ブランドリユースの業界で長年トップに君臨するコメ兵。そのコメ兵で高速のキャリアアップを実現してきたのがマーケティング統括部長の藤原義昭さんです。藤原さんは現在、出店からECまで全社マーケティングを行う重責を担っています。
CMOを目指すマーケターなら、誰もがいち早くキャリアアップを実現したいでしょう。では、藤原さんはどのような勉強と実績を積み重ねて、今の地位を勝ち取ったのでしょうか?さらに、藤原さんが考える、これからの時代に活躍するマーケターの条件とは何でしょうか?
今回はコメ兵マーケティング統括部長の藤原義昭さんに話を聞きました。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、人物撮影:川島 英嗣)
きっかけは「人と違うことをしたい」という思い
――藤原さんには以前から一度、お話を伺いたいと思っていました。かなりのスピードでキャリアアップしてきた出世頭の典型のような方だと思いますが、どのような経歴で、どんな勉強をしてきたんですか?
1999年に新卒でコメ兵に入りまして、貴金属、ジュエリーなど7つあった事業部のうちジュエリーに配属されました。2000年に上長から「ECを始めるから、誰かパソコンに詳しい人はいないか?」と聞かれまして、「パソコンのこと知ってます!僕がやります!」と手を挙げたんです。当時はECという言葉ではなくて、ネット通販とか通販という言い方だったと思います。でも、実は私、そのときにまだパソコンを持っていなくて、帰りの足で買いに行ったんです。24回ローンで(笑)
――「失敗したらどうしよう」という不安はなかったんですか?
できなくても怒られるくらいで、死ぬわけじゃないですから(笑)。当時はパソコンを持っている人も周囲に少なかったですし、会社も「ちょっとやってみるか」という感じだったので、それほど不安はありませんでした。
それにマーケターって基本的に天邪鬼だと思うのですが、私ももともと天邪鬼で、「出世する・しない」ではなく、人と違うことをやりたかったんです。そうしたらご存じのようにネット通販の時代が来て、コメ兵のECの取り組みも本格化しました。
――ECの時代が来たわけですね。
大きく変わったのは2010年で、事業部ごとに7つのサイトがあったのを私が1つにまとめたんです。それが今のコメ兵のオンラインストアという総合サイトの原型で、そこから売り上げが伸びていきました。
――マーケティングに関してはいかがですか?
当初はマーケティング部という部署はなく、営業企画部がマーケティングを担当していました。私がECのトップだったときに、「マーケティングにもネットの要素が入ってきたけど、デジタルを絡めたマーケティングって、どうすればいいの?」という話になり、「それならEC部隊がデジタルの部分をやります」と手を挙げて、マーケティングに関与するようになりました。
その後、EC部門と情報システム部門を合体させてIT事業部を作り、2016年に執行役員になったときに営業企画部を私の管轄にして、「マーケティング統括部」としました。
現在はデジタルからリアルまでマーケティング戦略の全てを統括しています。PRも広告も全部見ているので、戦略の立案から実行まで一貫したストーリー作りができます。例えば、テレビでコメ兵が取り上げられたときは、広告をどのように当てて、デジタルでセールを行い、売り上げに結び付けるかを考えています。
細かい数字を押さえつつ全体像を把握する
――コメ兵の中で幅広い領域をご担当されているんですね。それだけの組織を統括している藤原さんにとって、マーケティングとは何ですか?
「マーケティング=経営」が私の解釈です。コストをかけてお客様を集めて、購入していただくこと自体は、それほど難しいことではないと考えています。もちろん、「コストをかけてテレビCMを打ったら認知が取れました」だけでは駄目で、かけたコストに対するリターンをきちんと見ていく必要があります。
加えて、マーケターがいくら良いプランニングをしても、現場の営業部隊が動いてくれないと物は売れませんから、経営という全社視点による効率的な組織作りについても考慮しなければなりません。
そう考えると、プランニングからお客様へのサービスの提供・販売、リピーターの育成、さらにコメ兵の場合はお客様に売っていただく「買取」までを含めて、トータルで経営を見ていくのがマーケティングと言えるでしょう。それなのに「PL(Profit and Loss statement、損益計算書)が読めません、BS(Balance Sheet、貸借対照表)がわかりません」というのは論外で、細かい数字まできちんと見ることができるのがマーケターの条件だと思います。
――猛スピードでキャリアアップしていく中で、勉強はどのようなことをしてこられたのですか?
