「日産パスポート」で車との関係性を変える! web3参入&顧客エンゲージメント向上のための新戦略

日産自動車(以下、日産)では、顧客への新たな価値提供を目的に、2024年12月にデジタルサービス「NISSAN PASSPORT(日産パスポート)」ベータ版を開始した。ブロックチェーンを活用し、日産オリジナルNFTと独自web3ウォレットの提供、コミュニティの開設、リワードプログラムなどを展開する。同サービスのねらいと反響、本格展開の勝算を、日産自動車 Japan-ASEANデジタルトランスフォーメーション部 主担の中尾壮登氏、サービスの設計を担うTBWA\HAKUHODO インタラクティブディレクター/web3デザイナーの宇津稔氏に聞いた。
デジタルを駆使した4つのサービスを提供
顧客への新たな価値提供として展開されている日産パスポートのターゲットは「既存顧客」、及び「新規の若年層」になる。既存顧客は40代以上がメインで約7割が男性だ。新規顧客の獲得は日産全体での目標であり、特に30代を中心とした若年層にアプローチしたいねらいがある。現在は実証実験の位置づけで、ベータ版の第一弾では以下4つのサービスを順次展開する。
1. メンバーシップNFTの提供

限定5,523枚(ゴーゴー日産の語呂合わせ)のメンバーシップNFTを発行。2024年12月5日~2025年1月14日を応募期間とし、配布は抽選とした。このNFTは、単なるデジタルアイテムではなく、さまざまなサービスへのアクセスを可能にする「デジタル証明書」として機能する。顧客の嗜好に合わせて4つのタイプ(FUTURISTIC、PERFORMANCE、CLASSIC、SMART LIFE)から選択可能で、所有者の日々のアクションに応じてレベルアップする。
2. 独自web3ウォレットの提供

メンバーシップNFTの当選者を対象にNFTやトークンを安全に保管する専用ウォレットを提供する。通常、NFTを所有する際に必要な専用口座の開設や手数料は不要で、スマホアプリのような直感的な操作性を実現した。日産による安全な秘密鍵管理で、高度なセキュリティも確保しているという。将来的にさまざまなウェブサービスへのシームレスアクセスも視野に入れている。
3. Discordコミュニティのベータ版を開設

コミュニケーションアプリ「Discord(ディスコード)」を活用し、顧客同士や日産と顧客がつながれるコミュニティを期間限定で開設。参加者が保有するID(メンバーシップNFTやNISSAN ID、Discord IDなど)に応じて参加できるチャンネルや企画が変動する仕掛けを用意している。 また、コミュニティ内の活動や貢献度合いに応じて特別なロール(デジタルバッジ)が手に入り、顧客のクルマ愛や日産とのつながりを可視化する。
4. 体験型リワードプログラムの提供

2025年4月よりコミュニティへの参加や各種ミッションの達成など、顧客のアクションに応じてトークンを付与し、限定特典や特別な体験と交換できるリワードプログラムを開始する予定だ。いわゆる値引きなどではなく、新車の試乗など顧客のエンゲージメントが高まるような体験を提供する。
顧客との関わり方や企業間共創など、日産がweb3市場に参入するねらい
日産が同サービスを開始した背景には、同社が掲げるデジタル戦略の3つの柱「高い利便性」「自由さ」「愛着」がある。
手続き関連の利便性向上やお客さまがサービスを享受する際の選択肢提供といった観点では、自動車業界は、まだまだ伸び代があります。デジタル化の推進によって、より便利で自由なサービスを提供したい。それらを通じて、日産ブランドや日産車に対して愛着を持ち、長く関わっていただきたい思いがあります(中尾氏)

この柱を踏まえ、web3市場に参入したのは以下3つの観点での可能性に着目したためだ。
- データのセキュリティと透明性の担保
- 分散型でオープンな思想
- ブロックチェーンでの企業間連携
お客さまの視点で考えると、たとえば、中古車における以前の所有者の使用状況など、自動車関連の情報は不透明なことが多いです。そうした情報がセキュリティを担保した状態で可視化されれば価値を提供できるだろうと思いました。また、ブロックチェーンならではの分散型の特徴を活かすことで、企業からの一方的な発信だけではなく、お客さまと一緒に企画や開発ができると考えました。さらに、企業間共創をするとなったとき、ブロックチェーンを活用すれば両社のシステム連携が容易になります。こうした利点からweb3への参入を決めました(中尾氏)
苦労したのは「社内の説得」と「体験設計」
日産では、カナダ日産自動車でスポーツカー「GTR」に紐づけた「NFTアート」を販売した実績があるが、国内における本格的なweb3の取り組みは日産パスポートが初めてとなる。そうした背景もあり、サービス開発の苦労は多かったようだ。最初のハードルは「社内の説得」だった。
最先端技術を活用していて予算もかかりますし、「本当に今やるべきことなのか」「事業成長につながるのか」という問いに対して明確な回答が求められました。新しいことに挑戦しようとする風土がある日産だからこそ、他社との差別化を強化すべきだ。web3に参入することでお客さまとの本質的な関係を構築し、事業成長につながる基盤をつくりたいというねらいを伝えて、最終的に理解を得ることができました(中尾氏)

