インターネット広告創世記 ~Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~

Yahoo! JAPANを舞台にスポンサードサーチとAdWordsのA/Bテストがスタート[第3部 - 第22話]

「スポンサードサーチ」と「AdWords」のどちらがYahoo! JAPANに導入できるのか? 壮大なA/Bテストが行われた背景を振り返ります。

インターネット広告創世記〜Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~」シリーズ第22話。前回の記事はこちらです。

杓谷

前回までのお話では、Google AdWords(以下AdWords)が2002年9月にサービス開始を発表し、同年12月にOvertureが「スポンサードサーチ」を本格的に開始したところまでをお話しました。そして、この発表の時点では2社ともにYahoo! JAPANと提携の交渉の真っ最中だったわけですね。

佐藤

この時点で、検索連動型広告のシステムとしての実績は、米国ではOvertureの方が大きかったので、Googleは、その劣勢をひっくり返していく必要がありました。

「スポンサードサーチ」と「AdWords」のA/Bテストがスタート

佐藤: 2001年当時、Yahoo! JAPANは検索エンジンのシステムにGoogleを採用していました。しかし、検索連動型広告については、米Yahoo!がすでにOvertureの「スポンサードサーチ」を導入していたため、Yahoo! JAPANでもOvertureを採用する方向で話が進んでおり、決定寸前という状況でした。

一方、Googleとしては、Yahoo! JAPANに検索エンジンシステムに加えて、検索連動型広告の「AdWords」をなんとしても使ってもらいたい。

そこで、Google本社からオーミッド・コーデスタニが来日し、当時のYahoo! JAPANの代表取締役社長・井上雅博さんと直接交渉の場を持つことになったのです。

2000年の第1四半期決算発表説明会に登壇するYahoo! JAPANの井上雅博社長
出典:Internet Watch「ヤフーとPIMの合併を正式に発表~第1四半期決算説明会で」(2000年7月14日付け)

佐藤: ほぼ決まりかけていた意思決定を覆そうとするわけですから、当然ながらYahoo! JAPAN側からの要求は非常に厳しいものでした。

会談を終え、次の取引先に向かう途中、日本オフィスの関係者全員で「(Yahoo! JAPANへの導入は)もう止めた方がいいんじゃない?」とオーミッドに言ったんです。でも彼は「何言ってるんだ、まだ何も始まってないじゃないか!」と笑顔で答えました。

その言葉に僕も「まあ、確かにそうだよな」と思い直しました。オーミッドのポジティブさに感心したことを、今でも覚えています。というのも、この交渉は少し尻込みしてしまうようなスケールの話だったんです。

壮大なA/Bテストが決定、トラフィックを50%ずつ分割

佐藤: この交渉の結果、井上社長の判断で、Yahoo! JAPANの検索結果ページに表示する広告について「スポンサードサーチ」と「AdWords」の両方を試すA/Bテストを実施することになりました。

Yahoo! JAPANの検索結果に「スポンサーサイト」という場所を作り、検索トラフィックの50%にはOvertureの広告を、残りの50%にAdWordsの広告を表示する形です。どちらの広告がより売上に貢献するかを実際に計測し、その結果をもとに正式に採用するパートナーを決めるという前代未聞の試みでした。

2003年1月のYahoo! JAPANで「クレジットカード」で検索された時に表示された「スポンサーサイト」
出典:Internet Archive

世界的にも珍しい、巨大スケールのA/Bテスト

佐藤: 当時、こうしたA/Bテストを本格的に行う企業はほとんどありませんでした。ましてや、日本のインターネットユーザーの大部分を抱えるYahoo! JAPANを使ったA/Bテストなんて、世界的に見ても初めてだったのではないかと思います。

オーミッドから「Yahoo! JAPANって日本でどんな存在なんだ?」と聞かれたとき、僕は「日本ではインターネットユーザーの8割以上にリーチしています。Yahoo! JAPAN=インターネットみたいなものです」と説明しました。

