スタートアップのマーケティングを支援する「ビタミンゼミ」(※)。Marketing Nativeで6回目を迎える今回のレポートは、株式会社才流 代表取締役社長 栗原康太さんが講師を務めた「BtoBマーケティング」に関する講座内容をお届けします。
スタートアップは企業の段階に合わせて「シード」「シリーズA」「シリーズB」「シリーズC」などのフェーズに分類され、段階に応じてそれぞれ起こりやすい課題があります。では、スタートアップでBtoB事業を展開する場合、各フェーズでどのような課題が起こり、どう対処すれば良いのでしょうか。
今回はビタミンゼミで栗原さんが解説した「シリーズA」~「シリーズC」の課題と対策をご紹介します。
(取材・文:Marketing Native編集長・佐藤 綾美)
※ビタミンゼミ:ビタミン株式会社が運営。詳細は【ビタミンゼミレポート#01】をご参照ください。
BtoBは営業コストがかかりやすい
栗原さん(以下、栗原) 下記は、スタートアップを「シード」「シリーズA」「シリーズB」「シリーズC以降」とフェーズごとに分けて、評価額や定性定義、組織規模、マーケ組織の人数、やるべきこと、あるある課題を整理した表です。評価額については、一般的な金額を記載していますが、シリーズAの企業で数十億円の時価総額が付く場合もあります。
画像提供:株式会社才流
本日はシリーズA、B、C以降のよくある課題と対策についてお話しします。
まずはシリーズAです。シリーズAは、プロダクトがおおよそ完成し、初期ユーザーへの販売実績が一部生まれている状態を指します。デモプロダクトの開発や、企業の代表の人脈をもとにした営業活動、PoC(Proof of Concept:概念実証)での受注などを行っているフェーズです。シリーズAにおけるマーケティング投資(特にプロモーション)は少ない傾向にあり、あるとしても仮説検証のために少額でマーケティング投資を行い、ユーザーの反応を見ることが多いと思います。
シリーズAによくある課題は主に3つ挙げられます。1つは、顧客が製品を理解して試したり導入したりする「セルフサーブ」でプロダクトを伸ばそうとすること。2つ目が、オンラインマーケティングのみで済ませようとすること。3つ目が、マーケティング施策から顧客のインサイトを得ようとすることです。それらをまとめて「空中戦の罠」と名付けさせていただいています。
▼シリーズAのよくある課題
- セルフサーブでプロダクトを伸ばそうとする
- オンラインマーケティングのみで済ませようとする
- マーケティング施策から顧客のインサイトを得ようとする
日本のBtoB事業はセルフサーブが成り立ちにくい
ユーザーにセルフサーブ型で無料トライアルをしてもらい、そこから本導入につながることは、日本の商習慣上、ほとんどあり得ないと思っています。BtoCと異なり、BtoBの購買関与者は部門内や部門外、上層部などと、複数かつ多層にわたっています。また、ボトムアップで意思決定が行われるため、予算取りや稟議申請など、購入に至るには多くの社内調整が必要です。そのため、Webサイト上のコンバージョンポイントが「無料トライアル」となっていても、サービスやプロダクトを試用できないケースがあります。資料請求または問い合わせを行い、営業担当者から話を聞いて、社内稟議で上長に説明した後、無料トライアルを申し込むのです。
あるWebサイトで「無料トライアル」しかボタンがなかったところに、稟議用の「資料請求」のコンバージョンポイントを置いたところ、CVRが2倍になったことがありました。BtoBでお客様に意思決定をしてもらうには、手厚いフォローを行い、進捗を伺うなど、いわゆる泥臭い営業プロセスが必要です。
また、BtoBのリードの70%は長期的なフォローが必要というデータもあります。「決算の都合により、来期の予算で行う」など、課題があったとしても今すぐ着手できないケースは割と多く、お客様の予算ができるまでの間、フォローしたり追加提案を行ったりし続けるコストがかかります。
お客様の認識を変えるには丁寧な営業プロセスが必要
オンライン上のコンテンツやPRといったマーケティング施策は有効ではありますが、それだけでお客様を購買に動かすのは難しいものです。
例えば、中小企業の経営者向けにコンサルティングサービスを提供する船井総合研究所が、いかに丁寧に営業しているかをご紹介しましょう。彼らが販売するのは、購入の意思決定が難しいサービスの一つ、コンサルティングサービスです。そのため、会社を知ってもらうさまざまな取り組みを行っており、有料のCDやDVD、経営セミナーなどを提供しています。有料のCDやDVDの販売は最近あまり行われていないようですが、自社の経営ノウハウを提供する有料セミナーは年間で863回開催され、2万人以上が参加しているそうです。さらに、業種・テーマ別に定期開催される経営者のための勉強会「経営研究会」もあります。
