大規模Webプロジェクトのマネジメント、成功に必要なのは「守り」ではなく「率いる」能力
最近のデジタルに関わるプロジェクトはすごく複雑化している、と感じることはないだろうか。
MAやDMP、オムニチャネルなどはまさにそれの代表格だ。たとえば、MAを導入するのであれば、顧客管理を行っている部門やそのシステムを開発しているところと組んでプロジェクトを進めなければ成功は見えてこない。
その複雑化したプロジェクトを成功に導くには、一体どうすればいいのだろう?
4月に協業をしたネットイヤーグループの佐々木裕彦氏・齋藤健太郎氏とネコメシの森田雄氏に最近の発注側からの要望の変化や複雑化を極めるプロジェクトのPMOの役割、求められるスキルセットなどを語ってもらった(以下、発話は敬称略)。
「街を作って欲しい!」複雑化を極める発注側からの要望
――最近、相談される内容ってどんな風に変化していますか?
佐々木: 昔は、「サイトを作って」「キャンペーン考えて」とか要件が明確でした。でも、最近はどんどん漠然としていってると思います。
昔からウェブの話はよく建築物に例えられるのですが、私のなかで「ウェブサイト構築」は「ビル建設」に近いんですね。でも最近の要望は、「ビルを建てる」というより「街を作ってください」になってきていると感じています。
今までの要望は、ビルを建設して最適な導線を考えればよかった。たとえば、フロアに対して何機エレベータが必要で、トイレが何個ないといけない、通路の配置はどうするのがいいか、とか。
でも最近は、駅からビルまでの導線ってどうなってるの、それって環境に良く安全なの、ということを考えなきゃいけなくなっている。そういう意味で、漠然としていると感じます。
――それは相談の内容が曖昧になっているということですか?
佐々木: 決してそういうわけではないんです。どちらかと言えば、相談の内容は明確なんですよ。たとえば、「マーケティングオートメーション(以下、MA)を入れたい」とか。でも、詳しく話を聞いていくと「会員サービスがない」なんてことがある。最終成果物のイメージは持っているんだけど、それを達成するための必要な要素が足りない。
これの問題は、相談に来た部署だけでは解決できないことが多いということ。たとえば、会員サービスをゼロから、もしくは作り直す必要があるとなったら、情報システム部門やその会員DBのシステムを作っている外部のベンターとも連携しながらやっていく必要があるわけです。部署を横断しなくちゃいけないし、外部の複数のベンダーとも調整が必要になる。そうなると、当初問い合わせをしてきた部署だけでは抱えきれない話になってしまうんです。
――なるほど。
森田: 先ほどのMAの例で話を続けると、MAを導入するとなると、会員サービスの構築を進めながらMA導入を進めなきゃいけない。お互いのタスクが依存関係にあって、それぞれのプロジェクトが同時に動いているんですね。でも、その2つのプロジェクトを同時に見ている人がいないってことはよくある。
さらに、別々のシステムを連携させるってことは、たとえばAPIを作らなきゃいけない。でも、「誰がそれを作るの? 責任はどっちが持つの?」みたいなことも起きがちです。
佐々木: たいていの場合、発注側からもらう提案依頼書(RFP)には、「APIが必要です」なんてことが最初から書かれていることは、ほぼない。話を具体的に聞いてみて、初めて出てくるんですね。本来は、そういうことをちゃんとマネジメントする役割の人間が必要なんです。
リーダーシップを発揮してプロジェクトを推進する役割の重要性
――では、理想的なリーダーシップとはなんでしょう?
齋藤: 昨今の大規模化・複雑化するプロジェクトでは、できるだけ俯瞰的な視点を持って、プロジェクト全体を見渡して、ゴールへ推進していく存在が不可欠です。
従来のSIerが主導する大型プロジェクトの場合、PMO(プロジェクトマネジメントオフィス)と呼ばれる機能をプロジェクト内に設置することが多いですが、名前の通り、通常はプロジェクトマネジメントの機能しか持っていません。
システム開発が目的のプロジェクトであれば、それで十分でした。しかし、いま多くのシーンで求められているのは、CXであったり、マーケティングであったり、コミュニケーションであったり、それらによる成果や結果です。
こうなってくると、プロジェクトを成功に導くために求められる知見として、プロジェクトマネジメントが必要なのはもちろん、CXやマーケティング、テクノロジーなども当然のように求められてきます。
さらに、佐々木が話したように、「最終成果物が意味のあるものなのだ」と誰もがわかっていても、それが各部署にとってどう恩恵があるのか、部署によって目的も異なる、ましてや予算の出どころも違う。そういう複雑に絡み合った状態をいかに同じ方向に向いてもらうか。そういったコミュニケーションを取れる役割も必要です。
――リーダーシップの役割を持つのは発注側? それとも制作側? どちらがいいのでしょう。
齋藤: 極論を言えば、どちらでもよいと思います。従来型のPMOの場合、「予算や期間通りに進行させる」という、どうしてもディフェンシブな役割の印象が強いです。
しかし、それだけでは最近の複合的なプロジェクトを成功に導くことが難しくなってきています。プロジェクトで求められる横断的な知見を備えたうえで、リーダーシップを持って全体を引っ張って行かなければ、成功はおぼつかない、というのが現実だと思います。
一般的な開発案件におけるプロジェクトマネジメント費用は予算全体の20%程度と言われていますが、それは先に挙げた純粋なプロジェクトマネジメントだけを行う場合の話です。
複合的なプロジェクトを成功させるために、知見とリーダーシップを兼ね備えてマネジメントをしていくのであれば、そこにもっと予算を割いてもいいのではないかと最近は考えています。
どうしても「マネジメント」という目に見えないタスクに予算を割り当てることは、違和感を持たれやすいのですが、そのタスクの重要性というのはこの先さらに高まっていくはずです。「知見とリーダーシップを兼ね備えてプロジェクトを引っ張っていく」という役割に対して適正なコストを割り当てていく、というのが今後の複合的なプロジェクトを成功に導く鍵になるはずです。
すべてのプロジェクトは顧客視点
――システム開発だと、SIerが一次請けになってプロジェクトを進めるというのが一般的ですよね? 建築でもゼネコンが一次請けになって進める。ウェブとかデジタルもその流れがありますか?