「スポンサードサーチ」と「AdWords」の主な違い

杓谷:ここで、「Overtureのスポンサードサーチ」と「GoogleのAdWords」の主な違いについて整理しておきたいと思います。同じ検索連動型広告を提供するサービスでも、掲載順位の決定方法、決済方法、営業体制などに特徴的な違いがあります。A/Bテストの過程で、これらの違いがどのような影響を与えていくかを読者の皆様と一緒に見ていきたいと思います。

 Overture スポンサードサーチGoogle AdWords
Yahoo! JAPANの
検索シェア
60%
Yahoo! JAPANの
トラフィック
50%50%
主要提携サイトMSN、goo、Lycos Japan、Infoseek Japan
(検索シェア:約20%)
Google、Excite、BIGLOBE
(検索シェア:約20%)
営業体制約50名2名+サポート数名
お見積り
初期設定
Overtureの営業が担当完全セルフサーブ方式
(広告主または広告代理店が設定)
お支払い方法請求書払いクレジットカード払い
掲載順位の
仕組み
純粋なオークション
(上限入札価格が高い順)
広告ランク
(上限入札価格 ✕ 品質スコア)
※品質スコア≒クリック率
課金方法クリックごとに課金
(Pay Per Click)
クリックごとに課金
(Pay Per Click)
最低入札価格35円30円

インターネット広告の大きな転換点「保証しない広告」の登場

杓谷: インターネット広告の歴史において重要な転換点は、「インプレッションやクリックを保証しない広告」が登場したことです。

これまでの連載でも取り上げたように、1990年代のインターネット広告は「インプレッション」「クリック」「掲載期間」などを保証する広告が一般的でした。「インプレッション保証型」は、表示回数が規定数に達すると課金される形式。「クリック保証型」は、クリック数が一定数に達した時点で課金される形式です。

PPC広告の登場と革新性

そんな中で登場したのが、スポンサードサーチやAdWordsに代表される「PPC(Pay Per Click)」広告です。これらは、クリックされるたびに課金され、月末に合計金額を支払う仕組みでした。

特筆すべきは、このPPC広告が価格変動型であった点です。クリック単価は都度オークションによって決まり、固定価格で販売されていた従来の広告とは異なる仕組みでした。当時としては非常に斬新な考え方だったのではないでしょうか。

「予約型広告」と「運用型広告」

杓谷: 現在の広告用語で整理すると、1990年代のバナー広告のように、あらかじめ広告枠や掲載位置を決めて出稿するスタイルは「予約型広告」と呼ばれます。一方、スポンサードサーチやAdWordsのように、入札価格や広告配信を広告主側で随時コントロールするスタイルは「運用型広告」と呼ばれます。

スポンサードサーチ、AdWordsの登場によって、「運用型広告」がインターネット広告市場に本格的にもたらされたのです。

そして現在、主流となった運用型広告

2025年現在、インターネット広告のうち85%以上が運用型広告となっています。いまやインターネット広告の出稿は、予約型よりも運用型が一般的といえるでしょう。

広告の掲載順位を決める仕組みの違い

杉原

ここで、「スポンサードサーチ」と「AdWords」の掲載順位、課金額の算出方法の違いについて重要なポイントを紹介しておきたいと思います。

Overture「スポンサードサーチ」

杉原:Overtureのスポンサードサーチでは、ひとつの検索語句に対して複数の広告が表示された場合、「上限入札単価」が高い順に広告が掲載される仕組みでした。

実際の課金金額は、自分より一つ下の順位の入札金額によって決定する「セカンドプライスオークション」を採用していたので、広告がクリックされると一つ下の順位の入札金額に+1円を足した金額が広告主に課金される仕組みでした。

【スポンサードサーチの広告掲載順位と課金額を決める仕組み】
広告主上限入札単価掲載順位実際の課金額
A社200円171円
B社70円261円
C社60円341円
D社40円45位の入札額+1円

