【レポート】Web担当者Forumミーティング 2022 秋

「越境EC」どう始めればいい? JTBの伝統工芸ECサイトから学ぶ越境ECの立ち上げと運営のコツとは

開始するハードルが高い越境EC。JTBが立ち上げた「ARTISAN」を事例に、運営や構築のポイントを解説。

「海外に商品を販売したいけれど、どこから始めればいいのかわからない」「社内の承認を得られるかわからない」とお悩みのマーケターの方に向けて、「Web担当者Forumミーティング 2022 秋」では越境ECのセッションを実施。2022年8月より越境ECを開始したJTB Americas, Ltd.の伊藤剛氏、JTBの販売パートナーである株式会社KAZAANAの樫村健太郎氏、同社が運営するBECOS Journalの赤津陽一氏が登壇し、越境ECの運営や構築のポイントについて紹介した。

(左から)
JTB Americas, Ltd. IT Dept. Senior Manager 伊藤 剛氏
株式会社KAZAANA 代表取締役社長 樫村 健太郎氏
株式会社KAZAANA BECOS Journal 編集長 赤津 陽一氏

JTBが取り組む越境EC「ARTISAN」とは

JTB Americasは、北米・南米・ハワイのJTBグループの事業会社を統括している。2022年8月8日にオープンした日本の伝統工芸の越境ECである「ARTISAN(アルチザン)」は、JTB Americasが事業開発、立ち上げのプロジェクト管理を行い、グループ会社のJTB USAが運営を担当している。

ARTISANで扱う伝統工芸品はKAZAANA(カザアナ)が提供しており、JTB USAはその商品の中から米国市場向けに厳選し、販売している。加えて、ECサイト構築もKAZAANAが担当。KAZAANAの伝統工芸事業の取り組みを知り、賛同した伊藤氏が、「一緒に事業を取り組みたい」と声をかけてプロジェクトがスタートしたという。

ARTISANでは、現在34ブランド、約1,200の伝統工芸品を取り扱っている。「既存の伝統工芸に現代のライフスタイル、デザインを追加したネオ伝統工芸を米国で販売し、マーケットを拡大するチャレンジングな取り組み」と伊藤氏は語る。

ARTISANの運営体制

なぜ旅行会社のJTBが、日本の伝統工芸の越境ECに取り組むのか

そもそもなぜJTBが新規事業として越境ECに取り組むのか。JTB Americasでは、以前より、米国において、新しいビジネスやテクノロジーを調査し、事業開発に取り組んでいる。背景には、コロナ禍により主力である旅行、出張、イベントの事業が止まったこと、そして人々のビジネスやライフスタイル、価値観の変化が大きく加速したことから、別の新たな事業創出の必要性が高まった。

しかし、新規事業の創出には以下の課題があった。

  • グループ会社の事業ごとにWebサイト・SNS・システム・担当者が存在するが、連携していない
  • 人・費用・システムの自社リソースが不足している

自社でチームを作り開発することもできますが、越境EC化プロジェクトでは自社リソースと他社リソースを組み合わせるほうが、スピード感を持って動けるという考えに基づき、ノウハウを持ったKAZAANAさんと提携しました。伝統工芸のEC事業は既存の旅行事業との相乗効果が高く、法人事業への拡大もできることから取り組みを進めました(伊藤氏)

実際にどう事業を展開していったのか

越境ECは、5段階のフェーズに分けて展開していった。

  • 第0フェーズ:サービスリリース
  • 第1フェーズ:認知・集客拡大 トライアル期間
  • 第2フェーズ:商品企画強化
  • 第3フェーズ:広告収益化
  • 第4フェーズ:他地域拡大

サービスをリリースした現在は第1フェーズで、トライアル期間としてデジタルマーケティングの運用、最適化を実践中。売上が伸びる米国の年末商戦に照準を合わせてスケジュールしたという。

