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マーケティング・メジャーリーガー阿部剛士が語る「CMOは第一級のマルチタレントであれ」(後編)

前編に続いて、横河電機 阿部剛士氏のインタビューをお届け。後編は、CMOになるためのアドバイス。

前編に続いて、横河電機 常務執行役員でマーケティング本部・本部長の阿部剛士さんのインタビューをお届けします。後編の注目は、CMOになるためのアドバイスです。

(取材・文:Marketing Native編集部・早川 巧、人物撮影:稲垣 純也)

    

変化を見極める力は、現場で磨かれる

――ほかに感じていらっしゃる課題はありますか?

情報収集力です。私のグループの人たちには「オフィスに来るな」と言っています。「もっと外へ行け」と。私も毎月、海外出張しています。ネットで何でも簡単に情報が取れる時代ですが、それでも自分の足で現場に行って、見て、聞いて、感じることに勝るものはありません。いろんなところに自分が出向いて、五感で情報を取ってくることが、フェイクニュースに惑わされることなく、膨大な情報の中からちょっとした変化の兆しを見極める力を鍛えます。

――情報収集力という点で、ほかに阿部さんが気をつけていることは何ですか?

どの世界にも、「ハブ」のような人がいるので、その人をつかまえることです。「六次の隔たり」という法則がありますが、人づてにたどっていくと、6人以内に会いたい人に会えるものです。ハブをつかまえられると、人脈の幅が大きく変わります。人が人を呼ぶ「引き寄せの法則」が働くんです。そうなれば情報が自然に集まってきます。

――阿部さんのような肩書きがあるから、人も情報も集まってくるんじゃないんですか?

いや、キャラクターだと思います。私は人に対して壁をつくりません。あとは、笑いを取ることを常に意識しています。もともと関西人なので、笑いは大好きですし、人を笑わせることは得意なほうです。もちろん、私に会いたいと思ってもらえるように自分の価値を高める努力は日々怠りません。

――阿部さんのキャリアはエンジニアから始まっています。マーケティングはどのように勉強されたのですか?

マーケティングに携わる1つのきっかけは、前職のインテルで「インテル、入ってる」という新卒採用強化のために打ち出したキャッチコピーが大ヒットして、アメリカのインテル本社が「intel inside」と追随したのを目の当たりにしたことです。それまではブランドなんて関心がなかったのですが、「ブランドって何だろう?」と俄然、興味を持つようになりました。それでPRを勉強したいと会社に申し出たところ、アメリカの本社で学ぶ機会を得て、帰国後いきなり広報室長にさせられました。それがそもそもマーケティングに入るきっかけです。

――では、勉強したというよりも、実践で身に付けたという感じでしょうか?

前半は実践で学びました。ただ、途中でこのままでは駄目だと思って、2005年に芝浦工業大学の技術経営学科に入学しました。その後、大学院に入って博士号も取得しています。実践で身に付けた筋肉に知識という栄養が染み込んでいくのを実感し、スポンジが水を吸い取るようにグングン吸収できました。まるで手品のタネ明かしを聞いているようで、初めて勉強に面白さを感じたのを覚えています。

マーケターは、自分のダイバーシティを広げるべし

――「自分は他のマーケターと比べて、ここが優れている」という点はございますか?

それは全然思っていません。自分はマーケティング初心者だと認識していますし、名刺にも「CMO」とは書いていないんです。というのも、マーケティングは「ing」ですから、いつも変化しています。だから、自分がトップだと思っているようでは駄目で、いつもビギナーという意識を持って謙虚に学び続けることが大切だと思います。

唯一言えるとすると、「イントラパーソナル・ダイバーシティ」(intrapersonal diversity)、つまり1人でいろんなことができるという点は胸を張れます。それも中途半端では駄目で、第一線で活躍できるレベルを目指すべきです。私はもともとエンジニアですが、広報の経験もありますし、マーケティングや財務、経営もわかる。マルチタレントなんです。最初は「歌って踊れるエンジニア」を目指していましたから(笑)

だから、例えば工学を学んだ人が、次は経営学を勉強するとか、財務の資格を取るといったことが大事で、「エンジニアといえども、財務諸表を見て笑えるようになりなさい」と言っています。

――財務諸表を見て笑えるって…。

笑えるんです。単年で見ても笑えませんが、5年連続で見ると、「この会社、少しでも良く見せようとして、苦労しているなあ」とか「この会社、本当は大変なんだなあ」という実態がよく見えてきます。そうすると、笑えますよ。

昔は専門職ならその道1本でも良かったのですが、これからの時代、CMOを目指したいなら、1人で2つか3つの得意分野を持ったマルチタレントであるべきです。その点、私はダイバーシティが強いと思います。
――若い世代のマーケターが、得意分野を複数持ったハイマーケターになるために心がけるべきことはありますか?

好奇心を持つことです。知りたがる心、好奇心が強ければ強いほど、マーケターに向いています。アメリカのスタートアップのトップに、「一番大事なものは何ですか?」と聞いたら、10人中7人くらいは、「curiosity」(好奇心)と答えると思います。

3歳くらいの子供が、「お母さんどうして空は青いの?」と質問を繰り返す「なぜなぜ攻撃」のような好奇心を持つようにスタッフにも伝えています。例えば、「なぜフォークの歯は4本なのか?」「なぜ回転ドアは回転しているのか?」――それにはちゃんと意味があるんです。そんなふうに「日常生活の中から疑問を見つけて、調べる努力を続けなさい」「そういう訓練を積むことが好奇心を鍛えることになります」とよく言っています。

――なるほど。ほかに後進の育成という点で阿部さんが実行していることはありますか?

