緊急事態宣言下に行われたホットリンクさんのオンライン・カンファレンス「#NEWWORLD2020」(2020年4月22日~5月1日)から約5カ月。毎日の生活が正常化に向かう一方で、一部を除いて不況の長期化は避けられず、厳しさが本格化するのはこれからという見方が強まっています。
そのカンファレンスを視聴して強く印象に残っている一人が、「#NEWWORLD2020」「世界は変わった。私たちは変われるか。」というコピーを作成した株式会社カラス代表の牧野圭太さんです。
あれから世界は変わり、私たちも変わったのでしょうか。変わったことがあるとすれば、それは何でしょうか。
牧野さんが今、そのことをどう考えているか知りたくなり、話を聞いてきました。今回は株式会社カラス代表で株式会社エードット取締役副社長兼CBO(最高ブランド責任者)の牧野圭太さんのインタビューをお届けします。
(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、撮影:永山 昌克)
増えたのは「変わろう」とするポジティブな意思
――「#NEWWORLD2020」から約5カ月。あのカンファレンスで牧野さんは「世界は変わった。私たちは変われるか。」というコピーを作成しましたが、今の世の中を見て、世界は変わり、私たちも変わったとお考えですか。また、牧野さんご自身に何か変化はありましたか。
世の中が変わったかというと、それほど大きくは変わっていないと思います。ただ、多くの人がマスクをして街を歩いている姿を見ると、ものすごく変わったところもあると感じます。僕自身の変わったところでいえば、仕事の依頼が増えました。6月からは非常に忙しくなっています。
どんな仕事が増えたかというと、「何か新しいことをやりたい」という依頼です。それは、コロナ禍における世の中の厳しい状況を企業が身をもって体験し、「これまで通りのやり方を続けていてはダメだ。自分たちも変わらなければならない」「今まで築き上げた資産を活かしつつ、新しい軸を別に作っていく必要がある」と危機感を抱いているからだと思います。
その結果、ありがたいことに我々の会社に「自分たちの強みを活かして、新しいビジネスやサービス、プロダクトを一緒に作りたい」という問い合わせをたくさん頂いていまして、そういう意味で僕はポジティブな印象を持っています。
――ということは、私たちは変わったのでしょうか。
自分の周りを見る限り、「変わろう」という意思は間違いなく増えたのではないでしょうか。日本はこれまで前例主義や過去のデータ、成功体験を引きずりすぎていた気がします。そのため、コロナ禍をきっかけに物事をゼロベースで考え直さざるを得なくなったのは、厳しい部分もあるとはいえ、長期的には良い兆しだと捉えています。
今までは変わらなくてもそれなりにうまくいっていたかもしれませんが、その半面、新しい芽が生まれにくい世の中だったと思います。それが今では、大手企業の中にも「変わらなければならない」「新しいことをしなければ」と前向きに思考する機運が生まれています。実際に何が変わるのか、その結果何が生まれるのかを見定めるのはもっと先の話ですが、少なくとも「変わろう」とする意思がいろいろなところで見られるのはポジティブに考えています。
――今の段階でどう変わるのか、何が正解かわからない中で、企業から「何か新しいことをやりたいんです」と依頼されて、どう答えているんですか。
ケース・バイ・ケースですが、ポイントは大きく3つあります。まずデジタル化です。リアルで行われていたビジネスについて、打ち出すメッセージを変えながらデジタル上でどのように売り上げを伸ばしていくか、引き続き追求していく必要があります。コロナ以降、DXという言葉がバズワードのように広がっているのも頷けます。
2つめはブランドエンゲージメントで、ブランドのことをもっと好きになってもらう重要性が増したと考えています。例えば商業施設や店舗の場合、これまでは立地に左右される要素も多かったと思いますが、デジタル化によって立地という概念が薄らいだときに、商品やサービス、ブランドの世界観を好きなファンがたくさんいないと、ビジネスとして成立しにくくなっています。デジタル上で売り上げを伸ばすには、多くの人に選ばれるブランドの強さが必要で、実際にブランドエンゲージメントの高め方に関する話もたくさん頂いています。
3つめは(コロナとの関係性は何とも言えませんが)、社会文脈/社会課題への意識の高まりです。「社会文脈」にきちんとブランドが関われるかどうかが大事な要素になっていると考えていて、そこを失敗すると炎上しがちです。率直に言って、最近炎上した広告の事例を見ると、「やはり炎上したか」と感じることが多いですね。
新しい概念を生み出すために必要な「逸脱」へのこだわり
――話題を呼んだ万博(2025年日本国際博覧会)マークはお気に入りのようですね。
