ヤフーが目指すマルチデバイス時代のマーケティングは新しいクリエイティブとデータ活用が鍵――ヤフー高田徹氏インタビュー
もはや広告だけでマーケティングを語ることは難しい。
インターネット広告はもっと面白いことができる。
ユーザー環境に適したクリエイティブが必要になる。
ビデオ広告はスマートデバイスの救世主になる。
データ活用でターゲティングはさらに進化する。
ブランド保護の視点を忘れてはいけない。
これらは、今後の広告とマーケティングの重要トピックとして、ヤフー株式会社でマーケティングソリューション事業のプロダクト責任者を務める高田徹氏が挙げたものだ。
インターネット広告を取り巻くテクノロジーはますます複雑化し、データ活用による効果と効率が追求され、マーケティングが担う役割は拡大している。ヤフーではこの状況を反映し、広告とデータの活用を中心にしたサービス群をマーケティングソリューションとして提供している。
これからの広告市場やマーケティングの役割をどのように考え、これからの戦略で何を目指しているのかをヤフーの高田氏に聞いた。
スマデバの登場で消費行動の把握が困難な時代
マーケティングの役割はますます拡大
―― Yahoo! JAPANでは、広告とデータ活用を中心としたサービスを「マーケティングソリューション」として展開していますが、この戦略にはどのような意図があるのでしょうか?
高田氏 「これからは広告だけではない」と考え、広告を担当していた組織を2013年4月にマーケティングソリューションというカンパニー名に変えました。そして、同年11月に、事業としてマーケティングソリューションの戦略を打ち出しました。この戦略では、広告ソリューションとデータソリューションをメインにサービスの提供をしています。
それまでは、マーケティングという企業活動において、広告が占める割合は非常に高かったのですが、近年その割合が低くなりつつあります。これは広告市場が縮小しているからではなく、マーケティングの役割が拡大しているからです。
この背景には、スマートフォンやタブレットなどのスマートデバイス(スマデバ)が多様化し、インターネットユーザーの環境が分散したために、消費行動を把握しづらくなったことがあります。もはや従来型の広告だけでマーケティングを語ることは難しくなりました。
これからは、新たなクリエイティブやデータ活用によって、適切なターゲット層に適切なタイミングで適切なメッセージを届けることが重要になります。
まだまだ可能性を秘めているインターネット広告のクリエイティブ
多様化したユーザー環境に適した新しい表現が必要に
―― Yahoo! JAPANが目指すマーケティングのキーワードとして「アート」と「テクノロジー」を挙げていますが、それぞれが意味するものは何でしょうか?
インターネット広告は
もっと面白いことができる。
クリエイティブ価値を
もっと高めることができる。
高田氏 キーワードとして挙げている「アート」には、広告クリエイティブを見つめ直したいという意図があります。
インターネット広告は、テレビCMなどに比べるとクリエイティブの価値が軽んじられているのではないかと感じています。予算規模は小さく、制作体制も産業として十分確立されているとはいえません。バナー制作が、エキサイティングな仕事としてとらえられることも少ないでしょう。
ですが、インターネット広告はもっと面白いことができます。クリエイティブ価値をもっと高めることができると伝えたい。その思いが「アート」というキーワードに込められています。
―― その「アート」に関して、Yahoo! JAPANではどのような取り組みをしていますか?