Google「AdWords」

佐藤:AdWordsはスポンサードサーチとは異なり、「上限入札単価」×「品質スコア」(現「広告の品質」)で算出される「広告ランク」の数値が大きい順に広告を掲載していました。

下表のように、A、B、C、D社の品質スコアが4、3、5、10で、各社の上限入札価格が変わらなかった場合、広告は下記のような順番で掲載されます。

【AdWordsの掲載順位と課金額を決める仕組み】
広告主上限入札単価品質スコア広告ランク掲載順位実際の課金額
A社200円48001101円
D社40円10400231円
C社60円5300343円
B社70円321045位の広告ランク ÷ 品質スコア+1円

AdWords:クリックされる広告は良い情報=クリック率が重要

佐藤:現在の「品質スコア」(現「広告の品質」)はデバイスやランディングページの利便性、曜日、時間帯、位置情報などを加味して算出されますが、当時は、広告の「クリック率」が最も重視されていました。つまり「品質スコア」≒「クリック率」だったと考えて問題ありません。

AdWordsもスポンサードサーチと同様に「セカンドプライスオークション」を採用していましたが、AdWordsでは「広告ランク」を基準に掲載順位が決まり、実際の課金額は「自分のひとつ下の広告の広告ランク ÷ 自分の品質スコア + 1円」とされていました。

重要なのは、AdWordsの場合は、必ずしも入札価格が高い広告が上位に表示されるわけではないという点です。たとえば、D社は入札価格がB社やC社より低いのですが、品質スコアが10と高いため、掲載順位が高く、実際に課金される金額を低く抑えることができています。

AdWords:入札金額が高くても、広告が表示されない可能性がある

佐藤:Googleは、「広告自体もユーザーにとって有益な情報である」と考え、検索連動型広告にクリック率を反映させ、最適な広告を表示する仕組みを取り入れました。逆に言えば、上限入札価格を高く設定したとしても、品質スコアが低ければ掲載順位が低くなり、広告が表示されなくなる可能性もあるという仕組みでもあります。

広告とは、お金を払って掲載を確保することが原理原則ですから、当時の広告業界の商習慣としてはかなり異質な仕組みでした。スポンサードサーチのシンプルなオークションの仕組みの方が広告代理店は管理がしやすく、AdWordsの仕組みは広告代理店からの評判が悪かったですね。

いかに広告代理店を巻き込めるかが勝負の鍵に

佐藤: 当時、スポンサードサーチもAdWordsも新しい広告形態で、広告主が少なかったため、いかに広告代理店が販売に協力してくれるかが成功の鍵でした。

杉原:Overtureでは、日本法人の鈴木茂人社長のもと、最初から広告代理店の巻き込みを重視した体制づくりが行われました。

広告を表示させるキーワードの登録や、入札価格、広告文などの設定はOvertureの社員が担当し、営業担当が広告主や広告代理店から受け取った提案依頼書をもとに、エディトリアルチームが広告の遷移先のランディングページの内容を見て、150~300個のキーワード選定とサンプル広告文を作成。月額予算と合わせて見積書を提示するというスタイルでした。

クリック単価は35円が最低入札価格で、上位5社の入札額が見える「DirecTraffic Center」という管理画面があり、平均クリック率やクリック単価を算出し、見積もりを提示していました。

Overtureの管理画面「DirecTraffic Center」
出典:アタラ株式会社運営Unyoo.jp「運用型広告上陸20周年記念 鼎談 第2部:大きく異なるオーバーチュアとアドワーズ広告、Yahoo! JAPANを巡る攻防」(2022年12月15日付け)

