コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の459
議論されない問題点
文科省が小学校のプログラミング教育必修化を掲げました。2020年には小学校で必修となり、中学高校へと拡大していく予定です。有識者会議のとりまとめが公表されるごとに、マスコミは好意的にこれを報じます。ところが、一連の議論で「プログラム」や「プログラミング」の本質における問題点が指摘されていません。
ロジカル思考を身につけるために、Web担当者がプログラミングについて学ぶことをおすすめする立場です。そして、小学生からプログラミングに親しむことには賛成です。プログラミングの指導で儲ける人がいても、それは日本経済にとって良いこと。問題とするのは「必修化」。Webに接続する領域として「プログラミング必修化」をめぐる議論の問題点を指摘しておきます。
プログラミングの才能
まず、すっぽり抜け落ちているのが「プログラミングは才能」だという身も蓋もない事実。小学生から野球を始めても、イチローのように活躍する人もいれば、一度もレギュラーになれずに終わる野球人生もあるように、プログラミングにもそれに適した才能が必要です。
プログラミングの才能とは、「読解力」「文章力」「構成力」といった国語の力とほぼ同じ。なぜなら、プログラミングは、ロジック=論理の構築だからです。プログラムの「目的」「仕様(条件)」を正しく理解し、最適解をプログラミング言語に置き換える作業がプログラミング、つまりは「作文」です。
ただし、模範解答はあっても、揺るぎない正解の存在しない「読書感想文」などと違い、プログラミングは正しい文法はもちろん「:(コロン)」と「;(セミコロン)」を間違えても動作しません。つまり、プログラミングの必修化とは、誤字脱字のない正しい文法に従った「作文」の作成を、すべての児童生徒に強いるようなものです。
創造力はオプションじゃない
必修化を礼賛する側に目立つ誤解に「創造力」があります。読売新聞は2016年5月17日の社説の見出しを、
プログラミング 必修化を創造力育てる一助に
と掲げます。
プログラミングを買いかぶりすぎです。プログラミングを学んだから創造力が生まれるのではありません。プログラミングを経験することで、新しい視点を得ることもありますが、それはすでに得ている知識や経験が変化したものに過ぎません。
創造する技術がプログラミングであって、油絵を書くために絵筆の使い方や減法混色を学ぶのと同じ。なによりプログラミングは、プログラマが持つ知識と経験の枠を越えることができません。
うるう年の概念
カレンダーのプログラムを作るためには、「うるう年」の正しい知識が必要です。こうして書くと当たり前のことですが、2008年1月末、NTTの公衆電話が次々とダウンした理由は、電話機に搭載されたソフトウェアの不具合で、4年に一度訪れる「うるう年」を正しく処理できなかったためだと報告されています。
ヤフー知恵袋でも、同様のカレンダーを作成する「プログラム実習」の答えを見つける呼びかけ(カンニングです)が、2013年の日付でありましたが、そのベストアンサーにも「うるう年」の処理はありませんでした。
これらは、プログラミングがプログラマの脳のスペックに限定されることを証明するエピソード。「創造力」でこの穴を埋めるというのなら、教育ではなくファンタジーです。
通販番組化する報道
すでに熱を帯びていると「プログラミング教室」が、新聞やテレビで繰り返し紹介され、目を輝かせて取り組む子供の姿が映しだされますが、それはバレエ教室でも、サッカー教室でも同じ。興味をもった対象に目を輝かせる好奇心と探究心は、「子供らしさ」そのものです。
そもそも「プログラミング教室」が、その有効性をとうとうと語る姿は、「ワンダーコア」のシェイプアップ効果を喧伝する通販番組と同じ。必修化をめぐっては、報道の「ショップチャンネル化」を多数確認します。
趣味や習いごとの1つとしての「プログラミング」なら私も推奨派。私自身、小学校5年生でBASICに触れ独習しました。しかし、同じタイミングで始めた級友の大半は脱落しました。それは才能に大きく左右される技術だからで、貴重な授業時間を削り、公費を投じることに首をひねるのです。
まず解決すべきこと
プログラミング必修化に厳しい意見を投げかける、唯一にも近い有識者が、国立情報学研究所の新井紀子博士です。人工知能による東大合格を目指す「東ロボくん」プロジェクトを指揮する新井博士は、その研究過程で、昨今の中高生の読解力の低下に気づきます。読解力があれば解ける四択問題の正答率が、入試を経験した公立高校生でも3割だったのです。新井博士は、2016年5月25日の読売新聞の取材にこう答えています。
英語教育の充実やプログラミング教育の導入を言うならば、まず日本語を何とかするべきです。(中略)プログラムに求められる機能を記した仕様書が読めなければしょうがないですよね
これ以上ない正論です。
いまの状況は
プログラムやプログラミングにまつわる、最も問題視すべき誤解が「最先端」という幻想です。すでにプログラムはコモディティ化しており、オープンソースをかき集めてくれば、パラメータを変えるだけでそれなりのシステムを利用できる時代になりました。
すでにコンピュータ・プログラミングは、最先端を意味しないのです。ましてや加速度的に進化、普及すると見られるAIによって、「情報処理」の分野は人間を不要とするという見立ては、分野を問わない統一見解と言っていいでしょう。そうなれば、必修で身につけた程度の平凡なプログラマに出番はありません。
さらに、最も重要な「才能」については一切議論されていません。プログラミングは孤独だということ。ロジックは1人で考え、だれもデバッグを助けてはくれません。己とむきあう哲学者のようであり、引きこもりと紙一重です。プログラマ時代、出社から退社まで、だれとも口を開くチャンスがないとこぼす同僚もいました。この「孤独に耐える才能」を、万人に求めるプログラムの必修化は残酷すぎます。
今回のポイント
プログラムは知識と経験の枠を越えない
一律の必修化に馴染まない
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