万博マークはすごく好きです。ものによりますが、まず「逸脱する」ことが大事で、既定路線を外れるところからスタートし、その後でクオリティや意味合いの正しさを深めていくのが僕の考え方です。
――どの方向へ、どれくらい逸脱すればいいのかが難しいですよね。
それは非常に難しいですよね。だから日本ではこれまで多くのビジネスが逸脱のリスクをなるべく避けて、成功パターンの延長線上で事業展開をしてきました。しかし、もうそんな考え方では発展が望めないし、何よりも面白くありません。とても個人的な意見ですが、前例主義で過去に誰かが成功したビジネスを成功させたとして、「みんなそんなことがやりたいのかな?」と感じてしまいます。
例えば、家電量販店に行って白物家電が並んでいる光景を見ると、いつもショックを受けるんです。価格とスペックのわずかな差が並んでいて、その領域で競い合っています。せめてキッチンやリビングが華やぐような色やデザインがもっとあってもいいじゃないかと、いつも思っていました。そういう話は過去にいくらでもあるはずですが、なぜか変わらないですね。
――外したときが怖いですよね。
挑戦する人がそれまで少なかったから「失敗したらどう責任を取るのか」と恐怖感に駆られているだけで、優れたアイデアであれば、逸脱していても選ばれる可能性はあるはずです。
それに、そんな前例主義の考え方でものを作っていて、世界が楽しくなるとはあまり思えません。新しい概念、コンセプトを提案するのがクリエイティブの仕事だと思っていますので、僕は「逸脱」にこだわっていきます。
ブランドエンゲージメント向上に大切なブランドジャーナリズムの考え方
――共感される広告、クリエイティブの在り方をどのようにお考えですか。炎上するケースもある中で、表現の仕方はとても難しいと思うのですが。
率直に言うと、広告クリエイティブに携わる人たちの力量にも問題があると考えています。僕は、「広告業界は変わらなければいけない」と思っていて、社会課題や社会文脈と企業のプロダクト・サービスを結びつける「ブランドジャーナリズム」のような考え方が、ブランドエンゲージメントを高める大事な手法の一つになっていくと捉えています。
――それは牧野さん独自のお考えですか。これまで企業の中にはそういう社会課題と向き合うのをなるべく避けてきたところもあったと思うのですが、リスクはないでしょうか。
もっとポジティブに捉えたいです。社会にはいろんな課題があって、SNSというインフラの確立により、それが顕著に現れるようになりました。みんなが声を上げられるようになったことには意味があると思っています。これからのブランドは、それらの声に耳をすませて「代弁できるか」が大切な視点になっていくと感じています。
例えば、SDGsや地球環境、フェミニズムやジェンダーなど、そこに紐づかない企業はもはや存在しなくなっていくでしょう。きちんとそれらの課題に向き合い、学んでいければ失敗することは少ないと思います。
――牧野さんはもともと社会課題に興味関心が強かったんですか。
正直に言えばあまりなかったように思います。僕にとってはむしろ、それが今やるべきことであり、可能性を感じるから挑戦しているという感覚です。
ただ、広告業界に興味を持ったきっかけ自体は『ドキュメント 戦争広告代理店』(講談社文庫)という本を読んだことでした。PR会社の情報操作によって国際世論を誘導し、戦争をも引き起こす力があることを知って、言葉やコミュニケーションの持つ力を社会をより良くする方向に使いたいと思いました。
――あの本は衝撃的でした。私も当時「世の中は全て代理店の情報操作で動いている」という妄想に取りつかれて、いろいろな人を取材しました(笑)
ところが実際はというと、広告代理店のクリエイティブを担当していたので内情を少し知っているのですが、代理店にいる人たちの社会課題に対する感度はそれほど高くなかったように思いました。
――なるべくリスクを避けたいからですか。
いや、そもそも関心自体がそんなになくて、広告と社会課題が切り離されて考えられていた気がします。
ところが、世界の広告は今、いかにより良い社会に貢献したかが求められる方向になってきています。その流れは以前からありましたが、2017年3月に米ニューヨークのウォール街付近に『フィアレスガール』(恐れを知らぬ少女)というブロンズ像が突然現れ、世界の主要な広告賞を多数受賞したくらいから一気に加速しました。いかにブランドがコミットして社会を変えながら、ファンを獲得し、売り上げに貢献できたかが求められるようになってきたと思います。
日本はその動きに後れを取っているのが現状です。例えば、「カンヌライオンズ」という世界的に権威のある広告賞がありまして、テクノロジーとクリエイティブの掛け合わせが流行していた頃は日本もたくさんの賞を獲得していたのですが、2019年には3分の1くらいに減ってしまいました。企業と広告が発信するコミュニケーションがいかに世の中に貢献するかを軸にした作品が増える中で、日本は関心の度合いが低く、大きく遅れてしまったと考えています。
