時間がかかっていました。そうした背景もあり、広告費を払ってでもすぐに情報を出したい広告主のニーズは高かったんです。実際、Infoseek本社の経営陣が来日した際には、「GoTo.comのようなPaid Inclusionを導入すべきか?」という議論が持ち上がったこともありました。

Googleは「検索は中立であるべき」と主張

その一方で、Googleの創業者であるラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンは、検索結果と広告の関係性に明確な一線を引いていました。

彼らは、検索技術に関する論文の中で「検索結果がお金で操作されることは、オープンな情報の流通を阻害する。検索は広告から中立であるべきだ」という考えでした。

「GoTo.com」がBtoBにシフトし、「Overture」を設立

杉原:GoTo.comは当初、BtoC向けの検索エンジンやポータルサイトとしてサービスを展開していました。しかし、AOLがタイム・ワーナーと提携したり、Infoseekがディズニーに買収されたりするなど、既存の大手メディアがポータルサイトの運営に乗り出す時代。

GoTo.comは、ユーザーを増やすには広告費や時間がかかりすぎると判断したのでしょう。

そこで方針転換を図り、GoTo.comで培ってきた「検索連動型広告」の技術を他社のポータルサイトに提供するBtoBビジネスへ舵を切ります。そして2001年10月、「Overture Services, Inc.」を設立しました。

2001年11月のOverture
出典:Internet Archive

Googleへ提案するも門前払いを受ける

杉原: Overtureの当時のCEOは、元投資家のテッド・マイゼル氏。Googleがサービスを開始した頃、「これはすぐに会いに行かなければ」と直感し、実際にGoogleオフィスを訪問して「Overtureの検索連動型広告の技術を使うのはどうか」と提案しました。

しかし、提案を終えてオフィスに帰ってくると、社員に「門前払いだった。すごい厳しい競争が待っていると思う」と報告したそうです。実際、彼の予想は的中します。

日本法人の立ち上げと「運命の再会」

杉原: Overtureの日本法人は2002年4月に設立され、サービス開始は同年12月。それに先立ち、2001年から丸紅出身の鈴木茂人社長を中心に、数名のメンバーでサービス開始に向けた準備が進められていました。場所は大手町のレンタルオフィス。当時はまだ立ち上げ段階で、少人数でのスタートでした。

僕がOvertureに入社したのは2002年9月、サービス開始のちょうど3ヶ月前のタイミングです。入社時の日本法人の社員数は約20名。まさに立ち上げ真っ只中の、スピード感と熱気にあふれる環境でした。

Overture CEOのテッド・マイゼル(左)と日本法人社長の鈴木茂人氏
出典:Internet Watch 「キーワードの値段は市場が決める~Overtureインタビュー」(2002年7月2日付け)

佐藤:ちなみにGoogle側のAdWordsチームは、僕と数名のサポート担当という超少数体制。両社で体制の違いはかなりありましたね。

杉原:入社して間もない頃、日本広告主協会(現日本アドバタイザーズ協会)の会合で、Intel時代に面識のあった佐藤さんに再会したんです。「あ、佐藤さん、お久しぶりです!」と声をかけて名刺交換をすると……お互いの名刺を見て「あ、まじ?」「競合ですね」というドラマのような再会になりました(笑)。

米国ですでに熾烈な競争を繰り広げていたOvertureとGoogle

杉原:下の画像は、GoTo.com時代に取得した検索連動型広告の特許資料です。よく見ると、それぞれの広告文の横に「Cost to advertiser: $0.08」などと記載されていて、広告主がオークション形式で入札し、価格に応じて掲載順位が決まる仕組みがわかります。

GoTo.com時代に取得してOvertureが引き継いだ検索連動型広告の特許
出典:特許情報プラットフォームJ-PlatPat 特表2003-501729 図面7

杉原:米国では、AOLやMSN、Yahoo!といった主要ポータルサイトにOvertureが採用され、インターネット・バブル崩壊後も着実に成長を続けていました。

しかし、2002年5月に大きな転機が訪れます。

AOLが検索エンジンと検索連動型広告の両方でGoogleを採用したのです。当時、「AOL=インターネット」といっても過言ではない存在。AOLは、米国でもトップクラスのトラフィックを持つポータルサイトで、Overtureにとっては大打撃。この影響もあって、Overtureは、2002年4月にGoogleを特許侵害で提訴しました。

出典:Internet Watch「検索サービスの米Overtureが特許侵害でGoogleを提訴」

Overture vs Googleの熾烈な競争が日本にも飛び火

杉原: 僕や佐藤さんが日本でサービス準備を進めていたその裏で、太平洋の向こうではOvertureとGoogleによる熾烈な競争がすでに始まっていたわけです。そして、その戦いの火花は、やがて日本にも飛び火していきました。

杓谷:AOLを巡る米国でのOvertureとGoogleの競争の様子は、『Google誕生 —ガレージで生まれたサーチ・モンスター』でも描かれています。

2002年12月、Overtureが日本でサービス開始

杉原: 2002年12月、Overtureは日本市場でのサービス開始を正式に発表しました。この時点で提携していた検索ポータルは、MSN、goo、Lycos Japan、Infoseek Japan。
Yahoo! JAPANを除く主要な検索エンジンはほぼカバーしており、「華々しい船出だった」と今でも印象に残っています。

Overture日本法人社長の鈴木茂人さん(中央)と、提携先の各ポータルサイトの責任者達
出典:Internet Watch「オーバーチュア、日本での本格展開を開始」(2002年12月4日付け)
Lycos Japanの検索結果に表示されたOvertureの検索連動型広告。説明文の行数、文字数などのフォーマットはサイトごとに異なっていた。
出典:Internet Watch「メジャーサイトへの最も安価な広告手法~オーバーチュア 鈴木社長に聞く」(2002年12月7日付け)

検索エンジン市場の勢力図――カギを握るのはYahoo! JAPAN

杉原:当時のOverture社内の感覚では、日本の検索エンジンのシェアはYahoo! JAPANが60%ほどで、残り40%をOvertureとGoogleが半分ずつ分け合うといった構図でした。つまり、Yahoo! JAPAN以外の検索シェアではOvertureとGoogleはほぼ互角だったと思います。

佐藤: 日本の検索連動型広告市場で覇権を握るには、Yahoo! JAPANをどちらが提携先として獲得するかが決定的な意味を持っていました

Googleは2002年9月に、Overtureは同年12月にそれぞれ日本でのサービス開始をアナウンスしましたが、その裏では両社ともYahoo! JAPANとの交渉の真っ最中だったのです。
ここから、Yahoo! JAPANをめぐるOvertureとGoogleの熾烈な争いが幕を開けることになります。

 

次回は5/1(木)公開予定(毎週木曜日更新)です。

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