佐々木: 日本の構造としては、一次請けがいたほうがいいんですよね。
でも、一次請けの会社のビジネスモデルに、機能がすごく寄りやすいと感じています。広告代理店が一次請けになると予算を広告に寄せがちになって、SIerがやるとシステムに寄せがち、みたいなことはありますね。
結局、「誰のために、何のために」と考えると、システムのためでも広告のためでもなくて、顧客体験のために、という視点で考えたいですよね。
――だとすると発注側は、CXに重点を置きたいなら、CXが強みの企業に頼むべきで、セキュリティとかシステムとかを重視したいなら、SIerに頼むのがいいってことですか?
森田: いや、たとえ何であってもすべてCX目線で良いはずです。金融機関で、セキュリティ面を重視するから、SIerに頼んで構築したとしても、最終的に誰かがお金を下ろすわけです。そこには、やはりCX目線が必要です。ただ、その規模感の仕事に耐えうるだけの体力があらゆる会社にあるかというと、どうでしょう。大きな会社がフロントに立たざるを得ないという状況が考えられますね。
佐々木: そうね。ちょっと話が変わりますけど、欧米って昔からブランドマネジャーの力がすごい強いから、マルチエージェンシー(複数の代理店)を使い切るっていうスタンスなんです。発注側が強くて、ちゃんとエージェンシーをまとめきれるんですよね。殺すわけでもなく、いいところを引き出しながら、ちゃんとチームを作れるんです。でも、日本ではなかなか難しいかな。
――プロジェクトにおけるPMOの重要性はわかりましたが、実際にそんなスーパーマンのような人材っているものですか?
佐々木: そう、いないんです(笑)。じゃ、どうするかっていうと「1人の能力でカバーできないんだったらチームで対応する」。テクノロジーがわかる人、マーケティングがわかる人、進行管理ができる人の3人チームでプロジェクトを回そうとネットイヤーグループでは取り組み始めています。
でもその3人は、常にフラットな関係じゃないとダメなんです。進行管理の下に2人(テクノロジーとマーケティング)がいるという意識ではいけません。そこで、ネコメシさんとの協業することになりました。
新しい仕事の仕方とキャリア形成
――協業の目的はずばりなんですか?
佐々木: 目的は2つですね。表裏一体の関係にあるんですが、「ウェブデザイナーやエンジニアの人材育成」と「新しい仕事の仕方を創造する」ことですね。
ウェブデザイナーやエンジニアが5年後、10年後もキャリアを積み重ねられるようにするには、自分の専門分野の知識を深掘りする一方で、プロジェクト全体を俯瞰できる知識を持っていることが大事だと思うんです。スペシャリストでありながら、マルチプレーヤーであるというか。
ネコメシさんは少数精鋭で仕事をしているので、必然的に自分の専門分野はありつつ、個別最適にならずに、プロジェクト全体を俯瞰してみて、全体最適をする仕事の進め方を当たり前にしているんですよね。
さっきのPMOの話からもわかるように、発注側からの要望も一見明確なものでも、ひも解くと漠然としているわけです。そういった要望をプロジェクトとして推進して、最終成果物のクオリティを上げるには今までの仕事のやり方とは違う方法を模索することも大事かなと。
――具体的に仕事の仕方を変えるってどういうことですか?
森田: たとえば、Webサイトのワイヤーフレームを作ろうってなったとしますよね。IA(情報アーキテクト)の領域にだけ閉じていると、構造設計の過程で「こういうコンテンツが必要だ」となったときに、ライターを呼んでコンテンツを作ろうとしちゃうかもしれない。でも実際は、データーベースからコンテンツを引っ張って来れることもあるわけです。
もっと言うと、持っているコンテンツはこれだけあります、それから引き出すにはこういうやり方があります、ということを知ったうえで、インタラクションにあふれたワイヤーフレームを作らなきゃいけないんです。
そのためには、「システムのこと」や「APIのこと」を知らないといけないわけだし、それが「どう組まれるのか」を知らないといけないんです。
「自分の軸足はどこにあるか」を理解したうえで、どんどん他の領域に浸食していかないと、より良い成果物ができないんです。
でもこのやり方が「効率的か」と言われると違う。成果物をスピーディに作らなければいけない場合は、それぞれの領域が分担して、それぞれのパーツを作って、組み立て、最終成果物を作る、といったやり方が適しているはずです。求められる最終成果物によって、「臨機応変に仕事の仕方を変化させられる」ことが大事なのです。
――なるほど。
佐々木: そういった良いところを組み合わせて、「新しいサービス形態、新しい人材育成、新しい仕事の仕方」にチャレンジしようというのが今回、協業に至った理由です。
森田: ちなみに、ネコメシ的なメリットを言うと、社会にインパクトのあるお仕事ができる可能性があるってことですね。そこに我々の技術力が若干でも関与して、社会を変えるお仕事に関与できることが我々のメリットです。
――ありがとうございました。
(取材・文・写真:編集部)
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