画像提供:株式会社才流
こうした数々の情報提供を受けているうちに、「コンサルティングをお願いしたい」と思うユーザーが出てくるわけで、やはり丁寧な営業プロセスが重要と言えます。
お客様と会ってインサイトを得る
PMF(Product Market Fit)していないシリーズAのフェーズで、Google Analyticsや広告の管理画面を見て、定量的なデータからインサイトを得ようとするのは避けたほうが良いでしょう。それよりも、ユーザーインタビューやテレアポ、商談などで定性の情報を得るほうが望ましいと思います。ログなどの量的な情報は奥行きが浅く、それ以上のことを導き出したり、顧客のことを読み取ったりするのは難しいためです。インタビューや観察を通じて、お客様の表情、空気感なども感じながら、インサイトを得ていく必要があります。
▼シリーズAのよくある課題の対処法
- 「ハイタッチな営業・サービス提供」を前提に考える
- 「丁寧な営業」を前提に考える
- 定性データからインサイトを得ようとする
ビタミンゼミ・高松さん(以下、高松) 営業コストがかかるとのことですが、初めから営業コストを考慮して、サービスやプロダクトのプライスを決めるべきでしょうか。
栗原 そうですね、営業コストを加味してプライスを決めたほうが良いでしょう。例えば「Chatwork」や「Slack」、「Zoom」など、既存ユーザーが新しいユーザーを連れてきてくれるような仕組みのプロダクトを除き、営業コストを加味したプライス設定が必要だと思います。
プライスとターゲットの設定が鍵
栗原 続いてシリーズBです。シリーズBは、特定のセグメントに対してPMFしており、人や資金などのリソースを増やせば一定の売り上げが伸びると、ある程度判断できる状態と考えています。このフェーズでは、営業とマーケティング活動を行うほか、マーケティング投資を行うターゲットを特定し、ターゲットに対する理解を深めたり、Go To Market戦略の策定に注力したりします。
シリーズBによくある課題は、「低い許容CAC(Customer Acquisition Cost:顧客獲得単価)と解像度の罠」です。プライスとターゲットの設定を誤り、CACにお金をかけられないことや、採用を始めてメンバーが増え、創業メンバー以外の顧客解像度が低く、戦略や施策がはまらないことがあります。
▼シリーズBのよくある課題
- プライスとターゲットの設定を誤り、CACにお金をかけられない
- 創業メンバー以外の顧客の解像度が低い
重要なのはLTVを伸ばすこと
まず、低い許容CACに関する話です。マーケティング組織の実行力よりもLTVが高いほうが、マーケティングは強くなると考えています。恥ずかしながら、私も1年半ほど前にこのことを理解しました。Sansanやビズリーチ、SmartHRなどの企業のBtoBマーケティングが強い理由は、実行力や組織力が高く、人が優秀であるからだと考えていた時期がありました。しかし、一つの相談をきっかけにして、ファクターは必ずしもそれだけではないことに気付きました。
あるSaaS企業の新規事業で、「マーケティング投資を行い、顧客数を3倍にしたい」と相談を受けました。しかし、そのプロダクトは月額2万円、LTVが大体72万円で、受注率や商談獲得率などから逆算していくと「CPA(Cost Per Acquisition:1件あたりの成果獲得にかかるコスト)は1万8,000円で抑えたい」と言います。1万8,000円で取れるチャネルは選択肢が少なく、テレアポや飛び込み営業、効率が良いワードでのリスティング広告くらいしか手立てがありません。利益は出るとしても、スタートアップに求められるスピード感やスケールの大きさは出づらいと感じました。
同じ頃、1件につきLTVが3,000万円くらいあるツールを販売する企業のマーケティング部長の方にユニットエコノミクス(LTV÷CAC)がどうなのか聞いてみたところ、「LTVが3,000万円あるので、何をやってもLTV÷CAC>3になる(※)」と言われました。
また、LTVが6億円のシステムを販売している企業の社長は、「目安のCPAやCACは設定しているが、マーケティング部門にはあまり気にせず頑張ってほしいと言っている」と言うのです。LTVによって、マーケティング活動の自由度にかなりギャップがあると感じました。
