[マーケターコラム] Half Empty? Half Full?

花王が提唱する「スモールマス」を意識した“情報の灌漑”を行う3つのポイント

マーケターによるリレーコラム、今回は花王の辻本光貴氏。「めぐりズム」で実施した戦略を例に、スモールマスの考えと施策立案のポイントを紹介する。
花王株式会社 メディア企画部デジタルメディア室 辻本光貴

こんにちは。花王株式会社の辻本です。デジタル施策のプランニングと、特保飲料ブランド「ヘルシア」のTwitter中の人をしています。今回は弊社が提唱する「スモールマス」の考えと施策立案のポイントを紹介します。特に、デジタル施策のプランニングに悩む方々、マーケター初心者の方々にはぜひ実践してほしいです。

「つながる」と「共有する」

まず、具体的な方法を紹介する前に、現在のコミュニケーションの特徴について整理します。さまざまなメディアやSNSが浸透したことで、個人間で「つながる」「共有する」の2つが日々行われるようになりました。

「つながる」とは、同じ価値観や趣味を持つ人同士が、リアルやデジタルでコミュニティを形成することです。

例えば、ミュージシャンのライブイベントに誰かを誘うとき、あなたはどのような人に声をかけますか。

数年前ならリアルで関わりのある人だけに声かけをしていたかもしれません。しかし、今はどうでしょうか。SNS上で実際に会ったことがない人にも声かけできるようになり、さらにデジタル上で広げたつながりをリアルに反映させることもできる柔軟なコミュニティ形成が可能になりました。

「共有する」は同じ価値観や趣味を持つ人が、情報交換で生活をより豊かにしていくことです。

例えば美容感度の高い人は、自分が愛用している化粧品をSNS等で自分なりに情報発信します。また、自分は発信せずとも、友人の投稿に「いいね」やリツイートなどをすることで、自分のリアクションを所属するコミュニティに共有できるようになりました。さらにSNSの中をハッシュタグ検索すれば、遠く離れたところに住む見知らぬ人からも自分の欲しい情報をキャッチできます。

情報収集や情報発信を行うネットワークは、自分の所属するコミュニティにとどまらず全世界規模まで拡大したと言えるでしょう。

「人のつながり」と「情報共有」、この2つの変化は、マーケティング立案をより細かく複雑なものにしました。なぜなら心を動かしたい人々のことをきちんと理解できなければ、誰にも反応してもらえず、他の情報に埋もれてしまうからです。

一方で、今のメディア環境があるからこそ、人々の心に刺さるような働きかけができれば、熱狂的なファンを生み出すことも可能です。よってこの状況はチャンスでもあります。

花王では、「マス市場よりも小さく、一定の規模を持つ市場」をスモールマスと呼び、彼らのハートをつかむことができるように、デジタルを活用した包括的なコミュニケーションを実施しています。

ダイエットをしたい人の中にも「運動派」と「食生活変更派」というスモールマス

「めぐりズム」で実施したスモールマス戦略

では、私が携わった「めぐりズム」の施策を事例に、スモールマス戦略を考え実行する上で大切なことを紹介します。

「めぐりズム蒸気でホットアイマスク」は目元を蒸気で温める商品です。

めぐりズムの担当は、生活者に「リラックスアイテム」としての商品認知、および習慣的な利用を目指していました。そして、3月の「新生活」時期に合わせたコミュニケーション立案をしたいとの相談。さて、あなたが当時の私なら、まず何をしますか。

(1)コミュニケーション対象者(Who)を確認

まずは、ファクトをつかみコミュニケーション対象者(Who)を確認するべきです。今回の場合、「新生活にリラックスアイテムを求める人はいるのか。その人はどのような人か。どのくらいいるのか」を確認する必要があります。

私はSNS上で前年の3月に「新生活」関連で誰がどのようなことをSNS上で語っているのか調べました。

例えば「入学」というワードを使った学生の投稿が多いとわかれば、どのような言葉が一緒に語られているか1つ1つ整理します。すると、入学して友達ができるか不安な学生もいれば、入学してどの部活に入るかを楽しみしている学生など、さまざまな学生の様子がうかがえます。

今回は新生活に不安を感じる学生がどの程度いるのかを把握するために、入学にまつわる不安を呟いた投稿数を調べました。ここまでの一連のSNS上の投稿の深掘りは「ソーシャルリスニング」と呼ばれ、スモールマスを探索するには欠かせない分析です。

ソーシャルリスニングによって、「新生活」の中には「入学」以外にも「就職」や「転居」といったスモールマスがあることを確認しました。どのスモールマスも気合いと不安が入り混じっている気持ちが表れており、「新生活を迎えるにあたってのリラックスアイテム」としてのアイマスクは受け入れ性が高いと確信しました。

コミュニケーション対象者を発見する方法

(2)伝える内容(What)と伝え方(How)を考える

「ではさっそく、このスモールマスにめぐりズムのSNSアカウントを活用して広告を流しましょう」と話を進めてはいけません。「心を動かしたい人々をきちんと理解できなければ、誰にも反応してもらえず、他の情報に埋もれてしまう」ということを思い出してください。

例えば、あなたが株に投資をしたいと考えているとき、金融の知識があるかどうかも不明な私から「〇〇買うといいよ」とアドバイスされるよりも、凄腕証券アナリストに「〇〇買うといいよ」とアドバイスされる方が安心できますよね。同じアドバイスでも誰に言われるのかで、印象は大きく変わります。

では、めぐりズムのアカウントから「めぐりズムはリラックスできるよ」と言われたらどうでしょうか。なんとなく押し売りのイメージがありませんか。「そりゃ、君自身のことだから、いいことしか言わないよね」という反応が返ってくる気がしませんか。

「めぐりズムのアイマスクはリラックスできる」という話を聞いてもらうにはどうすればいいか?