杓谷:2005年のスポンサードサーチ管理画面「DirecTraffic Center」の使い方を解説するパンフレットが残されていました。

杉原: 僕は、Overtureの広告が出て、売上が発生した日のことをよく覚えています。当時、僕はセールスプランニングという役職。売上のデータベースを閲覧でき、「1日の売上が●●円を超えたよ!」と社内に伝えると「わー! 大入り袋だ!」と皆で喜んでいました。もちろん、今の市場規模から考えると、売上額はかなり小さいですが、Overtureの仕組みを改めて「凄い」と感じました。

佐藤: AdWordsは「完全セルフサーブ型」です。キーワード設定、広告文の作成、入札価格の設定まで広告主や代理店が自ら行う必要がありました。この点で、人的サポートの厚いOvertureと比べるとかなり差をつけられており、広告代理店からの評価は芳しくありませんでした。

Googleは、第19話で紹介した「プレミアム・スポンサーシップ広告」の営業に人員を割かれ、Overtureのようなサポート体制は構築できませんでした。そのため、どうにか広告代理店にAdWordsを売ってもらう仕組みを考えなければいけないと思っていました。

二分した広告代理店の反応

佐藤:AdWordsは当初、支払い方法が「クレジットカード」に限られていたため、広告代理店の多くから「請求書払いにしてほしい」と要望されました。アメリカ本社に頼み込み、ようやく請求書払いが可能になってから広告代理店への営業を本格化しました。

しかし、大手総合広告代理店の反応は、芳しくありませんでした

とある大手総合代理店に説明しに行った時は、「広告の運用は、我々がやらなきゃいけないの?」という冷めた反応でした。さらに、自動車メーカーの会社名を検索したとき、検索結果の背景全体にロゴが表示されたようなデザイン案を提案され「こういう表現をやらなきゃだめだよ。あなた達が目指す広告は、日本では受け入れられない」と1~2時間にわたり熱弁されることもありました。

別の大手総合代理店では、30名近い関係者が説明を聞きに来たものの、質問は一切なく「お帰りはこちらです」とこちらでも冷めたリアクション。僕は大手総合広告代理店の立場もよく知っていたので、想定内の反応でしたが、改めて当時の広告業界の思惑とAdWordsの方向性の違いが鮮明になりました。

専業代理店が見せた熱意──「アイレップ」との出会い

佐藤:一方で、インターネット専業広告代理店のアイレップの反応はとても対照的でした。大手総合代理店と同じ説明にもかかわらず、10名ほどの担当者が熱心に耳を傾け「Google.comの日本語版とGoogle.co.jpの違いは?」といった具体的な質問が次々に飛んできました。「AdWordsはインターネット専業広告代理店が中心となって広がっていくだろう」という確信を得たのを覚えています。

Overtureが仕掛けた「マネージメントフィー」制度の導入

杉原: Overtureでは、鈴木茂人社長の発案により「マネージメントフィー」制度を導入しました。これは、広告代理店が広告の運用を代行する対価として、報酬を得られる仕組みです。この制度によって、代理店が積極的にOvertureを販売するモチベーションが高まり、検索連動型広告の普及に大きく貢献しました。

佐藤:「マネージメントフィー」と同様の制度は後にAdWordsでも導入され、今の運用型広告の商習慣の基礎にもなっています。次回、具体的に紹介して行きたいと思います。

 

次回は5/8(木)公開予定(毎週木曜日更新)です。

◇◇◇

※この連載では、記事に登場する出来事を補強する情報の提供を募っています。フォームはこちら。この記事に触発されて「そういえばこんな出来事があったよ」「このテーマにも触れるといいよ」などご意見ご要望ございましたらコメントをいただけますと幸いです。なお、すべてのコメントに返信できるわけではないことと、記事への反映を確約するものではないことをあらかじめご理解いただけますと幸いです。

用語集
AdWords / PPC / アドワーズ / インプレッション / オーバーチュア / クリック率 / スポンサードサーチ / ランディングページ / リーチ / 広告代理店 / 検索エンジン / 検索連動型広告
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