先ほどBtoBマーケティングが強い会社として挙げたSansanも、決算書に記載された解約率などから逆算すると、1件決まれば3,000万円ほどの売り上げが入るようになっていると推測できます。そのため、テレビCMを打ったり、自社でカンファレンスを行ったりするなど、マーケティングに投資して顧客獲得にお金をかけられるのです。
※ユニットエコノミクス(LTV÷CAC)は健全な数値であることが望ましく、SaaSの場合は「3」以上が目安とされている。
ベンチャーキャピタルのBlossom Street Venturesがアメリカで上場したSaaS企業37社について上場時のACV(Average Contract Value:一顧客あたりの契約金額)を調査したところ、50万円~360万円の間に存在する企業がありませんでした。この企業が存在しない領域は「死の谷」と呼ばれており、ビジネスを成立させるのが難しいとされています。
画像提供:株式会社才流、データ参考:Blossom Street Ventures「Your target ACV – $25k」https://blossomstreetventures.com/2019/07/03/your-target-acv-25k/
50万円のものを売るときも、300万円のものを売るときも、CACはあまり変わりません。しかし、LTVが伸びれば伸びるほど、CACとの差分が開き、マーケティングの選択肢は増えていきます。ターゲットやプライシングの選定をきちんと行わないと、マーケティングに投資できる費用が少なくなりかねません。LTVを伸ばすためにも、プロダクトやビジネスモデルはやはり重要です。
画像提供:株式会社才流
創業メンバー以外の顧客の解像度を高める
次に、解像度の罠についてです。私はマーケティング活動を行う上で、社員全員の顧客に対する解像度を高めるのが最も効率が良いと考えています。
顧客の解像度が高いと、出せる企画やアイデア、施策の質も高まります。お客様のことを理解できていれば、広告を出稿する媒体や、検索広告の出稿キーワード、広告クリエイティブ、LP、コンテンツなど、それぞれどうすれば良いかが明確になります。LPや広告の専門家は世の中にたくさんいますが、顧客のことを一番よく理解している専門家はその会社の社員です。社員全員の顧客の解像度を高める努力ができていないと、PDCAを回しても成果が上がりづらいので、注意が必要です。
顧客理解の手法はいくつかありますので、To Doリストとしてまとめてみました。BtoCのビジネスでもそれほど変わらないと思うので、ぜひやってみてください。
画像提供:株式会社才流
シリーズBでは、とにかくLTVが重要なので、LTVをいかに伸ばすかについて常に議論すると良いでしょう。LTVの伸ばし方は主に2つに大別され、エンタープライズ(大手)企業向けにするか、お客様の業務プロセスの中に組み込まれるインフラを目指すかです。上場企業のBtoB事業を見てみると、エンプラかインフラに大別されることが多いため、BtoB事業は「エンプラかインフラか」を合言葉に設計いただくのが良いと思います。
そして、採用によって人が増えてきたら、創業メンバー以外の顧客解像度をしっかりと高めていくことが大切です。
▼シリーズBのよくある課題への対処法
- 「エンプラかインフラか」を決める
- 創業メンバー以外の顧客解像度を上げる
高松 「顧客の解像度を上げないといけない」と理解しつつも、マーケターが商談に同席したがらないケースを見たことがあります。その場合はどうすれば良いでしょうか。また、マーケティングチームは「顧客の解像度は上げるべき」といったカルチャーづくりを初期からしておくべきでしょうか。
栗原 会社として「やる」と決まっていることをやらないのは、従業員としてNGだと思いますが、商談に同席する以外にも顧客解像度を上げる方法はあります。過去のクライアントリストや問い合わせ内容、SFAの履歴を見たり、自社の事例インタビューを全部読み込んだりするのがおすすめです。特に事例インタビューは、競合他社のものも含めてすべて読み込むと、解像度が上がりやすいでしょう。クライアント企業の課題や検討の背景、業者の選定方法、今後の期待など、ユーザーインタビューで聞きたい内容が網羅されていて、なおかつテキストでまとまっている、稀有な情報資産だと思います。
顧客解像度を高める文化を作るのもおすすめです。Webサイトからの問い合わせや架電・商談時の顧客からの声は、部門横断で共有したほうが良いでしょう。商談内容や受注・失注理由など、小まめに共有しておくと、「お客様の課題や関心事はどこにあるか?」と考えられる文化が根付きやすくなります。
また、余談ですが、SFAやCRMのような顧客情報を管理するツールは、シリーズAが終わったあたりからシリーズBの前半くらいで導入するのが良いと思います。後で振り返るときに、ログが残っていると便利なためです。