全てが勉強ですが、転換点になったのは2010年に大前研一さんのビジネススクールに入って、MBAを取得したことです。なぜMBAを取ったかというと、マーケティングや会計、経営の勉強をする際に、1つ1つが点になってしまって、うまくストーリーとしてつながらないという課題を感じていたからです。ビジネススクールでMBAを取って、学んだこと1つ1つをトータルの視点で見られるようになったのは、とても良かったと思います。
達成したら褒められる仕組み作りの重要性
――いろいろな部署を統括していく過程でご苦労されたこともあると思いますが、その点はいかがですか?
コメ兵はすごく文化の良い会社なんです。商売をすることに熱心な人が多く、派閥争いのようなことがない。とはいえ、自分が社内でどう評価されているか、みんなの目にどう映っているかという点に配慮して、モチベーションを上げることは重要です。物を売るためには、マーケティング施策一辺倒では不十分で、物を作る人も必要なら、お客様に接触して販売する人もいります。だから、みんながモチベーション高く協力し合える体制を築くことには力を入れました。
――どのように力を入れたんですか?
仕組み化です。人はやはり褒められたり、何かをもらえたりすると喜びます。例えば、オムニチャネルを構築するときに気をつけたのは、ECの部隊だけが一生懸命やって褒められても意味がないので、店舗の人と一緒に頑張ることによって評価される仕組みを作りました。
今や購買行動は、店舗を訪れたお客様に店員が「いらっしゃいませ」と声をかけてから始まるのではなく、スマホなどで欲しい商品の目当てを付けてから店舗を訪れるお客様が多くなっています。つまりデジタルとリアルを行ったり来たりしているわけです。それで物が売れても、デジタルとリアル、どちらか一方の成果ではありません。
初めのうちこそ「この商品は店舗で売れた」「ECで売れた」という対抗意識のようなものが少しありましたが、お客様から「ECサイトで見たあの商品はありますか?」という声が増えるにつれて、店員も「ECと一緒に頑張ったほうが売りやすいし、お客様も購入しやすい」という認識に変わっていきました。
ですから、年間の予算を100とした場合、店舗だけで達成できるのはおそらく60~70くらいなので、ECを介して店舗に来る残りの30の販売については、店舗とECの両方に予算を持たせています。そうすることによって、30の予算は店舗とECが協力して頑張らないと達成できなくなっています。こういうふうにみんなが頑張るということを予算やPLに組み込んで仕組み化することが重要なんです。例えば、ECでお客様にお申し込みを頂いて、店舗で実物を見て購入するという場合は、ECだけでなく、実際にレジを打っている店舗の予算達成にも組み込みます。
一緒に頑張った結果、どちらの予算も達成できて、自分たちの評価につながるという仕組みを作らないと、「店舗の売り上げに計上したいので店舗のほうに在庫が欲しい」「いやECのほうに欲しい」と対立構造ができてしまいます。オムニチャネルを分断している要因の1つはこの構造だと思います。
――細かく配慮しているんですね。その辺はどのように学ばれたんですか?それも大前さんのビジネススクールで?
いや、これはもう試行錯誤ですね。みんながいかにモチベーション高く取り組めるかを考えると、やはり褒められたり、評価されたりすることが重要です。その褒められる仕組みをどのように作ればいいかをずっと考えて、何度も試行錯誤をしながらKPIに落とし込んでいきました。
画像出典:コメ兵
ブランド価値の大きさが差別化要素になる
――先ほどオムニチャネルの話がありましたが、藤原さんというとオムニチャネルというイメージがあります。どのようなきっかけでオムニチャネルを始めようと考えたのですか?
そもそも「オムニチャネルをやろう」と思って始めたわけではなくて、ECで商品をチェックしてから店頭に出掛け、実物を見てから購入するという「デジタルtoリアル」なお客様の購買行動に真摯に対応していたら、自然とオムニチャネルになっていただけなんです。
――なるほど。「お客様の購買行動」への対応に関しては、「新しい顧客体験を作ることが大切だ」という話もあります。その点はどうでしょうか?