高田氏 啓発活動の1つとして、「Yahoo! JAPANインターネットクリエイティブアワード2014」では、「ヨルパネ!」という企画をやりました。これは「深夜限定でYahoo! JAPANのトップページの広告で自由なことをしていい」という、夜だけのクリエイティブ自由化イベントです。
なぜ日本のバナー広告は面白くないのか、その根源となる理由について考えたことが実施のきっかけです。ブランドパネル、つまりYahoo! JAPANにも責任があるのではないかという結論になり、自己反省として企画したイベントという側面もあります。
――日本のバナー広告の先駆けとして展開されてきたブランドパネルを提供する御社ならではの取り組みということですね。
高田氏 はい、そうですね。もう1つの取り組みは、クリエイティブを評価する“場”を作ることです。
オフラインのマス広告には、たとえば『宣伝会議』のような雑誌など、クリエイティブ自体を評価する場があります。しかし、インターネット広告では評価する場は少ないし、文化としてもこれからという状況です。
Yahoo! JAPANでも、新しいクリエイティブの可能性を追求する広告を出していますが、あまり知られていませんよね。そこで、広告主さまに出稿いただいた広告がまとめて見られる「アドギャラリー」というサイトを作りました。
アドギャラリーはクリエイティブを自慢する場であり、実績を示す場でもあります。広告主の皆さまに新しいクリエイティブの可能性を実感してもらうためにも使えると思います。「広告でこんなこともできるのか!」と、クリエイターの皆さまや広告主さまに知ってもらうことが目的です。
弊社の子会社として2014年9月に発足した制作会社リッチラボ社は「いままでにないスマートデバイス向けのリッチ広告を作る」というミッションを持っています。そこが開発した「プライムウィンドウ」というスマートフォン向け広告でグッドデザイン賞をいただきました。
視聴環境の多様化に合わせて、それぞれに適した表現の広告が必要。
新しいクリエイティブやリッチな表現にはまだまだ可能性がある。
1枚の広告画像を背景に掲載し、コンテンツの間からチラ見せするという、スクロールの特性をうまく活かした「不快な印象は与えないけど、気になる広告」になっています。このような新しいクリエイティブやリッチな表現には、まだまだ可能性があります。
クリエイティブに目を向けるのは、広告が見られる環境が多様化したことに合わせて、それぞれに適した表現の広告が必要だからという理由があります。それによって広告効果が高まれば、市場としても成長します。
たとえば、スマートフォンの画面サイズや操作を前提にしたら、従来のバナー画像とは違ったものが生まれるはずです。
制作現場の課題はワークフローにあり
クリエイター支援によって業界全体を変える
高田氏 これらの取り組みを通してあらためて感じたのは、クリエイターの皆さまは大きな負担を抱えているということです。「インターネットだから、デジタルだから、修正や変更は簡単だよね」という無理を強いられる現場の実態があります。この問題はワークフロー管理に行きつくのですが、やはりテレビCMの制作現場などと比べると無理が多いように思えます。
それを解決するために2014年5月から提供しているのが、「Yahoo!クリエイティブスタジオ」です。クラウド型のクリエイティブ作成管理ができるサービスで、制作管理のコストを削減できます。このサービスではアドビ社の「Adobe Experience Manager」という、企業内のデジタルアセットを管理するツールを、Yahoo! JAPANの広告会社、広告主さまなどに提供しています。
本来はライセンスモデルで販売されている製品ですが、とても高価で予算規模の小さい企業では導入のハードルが高い。それを、サブスクリプションモデルで提供することで、より多くの企業に使ってもらい、最終的にはYahoo! JAPANでの広告制作にも活用してもらうことが狙いです。
Yahoo! JAPANだけでは、業界全体を変えることはできません。まずは、広告制作に携わっているクリエイターの皆さまを支援することから始めようというわけです。
スマートフォンに適した特性で効果はバナー広告以上
スマデバ向け広告の救世主として期待されるビデオ広告
―― 新しいクリエイティブや表現力という点ではビデオ広告にも力を入れていますが、これまでと異なる要素があるのでしょうか?