第2フェーズ以降は法人向け販売の強化、クラウドファンディングによる商品企画、地方自治体との取り組み強化などを予定している。

事業展開案

新規事業の社内承認を得るために

越境ECを開始するにあたって、伊藤氏は収支計画として「KGI」「KSF」「KPI」を明確化し、社内で激しく議論したという。

伊藤氏は社内承認に向けて、「訪日レジャー回復による旅行事業との相乗効果」「伝統工芸EC No.1であり越境EC実績のあるKAZAANAとのパートナーシップによるノウハウ共有」「自社運用(オンプレミス)による新規システム開発ではなく、SaaSの活用による効率化」を訴えた。また、新規事業であるため、運用中は定期的な検証を行い、継続の可否を判断するという計画を作り、社内で承認された。

越境ECを運営するに当たっての検討項目

越境ECを始める上では検討項目がさまざまある。

いろいろな調査分析を行いましたが、戦略上の検討項目はたくさんあります。ターゲットは、既存の顧客である、米国を拠点とする訪日旅行者、在留邦人、米国法人を想定しているものの、地域、年齢、収入、人種などにより趣味趣向が細かく分かれているので運営しながら解像度を高めていきます(伊藤氏)

その他、サイト構築だけでも、使用アプリ、国、言語、為替など準備することが非常に多い。「集客、カスタマーサポート、物流など、自社で全てをまかなうのは準備に時間がかかり、ハードルが高いがKAZAANAさんに全面協力してもらってリリースすることができた」と伊藤氏。法務についても州によって独自の法令があるので注意が必要だという。

同社が本事業に踏み込んだ背景には、さまざまな市場調査において、越境ECの成長が予測されていることがある。「とくに訪日旅行と伝統工芸は相性がよく、JTBグループとして将来的には伝統工芸ツアーなどへ展開していきたい」と伊藤氏は話す。

越境ECの検討項目

伝統工芸市場に挑戦するKAZAANAとは

続いて、KAZAANA 代表取締役社長 樫村氏が改めてKAZAANAについて紹介した。同社は2017年に赤津氏と二人で創業した。二人は茨城県出身の幼なじみだという。創業前、樫村氏は結婚式場などを展開する企業に入社し、日本の古い建造物を結婚式場としてリノベーションする事業に携わり、そこで全国の職人や伝統工芸品と触れることになる。

伝統工芸品の生産、売上は年々減少傾向にあり、職人も高齢化しており継承者がおらず廃業に陥るケースが多い。業界全体のデジタルリテラシーが低く、ECどころかいまだにFAXでやり取りするケースも多いという。

伝統工芸全般にいえることですが、高い技術がありながら、マーケティング、ブランディングができていません。地方に眠れる高品質の伝統工芸があり、貴重な技術を未来につなぎたいという思いから生まれたのがKAZAANAであり、伝統工芸ECサイトBECOS(ベコス)です(樫村氏)

同社では、ECに限らず、伝統工芸に特化したメディア運営、海外クラウドファンディング、伝統工芸専門のプレスリリース、自社ブランド運営にも携わる。海外クラウドファンディングでは、日本の家庭に必ずある「菜箸」に注目した。「外国にはなくとても便利」という外国人スタッフの声を取り入れた結果、600万円ほど集めることができ、若狭塗(わかさぬり)の菜箸を商品化できたという。

伊藤氏は、JTBの越境ECの取り組みの考え方は、米国において伝統工芸だけでは新しい市場で狭いため、訪日観光市場、海外日本食市場を加え三位一体で日本のファンを増やすことだという。そのために米国人に正対したソーシャルメディアの発信、オウンドメディアでの製品のストーリー発信に加え、クラウドファンディング、将来的にはNFTなどWeb3の取り組みも視野に入れているという。

事業展開案

越境ECを開始する前に

次のパートでは、KAZAANA 赤津氏から越境ECを開始する際のハードルや課題を紹介。大きく分けて「外国語」「知識」「商品」という課題があるが、これらを自社だけで解決することは困難である。そこで重要なのがパートナー選びだ。海外のリソースがある法人と組むことでKAZAANA自身も言語の壁を越えていけたという。

外国語
  • 言語のハードルを感じる
  • サポート対応が難しい
  • 外国語対応ができるスタッフの確保
  • 他国の国民性の理解が必要
知識
  • 決済の方法がわからない
  • 税金など新たに法律の知識が必要
商品
  • 自社の商品が少なく出店ができてないと思っている
  • 配送料、手数料が高い

