2時間で作るカスタマージャーニーマップ――実例とともに考える新しい「おもてなし」のカタチ
インタビューやアンケートなどのユーザー調査で収集した「顧客体験」の情報は、分析を行うことで初めて新しい施策につなげることができます。その方法の1つとして、顧客の行動文脈を旅のプロセスに見立てて可視化する「カスタマージャーニーマップ」はとても有用です。今回は、カスタマージャーニーマップを作成してそこから気付きを読み取る工程を実例で紹介します。
カスタマージャーニーマップを使う3つのメリット
顧客体験の分析にカスタマージャーニーマップを使うメリットとして、次の3つが挙げられます。
- 視野が広がる
Web担当者が考える施策は、PCやモバイルなどの媒体に視線が向きがちです。しかし、顧客の行動文脈から施策を考えるようにすると、もっと広い視野で施策を検討できるようになります。PCやモバイルだけにとどまらないリアルとの連携や、普段はあまり思いつかないような施策の立案が可能になります。
- 複雑なデータが直感的に把握できる
顧客の体験は、「目的」「行動」「タッチポイント」「思考・感情」など、さまざまな要素の集合として構成されています。これらのすべてを把握することは非常に困難ですが、カスタマージャーニーマップを活用することで全体を見渡せるシンプルな形に整理できます。
- 施策立案が考えやすくなる
カスタマージャーニーマップは、顧客の体験の中でも特に「行動と媒体」にフォーカスを当てます。行動を数種類のパターンに分け、その行動に媒体がどのように関係しているかをシンプルに可視化します。これによって既存の「行動+媒体」を新しい技術で置き換えた場合にどうなるか、などの検討が容易になります。
ここからは、カスタマージャーニーマップの作成工程を実例で解説します。
2時間でつくる! カスタマージャーニーマップ制作ワークショップ
現在ロフトワークは、株式会社パソナ パソナキャリアカンパニー(以下、パソナキャリア)の新卒採用のためのWebサイトリニューアルに関わっています。このWebサイトで達成したい最大の目的は「新規事業を創出できる人材を獲得すること」です。
まず、ターゲットに合致する学生にインタビューを実施して情報を集め、それをもとにリニューアルの方向性を定めることにしました。しかしスケジュールの関係上、データの収集と分析に十分な時間を取ることができません。そこで、5名の学生と一緒に2時間のワークショップでカスタマージャーニーマップを作ることにしました。
ワークショップ形式にすることで、顧客の体験の収集と分析を最小限の時間で、かつ濃密に行うことができます。
ワークショップでは、「就活が始まってから入社が決まるまで」に彼らが行ったことや、その時に感じたこと、考えたこと、課題などを模造紙に付箋を貼りながら書き出しました。カスタマージャーニーマップを作る際のポイントは、その「範囲」をどう設定するかです。
たとえば、「面接の応募者数を増やすこと」が一番改善したい課題である場合は、ジャーニーの範囲を「就活の開始から求人媒体へのエントリーまで」に絞ることで、密度が高くなって新しい気付きを得やすくなります。
今回のケースでは、ゴールが「新規事業を創出できる人材を獲得すること」だったので、ジャーニーの範囲を「就活が始まってから入社が決まるまで」の比較的広い範囲に設定しました。
このワークショップでは、次のようなカスタマージャーニーマップを作成しました。
作成のステップは、大きく分けると次の5つです。
- STEP01:顧客行動の収集
- STEP02:考えていること、感じていることの収集
- STEP03:課題のディスカッション
- STEP04:顧客行動と媒体の清書
- STEP05:課題の抽出
各ステップとカスタマージャーニーマップの関係を次の図に示します。
STEP01 顧客行動の収集
まずは、顧客の行動から収集します。顧客は、自分たちの行動を体系化して把握してはいません。彼らが就職活動モードに入るところから、順を追って少しずつ思い出してもらいながら、彼らの行動を付箋に書いて模造紙に貼ります。
十分な数の付箋が貼られ、新しい付箋が出てこなくなったら、付箋を顧客の目的に応じてグルーピングしていきます。グルーピングすることで、就活における行動パターンが見えてきます。たとえばそれは自己分析だったり、Webテストだったり、企業の研究だったりとさまざまです。
今回のケースでは、応募する企業を知るまでの「選考準備」、就活媒体にエントリーするまでの「絞り込み」、面接から入社が決まるまでの「選択」という3つのフェーズに分かれました。
STEP02 考えていることや感じていることの収集
顧客の行動の整理と体系化がある程度できたら、「選考準備」や「絞り込み」などのフェーズごとに、考えていることや感じていることについて付箋を貼っていきます。行動だけでなく、顧客の感情と思考について知り、顧客の体験に共感を深めることで、サービス提供側として新しく行うべき施策の輪郭が少しずつ現れてきます。
STEP03 課題のディスカッション
考えていることや感じていることを収集する時点で、彼らが感じている課題はたくさん出ていました。しかし、STEP02の時点では優先順やレベル感がバラバラです。
