インダストリアルデザイン出身のウェブマスターが進める企業サイトの人間中心設計/三菱電機
かわちれい子のウェブマスターのお仕事
インダストリアルデザイナーとしての経験を生かし
人間中心デザインとISMSの2軸でサイトを運営
三菱電機ウェブマスター 大矢 富保氏+安齋 利典氏
取材・文:かわちれい子(CreatorsNet)
写真:津島 隆雄
会社によって大きく異なる「ウェブマスター」の実態。所属部署は? 予算確保は? ワークフローは? サイトの目的は? 注目しているテーマは? さまざまなウェブマスターの姿を見ることで、これからのウェブマスター像を見出したい。
三菱電機ウェブサイトの基本的な情報は記事の末尾に掲載。
さまざまなステークホルダーに情報をきちんと伝えたい
●かわち 「三菱電機キーテクノロジー」のコンテンツが注目されていますね。
●大矢 三菱電機は、いわゆる白物家電から人工衛星まで手がけている総合電器メーカーなので、ステークホルダーが多いのです。一般の家庭でご利用いただく電気製品もあれば、ビルや駅などの施設も含めた法人のお客様もいらっしゃる。そこで、コンテンツを「製品一覧」のほかに「個人のお客様」「法人のお客様」「会社情報」の3つの切り口で分けて、少なくともその3つのキーワードに関わるお客様にはきちんとした情報を届けようということにしたのです。
あまり知られてはいないのですが、三菱電機の売り上げの多くはいわゆるBtoBなのです。実は、消費者の皆さんが普段は気付かないところで三菱電機の製品やサービスを利用していただいています。「三菱電機の製品を使っている」ことがあまり意識されないなかで、三菱電機の技術力を伝えるにはどうしたらいいか、ということを考えて継続的に取り組んでいるのが「キーテクノロジー」というコンテンツです。
●安齋 三菱電機の持つ技術力をわかりやすく紹介する新聞広告の出稿を継続してきました。キーテクノロジーのコンテンツは、この広告のコンテンツなのです。3年間にわたって毎月出稿していますから、すでに36のテクノロジーについては紹介することができています。しかしながら、新聞広告だと一過性になってしまいがちなので、ウェブサイトにもこれと連動してコンテンツを作っているのです。オンラインにはまだ21コンテンツしかなくて、「点」なのですが、これが増えていって「面」になれば、もっともっと三菱電機のことを知っていただけるようになると思います。
●大矢 日経BPのサイトとのコラボレーション企画もやっています。居酒屋でメニューに「活カンパチ刺身」と書いてあったとき、その「活」を実現しているのは海水をシャーベットにする三菱電機の技術なんですよ、というようなことを説明していたりするのですが、これも好評です。
●安齋 三菱電機には、連結会社まで含めると10万人以上の従業員がいます。三菱電機に何らかの関連があるという人がたくさんいて、我々がここで紹介している技術は彼らなしには成り立たないということもありますから、みんなで共有しようということです。
●大矢 こういうコンテンツは社内報にもまとめています。ステークホルダーというと社外に目が向きがちですが、社員も重要なステークホルダーですから、家族で楽しんでもらって、三菱電機のことを知ってもらおう、ということです。
●安齋 ちなみに、このコンテンツは昨年の企業ウェブ・グランプリで、「ガジェット、アニメーション&テクニカル・イノベーション部門」で部門賞をいただきましたし、第29回「2008日本BtoB広告賞」で経済産業大臣賞もいただきました。。
出自はデザイン研究所、専門はユーザビリティやHCD
●かわち お二方とも、出身は宣伝のお仕事だったんですか?
●大矢 いえ、全然違うんですよ。私たちは2人とも三菱電機デザイン研究所の出身で、長らく製品デザインやヒューマンインターフェイスの研究に取り組んでいました。
2000年にウェブサイト専門の部署ができることになり、その立ち上げから参加しているのですが、当時は、ウェブサイトに関する「ユーザビリティ」「アクセシビリティ」という考え方はまだまだなくて、「専門家」も当然いなかったのです。しかし私たちはそれまで製品デザインやインターフェイスの開発でユーザビリティみたいなことばかり考えていたので、私たちにとっては普通のことが、周りはそうじゃなかったんですね。逆に、システムのことなどはさっぱりわからなくて、システムの人間が話す言葉がまったくわからなかった(笑)。
そんななか、自分たちが得意なことを拠り所にしようと思い、「ヒューマンセンタードデザイン※1」と「ISMS※2」の両輪でウェブサイトを運用していこうと決めたのです。
●安齋 まずわかりやすいところから始めようと、ウェブサイトの運用に携わっているスタッフを全員集めて、ユーザビリティテストに参加してもらいました。参加というよりは見学のほうが正しいかもしれません。社内の一室に、一般の消費者の方を被験者として何人か呼んで、その人たちがどのようにウェブサイトを使うのかということをみんなで見たんです。今でも、リニューアルするときなどにはそこを重点的にチェックします。
●大矢 最初、エンジニアやデザイナを連れて行くと、すごく嫌がりましたました。被験者の人は正直に「使いにくい」って言ってしまいますから(笑)。
●かわち それにしても、ユーザビリティテストを社内で実施するのは難しくないですか?