三位一体の体制でPDCAを回す
最後に、シリーズC以降についてです。シリーズC以降のスタートアップでは、売り上げや利益などの財務数値を一定以上の精度で予測できます。つまり、外部に公表して数値にコミットできるほど、財務数値の精度が上がっている状態です。このフェーズでは、プロダクトの機能拡充、Go To Market戦略の実行、営業やプロモーション施策の強化などを行います。
シリーズCのよくある課題は「マーケティングROI低下の罠」です。簡単に言うと、マーケティング活動の効率が悪くなります。具体的には、「予算があるのに、社内に知見がない」「リード数や売上金額などのKPIに引っ張られて、不要なセグメントに対してもマーケティング活動を行ってしまう」「人数の増加に伴い、『The Model(ザ・モデル)』のような分業を行うことによって組織のセクショナリズムが発生する」などが挙げられます。このように、シリーズC以降は無駄が発生しているケースが多く、外部から客観的に指摘すると、成果が出やすい傾向にあります。
▼シリーズCのよくある課題
- 予算があるのに社内に知見がない
- 不要なセグメントにもマーケティング活動を行ってしまう
- 組織のセクショナリズムが発生する
外部の専門パートナーに頼る
「予算があるのに、社内に知見がない」という課題に対しては、意思決定者・社内の専任のマーケター・外部の専門パートナーが三位一体となる体制を作ると良いでしょう。知見がない状態でお金をかけているケースもよく見かけますが、非常にもったいないと思います。外部の専門パートナーは、副業やフリーランスの紹介サイトなどで見つけられます。月額10万円~30万円ほど払えば、数百万円・1000万円・2000万円といった予算を効率的に使えるようになるでしょう。
振り返りを行う
シリーズC以降では、予算を投資するためにいろいろなセグメントに対してマーケティングや営業活動を行うことがあります。そのプロセス自体は必要かもしれませんが、続けていると効率が悪くなるおそれがあります。「このセグメントにはPMFしているが、それ以外ではPMFしていない」「カスタマーサクセスしているセグメントだが、ユニットエコノミクスが合うチャネルが存在しない」など、定点で分析を行い、属性ごとにマーケティング施策を振り返ることが大切です。
常に情報をそろえておく
シリーズC以降は組織が目まぐるしく成長するため、部署間で持っている情報の格差が生まれやすいフェーズでもあります。効率的な組織運営のためにも、常に情報をそろえておくことが重要です。問い合わせや商談の内容、受注・失注理由、CS(Customer Success)が受けたお客様からのフィードバックなどを共有しましょう。また、ペルソナやカスタマージャーニーを作成するなど、顧客を定義する場を設けたり、部門横断の定例会議を実施したりすることも重要です。
シリーズC以降は、予算があるぶん、いろいろな施策を行ってそのままになってしまうケースが多く見られます。外部の専門家を入れて定例会議を開き、PDCAを回しつつ、社内では各部門が持つ情報をそろえるためのアクションを進めていくと良いでしょう。
▼シリーズCのよくある課題への対処法
- 外部の専門家を入れる
- PMFするセグメントへの営業、プロモーション施策の集中
- 各部門が持つ情報をそろえる
【今回の講師Profile】
栗原康太(くりはら・こうた)@kotakurihara
株式会社才流 代表取締役社長。
東京大学文学部行動文化学科社会心理学専修課程卒業後、株式会社ガイアックスに入社。大学1年次より、BtoB企業に特化したインバウンドマーケティング支援事業の立ち上げに参画した経験を持つ。2016年より新規事業開発を担当し、同年7月に事業譲渡を受け、株式会社才流を設立。主な著書に『事例で学ぶ BtoBマーケティングの戦略と実践』(すばる舎)がある。
プロフィール画像提供:栗原康太
【ビタミン株式会社】
高梨大輔(たかなし・だいすけ)@dtakanashi
高松裕美(たかまつ・ひろみ)@_romihee_
株式会社リジョブ(現株式会社じげんグループ)の創業役員の2人が2015年に創業し、エクイティファイナンス型のスタートアップを専門に、インハウスマーケティング支援やエンジェル投資活動を行う。100名を超える紹介制ビタミンゼミでは、信頼できる専門家から「一次情報」をスタートアップに届ける活動をしている。
https://vitaminzemi.studio.site/
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