【レポート】アナリティクス サミット2019

Oisix奥谷氏が語る、B2C企業のチャネルシフト戦略の考え方と世界最先端事例

オンラインとオフラインのチャネルを融合させ、ほかにはない購買体験を作る

“チャネルシフト”とは、一般的にオンラインを基点としてオフラインに進出し、顧客とのつながりを創り出すことによって、マーケティング要素自体を変革しようとする戦い方だ。顧客が商品・サービスを「選択して、購入して、その商品を使用する」といったすべての行動を「顧客時間」として捉え、オンラインとオフラインを融合した状態にすることが重要となる。企業はどのように戦略を立ててチャネルシフトを行っていけばよいのだろうか。

アナリティクス アソシエーション(a2i)主催で4月9日に開催された「アナリティクス サミット 2019」に登壇したオイシックス・ラ・大地の奥谷氏は、チャネルシフトの考え方や事例、顧客時間の重要性、それらによってマーケティングをどのように変革していく必要があるかについて解説した。

奥谷幸司氏
オイシックス・ラ・大地株式会社 統合マーケティング本部・店舗外販事業部管掌 店舗外販事業部 執行役員 兼 COCO(Chief Omni Channel Officer) 奥谷孝司氏

AmazonやZOZOTOWNが挑戦しているチャネルシフトの事例

奥谷氏はまず“チャネルシフト”の話から講演をスタートした。チャネルシフトと言えば、一般的に「店舗オペレーションの変革」だと捉えられることが多いだろう。たとえば、「オンラインからオフラインへの進出する」「オフラインからオンラインへの送客する」といった意味合いで使われる。

しかし、チャネルシフトは、「店舗オペレーションの変革」だけでなく「マーケティングの変革」だと奥谷氏は指摘する。その根拠を示すために、奥谷氏は「チャネルシフト・マトリクス」を使って解説した。

チャネルシフト・マトリクスの横軸は「選択」で表され、顧客が何らかの商品を「選択」するときの状況が「オンライン」と「オフライン」で分かれている。縦軸は「購入」で表され、顧客が何らかの商品を選んで「購入」するときの状況が「オンライン」「オフライン」で分かれている。

奥谷氏は、このチャネルシフト・マトリクスを使って、「Amazon」や「ZOZOTOWN」といったオンライン企業がどのようにオフラインに進出し、マーケティング変革を実施しているか具体的に説明していった。

チャネルシフト・マトリクス

チャネルシフト事例:Amazon

まずは、Amazonをチャネルシフト・マトリクスで分析した場合、2方向のチャネルシフトが行われていることがわかる。

「選択」も「購入」もオンラインで行う「Amazon.com」を基準として、「選択」をオフラインにチャネルシフトしたサービスが、「Amazon Dash」「Amazon Echo」「Amazon Go」だ。これらのサービスは、顧客がネットにつながっていることを意識しないで決済まで進むサービスが多く、必ずしも店舗フォーマットにはこだわっていないことがわかるだろう。

一方で、「購入」をオフラインにチャネルシフトしたのが「Amazon Books」だ。オフラインで購入できるようにするには、店舗フォーマットを使う必要がある。しかしAmazon Booksは、オフラインで購入できるという単なる店舗体験を提供するだけでなく、オンライン上の顧客行動データに基づいた、プライム会員の優越感、リアルなAmazon体験を提供しているのだ。

Amazonは、「ネットにおけるすばらしい買物体験を店舗でも提供する」というメッセージを出している。小売業は、このメッセージを意識しておく必要がある(奥谷氏)

チャネルシフト事例:ZOZOTOWN

たとえばZOZOTOWNが、商品の選択をオフラインで行えるようにシフトしたものが「ZOZO SUIT」だ。ZOZO SUITは、アプリと一緒に使うと、体の採寸ができて、自分の体にフィットした商品が購入できるというもの。これは、顧客の自宅を試着室に変える体験である。