「YOKOGAWA University」という仮想大学を2018年の春、社内に立ち上げました。教育こそ最も大切なアセット(資産)です。年齢や社歴、役職など関係なく、勉強したければいつでもスタートできます。生涯学習ですね。AIなどテクノロジー関連のハードスキルセットもありますが、人間力やリーダーシップなどソフトスキルに関するトレーニングも用意します。

前職のインテルには「Intel University」がありまして、そのコンテンツたるや、1本1本が販売できるくらい高品質なんです。私はその中で7つほどコンテンツを持って教える側だったのですが、教えることは自分にとってとても良い勉強になりました。そうしたトレーニングをYOKOGAWAでもやりたいと言って、「YOKOGAWA University」を作ってもらいました。現在、コンテンツの中身を作成しているところです。

ただし、教育をしたらそれで終わりではありません。教育が占める割合は全体の10%で、残り90%はやはりOJTです。車の運転と同じで、免許を取ったら継続的に運転しないと、すぐにペーパードライバーになってしまいます。机の上で習ったことなんて、1週間もすればほぼ忘れてしまいますよ。ですからマネージャーは、習ったことをすぐに実践させる環境を用意する必要があります。学習して実践するということを繰り返せば、強くなります。こうして人を育てていくわけです。ほかには、海外の大学で武者修行させている人もいます。外の空気を吸ってもらって、自分がどれくらいのレベルなのかを認識させることも大事です。そうした機会をつくってあげることが、マネージャーの最も重要な役割の1つだと思います。

人事もマーケティングで変わるべき

――阿部さんは、西島社長から「横河電機を変えてほしい」という要請を受けて入社したとのことですが、あらためて、どのように変えていこうと考えているのでしょうか?

横河電機は、まだまだ伸びる会社です。ただし伸び方も、10センチ伸ばすのか、1メートル伸ばすのか、あるいは5メートル伸ばすのかによって、すべきことが異なります。私は5メートル伸ばしたい。

これまでは安定したエネルギー業界という枠組みの中で成長を続けてきましたが、これからの時代、そこに安住することはもう許されないと思います。そんな変化の激しい時代に、変化に対応するというレベルではなく、変化を作りだすくらいの企業カルチャーにするのが私の役目です。そうすれば5メートルくらい育ちます。

基礎力はもともと強い会社です。だから大事なのはコーポレートカルチャーと従業員のマインドセット。この2つをデジタルトランスフォーメーション(※6)に向かっていくような考え方に変えて行く。これに直近で手をつけます。

後は新しいことにどんどんチャレンジできる仕組みづくりです。これは口で言うのは簡単ですが、なかなか難しいんですよ。なぜならそれに適した人事制度になっていないからです。「新しいことにチャレンジしろ」と言って失敗したら、結局バッテンをつけられます。これはYOKOGAWAだけでなく、日本の多くの企業に共通することですが、こうした減点方式では意欲的にチャレンジする風土がなかなか育ちません。

私は人事もマーケティングの対象だと思っています。まず、リスクを取って新しいことに挑戦し、成功したら待遇面で報われるようなインセンティブ・プランの設計をすべきと考えています。

――その点、インテルはどんな感じなんでしょうか?

うまいです。自分が取りたいポジションについては、割と自由に行けます。イントラネットに行くと、募集中の仕事があって、応募ボタンを押すと担当者と面接がセットされるんです。そこでお互いに「いいね!」となったら、送り出す側の人間は止められないんです。この仕組みで人の流れが柔軟になります。

これはとても大事なことで、こうした異動がイノベーションのきっかけになったケースをたくさん見てきました。マネジメント側はいかに社員にチャンスを与えるかが大事ですし、社員は自分でチャンスを取りに行く必要があります。

よくあるのが、「駄目だったら元の部署に戻れるんですか?」という発想です。恋はいつも片道切符だよって(笑)。退路を断つ覚悟がないと、異動先で成功しないでしょう。

――最後に、これもみなさんにお聞きしているのですが、注目している企業はございますか?

ありすぎますし、言えないところも多いんですが、ベンチャー企業で最近すごいと思ったのは「いずみホールディングス」という会社ですね。水産、畜産、農産の分野で最新テクノロジーを活用して、食品流通の最適化を図っている会社です。

変わったところでは、「Bonyu.lab」という会社が面白いと思いました。「Bonyu」って、あの母乳です。母乳を検査して、不足している栄養素や食材、食事方法などを分析しフィードバックする会社です。アメリカでは、オバマケアのおかげで母乳育児がサポートされていて、保険に加入していると搾乳機が無料になるのですが、日本でもあらためて母乳の良さが見直されるかもしれません。まだスタートアップとも言えないくらいの会社のようですが、良いところに注目していると感じます。

いずみホールディングスさんといい、Bonyu.labさんといい、こういう人たちがたくさん出てきているのを見ると、日本の将来は意外と明るいなと思います。

――そういう方々とも日頃から交流されているんですね。

いろいろと勉強させてもらっています。学びが止まらなくて、日々勉強です。

※6
デジタルトランスフォーメーション:企業がITなどのテクノロジーを活用して、業績や事業の対象範囲を大きく変化させること。

阿部 剛士(あべ・つよし)
横河電機株式会社 常務執行役員/マーケティング本部 本部長。
1985年インテルジャパン株式会社(現インテル株式会社)入社。エンジニアからキャリアをスタートさせ、広報室長、マーケティング本部長、取締役副社長兼技術開発・製造技術本部長などを歴任。2016年横河電機に入社、現在に至る。

 

[記事執筆者] 早川巧
株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writerとして四半世紀以上のキャリアあり。Twitter:@hayakawaMN

 

 

 

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