僕は世界の広告の流れは正しいし、面白いと思っていて、以前はカンヌライオンズに興味がなかったのですが、むしろ最近はチャレンジしたいと考えるようになりました。
でも、広告業界からは「最近のカンヌはつまらなくなった」「社会性のようなことばかり言っていて、広告の面白さがなくなってしまった」と、逆の話が耳に入ってくることがあります。まさにそういう世界の潮流とのギャップが、広告炎上の要因にもなっていると感じます。
――そうかもしれませんが、日本では解決すべき社会課題が少ないから関心も低いのであって、意識が低いのはそれだけ日本が平和な証拠なんだから別にいいじゃないかという意見もあります。
確かに世界に目を向けると、もっと多くの課題を抱えている国はたくさんあるでしょう。しかし、日本においても課題は膨大にあると思っていて、他の国と比較して平和だから解決しなくていいと相対的に語る意味はないと思います。「日本は女性が夜道を歩いていても襲われないから、いい国じゃないか」という考え方には反対で、それぞれの持つ悲しさや苦しみを「ほかの国よりマシだから、いいか」と相対的に考えて矮小化すべきではないのではないでしょうか。僕は日本にも解決すべき課題が山積していると捉えています。
社会課題のインサイトから生まれた三ツ矢サイダーの「#守りたい夏」
――牧野さんが注目している日本の課題とはどんなことでしょうか。
最近では災害ですね。猛暑や大雨、水害に見舞われる日本の状況に接して、皆さんも「このままでは地球が大変なことになるのではないか」とリアリティを持って感じているのではないかと思います。
三ツ矢サイダーの「#守りたい夏」キャンペーンもその一環で、夏ってホントは楽しくて素敵な季節なのに、今は暑すぎるし、雨はすごいし、台風も来て洪水も発生してしまう。このままでは子供にとって、夏が災害の季節として記憶されてしまうのではないかという危機意識をインサイトに、夏の象徴の一つである三ツ矢サイダーが「#守りたい夏」と情報発信することに意味があると考えました。
「#守りたい夏」というハッシュタグで、皆さんから素敵な夏の写真を集めるというシンプルな座組みですが、結果的には大きな反響を獲得できました。こういった取り組みに踏み出されているアサヒ飲料(三ツ矢サイダー)さんはすごいと思うし、応援していきたいと個人的に強く思います。
ほかには、地震についても、いずれかのタイミングで首都圏が大地震に見舞われると思いますので、そこに対するアクションを作っていくのは興味として強いですね。
――これまでは主にポジティブな変化についてお話しいただきましたが、逆にネガティブに感じている部分は何かございますか。
たくさんあります。我々は変わったといっても、そのスピードは世の中の変化の速度に追いついていないところが多々見られます。特に飲食業と海外などの旅行業は厳しい状況に追い込まれているのではないかと思います。
新しいビジネスを始めればいいと言われても、皆が簡単に代わりのビジネスを立ち上げられるわけではありません。その間に仕事を失い、自信をなくしてしまう人たちがおそらく大勢いらっしゃるのではないかと思います。業界によって差があるとはいえ、日本全体として見ると、不況の到来はこれから避けられないでしょうから、時折絶望感を覚え、恐ろしくなることがあります。
牧野さんが博報堂からの独立後に立ち上げた「文鳥文庫」。
ポイントは、いかにシェアされるような構造を作れるか
――わかりました。次に、牧野さんが最近、注目した広告を教えてください。
貝印さんの「ムダかどうかは、自分で決める。」ですね。脇毛の生えた女性のビジュアルを大きく出して、脱毛するかどうかの選択の自由を、あえて刃物メーカーの貝印さんが訴えている点が素晴らしいなと思いました。僕たちも脱毛ブランドの仕事で同様の提案をしていますし、脱毛を押しつけない、そんな選択の自由を提案しましょうとお話をするのですが、こういったメッセージ性の高い広告を世の中に出すのは、本当に簡単なことではないなといつも感じています。
貝印さんの広告は、コピーと商品・サービスがうまく紐づいて話題になった事例です。逆に、大きな話題にはなったけど、商品・サービスに紐づかない広告は個人的にはあまり好きではありません。話題を作った結果、商品・サービスのことをしっかりと認知してもらうのが本来の広告の姿であって、僕はそれを「商品とコミュニケーションの距離が近い」と言っています。この距離感がポイントで、「印象的だけど、そういえば何の広告だっけ?」と思われるものではなく、商品・サービスに紐づく話題の作り方が大事だと思います。
――ここであらためて、広告の仕事をしながら『広告がなくなる日』という書籍を執筆中の真意を教えてください。