チャネルシフト事例:BONOBOS

また、オンライン・メンズ・アパレルブランドのBONOBOSは、購入をオンラインからオフラインへシフトする取り組みとして、試着用の商品のみが置かれている店舗(ガイドショップ)を用意した。購入は店員が持っている端末から行い、後日商品が送られてくるという仕組みだ。

店舗のデジタル化を進めることで、接客が不要になると言われることがあるが、奥谷氏は「接客の高度化のために店舗をデジタル化する必要がある」と説明する。店舗をデジタル化することで、オフラインでの顧客データとオンラインでの顧客データを統合して把握できる。今後は店舗にデジタルツールが置かれていくことでそれを武器として競合と差別化をしていくフェーズに入っていくだろうと言及する。

チャネルシフトとは、オンラインを基点としてオフラインに進出し、顧客とのつながりを創り出すことによって、マーケティング要素自体を変革しようとする戦い方だ。また、一方で、ネット企業が提供するリアル体験は、店舗フォーマットを用意する負担が重いため、「店舗」という形態にはこだわっていないケースが多い。上記のチャネルシフト・マトリクスの左下(選択も購入もオフライン)にチャネルシフトする企業は少ない(奥谷氏)

「使用」に至るまでの顧客時間を捉えることが重要

さて、チャネルシフトして顧客とのタッチポイントができたら、次はオン/オフの行き来を「顧客時間」で捉える。マーケターは、どうしても「売れたかどうか」に注目するが、顧客視点で「なぜその商品を選択して購入し、どのように使用しているか」を顧客時間で捉え、顧客とのエンゲージメントを作ることが重要となる。

顧客の行動データを把握し、「販促」「価格」「商品」すべてを最適化する

顧客とのエンゲージメントを高めていくには、もっと顧客の行動データを活用して、「販促」「価格」「商品」のすべてを最適化していく必要があるのだ。

顧客時間フレームワーク

顧客時間の事例:DIFFERENCE

オーダースーツの「DIFFERENCE」では、アプリで来店予約を行い、初回はオフラインでテーラーによる採寸を受け、2着目以降はオンラインで購入できるというサービスを展開している。2回目以降は接客を受ける必要がなくなり、自らのデータを渡す許容度も低くなるという。

顧客時間の事例:WARBY PARKER

メガネ販売の「WARBY PARKER」は、店舗展開を積極的に行っているが、検眼予約などはネットで行い、メガネの受け取りは店舗ではなく郵送で行う。店舗はさまざまなメガネをかけている自分を楽しむ“上質な体験をする場所”として提供しているのだ。

WARBY PARKERは最初から店舗展開をしていたのではなく、メガネの移動販売を行ったりしながらリアルなタッチポイントの可能性を検証していたという。それ以前にも、Warby Parkerはサンプルのフレームを貸し出すサービスを行っており、慎重に検証を繰り返しながら、顧客時間を設計し、リアルのタッチポイントデザインを行なっているという。

ネット企業にとっては、店舗のあり方も変わってきている。店舗が空洞化していく中で、フラッグシップショップだけでなく、ポップアップストア(期間限定の店舗)の可能性も考える必要がある

顧客時間の事例:スターバックス

欧米では、コーヒーチェーンのスターバックスが、アプリでネット注文して店頭で受け取れる事前注文サービスを始めている。利便性が上がるだけでなく、デジタルで事前注文することで、店舗で名前を呼んでもらえるという親近感も生まれると奥谷氏は説明する。

顧客時間の事例:Amazon Books

企業基点で顧客時間を考えると、どうしても「選択」と「購入」に重点が置かれ、顧客をどのように追いかけて、いかに効率のよいプロモーションを仕掛けるかということばかりに目が向いてしまう。

しかし奥谷氏は、「顧客にとって価値が高く、最も長く時間を使うのは『使用』である。顧客基点で顧客時間を考えて、選択、購入、使用をしっかりとつなげて、他社にはない購買体験をどのように提供していくかを考える必要がある」と説明する。