STEP03では、優先順やレベル感についてあらためて話し合ってもらうことで、全体を整理できます。ここまでが2時間のワークショップで実施したことです。
大枠の発見はこの時点ですでに終わっていますが、さらにそこから再整理&分析して施策のアイデアに結び付けました。
STEP04 顧客行動と媒体の清書
冒頭で述べたとおり、カスタマージャーニーマップは「行動と媒体」をわかりやすく視覚化する点に特徴があります。
サンフランシスコに拠点を持つUX専門コンサルティング会社のAdaptive Pathでは、顧客の行動を次の3つのパターンで記述しています。
図の左から、以下のような顧客行動を表しています。
- 時間軸がない行動群(Ongoing, non-linear)
ある目的のために行う時系列に沿わない一定のプロセス
- 何かが終わって何かが始まる行動(Linear process)
ある行動が終わって次の行動が始まるプロセス
- 時間軸がある行動群(Non-linear, but time based)
ある目的のために行う時系列に沿った一定のプロセス
これら3つの行動パターンを「媒体を軸」にしてシンプルに整理することで、「感情や思考、課題」と「行動+媒体」の関係性が容易に見渡せるようになります。
STEP05 課題の抽出
最後に、フェーズごとに「行動+媒体+感情・思考+課題」の全体を俯瞰して、さまざまな課題の中で、サービスとして提供すべき価値のポイントがどこに存在しているか検討します。コアな課題のポイントが見つかったら、次の図のように曲線で表します。
結果、就活生は「選考準備」「絞込」「選択」のすべてのフェーズにわたって、「入社したい企業について十分な情報を得ることができない」という課題を感じ続けていることが明らかになりました。
彼らは起業家精神を持った視座の高い優秀な学生なので、社会問題の解決や自分が実現したいことに価値を見出しています。そのため、就活の企業選定にあたって「自分のやりたいことを実現できる企業かどうか」を重視します。
その判断を行うにあたって、Webサイトなどの媒体で得られる情報だけでは不十分で、企業の社員と直に接して得られる深い情報を欲しています。しかし、彼らは忙しく、直に企業関係者と接することができるイベントやインターンをいくつも掛け持ちすることは難しいという状況です。
そこで、就活生に提供する新しいサービスは、この課題を改善するものに決定しました。
新しい施策と変わったモノ
パソナキャリアでは、すでにWebサイト、Facebook、イベント、インターンなどの媒体を活用しています。その中でも、就活生のためのイベントを非常に多く開催しています。
イベントは、社員と顧客が直接会って交流を深められるため、顧客の課題解決に最もマッチした媒体です。そこで、イベントという媒体を採用活動の軸にすることにしました。それに合わせて、WebサイトやFacebookはイベントを認知してもらうためのツールとして最適化することにしました。
既存のWebサイトはFlashと静的HTMLで作られており、更新性を持っていません。そのため、Webサイトリニューアルの要件は「パソナキャリアの採用チームが自分でイベント情報や学生が企業を深く知るための情報を気軽に発信できるサイト」に決定しました。
さらに、カスタマージャーニーマップで明らかになった顧客の行動モデルをもとに、それらのツールを使って各フェーズで「誰が」「どんな情報を」「どのタイミングで発信するか」など、顧客との詳細なコミュニケーション計画としてまとめるができました。
変わったのはWebだけではありません。
カスタマージャーニーマップを作成することで、採用活動全体における顧客との「コミュニケーション戦略」「イベントの企画内容や開催頻度」「採用チーム自らがコンテンツを企画して作ること」、そのための「採用活動を何でもコンテンツ化しようとする意識」「それらを実現するための体制」など、「ヒト」「モノ」「コト」をまたいでさまざまな変化がありました。
「顧客と話し続ける」という姿勢が何よりも大切
USERcycleの創業者であるアッシュ・マウリャ氏は、その著書『Running Lean――実践リーンスタートアップ』(オライリー・ジャパン刊)で次のように述べています。
「顧客と会話する」は
「人が欲しがるものを作る」と同じぐらい大切なことです(p.77より)
顧客の情報を収集し、それらをカスタマージャーニーマップのような手法で分析し、事実をもとに顧客像の形成をしたら、その仮説が正しいかどうかの検証が始まります。
顧客と「継続して対話し続ける、顧客のことを考え続ける」という姿勢がカスタマージャーニーマップに加わることで、カスタマーエクスペリエンス向上のための継続的な足場となります。
特集「顧客の行動パターンを理解するためのカスタマージャーニーマップ入門」の次回では、カスタマージャーニーマップ以外にカスターマーエクスペリエンスを表現する方法について紹介します。
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