●大矢 当時は異動してきたばっかりで、元の職場であるデザイン研究所に協力してもらいました。「おーい、やるよ」の一言ですね(笑)。最初は、嫌がるWeb担当者もいましたけれど、最近ではテストの直後に改善会議をやって、課題を解決するには何をやるべきか、ということをその場で決めるようにしています。「テストの直後」というタイミングが重要ですね。後でやろうと思っても、忘れてしまいますから(笑)。
●安齋 といっても、意気込んでユーザーテストをやったわけではないのです。自分たちが商品の開発現場でそれまで普通にやっていたことを、ウェブサイトでもやっただけなのです。商品開発の手法をウェブサイトの制作に持ち込んだというよりも、当然するでしょう、という感じですね。
こういうことは継続的に繰り返しやっていかないとダメですね。最近ではウェブサイト向けのペルソナが話題になっていますが、デザイン研究所では昔からそういうことをやっていたわけです。そこで、うちのウェブサイトを見ている消費者像というのを、デザイン研究所の人たちと共同で考えていったり、彼らと共同でやるユーザビリティテストを通じて検証したりということを続けています。そうすると、ウェブサイトを運営している側の意識も変わってきます。テストを通じて得たい知見を事前に考えてテストに臨むし、デザイン研究所からも「あ、ここが変わったな、でも、ここがまだダメだな」という指摘が出てきて、地道に改善していく、というサイクルですね。
●大矢 重要なのは、こういうことは方法論であって目的ではないということです。デザイン研究所のスタッフはユーザビリティテストにはとても慣れているわけです。一緒に仕事をしていくうちに、「ウェブサイトのユーザー像はこうかな?」という仮説が出てきますが、こういう仮説は全体の70%で、残りの30%は「評価」だと思っています。評価軸は社会状況の変化に合わせて変わっていきますが、その30%のなかに本質的な問題が隠れていることがあります。それを見逃さないようにしないといけないですね。
●安齋 こういうやり方は、私たちが「デザイン出身」というのが大きいでしょうね。デザインって、製品開発のすべてに関わって、実際に形にしないといけない。全体を見て問題を発見して解決して形にして……、こういうことが私たちのなかに軸としてあるのは心強いところだと思っています。
●かわち 企業のサイトがISMSを取得しているというのも、かなり貴重な例ですよね。
●大矢 これは、私たちが一元的にウェブサイトを管理しているから実現できることだと思います。システムに関することは情報システム部が管理していて、コンテンツは各事業部が作っていて、というように分断されているとなかなかこういうことはできないのですよね。自分たちで管理していると、キャンペーンの仕組みなども自由に設計できますからね。こうすることで効率も上がるし、オフィシャルウェブサイトでISMSを取得しているということでユーザーの皆さんからの信頼も得やすいですし。社内に対しても、キャンペーンを各部署でバラバラと勝手にやるのではなく、やるときは私たちに相談してくれるよう、社内宣伝にも使えるわけです。
●安齋 作ったものはヒューマンセンタードデザインでチェックして、管理手法としてISMSを使うという感じです。どちらもPDCAサイクルを回すことにつながっています。
「ネットのことは任せてくれ」で企業情報と事業情報をまとめる
●かわち ウェブサイトを一元的に管理されているということですが、専任部署以外の事業部などの関わりはどのようになっているんですか?