単なる店舗体験を作るのではなく、顧客行動データに基づいて、顧客の趣味嗜好を知った上で、提案のある接客をできるようにすることが重要だ。

奥谷氏は、先述したAmazon Booksは体験ドリブンな店舗だと語る。顧客行動データに基づいた商品陳列はもちろん、店内に置かれた端末で、本の価格を調べるとプライム会員のほうがお得であることがわかる仕組みになっている。プライム会員になったほうがよいことをリアルな店舗で伝えている。

これを顧客時間フレームワークで見ると、「選択」時に商品推奨を行って販促提案し、「購入」時にプライム会員を推奨して価格提案を行っている。さらに、Kindleを使うことによって、「使用」時間のデータも取ることができ、商品提案まで行えるようになっている。

顧客の購買体験において、オンとオフはすべてつながっているため、顧客視点で行動データを見るべきだ。顧客時間に寄り添い、オンラインとオフラインのチャネルを融合させ、ほかにはない購買体験を作ることが重要だ(奥谷氏)

チャネルシフトによって変革されるマーケティング

チャネルシフトによって、マーケティングはどう変わっていくのだろうか。奥谷氏は、「企業プロダクト基点のフロー型のマーケティング思考では今後難しい。顧客エンゲージメント基点のストック型のマーケティング思考にする必要がある」と述べる。

一般的なマーケティングの4Pとして下記がある。

  • Product(製品)
  • Price(価格)
  • Promotion(販促)
  • Place(チャネル)

従来のマーケティングは、Product(製品)に適切なPrice(価格)を付け、Promotion(販促)をかけて、Place(チャネル)で売るという考え方だった。

今後はそれが、Place(チャネル)を基点にEngagement(エンゲージメント)を作っていくことで、Product(製品)、Price(価格)、Promotion(販促)に大きな影響を与えることができるという考え方になる。これを「ENGAGEMENT 4P」と言う。

ENGAGEMENT 4Pの事例:TRIAL(トライアル)

小売業のTRIAL(トライアル)では、スマートレジカートを導入し、専用のプリペイドカードで顧客を紐づけてレコメンデーションなどを行うことができる。また、店内には最新のデジタルサイネージや最新のデジタルPOPが用意されている。

こういった店舗によって、小売業は顧客や仕入れ元のメーカーとの関係を変えていくことができる。店舗で取れる顧客データをメーカーと共有できるとともに、プリペイドカードとスマートレジカートを使う顧客には特別なプロモーションや価格設定を行うことができるようになり、エンゲージメントをループさせることが可能となる。

企業のメッセージが生活者に届きにくくなっているなかで、顧客との新たなつながり方が重要となってくる。アプリやSNS、コミュニティなどで生活者とつながり、丁寧なコミュニケーションを行っていくことがB2C企業には重要。チャネルシフトは、コミュニケーションチャネルを作ることを意識し、ブランド価値を向上させるためにデジタルマーケティングを使ってもらいたい(奥谷氏)

奥谷氏は、企業マーケティングに求められる3つのパラダイムシフトとして下記を挙げた。

  1. KPIが変わる
  2. ブランディングが変わる
  3. チャネルの役割が変わる

KPIは商品の売り上げから顧客基点のKPIに変わる必要があり、ブランディングはメディアで伝達するのではなく、顧客による体験が中心となり、チャネルの役割も「商品の販路」から「顧客とつながる場」へとパラダイムシフトしていく必要があるというわけだ。

奥谷氏は、「今年は、オフラインやオンラインのさまざまな場所で買物をしている顧客の快楽性と功利性について調査し、優れた場(Place)を提供するためにベストなカスタマージャーニーはどうあるべきなのかについて研究していきたい」と話し、一緒にリサーチしてくれるパートナーやサポーターを募集しているとアピールし、講演を締めくくった。

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