気持ちのいいワードだとは思いますが、「顧客体験が大事だ」という考え方には、あまり興味がありません。お客様が望むことを追求していったら、良い顧客体験になるはずです。大事なのは、「他店では実現できなかったことでも、コメ兵ならできる」とお客様に思っていただけるようにすることであり、それがすなわち顧客体験だと考えています。
――しかし昔と違って、70万円もする商品を、実物を一度も確かめないままネットでクリックしただけで購入するというケースがあるわけですよね?そうすると、おのずと顧客体験は変わってくると思うのですが。
それは顧客体験というよりも、ブランド価値だと思います。我々もそれなりに認知のある会社で、ブランドリユースの業界ではトップですから、信頼がブランドにつながっていると考えています。そうでないと50万円、100万円という商品をお客様に購入していただけません。ですから我々が顧客体験を作っているということではなくて、ブランドをずっと磨き続けていることが良い顧客体験につながっているのだと思います。
ブランドを磨き続ける行為というのは、マーケターだけでは不十分で、店舗なら店員の行動、所作、言葉遣い、ECならバナーのデザイン1つに至るまで、すべてが関係しています。それは文化だと思います。
――ブランドや信頼感が差別化要素になっているんですね。
もちろんです。偽物をなくすということも、業界のミッションです。コメ兵の場合、店頭買取から店頭販売までに鑑定士による5回の真贋チェックをしており、偽物を世の中に出さないように取り組んでいます。それもブランドにつながっているはずです。
AIには出せない、人と人とのふれあいと温もり
――真贋鑑定に関連して、コメ兵がAI鑑定を本格導入するというニュースを拝見しました。AIは各方面で話題ですが、AIの導入で小売のマーケティングはどのように変わるとお考えですか?また、AI時代に生き残るマーケターとは、どんな人でしょうか?
まず、銀座や新宿、渋谷など都会で店舗を展開している場合、店舗のサイズが小さくなっていくと思います。都会では2020年に向けて土地や家賃の価格が上昇しています。加えて、人件費も上がっています。我々も扱っている商品がラグジュアリーなので、店舗はある程度都会に寄せていますが、都会に店舗を構えて小売業を営むコストはどんどん上がっていくでしょう。
では、そのコストをどのように吸収するのかというと、値段を上げたら売れなくなるし、買取価格を安くしたら、お客様に来ていただけなくなってしまいます。プライスを動かせないとなると、やはり店舗のサイズ、つまり床面積を小さくするという方向にならざるを得ません。
そうなったときこそデジタルの出番です。スマホで商品を確認してから来店するという現在の形から、さらに次世代移動通信の5Gが2020年から本格稼働すれば、VRやライブコマースといったデジタルだけで完結するケースも増えてくるはずです。そんな時代を迎えて、お客様が「デジタルで十分」と言ってくださるものについては、デジタルに寄せていこうと思っています。
――さらにマーケティングのデジタル化が進むというわけですか?
そういう側面もありますが、私が重視しているのはむしろ、お客様が店舗でしかできない体験のほうです。そちらを深く、大きくしていきたい。
「CRMでデータを分析して、マーケティングオートメーションを回して…」というのはもちろんやっていますが、店舗のスタッフから入れるお客様への1本の電話にはかなわないんですよ。「○○様、△△をお探しでしたよね、本日入荷いたしました」という1本の電話で100万円や200万円の商品が売れることだってあるわけです。それはやはり人じゃないとできないんです。20年、30年経ったらデジタルでできるかもしれませんよ。でも、今の時点では人と人とのつながりやふれあいの温度感って、デジタルでは対応できていないと思います。
確かに我々のビジネスは、のれんでお客様に来ていただいているのですが、それでも最後は人から買っているんです。人にお客様がついてしまえば、コメ兵ではなくて、スタッフの○○さんを目当てに来ていただけます。ですから、そのラストのところを深く、大きくしようと考えているんです。
「ラストワンマイル」(※)という言葉がありますが、私が言っているのは「ラストワンタッチ」です。最後のワンタッチをいかにエモく、豊かにするかによって、お客様との信頼関係を深く大きくできると思います。
もっとも、いろいろなことがスマホで完結してしまう時代ですから、わざわざ店舗まで出向くことを億劫に感じるお客様も多いでしょう。その面倒くささの部分はデジタルにシフトしていくと同時に、ラストワンタッチをしっかりと行うことに注力していきます。これはマーケティングとは少し違いますが、マーケティングに寄せていこうと考えています。
――どう寄せるんですか?