そこで、かつて「入学」や「就職」「転居」などの不安に、めぐりズムで対処した人たちの声を募り、これから新生活を迎える人にそのエピソードを届けることにしました。自分と同じ境遇の人のめぐりズム体験なら、興味と共感を持ってもらえると考えたからです。

「めぐりズムで対処した人たちの声」を「これから新生活を迎える人」に届ける

Twitter上でキャンペーンを実施しエピソードを収集したところ、ソーシャルリスニングで私が確認した投稿以上にバラエティ豊富なエピソードが収集できました。想定していなかった「復職」や「新プロジェクトへのアサイン」など含め、どれも実にリアリティのある内容で、その人がめぐりズムと一緒に日々頑張る姿が、文章を読むだけで浮かび上がってきました。

集まったエピソードをコンテンツ化し、新生活を迎える人に広告を配信。ソーシャルリスニングで見つけた「入学」「就職」「転居」の軸に加えて、「異動」や「復職」などの状況にある人たちをブランドサイトに誘引し、「めぐりズムでリラックスしたエピソード」を読んでもらうように仕掛けました。

(3)情報の広がりと循環を考える

ここまではデジタル上のスモールマスへのコミュニケーションを組み立てましたが、デジタル施策だけでは情報接触できる人の数は限られてしまうため、リアルとの合わせ技も(ブランド担当は)実施しました。それはデジタル上で収集した人々の声を電車の中吊り広告に掲載することです。

これによって、「新生活」に関連のある人はもちろん、それ以外の人たちにもめぐりズムのリラックス効果を伝えることができました。さらに、広告のタレントパワーも相まって、中吊り広告を見た人がTwitterに投稿する「リアルからデジタルへの情報伝搬」も発生しました。

情報が広がる仕組みを作る

デジタル施策とリアルの施策は別個のものと考えるべきではありません。「花王がデジタルを活用した“包括的な”コミュニケーション戦略を考え実行している」と私が最初にお伝えしたのは、まさにこういったことです。

めぐりズムの新生活キャンペーンの場合は、以下のとおりです。

  1. 投稿型のキャンペーンで発話を促し、エピソードを収集
  2. SNSや広告でエピソードを読んだ人が新たな会話をする(共感や意見)
  3. エピソードを電車の中吊り広告に展開して情報のリーチを広げる
  4. 中吊り広告から一部の人が別の話題(広告タレント)も追加してSNSに投稿

こうして、情報の広がりと循環が起きました。

一連の「新生活」コミュニケーションにより、めぐりズムはこの時期に前年を上回る売上を達成しました。コミュニケーション立案をする上で、どんなスモールマスがどれだけいるのか(Who)、そのスモールマスに何を(What)どのように(How)伝え、情報の広がりと循環を作り出していくのか、デジタルとリアルの枠にとらわれず包括的に組み立てたからこそ得られた結果だと考えます。

デジタル担当はリアルも視野に

もし、あなたが私と同じデジタル担当の場合、デジタルの中だけを考えてはいけません。

情報がどうリアルに反映されるのか、リアルからデジタルにどう情報が還元されるのかを、ブランド担当と目線合わせをすべきです。(あなたがブランド担当であれば、デジタル担当にはデジタルだけではなく、リアルとの相乗効果を考えてもらうように働きかけてください。)

ただし、ここで疑問が生じます。デジタル担当がリアルも考える必要があるならば、もはや「デジタルマーケティング」とは何でしょうか。

運用の最適化、データを活用したターゲティング、SNSでのエンゲージメント獲得のノウハウなど、デジタルはさまざまなものが数字で現れて細やかな対応ができる一方で、細かい対応に捉われすぎると視野が狭まると私は危惧しています。ミクロとマクロの両方の視点を持つことができないと「情報がどう流れていくのか」「どこから情報を流し込むと効率的に広がるのか」が把握できません。

「デジタルマーケティング」担当者はもしかしたら、デジタルの知見を活用して“情報の灌漑”ができる人なのかもしれません。

次回は、“情報の灌漑”ができなければ、ただ遊んでいるようにしかみえないTwitterの運用“中の人”の活動について触れます。事業貢献度合いを表現しにくい“中の人”の活動を、どのように私が表現し、社内で評価されたのか(中の人は見えないところで、地味で手間のかかる仕事をしていてけっこう大変なんですよ……)、ご期待ください。

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