●大矢 2006年に会社情報をリニューアルしようという計画が持ち上がって、社内に「企業情報サイト連絡会」という、コーポレートスタッフ部門を横通しする連絡会を立ち上げ、ある意味での組織化をしました。事務局は、私たち宣伝部と広報部です。その次に、「事業情報サイト連絡会」というものを作りました。これは、各事業部を横断する連絡会で、事業部からウェブサイトに携わる代表者が出てきます。ここで、ウェブサイトにまつわるさまざまなことを話し合い、課題を解決してきています。
●安齋 広報部とともに事務局を運営することで、コーポレートとしてのまとまりが出てきました。最初はなかなか大変でしたけど、具体化するにつれて関心が高まり、協力しようという意識が社内の各所に出てきました。
●大矢 最初の頃は、どうしても自分の部門のコンテンツにしか目がいきません。しかし、時間が経つにつれ、自分の部門と関連のある部門がどんなことをやっているのか、また、やろうとしているのかということが見えるようになってきました。そうすると、コンテンツの重複もなくなってくるのです。
●安齋 採用情報を例にとると、それまでは採用を担当する人事部がすべてを作っていました。そのなかには会社情報のページに出ている情報も含まれていたわけです。そうすると、同じ情報が重複していることになります。会社情報のページが充実してくると、採用情報のページでは会社情報は作らずに、リンクで飛ばせばいいということになります。それまで作っていた会社情報のページを作らなくていいとなれば、人事部は「採用」にフォーカスした別のコンテンツを作ることができるわけです。IRでもこれまでなかなか目が向かなかった個人投資家向けのコンテンツも準備できるようになりました。
●大矢 そうなると、コンテンツの質も高くなるし、IRコンテンツに対する社外からの評価も良くなって、やる気も出ますよね。
コンテンツは「ウェブ1st」
予算を出すから結果も気になる
●安齋 さきほど、2006年に周囲の環境が変わったと言いましたけれど、当社のオフィシャルウェブサイトとして大きな変化があった年です。この年に定款を変更して、公告や株主向けの情報はウェブサイトに掲載するというように変わりました。2007年には「消費生活用製品安全法」の施行などもあって、ウェブサイトの立場というものが大きく変わり、2006年~2007年に企業情報のサイトをリニューアルしました。
●大矢 自社メディアとしてどうやって使っていくかということを深く考え、実行していっているということですね。また、この時点での大きなポイントは、紙に印刷された「環境・社会報告書」などを廃止して、アニュアルレポートも含めたすべての企業情報をまずはウェブサイト用に作るということにしたことです。反対の声もありましたが、ユーザーが必要な情報だけをプリントできるようにするシステムを導入するということで実現しました。
●安齋 このサイトプリントのシステムを使うと、ユーザーが自分に必要な情報を選択して印刷できるので、それぞれにオリジナルな印刷物を作ることができます。CMSによりウェブ掲載用とプリント用のページを同時生成させ、印刷用はすべてをA4で印刷できるように準備したりして(笑)。これは好評ですよ。
●大矢 こういう情報は、本来ならば年に一度の報告ではなくて、日々公開していかなくてはならないと思います。しかし、印刷物のために情報を作ると、どうしても更新頻度は下がります。ですから、これを機にまずはウェブサイトで公開するという順番に変えました。IRは、四半期の報告書を定期的に開示していますが、それ以外の情報はなかなか定期的には出てきません。でも、ウェブサイトを更新しなくていけないという義務感のようなものが出てきて、だいぶ更新頻度が高くなるようになりました。
●安齋 「システムは準備しています、ページの制作もこちらがやります、だから情報だけ出してください」という流れにしています。情報を持っている部門が負担に思いがちな「メインテナンス」という作業も、こちらでやる運用にしていますから、各部門は情報を提供するだけでよいことになります。
●大矢 共通的なウェブサイトの予算の他に、各事業部から出してもらっている予算もあります。そんなに大きな額ではないのですが、予算を出すことはとても重要なことで、費用を出すとなると各事業部に運用の責任も出てきます。責任というと大げさかもしれませんが、せっかくお金を出しているんだからちゃんと更新しなくては、という感じでしょうか。そうなると、ウェブサイトのことが気になるわけです。それを「やる気」に変えると、コンテンツを充実したりビジネスにつなげたりというような正のサイクルが回ってきますね。
●安齋 いかにしてビジネスチャンスを作るか、というのがウェブサイトの大きな目的です。最近ではBtoBの分野でもカタログよりもインターネットで検索して情報を得るというケースも増えていますから、そのような環境の変化に対応するために、いいサイクルを回していくということです。
●大矢 三菱電機のような規模の会社になると、存在そのものが社会的なんですね。たとえば、大きな自然災害や不幸な事故が起きてしまうと、うちが当事者でなくても注目されてしまいます。そのようなときに、どのようにユーザーと対峙するかというのは考えて行かなくてはならないですね。
●安齋 ちょっと大きな事件や事故になると、普段はアクセスがあまりないページにも、たくさん人が検索から来ることがあります。そういう状況を見ていると、会社情報のページなども充実させなくてはならないと思います。
●かわち 最後に、今気になっているキーワードなどがありましたら、おしえてください。
●安齋 2010年、2011年が大きなターニングポイントだと思っています。2011年に地デジ放送が本格化。u-Japanなど複数の政策がターゲットにしているのが、2010年。コンテンツやウェブマーケティングが相当変わると思いますし、それに見合ったシステム・インフラの検討もする時期にきていると思います。
●大矢 当然、表現力も変わるだろうし、誘引方法も変わる。ウェブサイトにあるコンテンツを見てもらわなくては話になりませんから、何を発信して、どうやって三菱電機のことを知ってもらおうか。メディア戦略も含めて検討しなくてはならないと思っています。また、それらをいかにビジネスにするかというのも考えていかなくてはならないですね。
●かわち 本日はお忙しいところお時間をいただき、ありがとうございました。
三菱電機 Mitsubishi Electricウェブサイト概要
三菱電機のコーポレートサイト。B2C/B2Bを問わず製品情報を提供するとともに、広報、IR、CSR、採用、R&D、注意喚起など、さまざまなステークホルダー向けの会社情報が整理されている。印刷やアクセシビリティに関する配慮が成されていることや、「ウェブサイトの開発・運用・保守業務」についてISMS認証を取得していることなどが特徴。
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