それも仕組み化です。マーケティングは再現性が大切です。スタッフのAさん、Bさん、Cさんでは得意なことがそれぞれ違います。そのデータを収集して店舗にフィードバックできる仕組みを整えれば、ラストワンタッチの成功率も上がるでしょうし、人材育成のスピードも早くなるでしょう。また、店員1人当たり100人のお客様を担当しているところを、仕組み化によって150人、200人、300人と増やしていくことも可能だと思います。
――それは良い話ですね。お客様がハッピーになれるようなエモいラストワンタッチができるかどうかが、AI時代に生き残る人材ということですね。デジタルでもOne to Oneマーケティングはありますが、人による電話1本にはかなわないという。
スマホ上で「あなたにおすすめ」と提示されるのと、スタッフのAさんから「○○様、△△が入荷いたしました」と言われるのでは、One to Oneマーケティングの重みが違います。ただし、注意したいのはデジタルかリアルかというゼロイチの話ではないということです。デジタルで「あなたにおすすめ」を見せてもいいですし、スタッフから電話してもいい。そこを切り分けて考えるのはナンセンスですね。
マネジメントで大切な「結果」「プロセス」「環境」の管理
――最後に後進の育成について教えてください。藤原さんに次ぐ人を育てていくためにどのような指導をしていますか?
私は3つあると思っています。「結果」「プロセス」「環境」です。「結果」というのは、「あなたは1年後までに1億円の売り上げを出してください」という指示です。「プロセス」は、1番目に何をやって、2番目に何をやって、3番目に何をやって…というふうに結果を出すためのプロセスをコントロールしてあげることです。「環境」は、文字通りその人が働きやすい環境をどれだけ整えられるかを意味しています。権限の場合もあれば、働き方やスタイルのこともあるでしょう。働きやすいオフィスづくりなど細かい点も含めて、「環境」です。
その上で、この3つを円グラフにしたときに、この人はどこを強めてあげれば最もパフォーマンスを発揮できるか、と考えてあげることが大切です。例えば、上位のレイヤーになればなるほど、結果を多く求めるべきだと思いますし、新入社員の場合は結果ではなくプロセスをコントロールする必要があるので、円グラフの中でプロセスの面積を大きくします。一方、部長や役員クラスのレイヤーで、「環境だけ整えてくれれば結果は出せます」という人の場合は、円グラフの中で環境の枠を広げます。私はいつもこの3つを気にしてマネジメントをしています。
とはいえ、部下の数は多いので、全員に対して同様のマネジメントができるわけではありません。ですから私はわざと直属の部下しか見ないようにしています。全員を見ていると、個々のスタッフに対する密度が薄くなるおそれがあります。私は直属の部下を見るし、部下はそのまた部下に対して、「結果」「プロセス」「環境」の3つを管理しながら見ています。もちろん、進捗については随時コミュニケーションを取って報告を上げてもらいます。これが私が実践している後進育成の仕組みです。
CMOを目指すなら、誰にも負けない勉強量を
――Marketing Nativeは「日本にCMOを増やすこと」を1つのテーマとしております。CMOを目指しているマーケターに何かアドバイスはございますか?
3つあると思います。1つ目は情報感度を上げることです。テレビCMでも街の広告でもいいのですが、「どういう意味だろうか?」「どの層をターゲットにして、何を目的に広告を出稿しているのだろうか?」「自分ならどう改善するだろうか?」などと疑問を持って考えを深めていくことが大事です。
2つ目は勉強量です。マーケティングはどんどん進化しています。一方で古典に当たることも重要です。本を読むことでも、ビジネススクールに行くことでもいいですが、勉強量は誰にも負けないくらいしたほうが良いですね。
3つ目はチームのパフォーマンスを上げることです。マーケティングは自分1人ではできないので、チームを組むことも大事なら、店頭で働いているスタッフが気持ちよく働ける環境を整えることも重要です。どうすればチームのパフォーマンスを上げられるかという点を真剣に考えたほうがいいと思います。
――情報感度という点で、心がけていることはございますか?
新しいこと、世の中で流行っていることは何でもやってみることです。話題のイベントがあれば出かけてみる、ベストセラーが出たら読んでみる、という姿勢が大事ですね。もちろん、やって終わりではなくて、「これはなぜ流行しているんだろう?」と考えることが大切です。
――最近、何かやられたことはありますか?
TikTokをやってみました。
――えっ、見たいです!
いや、アカウントは教えません(笑)
※ラストワンマイル(物流):
お客様の手元に直接届ける宅配業者の最後の工程のこと。ECの市場規模が拡大するにつれ、重要度が増している。
藤原 義昭(ふじはら・よしあき)
株式会社コメ兵 執行役員 マーケティング統括部長。
1999年コメ兵に新卒で入社し、ジュエリーの事業部に配属。2000年からECサイトの立ち上げに参画。2016年執行役員。現在は出店からデジタルまでの全社マーケティングと社内の情報システムを統括。
[記事執筆者] 早川巧
株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writerとして四半世紀以上のキャリアあり。Twitter:@hayakawaMN
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