高田氏 ビデオ広告には、フォーマットさえ決まっていれば、さまざまなデバイスに対して同じ素材(広告)を配信できるという特徴があります。
バナー広告は、看板広告と同じように枠の制約、つまり設置場所によって作り変える必要があります。フォーマットが複数あるため、制作側の手間がかかるし、見え方も環境によって違ってきます。
ビデオ広告の場合は、サイズの違いはありますが、デバイスが異なっても基本的には同じ体験が得られます。また、無料動画配信サービス「GYAO!」での利用傾向を見ていると、PCで見ていた番組の続きをスマートフォンで見るという行動が当たり前になっています。ならば、広告も同じように見ていただけるのではないかという考えです。
スマートデバイス向け広告の市場では、ビデオ広告は救世主になるのではないか。
特にスマートデバイス向け広告の市場では、ビデオ広告は救世主になるのではないかと期待されています。
スマートフォンサイトの制作コストは、画面が小さくてもPCと変わりません。トラフィック量を考えると、むしろ高くつきますが、それにも関わらず広告単価や費用対効果は低い。広告市場としてなかなか立ち上がらないため、メディア企業もスマートフォン対応に力を入れにくいというのが現状です。
それを打開するのがビデオ広告で、実際の費用対効果も悪くありませんし、バナー広告よりも期待できると考えています。従来のバナー広告の効果はサイズに依存するため、スマートフォンの画面サイズでは、相対的に価値が低くなってしまいます。だからといって画面いっぱいに大きく表示すると、ユーザー側では不快に感じるでしょう。ビデオ広告なら、サイズ面の制約はそこまでありません。
ただし、ビデオ広告には尺(視聴時間)の課題があります。自宅でじっくり見るときと、外で移動中に見るときでは、適正な長さは異なります。これは、Vineなどの6秒動画などの活用が鍵になるのではないかと考えています。
CRMとDMPでユーザー層分析を強化
さらに極まる広告のターゲティングと最適化
―― もう1つのキーワードである「テクノロジー」領域における「データソリューション」はどのような位置付けになるのでしょうか?
高田氏 Yahoo! JAPANが持つマルチビッグデータを基盤にして、アドテクノロジーを駆使した広告サービスとともにデータ活用サービスも強化しています。
最近の動きとしては、シナジーマーケティング社の買収によるCRM市場への参入があります。
これから日本の人口は減少していきますから、新規顧客獲得だけではビジネスの拡大に限界が来ます。マーケティング施策の一環として、広告で新規顧客を獲得するだけでなく、既存顧客との関係強化も重要になりますから、そのためのCRM導入というわけです。
そのCRMで蓄積したデータを活用するのがデータマネージメントプラットフォーム(DMP)の「Yahoo! DMP」です。人口が減少する一方で、1人が利用するデバイスの数や種類は増えています。たとえば、デバイスごとに異なるクッキーを3つ持っていたら、広告システムからは3人に見えるので、見かけ上の人口は増えてしまいます。
このような状況で、従来のマス広告的なアプローチをとると、ユーザーに対して同じ広告メッセージを何度も届けてしまうことになります。ユーザーごとに、正しいメッセージを適切なタイミングで適切な回数だけ届けることが理想であり、その最適化を実現するためにDMPを使います。
ダイレクトマーケティング向けの広告サービスには、ユーザーに対する同一広告の表示回数を制御する「フリークエンシーキャップ」という機能があります。必要以上に表示しても逆効果になる可能性が高いので、回数を制限しようというわけです。しかし、現状では1つの広告サービス内でしかフリークエンシー管理がされていません。しかし、インターネットユーザーは複数のデバイスでさまざまな広告サービスからメッセージを受け取りますから、サービスごとの管理では不十分です。デバイス横断でユーザー層を分析するためにDMPが必要になります。
Yahoo! JAPANにすべてを集約するには限界も
データ活用サービスの提供によって他のデータとも連携
―― Yahoo! JAPANだけでは、すべてのインターネットユーザーの情報を網羅できないですよね?
