コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の460
脳科学は現場経験を越えるか
著名人と専門家がタッグを組み、諸問題を解決するという日本テレビ「上田晋也の超頭脳トレード」という番組で、脳科学者の中野信子氏が知見を活かし、スーパーマーケットの「チラシ」を改善するという企画がありました。改善前のチラシを見て、はじめに指摘したのは掲載点数の多さです。
多すぎる選択肢はお客を混乱させます。これはWebにも通じます。また「誌面」に限界のあるチラシの場合、掲載点数を増やしすぎると単純に「見づらい」という問題が生まれます。だから指摘そのものには賛成するのですが、その論拠には無理がありました。
販促現場からみれば間違った解釈が多く、鵜呑みにする小売店があれば危険です。Webにも通じる、チラシ作りの問題点を指摘します。
結論は見づらい
中野氏の指摘は次のような内容です。
チラシの1日分の掲載スペースに23点掲載されている。1つの商品を選択する代償に、脳が残りの22点を「選ばない」という選択を迫られることを嫌い、最終的に「何も選ばない」という決定を下す
このように話し、脳科学の観点から「決定回避の法則」と断じ、掲載点数を5点減らすように指示します。
決定回避の法則とは、多数の選択肢のなかから、スマホの機種変更や自動車の買い換えといった「1つの商品を選ぶ」状況下でかかるストレスです。
多くの組み合わせや選択肢を提供するコンテンツ、たとえば、Webなら「クロスの張り替え」や「キッチンリフォーム」が当てはまります。親切心で用意したバリエーションが「離脱率」を高めることがあるのです。
こうしたアプローチとして見れば、中野氏の指摘は正しいのですが、本件は複数購入が基本の食品スーパーのチラシ。特売品を組み合わせて夕ご飯の献立を考える主婦は多いのです。いらない食品は眼中になく、選ばないことにストレスなど感じません。
端数の効果
続けて中野氏は脳科学的に「奇数を安く感じる」と主張。200円より199円が良いとアドバイスしますが、それは「桁落ち」による割安感に過ぎません。また、海外でウケの良い端数の99が、日本でウケが悪いのは小売りの現場では常識です。日本人が好むのは98円、1,980円といった「8価格」です。
末尾に8が好まれる理由には諸説あります。「桁落ち」はもちろんながら、末広がりの漢数字「八」を意味すること、○が縦に2つならんだデザインの収まりの良さといったものもあります。また、消費者心理の観点から「端数価格」の方が割安感を感じやすいという考えもあります。
なお、個人的には「8価格」説として、1円値引きでは「値引き」のアピールが露骨すぎるので、さらに1円引いて「勉強しています(頑張っています)」と演出し、3円引いた7円はやり過ぎなので却下という、日本人的なバランス感覚説を支持します。
チラシは繰り返し使うモノ
店長オススメの豆腐を売るためにと、中野氏は「アンダードッグ効果」を提案します。負け犬を意味し、「仕入れの失敗を告白する」「売れないと妻に叱られる」といった、同情を求める方法です。
成功例として、大学の生協が学生らに協力を呼びかけ、誤発注で山積みになった「プリン」を完売した事例を紹介していましたが、これは「SNS」による拡散の勝利です。ネットニュースで見た方も多いでしょう。また、連帯意識を持ちやすい大学という特殊環境も踏まえなければなりません。
誤発注の後始末という、1回限りの伸るか反るかの丁半博打ならともかく、恒常的に配布する「チラシ」で、くりかえし「言い訳」が掲載されていれば、すぐに「手口」だと気づかれます。ネット通販における「ワケありブーム」が沈静化した理由です。
同業も目を光らせる大特価
価格を「大特価」と表記することも駄目だと中野氏は断定します。しかし、私は行きつけのスーパーのチラシに、「大特価」と見つけたとき、何を置いても駆けつけます。掲載すると、他店からメーカー(卸し)にクレームが入ってしまう「原価割れ価格」の可能性が高いからです。常連向けの「符丁」としての「大特価」もあることを、経験的にご存じないのでしょう。
脳科学によって生まれかわったチラシの効果は、前週比8%増。経験則でいえば、天候や掲載商品の魅力と価格による誤差の範囲です。また、当日はタレントの「若槻千夏」も来店取材しており、これが客寄せになった可能性も否定しきれません。そして、収録の翌週と見られるチラシは、それ以前のフォーマットに戻っていたことは、脳科学ではなく現場の判断なのでしょう。
科学の立場から問題解決を図ることは間違いではありません。しかし、それは「決定回避の法則」で指摘したように、「科学」が適切に使われている場合に限ります。「科学」を「マーケティング」や「○○の法則」に置き換えても同じことで、「畑違いの専門家」の指摘の鵜呑みは危険です。
一方の「経験則」は、現場で繰り返される再現性の高い方法。こちらも「絶対」ではありませんが、確率論から無視できない現実があれば、謙虚に接するのが「科学的態度」です。
今回のポイント
決定回避の法則は多数から1つを選ぶとき
8価格は経験則ながら強い
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