ざっくり言うと、この10年ほどでSNSが広く普及して、自分の好きなものをシェアして情報発信する世の中になったわけですから、広告に投資していたお金や労力を、シェアしたくなるような良い商品やサービスを作ることにシフトさせていくべきだという意味です。
昔は良いものを作っても、企業側が広告を打ってコミュニケーションをしないと基本的には売れませんでした。しかし今は、良い商品・サービスを作れば、SNSで世の中に拡散されます。それは進化であり、おそらくその流れは今後も続くでしょう。
ですから、ユーザーにいかにシェアされるような構造を作れるかどうかが大事であり、これまでのようにメディアを買って広告を打つ必要性は次第に小さくなっていくと思います。
日本の総広告費は6兆9381億円(2019年)あると言われますが、僕はみんなが広告だと思っている概念は、基本的になくなっていいと考えています。「広告がなくなる日」という言葉に込めた思いはそこにあります。
――それはご自身の仕事の否定にはならないんですか。
否定しているつもりはありません。なぜなら、広告クリエイターの能力を発揮する場所を変えるだけだからです。つまり、言葉やデザイン、映像などのクリエイティブ作成能力をいかにプロダクト・サービスの開発段階から活用していくかということです。むしろ、これからのほうが、この仕事が活躍できるフィールドが広がっているイメージで、とてもワクワクしています。
――新規事業の開発から入るというイメージですか。
そうですね。実際にこのタイミングで増えている仕事は、ほとんど新規サービスです。企業と一緒に新しいサービスを作ることに多くの時間を投資していて、僕の仕事はこれから新規事業やプロダクトの開発に紐づくことにシフトしていくのではないかと思います。
とはいえ、メッセージを作って世の中に発信する必要がないかというと、それもまた違います。これまでのように何億円もかけてメディアを買い、広告を打つのではなく、ブランドの根幹部分から入らせてもらい、アイデアと社会文脈への適切なブリッジや、拡散されるメッセージを一緒に作って、多くの人に応援されるようなブランドのポイントを提供することが広告クリエイティブという仕事のメインになっていくと考えています。
広告クリエイターの若い世代に伝えたいこと
――最後に、広告クリエイティブを学んでいる若い世代に勉強法などアドバイスがあればお願いします。
勉強という考え方は好きではないのですが、あえて挙げると3つあります。1つめは、SNSを見ることです。情報の接触構造が変わったと思っているので、Twitterと積極的に関わるようにすれば、今何が話題なのか、人々が何に怒っているのか、賛否両論どういう声が上がっているのかがわかります。もちろん、Twitterのトレンドが世論の全てだと言うつもりはありませんが、僕自身はTwitterから多くのことを学んでいます。
2つめは、SNSと通じるところでもあるのですが、「社会」をもっと知ることです。フェミニズムやルッキズム、LGBT、環境、貧困、人種問題などを学んでいない広告クリエイターは、もはや成立しないと痛感しています。その点での教養がないと、タレントを起用したエンターテインメントだけを追求している場合でも失敗する可能性があります。広告クリエイター、いやマーケターは、必須の要素として社会課題に興味を持ち、学ぶべきだと思います。
3つめは、過去のクリエイティブをひたすらインプットして、自分の中で一度データベースを作ることです。インプットした内容が血肉になって初めて、アウトプットのアイデアが湧いてきます。
この3つを実践した上で、大事なのは結果を出すことです。結果を出さないと信用されません。なかなか結果を出せない、あるいは結果が出るのはまだ先という人は、行動量だけは誰にも負けないくらいに増やしましょう。自分もまだまだ勉強中ですが、日々結果を追求する姿勢を大切にしています。
――本日はありがとうございました。
Profile
牧野 圭太(まきの・けいた)
株式会社カラス代表/株式会社エードット取締役副社長兼CBO。
1984年生まれ。早稲田大学卒。東大大学院修了。2009年博報堂入社、コピーライターに配属。HAKUHODO THE DAYなどを経て2015年独立し、株式会社文鳥社設立。1作品最大16ページという「文鳥文庫」が話題に。2016年カラス設立、代表取締役就任。2017年エードット取締役、2019年取締役副社長就任。「Oisix」と「クレヨンしんちゃん」のコラボレーション広告、旬八青果店立ち上げのほか、話題性のある広告やプロモーションを数多く手掛ける。ブランドジャーナリズムをテーマに、社会性のあるクリエイティブを発信中。
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