続けて、越境EC立ち上げから運用するまでの6つのポイントを紹介してくれた。今回は「越境EC出店サイトを決める」について深掘りしていく。

  1. 商品を用意する
  2. ターゲット国を決める
  3. 法律や規制を確認する
  4. 越境EC出店サイトを決める
  5. 現地に対応したコピーとクリエイティブを作成する
  6. 集客方法を検討する

越境EC出店サイトをどこにするか

越境EC出店サイトの選択肢として総合モール、専門モール、自社ECがあるが、それぞれ次のようなメリット・デメリットがある。

出店サイトメリットデメリット
総合モール
  • 集客力がある
  • 信頼度が高い
  • 手数料が高い
  • 顧客情報が取得できない
専門モール
  • 手間がかからない
  • ブランディングができる
  • 手数料が高い
自社EC
  • 利益率が高い
  • ブランディングができる
  • 集客が難しい
  • サイト管理、顧客対応が難しい

自社でEC構築をする場合は、システムをどうするか、何を選択するかがポイントとなる。日本では、Wix StoreなどSaaSのサービスの人気が高いが、海外ではShopify、WordpressのWooCommerce(ウーコマース)のシェアが高い。赤津氏は、運用のシンプルさからプラットフォーム型のShopify、Wix Storeをおすすめする。

BECOSのシステムは、以前はオープンソースのMagentoを利用していましたが、現在はShopifyへ移行しました。プラットフォーム自体でマーケティング業務も含めて運営業務が完結し、システムやサーバーの運用・保守の管理も無く、決済周りの安定感が違います。エンジニアが社内にいないため、運用のしやすさが決め手になりました(赤津氏)

世界で見るとShopifyがシェアトップ

越境EC運用のコツ5選

続いて、越境ECをスムーズに運用するためのコツを挙げた。

商品SKU・画像の管理を徹底する

商品SKU(Stock Keeping Unit)とは、在庫管理の最小単位で商品IDのようなものである。以下の画像のように、商品SKUに紐づけてWebページのURLや画像を管理している。1つの商品に対して複数の画像があるので、ここを徹底しておくことがスムーズな運営につながる。

商品SKU・画像の管理を徹底する

ネイティブのライティング・チェック体制

コンテンツは、ネイティブのライティングとチェックが大切である。同社では、商品紹介やストーリーを紹介するコンテンツ制作のために、米国人、英国人にライティング、内容やニュアンスが正しいか日本人の英語ネイティブ言語者にチェックを依頼している。

既存テーマ内でできるデザインを模索する

Shopifyに関しては一からカスタマイズすることも可能だが、既存のデザインテンプレートのテーマを活用することをお薦めしたい。特に、テーマを選ぶ際は、デザインの拡張性を検討し、確認することをお薦めします。

サイトスピードを確認する

テーマを利用したShopifyでの越境EC構築は、特にサイトの表示スピードが重要になってくる。テーマごとにスピードランキングを出しているので必ず確認するとよいだろう。

メインターゲットの国をルートディレクトリにする

メインターゲットの国をルートディレクトリにすること。ARTISANの場合は、ルートディレクトリを米国、英語、日本語はサブディレクトリに配置して切替が可能なサイト構造にして、トップページは米国市場に合わせたデザインやコピーライティングにしている。

最後に役立つTipsを紹介

最後にTipsが紹介された。WordpressのサイトでShopifyを使う場合、Shopifyのサイトをサブドメインにする必要があるが、リバースプロキシという技術を使うと、Wordpressを下層ディレクトリにして、Shopifyのサイトをルートディレクトリにおける。このほうがSEOに適した設計になるという。

  • 参考例:
    • Shopify:○○○○.com
    • Wordpress:○○○.com/apps/blog

さらに競合サイトを調べるときに役立つGoogle Chromeの拡張機能を紹介。サイトがどういうシステムを使っているのかを調べられるWappalyzer、Shopifyで構築されたサイトが使用しているテーマ、アプリなどを参照できるKoala Inspectorが便利だという。

赤津氏は、越境ECを運営するためにはさまざまな複合的な準備が必要なため、重要なポイントとして「パートナー選びの重要性」「自社ECならShopifyがお薦め」「ターゲットの国に合わせたマーケティング・サイト構築」を強調し、講演を締めくくった。

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