承認を得た後も苦労は続いた。設計を担当した宇津氏は、その理由をこのように説明した。
お客さまに心地よく使っていただきたいため、UIはシンプルに見えると思います。しかし、裏側では複雑な処理をしていて、1つの画面上の情報を「ブロックチェーン上に載せるもの」と「載せないもの」に分けています。これはお客さまのプライバシーを守るためで、ニックネームや日産IDなどの個人情報は他の人には見えないようにブロックチェーン上に載せていません(宇津氏)


情報が高セキュリティの状態で透明化されるのはブロックチェーンの強みだが、同時にプライバシーの保護にも配慮する必要がある。そのため、1つの画面で「Web2」と「web3」を両立させなければならず、難易度が上がったという。
一般的なweb3サービスは、Metamask(メタマスク)など外部のweb3ウォレットを使うことが多いのですが、不慣れな人にとってはその利用自体がハードルになります。また、日産独自のweb3サービスをウォレット内で提供する必要があったため、オリジナルのweb3ウォレットを開発しました。
さらに、Discordコミュニティとウォレットをシームレスに連携させています。コミュニティ内の活動に応じてメンバーシップNFTが進化したり、逆にウォレット内の「ロール」がコミュニティに反映され限定体験が得られたり。お客さまの体験としては、いたって自然なことですが、このシンプルなUXの実現にかなり苦労しました(宇津氏)
好調な幕開け、Discordコミュニティも活発。本格展開の勝算は
サービス開始から2ヵ月以上が経過した現在の状況をたずねると、「想定以上の反響」だという。
メンバーシップNFTの応募者は57%が50代以上で、高齢の方もデジタルサービスを使うようになった現代では、あまり年齢は関係ないのかもしれないと感じました(宇津氏)
web3のサービスを初めて使用した人が大半だったようだが、不満や疑問が寄せられることはほとんどないとのこと。顧客体験を極力シンプルにしたことが功を奏したのかもしれない。

Discordのメンバーは2月中旬時点で3000人強にのぼり、活発なコミュニケーションが行われている様子が確認できた。すでに日産車に乗っているオーナーが愛車を紹介したり、日産車の購入を検討している人がオーナーに対して質問したり、ファン同士の交流が盛んなようだ。現在、「お題に出された都道府県の旅の思い出を投稿する」という趣旨の「ドライブジャーニー」という企画が進行中で、このチャンネルにも多くの投稿がされている。

Discordについて、開設前は盛り上がるのだろうかと不安があったのですが、開設してみたらアクティブな交流が生まれていて。これだけの方に日産というブランドや自動車に思い入れを持っていただけているのだなと感激しました。私自身もメンバーのみなさんと交流を図っていきます(中尾氏)
一方で、web3ウォレットの利用者でDiscordのコミュニティに参加していない人が一定数いるという。参加にはアカウント作成が必要になり、その手間を避けている可能性がある。今後は、そうした人たちのサポートもしていきたいと中尾氏は話した。

最後に、本格展開への期待や可能性を聞いた。
個人的には、正式サービスに移行する可能性はあると思っています。自動車とweb3領域の相性は未知数でしたが、想定以上の反響で、エンゲージメントの高いお客さまが増えることで事業成長につながるはずです。一方で、状況次第ではやめる判断を下すことも重要です。引き続き、覚悟を持って取り組んでいきます(中尾氏)
マクロ的な視点でいうと、2025年は再びNFTの波がくると言われています。トランプ氏が大統領になったことで、米国で暗号資産(仮想通貨)の利用を推進する動きが活発になり始めているからです。さまざまな企業がこの波に乗るはずで、そうした時勢を踏まえても本格展開のチャンスはあると考えています(宇津氏)
中長期的な展望としては、自動車の購入時などにメンバーシップNFTが身分証明証として機能するような利便性の向上を図ると共に、今までにない体験の提供により顧客とのつながりを深めたいとしている。
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