高田氏 はい、そうですね。CRMとDMPサービスを提供しますが、実際のところはYahoo! JAPANだけで実現することはできません。多くの広告主さまがYahoo! JAPANのCRMサービスを使っていたとしても、他のCRMツールを使う広告主さまがいれば100%のクロス分析とはいきません。
そこで、今度は企業内にある別のCRMデータを利用できるように処理してYahoo! DMPでクロス分析できるようにしてもらいます。それをサポートするのが、米トレジャーデータ社との協業で提供する「Yahoo!ビッグデータインサイト」というサービスです。
Hadoopはこの分野では定番技術といえますが、しっかりと使いこなせる企業や人材はまだ少ない。Yahoo!ビッグデータインサイトでは、企業ごとにチューニングして提供することで、社内に眠っているデータをマーケティングに利用できます。
われわれとしては、このようにデータが整備されることで、最終的にはYahoo! JAPANのブランドパネルやYahoo!プレミアムDSPも活用してもらえるのではないかと期待しています。
効率&効果の追求とともに忘れてはいけないブランド保護の視点
チェックの自動化で外部メディアでの安心・安全も実現
―― 「アート」と「テクノロジー」に加えて、「安心・安全」という点も強調されていますが、これはどういう意味でしょうか?
高田氏 インターネットで安心かつ安全にマーケティングができるようにしたい。
わざわざそんなことをと思うかもしれませんが、技術主導で進めているとつい忘れてしまうのが安心・安全の視点です。
業界ではDSPが注目されていますが、枠ではなくオーディエンスに価値があるのだから「掲載場所は問わないからオーディエンスにだけフォーカスすればいい」と極端な方向に進みがちです。効果や効率優先で考えるとそうかもしれませんが、同時にブランドの価値というものも存在します。マッチしているからといって、ブランドとして好ましくない低俗なサイトなどに自社の広告が掲載されてもいいのかということです。
Yahoo!プレミアムDSPの名前の「プレミアム」には、ブランディングにも利用できるサービスであるとの意味が込められています。Yahoo! JAPANのメディアに関しては、ブランド価値を毀損するようなものは存在しない、もしくは存在していたとしてもそこには掲載しないという判断が可能です。
難しいのは外部のメディアと連携したときですが、人手をかけてチェックするとともに、自動的にチェックする仕組みも準備中です。これは、Integral Ad Science社の技術を利用したもので、人間による判断と同レベルの精度で判別できます。
今後、Yahoo! JAPAN以外のメディアとも連携してYahoo!プレミアムDSPを展開しますが、安心・安全の視点を忘れずに取り組んでいきます。
インターネットをビジネス活用している日本企業はまだ10%程度
500万社といわれているすべてに利用されるサービスを目指す
―― データ活用ソリューションやYahoo!プレミアムDSPなどは、予算規模の大きな広告主がターゲットかと思いますが、予算規模の小さい広告主向けにはどのような展開を考えていますか?
高田氏 Yahoo! JAPANが目指すのは、すべての広告主さまにインターネット広告を活用してもらうことです。Yahoo!プロモーション広告のような、予算規模が小さくても利用できるサービスも引き続き強化していきます。
たとえば「Twitterプロモ商品」は、スポンサードサーチやYahoo!ディスプレイアドネットワーク(YDN)にはない可能性を、広告主さまに提供する試みです。
Yahoo! JAPANの広告管理ツールから、Twitterプロモ商品も購入できます。本来Yahoo!プロモーション広告にかける予定だった予算が、Twitter広告に充てられるかもしれないという意味では、われわれとしてはマイナスです。しかし、広告主視点で考えると、同じ管理ツールで管理できたほうが便利です。
広告主さまにとって必要なものや便利なものを、簡単に使えるように提供する。インターネット広告を活用してもらい、効果が出て予算が増えれば、最終的にはYahoo! JAPANの広告にも還元されるだろうという視点で考えています。
また、予算規模の小さい広告主さまの中には管理のための時間がなかなかとれないといった状況もあるでしょう。広告の運用負担が課題になりますが、YDNのコンバージョン最適化機能のように、広告の運用負担を軽減したり、技術リテラシーのハードルを下げたりする取り組みを引き続きしていきます。
500万社といわれる日本の企業のうち、インターネットをビジネスに活用しているのは10%に満たないといわれています。Yahoo! JAPANのECサイトと広告アカウントを足しても20万社程度です。残りの約480万社にも利用してもらえるように、広告でもデータ活用でもサービス改善を続けていきます。
参考情報:
※この記事の内容は、2014年10月現在の情報に基づいています。
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